Fiscal Multiplier

財政政策に関する論文の発表を聞く機会があったのと、各国が財政支出を大幅に拡大している中、財政支出の効果は重要なトピックなので、頭の整理がてらメモしておく。

財政支出を拡大することによって経済にどのような影響を与えることができるのだろう。この効果を性格に把握することは、財政支出の効果を適切に評価し、最適な財政政策を考える上で重要である。財政支出と減税で効果がどのように異なるかいうのも重要なトピックであるが、ここでは考えない。興味のある人はこのエントリも見てほしい。

VARを使った分析によると、財政支出を1ドル増やした際に、同じ四半期において、GDPも民間消費支出も増加するけれども、増加の幅は1ドルより小さいというのが、VARを用いたさまざまな論文に共通する結果である。Perotti (2007)の数字が、さまざまな論文で得られた結果のちょうど真ん中あたりに位置するので、彼の数字を挙げてみる。Perottiは、財政支出の1ドル拡大に対し、GDPは70セント、民間消費支出は10セント増加すると計算した。

この数字はケインジアン的には何も不思議はないが、ちょっと小さい。昔の教科書的なメカニズムによると、乗数効果(multiplier)といって、財政支出1ドルがGDPに与える効果は1ドルを上回るからである。ただし、Hallは、70セントという数字の誤差は大きいといっている。つまり昔のケインジアン的な乗数効果も完全に否定されたわけではない。

より深刻な問題は、現在のスタンダードなマクロモデルではこのような結果は得られないというものである。では、メカニズムを考えてみよう。まず、財政支出によって購入されるモノは、消費者が自発的に買うものであってはならない。もし、国民全員が薄型テレビを買う予定でいて、政府が財政支出で国民全員に薄型テレビを買ってあげれば、その分ちょうど民間消費が減るだけだからだ。このような状況では財政支出1ドルの増加に対してGDPは0ドル変化し、民間消費は1ドル下がることになる。これでは話が終わってしまうので、以下では、政府は、軍事支出などの、民間の消費に影響を与えないモノを買うと仮定する。

そのような状況でも、財政支出が増えると、将来いずれかの時点で増税しなければならない。将来の増税を見越した消費者は消費を幾分減らし、減ってしまった消費の一部分を補填するためにより長い時間働くであろう。このような効果は普通Wealth Effectと呼ばれる。より長い時間働けば、おそらくはGDPは増えるであろう。

では、VARを使った分析から得られた結果を比べてみよう。財政支出の増加に対し、GDPはデータでもモデルでも増加する。一方、民間消費はデータでは増えるけれども、モデルでは減少する。しかも、財政支出の増加が一時的なもの(temporary)であれば、Wealth Effectは強くないので、財政出1ドルの増加に対して、GDPは70セントも増えないだろう。

このようなパズルに対して、以下の2つのまったく異なる答えが提出されている。

一つは、Valery Rameyの研究である。彼女は、財政支出が突発的に増えた例、すなわち戦争に焦点を当てた。最初に挙げたVARを使った研究では、財政支出が増えた四半期と同じ四半期にGDPと民間消費がどのように変化したかを見ているが、戦争の場合、戦争を開始するのに伴って財政支出が大幅に増えるのは普通3ヶ月以上前から明らかである。もう一度標準的なマクロモデルに戻ってみよう。戦争を開始するというニュースが明らかになったとする。標準的なモデルにおける反応は民間消費がすぐに落ち込むというものである。ただし、その後、消費が回復していくとすると、実際に財政支出が増えたとき(それはニュースが流れからしばらく時間がたった後である)に、民間消費も増えているということが起こりうる。彼女の最新の研究は、VARの結果が実際、このような戦争のニュースと財政支出のタイミングのずれによるものだということを示している。彼女の研究によると、ニュースが明らかになるタイミングを注意深く考慮すると、データでは、財政支出が1ドル増えるニュースが流れると、GDPは1ドル未満増加し、消費は減少するのである。つまり、データの動きは、標準的なモデルの反応と一致しているのである。但し、彼女の結果は軍事支出のデータに基づいていることに留意する必要がある。戦争というのは特殊な状況なので、一般的な財政支出の効果を測るのに戦争のとき(しかもサンプル数も少ない)のデータから得られた数字をそのまま使っていいのかというのは結果が出ていない。

もう一つの答えは、モデルを修正することでVARの結果とモデルの反応を一致させようというアプローチである。代表的なものはRotemberg and Woodford (1992)、Gali et al (2006)、Hall (2009)があるが、比較的シンプルなHallを軽く触れる。財政支出が増えたときに民間消費が増え、GDPが大きく増えるには何が必要か。Hallによると(1) Countercyclical markup(GDPが上昇するときには、労働生産性と賃金の比率が低下する)と(2) Highly elastic labor supplyの二つが最低限必要である。(1)の仮定があれば、GDPが増えたときに賃金が上昇することが可能になる。賃金が上昇すれば民間消費も上昇する。(2)の仮定があると、労働供給が賃金の増加に対して大きく反応し、GDPの反応も大きくなる。

最後に、Hallは、通常の金融政策が行われているときのfical multiplierが0.7(財政支出の1ドル増加に対してGDPが70セント増加する)であれば、ゼロ金利制約によって通常の金融政策が実施されないときには、fiscal multiplierは1.7まで上がる可能性があると言及している。

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