Mortality Inequality

勢いがあるうちに書き続けてみよう。Mankiw et alの論文も収録されていたJEPは、久しぶりに興味の沸く論文が多数収録されていた。今回のエントリーも同じ号のJEPに収録された論文のまとめのようなものである。Sam PeltzmanのMortality Inequalityという論文である。このPeltzmanはあのPeltzman effectで有名なPeltzmanである。この論文は、「寿命の格差」についてのデータを整理したものである。

経済学者が「格差」について考えるときに、まず考えるのは消費の格差、およびそのproxyとしての収入格差である。消費の格差を考えるのは、消費は毎期毎期のutilityに影響する重要な要素なので、消費の格差はutility(いい加減な言い方をすると幸福度)の格差のproxyとなっていると考えられるからである。

ただ、utilityの格差に影響を与えるのはもちろん収入の格差だけではない。最近、余暇の時間の格差がどう変わっていったかに関する面白い研究がなされているが、それについてはまた今度。Peltzmanがこの論文で注目しているのは寿命の格差である。普通は長く生きた方が一生で得られる幸福度も高いので、幸福度の格差を小さくするためには寿命の格差は小さいほうが普通望ましい。では、寿命の格差はどの程度で、どのように変わってきているのであろうか。この論文はこの質問に対する答えを整理したものである。

Peltzmanは格差を測るのにジニ係数(Gini index)を使っているので、簡単にジニ係数について書いておこう。ジニ係数は、格差を測る指標の一つで、0から1の値をとる。0は格差がない状態、1は格差が最も大きい状態である。国の中の収入格差で考えてみよう。国民が全員同じ収入の場合はジニ係数は0になる。国民の一人(Bill Gatesのような人を考えればよい)だけが国の全収入を得ている状態ではジニ係数は1になる。感覚をつかむために収入のジニ係数のデータを紹介すると、OECDによると、アメリカの収入ジニ係数は0.4、日本のジニ係数は0.32、スウェーデンは0.23である。日本の収入格差はアメリカよりは小さくて、ヨーロッパ(特に北欧諸国)より大きいという、よく耳にする話である。また、アメリカの総資産のジニ係数は0.8程度という、とてつもなく高い値をとる。0.8という値がどのくらい高いかというと、もっとも資産の多い家計上位20%がアメリカの総資産の80%以上を保有しているといえば感覚がつかめるであろうか。

ではPeltzmanのは論文に戻ろう。以下、論文の主要な発見を箇条書き形式で書いていく。

1. まず、寿命の格差について考えるとき、まず経済学者が考えるのは、寿命と収入のcorrelationである。これは、一般的に、Preston curve(プレストン曲線)という形で示される。国別で比較すると、Preston curveには2つの重要な特徴がある。(1)平均収入の高い国ほど平均寿命も高い。(2)収入の低い国では収入が上がるにつれて寿命も大幅に伸びるけれども、収入が高い国では、収入が上がっても寿命の延びは小さい。許可を得ず転載していいのかわからないけれど、WikiにあったPreston curveを転載しておく。



2. Becker et alの研究によると、先進国(収入の高い国)と途上国(収入の低い国)の平均寿命格差は年を追うごとに縮小している。

3.アメリカ国内における寿命の格差は大幅に縮小した。ジニ係数で測ると、1852年のジニ係数は0.476 だったのが2002年には0.108にまで下がっている。

4.より長いスパンで寿命格差をみてみよう。スウェーデン、イングランド/ウェールズ、フランス、ドイツ、アメリカ、のデータを見てみると、平均寿命(より性格にはlife expectancy)は1750年には35歳程度だったのが、1850年頃から急速に伸び始め、2000年には80歳程度まで達した。寿命のジニ係数も、1750年には0.5程度だったのが、1850年ごろから急速に減少し、2000年には0.1程度になっている。寿命が上がることが幸福度を高めるのであれば、1850年以降の変化は、平均的な幸福度を高めただけではなく、幸福度の格差も縮小させたのである。

5. このような変化の背景にあるのはどのような変化か。寿命の格差が縮小した理由の50%は幼児死亡率の低下によるものである。例えば、19世紀半ばのアメリカでは、30%の新生児が5歳の誕生日の前に死亡した。2002年においてはこの割合は0.8%である。残りの50%は若くして死ぬ大人の数が減ったことである。100歳まで生きる確率はあまり上昇していないけれども、80歳まで生きる確率は大幅に上昇した。

6.20世紀において国家間の平均寿命の格差および寿命格差の格差(わかりにくい)も継続的に縮小した。アメリカ、スペイン、日本、ブラジル、インド、ロシア、を比べると、1900年においては、アメリカの平均寿命が最も高く、寿命格差も最も小さかったが、2000年においては、すべての国がアメリカにキャッチアップしている。日本とスペインは平均寿命においても寿命格差(ジニ係数で測っている)もアメリカを追い越した。

最後に、著者は、寿命の上限(100歳を少し超える程度)は過去250年の間にほとんど変化していないことに言及している。もし、寿命の上限をあげる技術が開発されれば、クズネッツ曲線のように、寿命の格差はいったん広がって(一部の人しか新しい技術の恩恵にあずかれないかもしれないので)、その後縮小するかもしれないという面白い仮説で締めくくっている。

アメリカの平均寿命がなぜ他の先進国より低いのか、自殺率が国によって異なるのはなぜか、といった、僕が興味のあるトピックに関連した重要なデータをわかりやすく整理してくれた論文である。

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