Real Wage Rigidities and Recovery from the Great Recession

今回はマクロ労働経済学の若手(今や若手というほどではないけれども)の星、Shimerのペーパーを取り上げてみる。Shimerといえば、いわゆるShimer puzzle(あるいはunemployment volatility puzzleとも呼ばれる)と呼ばれるもの(AER2005)が有名であるが、今回のペーパーも、そのpuzzleの解決に重要な役割を果たしているかもしれない(解決方法は他にもいろいろあり、どれが一番重要かについては合意がみられていない)実質賃金の硬直性に絡んだ論文である。この論文では、実質賃金の硬直性がショックに対するマクロ経済の反応にどのような影響を与えるかを分析している。

より現実的なモチベーションは、ペーパーのFigure1と2をみるのが手っ取り早い。まずはFigure 1から見てみよう。



青い実線は雇用、赤の点線は平均労働時間、緑の点線は一人当たりGDP、紫の線は一人当たり消費、をあらわしている。どのデータもトレンドが除去されている。2008年以降のいわゆるGreat Recession (GR)で特徴的なのは、どの線も同じように、大体7%程度下落していることである(もちろんどのようにトレンドを除去すべきかについては議論の余地が大いにある)。では、実質賃金はどのように動いているであろうか?それを示しているのが以下のFigure 2である。



3つの線は実質賃金の動きを3つの別々の指標によってみてみたものである。緑の線はBLS(Bureau of Labor Statistics)が作成した賃金指標(Employment Cost Index)、青い線は労働者一人当たりのGDP、赤い線は1時間あたりのGDPである。大まかに言えるのは、どの実質賃金の指標も2007年の水準と2010年の水準はほとんど同じということである。いわゆる、実質賃金の硬直性を表していると解釈することもできる。

Shimerはこのペーパーにおいて、実質賃金の硬直性の仮定を加えたシンプルなNeoclassical Growth Modelによって、Figure1で示したようなマクロ経済指標の動きをうまく再現できることを示した。ここで触れておかなければならない重要な仮定は、GRが資本が唐突に破壊された(失われた)ことによって引き起こされたというものである。なぜGRが起こったかはこのペーパーの分析対象ではなく、GRの後の経済の回復の過程を分析しているといえる。

Shimerは主に次の3つのモデルの比較を行った。それぞれのモデルにおいて、経済が安定的に成長している(Balanced Growth Pathにある)状態から資本が急に失われたときに何が起こるかをみている。
(1)スタンダードなNeoclassical Growth Model。もちろん実質賃金はMarginal Product of Laborに一致するようにフレキシブルに動く。
(2)Neoclassical Growth Modelに実質賃金の硬直性を加えたもの。
(3)Neoclassical Growth Modelに実質賃金の硬直性と労働市場の摩擦(Diamond-Mortensen-Pissarides Modelの単純なランダムサーチモデルである)を加えたもの。
では、簡単に3つを比較してみよう。

スタンダードなNeoclassical Growth Modelで、経済が安定的に成長しているときに、急に資本が破壊されたとしよう。資本が下がると労働の生産性が下がるので、実質賃金も下落する。実質賃金が下がれば企業からの労働需要は増加する。では労働供給には何が起こるであろうか?労働供給は増えることも減ることもありうる。

資本が引き下げられると、資本を元の水準まで戻すために投資が増加する。生産量が変わらなければ投資を増やすためには当面は消費を減らさなければならない。消費が減ると、普通のモデルでは余暇の量も一緒に減らしたくなるので、(自由に使える時間から余暇を楽しむ時間を引いたものとして定義される)労働供給は増えることとなる。一方、賃金は下落しているので、労働供給を減らす力が加わる。労働供給が資本の破壊に対してどのように反応するかはこの2つの力の相対的な強さで決まる。Shimerのモデルでは、労働供給は最終的に増加する。生産量は、労働が増えて、資本が減ったので、増えるか減るかはモデルの仮定次第であるが、Shimerのモデルでは生産は増えている。労働の増加による生産の増加が資本の破壊に伴う清算の減少分を上回っているのだ。これらの動きをデータと比べてみると、ぜんぜん違っていることが容易にわかるであろう。モデル(データ)では、実質賃金は下がり(変わらず)、投資と雇用は増加(減少)している。

では、実質賃金の硬直性を仮定してみよう。実質賃金は、スタンダードなモデルにおいて経済が安定的に成長しているときは生産量と同じスピードで上がっていく。Shimerは、経済に(資本が引き下げられるという)ショックが加わった後でも、同じ率で上がり続けていく(つまりトレンドを除去すると一定)と仮定する。資本が10%破壊されたとしよう。仮定によって賃金は下がらないので、雇用が資本と同じ量(10%)だけ削減される。賃金の硬直性が雇用の減少を引き起こすのはよくある話である。雇用の調整によって、労働生産性は賃金と同じ水準に留まることになる。資本と雇用が10%づつ下がったので、生産量も10%下がる。賃金が変わらない(ショックの前と同じスピードで成長し続ける)限り、資本と雇用も同じように安定するので、経済は低位安定しているような状態になってしまう。すると、消費も投資も10%づつ下がることになる。しかも、この状態は新しい安定成長状態になってしまう。言い換えると、賃金の硬直性がある経済では、資本が急に破壊されると、賃金(と生産性)を除くすべての変数が資本と同じだけ(10%)下落し、そこから、前と同じように安定的に成長をし続けるのである。これらの結果は、Figure 1と2でみた実際のデータの動きと整合的であることは容易にわかるであろう。

では、労働市場に摩擦(サーチ活動)が加わるとどうなるか。Shimerは、実質賃金の硬直性がある限り、摩擦が加わったモデルは、実質賃金の硬直性が加えられたNeoclassical Growth Modelと大体同じように振舞うことを示した。では労働市場に摩擦が加えることのメリットは何か?労働市場に摩擦があるモデルでは、実質賃金の硬直性が、アドホックな仮定ではなく、モデルの均衡として得られることにある(詳しくはShimerのペーパーとペアで掲載されたHall,(AER2005)を参照するとよい)。

このペーパーの主要なメッセージは、実質賃金の硬直性があるモデルは、賃金が自由に調整されるモデルと大きく異なるダイナミクスを示す、ということである。しかも、シンプルな成長モデルに実質賃金の硬直性を加えるだけで、GRにおけるさまざまなデータの動きをうまく再現できた。では、この結果は実質賃金の硬直性の重要性を強く支持しているのであろうか?まだ最終的な結果は出ていないと思う。理論面で言えば、例えば、労働市場の摩擦が減少したことによってGreat Moderationの時期における景気循環の特徴をうまく説明できると言うGaliの論文を以前紹介した。次第に、労働組合の力も弱まり、労働市場の摩擦も弱まってきているという説明は感覚的に理解しやすいが、Shimerのペーパーは、今でも労働市場の摩擦(実質賃金の硬直性)が強いと想定している。実際、ShimerがGaliの前でプレゼンしたときには、その点をGaliに強く突っ込まれていた。

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