What We Know About Multiplier

そろそろ財政乗数(fiscal multiplier)ばかり取り扱っているわけにもいかないので、締めくくりとしてValerie Rameyによるサーベイ("Can Government Purchases Stimulate the Economy?" JEL2011)をまとめて最後にすることにする。彼女は、(1)理論モデル、(2)(アメリカの)時系列データによる推定、(3)アメリカの異なる州の比較による推定、の3つの方法論によってそれぞれどのような財政乗数が得られているかを整理した。彼女の結果は、3つの方法のどれを使ったとしても、短期的で、債務の増加(国債の新規発行)によってファイナンスされた政府支出の増加の財政乗数は0.8-1.5(広くとれば0.5-2.0)に収まっている、というものである。では3つの方法論について、1つづつ少し細かく見ていこう。

異なる理論モデルが生み出す財政乗数の違いを説明する前に、彼女は理論を比較するための視点を提供している。この点は、よく考えてみると当たり前なのかもしれないが個人的には面白いと思った。生産(GDP)を変化させるのは、技術、資本、労働である。技術と資本が短期的には変えられないとすると、生産を変えるのは労働供給だけである。つまり、財政乗数というのは、財政支出を増やしたときに労働供給がどのように変化するかをみているのである。

新古典派モデルにおいては、財政支出の増加が生産を変化させるチャンネルとして、(a)資産効果、(b)異時点間の代替効果、(c)インセンティブのゆがみ、がある。資産効果とは、生産量が一定で、政府が支出を増やして政府の消費を増やせば、今年生産されたもののうち消費者が自分の消費に回せる分が減る。現在の消費が下がるので(通常通り、余暇がnormal goodsと仮定すると)、労働(余暇)の時間が増える(減少する)というチャンネルである。

(b)はちょっとわかりにくいが説明してみよう。将来の増税が予想されるときは、貯蓄を増やすことによって、将来に消費を移動させて、将来の増税時の消費の減少を和らげようとする。将来に消費をシフトさせるために貯蓄を増やすことは、現在の消費を減らすことと同じなので、現在の消費が減り、余暇が減り、労働供給が増える、というわけである。当然、将来の増税の幅が大きければ大きいほどこの効果は大きいということになる。逆に言えば、一時的な政府支出の拡大の場合、将来のすべての収入に占める増税額の割合は小さいので、この効果は強くないということになる。

(c)については、インセンティブに影響を与えない税を使って新たな債務を将来返済するのであればRicardian Equivalenceが成り立つので、無視してよい。但し、そういう税は現実にはほとんど存在しない。例えば、将来にわたって所得税が増えれば、上で挙げたGDPを押し上げる効果は(全部ではないかもしれないが)打ち消されることになる。

前にも紹介したが、インセンティブの効果はとても大きいので、短期的な政府支出の増加が将来の所得税の増税と組み合わさると、財政乗数はとても小さくなる。極端な例では、Baxter-Kingは-2.5(マイナス!)になりうるという結果を示している。政府支出が恒久的で、将来インセンティブをゆがめない税(lump-sum tax)によってファイナンスされる場合には、財政乗数は長期的には1.2になると示されている。実際に先進国各国で実施されている財政拡大は、短期的で、将来はインセンティブをゆがめる税によって返済されることが多いので、財政乗数は1.2よりかなり低いと考えるのが適当であろう。

伝統的なケインジアンモデルでは、財政乗数は1/(1-mpc) (mpcとは1ドル収入が増えたときに消費が何セント増えるかを示した数字)となる。但し、このようなモデルは現実的ではなく、より現実的なニューケインジアンモデルを使うと、財政乗数は伝統的なケインジアンモデルよりはかなり小さくなることがわかっている。ニューケインジアンモデルでも、財政乗数が2.0のような高い数字を取る結果もある(Gali, Lopez-Salido, and Valles)が、その前提となるのは、(1)最低50%の消費者が、消費を最適に決定するのではなく、収入のある一定割合として行動する(rule of thumb consumer)、(2)労働時間は、企業の需要によって決められる、という仮定である。つまり、ニューケインジアンモデルをオールドケインジアンモデルに無理やり戻しただけの、しょうもないケースである。財政乗数が高くなりうる、より真剣に取り扱うべきケースは、いわゆるゼロ金利の状況である。政府が財政赤字を増やすと、将来のインフレ期待が高まる。その一方で、名目金利が動かない(例えば下がりたくてもゼロより下にいけない)場合、実質金利(=名目金利ー将来の期待インフレ率)は下がるので、投資を押し上げる(よって生産も増える)効果があるのである。Christiano-Eichenbaum-Rebeloは、政府支出が増える一方名目金利が12ヶ月動かないと仮定した場合、財政乗数は2.3になることを示した。

これまでの議論で無視してきたけれども重要な要素としては、生産能力を高める政府支出、どのように財政拡大を行うか(公共投資か所得補助か)、経済が不況の時には乗数は大きくなるか、という点があげられる。

アメリカの時系列データを使用して財政乗数を推定したものとしては、戦争などの予測し得なかったイベントにおける財政乗数を測るという方法と、政府支出ショックを推定する方法が使われてきた。前者による財政乗数の推定値は0.6-1.0、後者の方法による推定値は0.6-1.8程度である。但し、低めの数字は税が引き上げられたケース(よって財政支出拡大の効果が税の引き上げによって一部打ち消されている)から得られたことが多いので、税の引き上げによって打ち消された分を調整すると、0.6が1.0程度になることもわかっている。さらに、前に少しだけ紹介したが、後者のアプローチでは、財政乗数が不況期ほど大きい(好況期は0-0.5、不況期は1.0-1.5)という結果も最近得られてきている。また、上では、モデルにおいては名目金利がゼロに近いときに財政乗数が高くなるという可能性を紹介したが、そのことと矛盾するデータもある。1939-1947年の間は国債の金利は0.38%を下回っていた一方、インフレ率は6%程度であった。この期間に限定した財政乗数の推定値は0.7であり、通常時の財政乗数に比べて高いわけではない。いろいろ考え合わせると、アメリカの時系列データを使って推定された財政乗数は0.6-1.5の間に収まると言えるであろう。

アメリカの各州における財政支出の違いを元に財政乗数を推定した研究は最近始まったばかりである。それらの研究によって得られた財政乗数の推定値は0.5-2.0のレンジに収まっている。但し、州レベルで推定された財政乗数が国レベルの財政乗数の代わりになるかという点については、より多くの研究が必要である。

もうほとんど要約しただけになってしまった。ゼロ金利下での金融・財政政策の効果の研究が、最近盛んであるが、それらの研究は主に理論モデルに基づいているのであろうか?そもそも、金融危機をうまく再現できていないと批判されているDSGEモデルにゼロ金利条件を加えて研究することで、財政・金融政策の効果に関する知識が深まるのであろうか?

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