Not Neoclassical, nor Keynesian, but Farmerian

Roger Farmerの"The Stock Market Crash of 2008 Caused the Great Recession: Theory and Evidence" (JEDC2012)について軽く触れてみる。Farmerは学会でアクティブな数少ないオールドケインジアンという印象なのだが、最近の彼は、「俺はKeynesianではない、Farmerianだと」高らかに宣言している。このペーパーもそのような彼の一連の研究の一部であり、単体で評価するのは難しいのだが、できる限り簡単に書いてみる。

このペーパーでは、まず、失業率と株価(あるいは住宅価格)には、少なくとも1980年代以降には、強い相関があることを示す。そしてペーパーの後半では、このようなfactと整合的な理論を示し、なぜ他の競合する理論(Neoclassicalおよび(Old) Keynesian)より彼の理論が勝っているかについて簡単に述べている。

では、データから見ていこう。
青い線は失業率(上下さかさまに描かれている)、赤い線はS&P500(日本で言えば日経平均のようなものである)を示している。1980年ごろまでは株価はあまり動いていないものの、1980年代以降は、失業率が高いときには株価は低いという関係がきれいに示されている。ちょっと前にも言及したが、さまざまなマクロ変数の動きの特徴が1980年ごろを境に大きく変わっているのはとても面白い。下の2つのグラフは、Great Recession前後の失業率と住宅価値(上のグラフ)および株価(下のグラフ)との関連を示している。住宅価値の下落は2006年ごろから始まっており、Great Recessionに先行しているが、きれいに一緒に動いているように見える。
では、このようなデータの動きは何を教えてくれるだろう。これらはデータが「一緒に動いている」ことを示しているだけで、何が原因で何が結果かは教えてくれない。このように二つのデータAとBが一緒に動いているときには:
  1. Aの動きがBの動きを生み出している。
  2. Bの動きがAの動きを生み出している。
  3. Cの動きがAとBの動きを同時に生み出している。
のどれかと考えるのが普通であるが、上の表を眺めててもどの解釈が正しいかはよくわからない。こういうときには理論の助けが重要になる。では代表的な理論による解釈はとなんだろう?

まずは、技術レベルが変動する典型的なNeoclassical Model(例えばRBC)を考えてみよう。経済の技術レベルが上昇したとする(正の技術ショック)。生産性が高まるので、企業は雇用を増やす(失業率が低下する)。生産性の高まった企業の将来の利益は高くなることが予想されるので、株価も上昇する。この理論に対して、Farmerは「2008年以降の大きな技術ショックとは何なのか」と疑問を呈する。しばしば例として挙げられるのは、近年の企業に対する規制の強化、および、金融危機によって企業がお金を借りることが急に難しくなったこと(Financial constraintに対するショック)であるが、Farmerは、前者は2008年以降の急激な失業率の上昇を説明するには弱く、後者はFRBによる積極的な金融緩和にも関わらず失業率の大幅な低下が見られなったことと整合性が取れないと批判する。

では、(Old) Keynesian Modelはどうか?典型的なKeynesian Modelでは、Great Recessionのような不況はアニマルスピリッツ(どう訳せばいいのかわからない)が急速に減退することで引き起こされる。企業が急に弱気になって投資をやめてしまうのである。投資を減らせば、生産に必要な労働者の数も減るので、失業率が高まる。さらに、投資の減退によって将来の企業の利益も減少するので株価も下がるであろう(このことはFarmerは特に指摘していないが)。では、この理論のどこに問題があるのか?Farmerは民間消費が所得ではなく資産に強くリンクしていることを挙げる。つまり、典型的なKeynesian modelが仮定する「消費関数」(消費=最低限の消費量+a×所得)はデータから支持されないのである。Farmerは別のペーパーにおいて政府支出の増加が民間消費のcrowding outを引き起こしていることを示しているが、crowding outの存在も典型的なKeynesian Modelに問題があることを示唆している。ただ、個人的には、消費関数を仮定しなくてもアニマルスピリッツへのショックに基づくモデルは成り立つと思うのでどこまでこの点がKeynesian Modelの批判になっているのかはよくわからない。

では、これらのモデルより優れているものとして、FarmerはFarmaerian Modelを提唱する(!)。細かい点についてはFarmerの他のペーパーを参照したりしているのだが、概ね以下のようなメカニズムだと思う。彼のモデルの重要な要素は期待される株価に対するショックが経済のダイナミクスを生み出すというところにある。将来期待される株価が上がると(投資家が将来の見通しに関して楽観的になると)企業は資金調達が容易になる。よって企業は投資を増やす。生産を増加させるためにより多くの労働者を雇用する(失業率が下がる)。このような企業の行動によって企業の業績は実際に改善するので、この楽観的な期待はself-fulfilling(自己実現的)なのである。技術ショックを「それが表しているのは何なのか」と批判しておいてソロスの言う「市場のムード」へのショックを使っていいのか?といいたくはなるが、「市場のムード」というのは、「人的資本」と同様、それはあるかもなと思えなくもない。但し、心理的なものなど、数字としてつかみにくいものであればあるほど批判もしづらく、かつあまりdisciplineも効きづらくなるのでさまざまなことが「説明」できてしまうという言い方もできるだろう。また、Farmerは彼のモデルが(Old) Keynesianのモデルより優れている点として、「均衡モデル」であること、つまり、自然失業率とかいった前近代的な要素が含まれていないこと、および、消費関数のような非現実的な要素を含んでいないことを挙げている。

最後に、Farmerは、彼のモデルの政策的インプリケーションを2つ挙げて終わりにしている。
  1. 拡張的財政政策はcrowding outを引きこすだけでGDPの増加には寄与しない。
  2. 重要なのは「市場のムード」に働きかける政策である。
言うは易し、といった感のある政策である。では、1990年代以降の日本については、1980年代のバブルを維持できるように「市場のムード」を鼓舞し続ければよかったのであろうか?

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