Heterogeneous Policy Distortions and TFP

大学院生のときに、マクロの先生が、「これまでは家計側の異質性に焦点を当てた研究が多かったがこれからは企業の異質性に焦点を当てた研究が盛んになるはずなので、そちらの方に注力するのを薦める」といっていた。そのときにはあまり真剣に考えなかったのだが、今考えてみると、その予言は正しかったと思う。とはいえ、大学院生のころは、そのころ流行っていた研究についていくのに精一杯で、その先を見越すだけの視点がなかったのは残念だ。

最近、これこれで、 企業の異質性に焦点を当てたペーパーを扱ったが、そのおおもとになっているペーパーはHopenhayn (ECO1992)とHopenhayn and Rogerson (JPE1993)である。今回軽く触れるのはHopenhayn and Rogersonのモデルをベースに、生産性が異なるたくさんの企業がいる経済で、ある企業を補助金で優遇して他の企業を税金によって罰するような政策を実施したときに、TFP(全企業の平均の生産性)やGDPがどのように影響を受けるかを分析したRestuccia and Rogerson (RED2008)である。最近扱ったBueraの一連の研究はこのモデルを簡略化する(企業の参入と退出を捨象した)一方で、企業の借り入れ制約を加えただけである。順番が逆になってしまったが、企業に異質性のあるモデルで政策の効果を分析するペーパーの基礎となっているペーパーなので簡単に紹介しておく。

モデルは最近扱ったモデルととても似ている。基本的には新古典派成長モデルなのだが、生産性の異なるたくさんの企業が存在しているとする。それぞれの企業は競争的価格で取引される資本と労働を投入して生産を行う。ただし、企業が存続し続けるためには毎期毎期ある一定のコストを支払わなければならない。生産性が低すぎて、そのコストに見合わない生産しかできない企業は生産をやめて市場から退出することになる。一方、市場にまだ参入していない企業もたくさんいて、ある一定のスタートアップコストを支払えば生産性がランダムに与えられて、生産を開始できる(最初に引いた生産性が低ければ生産を開始せずに退出する)。但し、あまりにたくさんの企業が参入すると、賃金等のコストが上昇してしまうので、参入する企業の数は内生的に制限される。このペーパーでは静学的均衡(steady-stateの訳はこれでいいのであろうか)のみを見ているので、退出する企業と参入する企業の数が一定で、生産している企業の数が変わらない状態のみを見ている。「静学的均衡」という言葉を使ったが、個々の企業レベルでは企業の生産量が変化したり企業が参入や退出をしたりしているので、経済全体で見た状態(生産している企業の数や総労働投入量、GDPなど)は一定であるが、その背後では個々の企業にいろいろなことが起こっていることに注意してほしい。ここがこれらの異質性のあるモデルの面白いところである。

では、このような経済があるときに、政府がそれぞれの企業にランダムに補助金を与えたり、税を課したりするとしよう。まったく同じ生産性の2つの企業A、Bがいれば、 AとB企業は同じ量を生産するのが効率的なはずだが、Aは税金を課され、一方Bには補助金を与えられるとするとAの生産量は減少し、Bの生産量は増えることになる。他におかしな要素がなければ、このような状態は、経済にとって非効率となる。例えば、半分の企業はランダムに(生産に対して)40%の税金がかかり、残り半分の企業には11%の補助金がかけられるとすると(11%という数字は経済全体の資本量が変わらないように選ばれている)、経済全体のTFPは8%低下し、(経済の総資本が変わらないように政策を選んでおり、経済全体の労働供給量は一定なので)、GDPも8%低下することがわかった。

では、生産性の低い企業に補助金を与えて、生産性の高い企業に(40%の)税金をかける政策を実施するとしよう。これがしばしば多くの政府が実施していると考えられる政策である。この場合、TFPとGDPは31%も減少することがわかった。では、政府は生産性の高い企業を助けるためにそういう企業に補助金を出し、生産性の低い企業に税金をかけるとしよう。それでも経済にとっては非効率になる。生産性が高い企業は政策の後押しがなくても最適なレベルまで生産を拡大しているはずなので、補助金を使ってそれ以上に生産をあげることは、無理をさせすぎている状態を生み出しているからである。例えば、生産性の高い10%の企業にのみ補助金を与え、残りの企業には40%の税金を課した場合、経済全体のTFPは5%低下することがわかった。

もし政府が補助金をどの企業にもあげなければ経済全体の資本蓄積量が低下するので、GDPは更に低下することになる。例えば、ランダムに半分の企業に40%の税金を課し、底利の半分には税金も補助金もつけないとすると、TFPは22%、GDPは35%も低下することになる。

このペーパーは、実際に各国で実施されている政策をモデル化しているわけではなく、いわばフレームワークを提供しているだけである。世界中で実施されている、企業レベルで影響を与えるさまざまな政策がマクロのレベルでどのような影響を与えているかを分析することは現在も行われている最先端の研究分野である。最近出た2013年1月号のREDはさまざまな具体的な例を分析したペーパーを集めた特集号であり、Restuccia and Rogersonが監修者となっている。Buera, Moll and Shinもペーパーを載せている。

個人的には、生産資源の分配を非効率にして平均的なTFPを引き下げる具体的な政策の分析を進める一方で、こういう政策がTFPの水準や成長率を高めるような理論・モデルにも興味がある。いわゆる「役に立つ産業政策」的な視点だ。ここで扱ったようなモデルは、政府は何もしないほうがよいという新古典派的なモデルなので、政策がTFPを引き下げるというのはすでに仮定されているようなものだ。インドのように一貫してTFPも経済成長率も低い国の政策を分析する際にはこれでいいかもしれないが、政府の行う政策は全て悪かというとそんなことはないはずで、そういうケースも分析できればなお面白いと思う。

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