独立記念日以来だから本当に久しぶりだ。夏は夏休み+学会のシーズンなので、なかなか腰を落ち着けて生産活動をすることができなかった。それに、ブログ更新は一旦ペースが崩れるとなかなか再開が難しい。何度も同じようなことを書いてるが定期的に更新するリズムが作れるようにがんばろう。[9月19日に加筆]
前にも同じようなことを書いた気もするが、気にせず書こう。UhligのWorking Paper(Some Fiscal Calculus、要約バージョンがAER-PP(2010)に最近パブリッシュされた)を元に書いてみる。Great Depressionとも言われる現在の景気後退に対応して、アメリカ政府が大規模な財政支出増加を実施して以来、財政政策の効果が盛んに議論されている。特に議論の的になっているのは、Fiscal Multiplier(「財政乗数」とでも訳せばいいのだろうか)の大きさである。Fiscal Multiplierというのは、簡単に言えば、政府が財政支出を1ドル増やしたらGDPが何ドル増えるか、という数字である。普通に考えればもちろん大きければ大きいほどよいものである。
Fiscal Multiplierがなぜ議論の焦点になったかというと、2009年に大規模な財政支出拡大を実施する際に、当時のCEA(Council of Economic Adviser)委員長であったChristina Romerが、財政支出拡大の根拠として、比較的大きなMultiplierを示し、それを元に拡張的財政政策の効果を数値化したからである(Romer and Bernstein (2009), "The Job Impact of the American Recovery and Reinvestment Plan")。以下のグラフはそのときに用いられた数字を基に作られている(Uhlig(2009)より抜粋)。
上のグラフの上半分を見てほしい。このグラフは、2009年の第1四半期以降、GDPの1%にあたる大きさの財政支出拡大を永久的に行ったときに、GDPが各四半期どれだけ増えるかを示したものである。恒久的な財政支出拡大の効果は次第に大きくなってゆき、2011年以降はGDPを約1.6%引き上げることが示されている。経済学者の多くは財政支出拡大よりも減税の方が景気対策として有効だという意見のものも多いので、同じグラフの中では、恒久的な減税の効果も比較の対象として示している(上のグラフの下半分)。減税もGDPを引き上げる効果があるが、その効果(Fiscal Multiplierで測られている)は財政支出拡大に比べて小さい、というのがメッセージである。
この結果に対して噛み付いたのがUhligのペーパーである。細かい点は省略して、Uhligの論点を以下に整理する。
1. 使用したモデルや背後にある仮定が明確に示されていないためFiscal Multiplierがどのように計算されたかよくわからない。実施、Romer-BernsteinはFRB/USモデルを使ったこと、FFRはゼロ近辺に留まると仮定していること、等に言及しているが、具体的なモデルやシナリオ、パラメーター等は示されていない。
2. 単純なRBCモデルを使うと、Romer-Bernsteinが示している財政支出拡大の効果と近い結果が得られるが、モデルによると、財政支出拡大には以下のような問題点がある。
(a) 財政支出拡大によって政府債務は大きく増える。長期的には政府債務のレベルを元のレベルに戻さなければならないと仮定し、増税(distortionary taxation)によって債務を減らすと想定すると、短期的にはGDPは増えるものの、長期的には、増税の効果でGDPは減る。以下のグラフは、モデルから導かれる恒久的な財政支出増加の効果を長期的に見たものである。
GDPは緑の線、税率は赤の線で表されている。短期的には(グラフの左端の方)、Romer-Bernsteinの示した数字のようにGDPを引き上げる効果があるが、長期的にはGDPは財政支出拡大のない状態に比べて約1%下回ることとなる。なぜ短期的にGDPが上昇するかというと、長期的にはGDP(収入)が下がることがわかっているので、家計は消費と余暇の時間を減らし、余暇の時間の減少は労働供給増加に等しいからである。いわゆるケインジアン的な、「総需要を増やすと雇用が増える」ロジックではない。Romer-Bernsteinのように短期的な影響だけ見ると長期的な影響を見落としてしまう。
(b) 上のグラフに示されている通り、財政支出拡大が消費(青い線)に与える影響は短期的にも長期的にもマイナスである。これはなぜかというと、財政支出拡大によって、家計は将来的に増税されることがわかっているので、将来の増税に備えて消費を減らすからである。GDPに与える影響だけ見るのは間違っていると解釈することもできる。
(c) Fiscal Multiplierは短期的にも1.6には行かない。せいぜい1である。この点については、zero boundを入れたモデルではFiscal Multiplierが大きくなることがわかっている。AEJ-Macro ForthcomingのWoodfordのペーパーがこの分野のよいサマリーとなっているので(きちんと理解できれば)近日取り上げる予定。
3. 同じRBCによると、減税の効果は短期的にはRomer-Bernsteinの主張するように財政支出拡大より小さいかもしれないが、長期的な効果は財政支出拡大より害が小さい。よって、再び同じ主張をするが、短期的な効果だけ見るのは好ましくない。以下のグラフはUhligのモデルにおける減税の効果を示したものである。Fiscal Multiplierは上の例に比べて小さいけれども、長期的なGDPの減少は起こらない。
4. 上で示したいくつかのシミュレーション結果は、拡張的な財政政策に伴って増加する政府債務を元のレベルに戻すスピードをかなり遅いものと仮定している。そうしないと短期的にRomer-Bernsteinの結果と整合的にならないからである。言い換えると、財政政策がGDPに与える影響は将来債務を減らすスピードに大きく依存している。政府債務をすぐに元のレベルに戻すという仮定の下では、GDPが短期的に引き上げられる効果も小さくなる。
5. 今回取り上げたペーパーでは、名目価格硬直性などの、いわゆるNew Keyesian的な要素を含んでいないモデルを使っているが、より最近のペーパーでは、名目価格の硬直性や、ゼロ金利下限、最適な消費を選ばない消費者(Rules-of-thumb consumers)を導入したモデルも使用し、上にあげた結論は、これらの追加的な仮定の下でも成立すると述べている。
最後に、Uhligは、Representative Agent Modelを使って財政政策の効果を分析していると、Positive Analysis(モデルに基づいて財政政策のGDP等に対する効果を分析する)はできるが、Normative Analysis(財政政策がWelfareにどのような影響を与えるか、あるいは「最適な」財政政策は何かについて分析する)が難しいという点に言及している。明らかなことだが、frictionやhabit 等がまったくないモデルでは、財政政策は何の役にも立たない。Normative Analysisを発展させるためには、財政支出はどのように使われているか(投資か、消費か、所得移転か)、どのように家計に影響を与えているのか(消費を増やしているのか、職を与えているのか、将来の生産性を高めているのか、所得再配分をしているのか)等についてより厳密なモデルを構築していく必要があるのだろう。
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