毎年8月の最終週に、FRBの幹部連中(および世界中の中銀のトップ)がジャクソンホールという、ワイオミングの小さな町に集まる。ここは、普通は、登山・ハイキングや(西部スタイルの)乗馬やスキーが楽しいところで、交通の便もとても悪い(多くの都市から直行便がない)ところなんだけれども、夏の終わりにFRBのトップがジャクソンホールに集まって金融政策について、いろいろなスピーカーを呼んで、オープンに議論をするというのが習慣となっている。主催するのはカンサスシティ連銀で、カンサスシティ連銀は毎年ジャクソンホールの前は準備で大変みたいだ。
今年のテーマは、企業の独占の度合いが高まっていることが最近話題になっているが、そのようにマーケットストラクチャーが変化している中で、金融政策はどのように適応していくべきかというものだった。今年の全体のアジェンダはここにある。この中で、アラン・クルーガーのスピーチが良くまとまっていたので簡単に紹介しておきたい。日本も同じ問題に直面しているが、日本の状況について考える際にもとても参考になると思う。
クルーガーは、まず、経済学者はマーケットが競争的である(賃金は生産性と一致するところで決まる)と考えがちだけど、多くのマーケットは実際には競争的ではないと議論する。面白い例として、彼が財務省で働いていたときに、世界のトップのファイナンスの学者達が、LIBORや為替市場に対して誰かが大きな影響力を持ちうることについて懐疑的だったという話を挙げている。その一方、アダム・スミスは国富論において、雇用者は常に賃金を生産性を下回る水準に引きとめようとするものであり、そのことを否定する人は世の中について全然わかっていないと書いていたことを引用している。
経済学において、賃金が競争的に決まらない代表的なフレームワークとしては、(1) ジョーン・ロビンソンに始まる、需要独占(あるいは寡占)のフレームワークと、(2) バーデット・モーテンセン・ピサリデス・ダイアモンドが発展させたサーチモデルのフレームワークがあり、彼のスピーチの背景にあるのはこのようなフレームワークであると述べた上で、近年、失業率はとても低い水準にあるのに、賃金上昇率(インフレ率)は加速しない理由として、以下の6つをあげている。
1.労働市場がタイトになってきた場合、賃金が低いレベルにある労働者の賃金から上がり始めるが普通であるが、同時に、賃金の不平等が拡大しつつあり、低賃金労働者の労働市場が悪化しつつ(後で述べる)ある中では、賃金の上昇プレッシャーが打ち消されている。Katz-Kruegerの研究によると、これらのを考慮に入れた自然失業率は1970年の6.8%から1990年代には5.4%に低下し、2000年代には更に低下したという研究もある。
2.現在の賃金上昇率は賃金フィリップスカーブから得られる賃金上昇率よりも1-1.5pp(パーセンテージポイント)低い。高齢化の進展が0.2-0.3pp引き下げているであろう。生産性の停滞が1pp程度説明できる可能性はあるが、昨年は生産性は回復していた。データではうまく計測されていない労働市場のスラック(緩み)もそのギャップの一部を説明できるかもしれないが、労働者の退職率は不況前の水準まで回復しており、スラックがうまく計測されていないとは考えにくい。
3.各セクターにおいて主要な企業の市場占有率が高まって、それらのトップ企業の重要独占の度合いが高まっているというエビデンスが蓄積されてきている。更に、市場の独占が進んでいるセクターでは賃金上昇率も低めであるり、その相関関係は高まりつつあるというという結果もある。有名なのは各地域の看護師の賃金上昇率と病院の市場独占度合いの相関についての研究である。また、労働強供給の弾力性と賃金の上昇率の相関も発見されている。
4.大きな企業による労働市場の需要独占というのは常に存在していたと思われるが、それに対抗する制度が最近弱まってきている。2つ例を挙げると、(1) 労働組合の組織率・交渉力の低下、(2) 最低賃金の(実質)レベルの低下があげられる。
5.近年アメリカにおいては、企業の需要独占力を高める制度が広まっている。その例を5つ挙げると:(1) 短期(非正規)雇用制度の充実で労働者の交渉力が弱まっている、(2) non-compete制約(競合する企業に移れない契約)の広まり(サンドウィッチ屋の従業員にもnon-compete制約は存在する)、(3) 多くの職種で政府によるライセンスが必要になってきていること、(4) Ashenfelter-Kruegerの研究によると、58%のフランチャイズ制の企業において、他のフランチャイズからの従業員の引き抜きの禁止(no-poaching)規定がある。この数字は1996年には36%だったが上昇しつつある。この問題は特にファーストフードで多い。(5) フランチャイズでなくても、競合企業が談合して、お互いに従業員の引き抜きを避けるような慣習がある。最近までは、毎年、AEAにおいて、トップの大学は新任の助教授の給料やコースロード(何コマ教えるか)について合意をしていた!
これらの制度は、企業の独占力が高まっていると実施しやすいこと、明示的でなくても実施することができること、大不況時に失業を経験して従業員が失業を恐れている時には、労働組合も強気の交渉がしづらいこと、を指摘しておく。その一方、このような制度は、労働市場がタイトになると、維持しづらくなってくる。最近このような制度が問題になってきているのは、労働市場がタイトになってきていることと無関係ではないかもしれない。
6.企業の需要独占力が高まって、賃金の上昇率が抑えられても、雇用者数に大きな影響を与えるとは限らない。つまり、労働供給の弾力性は低く見えるかもしれない
では、労働市場におけるこのような展開に対して、金融政策はどのように対応すればよいだろうか?企業の需要独占力の行使に対する有効な政策は、反トラスト法の行使であり、政府の仕事である。金融政策当局にできることとしては次のことを考慮に入れることかもしれない:(1) このような需要独占力の行使を外生的なショックととらえられる(具体的には自然失業率の低下のショック)、(2) 労働供給の弾力性は低いかもしれない、(3) 労働市場がタイトになることによって、ここで挙げたような需要独占力の行使が有効でなくなってくるかもしれない。
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Alan Krueger at Jackson Hole
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Automatic Stabilizers in DSGE Model
自動安定化装置(オートマティック・スタビライザー)という言葉は聞いたことがあるだろうか?ある経済政策が、景気の変動に伴ってその効果が上下することにより、景気(あるいは税収)を安定させる効果がある場合、その政策は自動安定化装置として機能しているといわれる。
代表的な例は累進所得税である。景気が悪くなると人々の所得は平均的に低下する。累進的な所得税率は所得が高ければ高いほど税率も高く、所得が低ければ低いほど税率も低いので、景気が悪くなって所得が低下すると、所得に適用される税率も平均的に低くなり、税引き後の可処分所得は税引き前の所得ほどは低下しないこととなる。消費は可処分所得に依存する(可処分所得が多ければ多いいほど消費も多い)のが一般的なので、個々人の可処分所得の減少幅が小さければ、個々人の消費の減少幅も小さくなり、総消費額の低下の幅も小さくなるのである。
さらに、消費需要は総需要の一部であり、総需要がGDP・景気に影響を与えるという(ケインジアン的な)立場をとるなら、総消費及び総需要の低下幅を抑えることで、累進所得課税は自動的に景気を安定化させる(不況期にGDPの下落幅を小さくする)効果があるのである。
1980年くらいまでの経済学ではこのような効果がとても重要視されてきたし、現在の経済政策の議論においても、このような需要サイドからの効果は重要視されているが、1980年代以降の経済学では、総需要効果のない(価格の名目硬直性のない)モデルが発展してきたので、このような効果は分析されることが少なくなってきた。
その一方、公共経済学では、累進所得税は、所得が低い人の税率を下げて、所得が高い人の税率を高めることで、税支払い後の所得の再配分を行うことができるが、所得が高い(=生産性が高い)人の労働への意欲をそぐという労働インセンティブへの負の効果があり、再配分(公平)とインセンティブへの悪影響(効率)のトレードオフの文脈で活発に分析されてきた。1980年代以降のマクロモデルでは、このような(総需要を通じた効果と関係ないという意味で)供給側の効果はきちんと取り入れられており、自然に分析できるので、1980年代以降のマクロ経済学では、累進所得税はこのようなトレードオフの文脈で主に分析されてきた。
自動安定化政策のもう一つの代表的な例は公的失業保険である。失業したときに失業手当てを受け取ることができれば、彼らはそこから支出することができる。景気が悪化した際には失業率が上昇するので、景気が悪化したときは、自動的に失業者全体に配分される失業手当ての金額が上昇し、彼らがその手当てを消費することで、(失業手当がなく失業者は借金をして消費を維持することができない時に比べて)総消費の低下を抑えることができる。累進所得税のときと同じく、総需要が景気に影響を与えると考えれば、失業者による消費需要の低下を抑えることで、失業保険は、総需要の低下に自動的に歯止めをかける効果があるのだ。
但し、累進所得税のケースと同じく、このような効果は1980年代以降のマクロ経済学では総需要を通じた効果はあまり活発に分析されてなかった。一方、公共経済学あるいは労働経済学では、公的失業保険は労働者に民間ではあまり提供されていない保険を提供する一方、失業者が職を探すインセンティブに負の影響を与えるというトレードオフの文脈でしばしば分析されてきた。上と同様に、マクロ経済学でも、このような供給側の効果が主に分析されてきた。
前置きが長くなってしまったが、今回簡単に紹介するMcKay and Reisによるワーキングペーパー"Optimal Automatic Stabilizers"は上で挙げた自動安定化装置の効果を総需要効果のあるニューケインジアンDSGEモデルで分析している。彼らは、アメリカの様々な政策がどのくらい自動安定化に役立っているかを分析したペーパーをEconometricaに既に出しているが、今回のペーパーでは、そこから一歩進んで、自動安定化を考慮した際に最適な政策はどのようなものになるかを分析している。
これは簡単なことではない。累進所得税や公的失業保険の自動安定化効果を分析するためには以下のような要素が必須になるからである。
この結果だけだと、この二つの政策の自動安定化効果がどのくらい重要なのかわからないので、他のケースと比較してみよう。まずは、名目価格の硬直性がないモデルで同じ実験をしてみよう。名目価格が伸縮的というのは、いわゆる総需要から景気に与える効果がないケース(RBCモデルといってもよい)である。つまり、このケースでは、失業保険や累進所得税は自動安定化装置としての効果がないケースということになる。このモデルでは、消費者の幸福度を最大化する政策の組み合わせはb=0.77、t=0.27であった。自動安定化装置として役に立たない場合、失業保険は前のケースほど手厚くなくてもよい(失業前の収入の85%でなくて77%)が、望ましい所得税の累進性はあまり変わらないということだ。
では、景気循環が全くない場合はどうか?この場合の最適な政策の組み合わせは、b=0.77、t=0.27であった。つまり、伸縮的な価格のケースと同じである。また、中央銀行が景気循環を抑えるために強力に反応する(例えば失業率が高まりつつある際には金利を大きく切り下げる)ケースでも、最適な政策の組み合わせははb=0.80、t=27で景気循環がないケースと近かった。
これらの結果を理解するために、以下のグラフを見ていこう。
最初にちょっと述べたが、bを高めた際の幸福度への効果としては以下のものがある。
(b-1) 失業しても所得があまり下がらず消費も維持できる。(+)
(b-2) 職を探す努力が低下し失業率が上がる。(ー)
(b-3) 不況時も総需要の低下幅が小さくなる(GDPがあまり下落しない)ので景気循環の幅が小さくなる。(+)
上のグラフの左側は、(b-2)の効果をプロットしたものである。失業保険が手厚くなると(bが上がると)平均的な失業率が上昇し、経済にとってはマイナスの影響となる。景気循環を無視した場合、あるいは価格が伸縮的なので(b-3)の効果がない場合は、(b-1)と(b-2)がバランスするレベルでbが決定される。しかし、(b-3)を考慮に入れるとなると、bを変えることで景気循環の大きさがどのくらい影響を受けるかを見なければならない。それが上のグラフの右側である。具体的には、bを変えたときに、GDPの振れ幅がどのくらい下がるかを示している。このグラフが示しているのは、このモデルにおいては、bを高めることで、マクロ経済の景気の幅を大きく小さくすることができるので、この効果を生かすために、経済全体で最適なbのレベルが高まるのである。
では、tはどうだろうか?
tを高めた際の効果は次のものがある。
(t-1) 所得の不平等を累進所得税で圧縮できる。(+)
(t-2) 生産性の高い人の労働の意欲がそがれてGDPが下がる。(ー)
(t-3) 不況時は税率が下がり、総需要の低下幅が小さくなるので景気循環の幅が小さくなる。(+)
上の左側のグラフは、累進性を高めると平均的なGDPが低下するという(t-2)の効果を示している。bの場合と同じく、景気循環がなかったり、総需要効果が無視できる場合は、基本的に(t-1)と(t-2)のトレードオフから最適なtが決定される。一方、累進税率が不況期には下がって可処分所得の低下を抑えることで景気安定化に資する効果を示したのが上の右のグラフである。このグラフが示しているのは、tが上がっても、景気循環の振れ幅はあまり変わらない、つまり、tを通じた自動安定化効果は小さい、ということである。どうしてか?おしらくは以下のような点が重要なのではと思われる。
こういう、名目価格に硬直性がある(ので総需要を通じた効果や金融政策を分析できる)モデルで、消費者や企業などに異質性があるものは、最先端の分野の一つである。
代表的な例は累進所得税である。景気が悪くなると人々の所得は平均的に低下する。累進的な所得税率は所得が高ければ高いほど税率も高く、所得が低ければ低いほど税率も低いので、景気が悪くなって所得が低下すると、所得に適用される税率も平均的に低くなり、税引き後の可処分所得は税引き前の所得ほどは低下しないこととなる。消費は可処分所得に依存する(可処分所得が多ければ多いいほど消費も多い)のが一般的なので、個々人の可処分所得の減少幅が小さければ、個々人の消費の減少幅も小さくなり、総消費額の低下の幅も小さくなるのである。
さらに、消費需要は総需要の一部であり、総需要がGDP・景気に影響を与えるという(ケインジアン的な)立場をとるなら、総消費及び総需要の低下幅を抑えることで、累進所得課税は自動的に景気を安定化させる(不況期にGDPの下落幅を小さくする)効果があるのである。
1980年くらいまでの経済学ではこのような効果がとても重要視されてきたし、現在の経済政策の議論においても、このような需要サイドからの効果は重要視されているが、1980年代以降の経済学では、総需要効果のない(価格の名目硬直性のない)モデルが発展してきたので、このような効果は分析されることが少なくなってきた。
その一方、公共経済学では、累進所得税は、所得が低い人の税率を下げて、所得が高い人の税率を高めることで、税支払い後の所得の再配分を行うことができるが、所得が高い(=生産性が高い)人の労働への意欲をそぐという労働インセンティブへの負の効果があり、再配分(公平)とインセンティブへの悪影響(効率)のトレードオフの文脈で活発に分析されてきた。1980年代以降のマクロモデルでは、このような(総需要を通じた効果と関係ないという意味で)供給側の効果はきちんと取り入れられており、自然に分析できるので、1980年代以降のマクロ経済学では、累進所得税はこのようなトレードオフの文脈で主に分析されてきた。
自動安定化政策のもう一つの代表的な例は公的失業保険である。失業したときに失業手当てを受け取ることができれば、彼らはそこから支出することができる。景気が悪化した際には失業率が上昇するので、景気が悪化したときは、自動的に失業者全体に配分される失業手当ての金額が上昇し、彼らがその手当てを消費することで、(失業手当がなく失業者は借金をして消費を維持することができない時に比べて)総消費の低下を抑えることができる。累進所得税のときと同じく、総需要が景気に影響を与えると考えれば、失業者による消費需要の低下を抑えることで、失業保険は、総需要の低下に自動的に歯止めをかける効果があるのだ。
但し、累進所得税のケースと同じく、このような効果は1980年代以降のマクロ経済学では総需要を通じた効果はあまり活発に分析されてなかった。一方、公共経済学あるいは労働経済学では、公的失業保険は労働者に民間ではあまり提供されていない保険を提供する一方、失業者が職を探すインセンティブに負の影響を与えるというトレードオフの文脈でしばしば分析されてきた。上と同様に、マクロ経済学でも、このような供給側の効果が主に分析されてきた。
前置きが長くなってしまったが、今回簡単に紹介するMcKay and Reisによるワーキングペーパー"Optimal Automatic Stabilizers"は上で挙げた自動安定化装置の効果を総需要効果のあるニューケインジアンDSGEモデルで分析している。彼らは、アメリカの様々な政策がどのくらい自動安定化に役立っているかを分析したペーパーをEconometricaに既に出しているが、今回のペーパーでは、そこから一歩進んで、自動安定化を考慮した際に最適な政策はどのようなものになるかを分析している。
これは簡単なことではない。累進所得税や公的失業保険の自動安定化効果を分析するためには以下のような要素が必須になるからである。
- 景気循環のあるDSGEモデルをベースとしなければならない。
- 総需要が景気に影響を与えるように、名目価格の硬直性を導入しなければならない。つまり、ニューケインジアンDSGEモデルを使わなければならない。
- 失業保険の供給側の効果を分析するためには、失業者が存在しなければならない、つまり異質性が必要である。しかも失業者はどのくらい一生懸命職を探すか決めなければならない。しかも、そのような決定は、失業保険がどのくらい手厚いかによって影響を受けなければならない(失業保険が手厚ければあまり一生懸命仕事を探さなくなる)。
- しかも、失業率自体が政策によって影響を受けるモデルを作らなければならない。つまり、サーチモデルをDSGEモデルに組み込まなければならない。
- 累進所得税の効果を分析するためには、所得が高い労働者と低い労働者が存在しなければならない。新たな異質性の導入である。しかも、それらの労働者はどのくらい働くか決め、その決定は所得税率に影響を受けなければならない。
- 景気循環が幸福度に影響を与える必要がある(そうでないと自動安定化政策の意味がない)ので、モデルは線形近似できない。線形近似をすると、好景気と不景気の時の効果が平均すると完璧に相殺されるので、景気循環の分析が面白くなくなる。
- 労働者は失業した場合借入制約に引っかかり、働いている場合には(将来失業した時に備えて)貯蓄しようにも貯蓄の借り手がいない(借りたい人は借入制約に引っかかっている)ので、結局労働者全員が何の貯蓄も負債も持たない(ので、資産分布を無視できる)。
- 政府も負債を発行しない。
- 資本のようなその他の貯蓄手段も存在しない。
- 失業のリスクはみな同じである。現在失業している労働者も現在働いている労働者も、来期の失業する確率は同じである
この結果だけだと、この二つの政策の自動安定化効果がどのくらい重要なのかわからないので、他のケースと比較してみよう。まずは、名目価格の硬直性がないモデルで同じ実験をしてみよう。名目価格が伸縮的というのは、いわゆる総需要から景気に与える効果がないケース(RBCモデルといってもよい)である。つまり、このケースでは、失業保険や累進所得税は自動安定化装置としての効果がないケースということになる。このモデルでは、消費者の幸福度を最大化する政策の組み合わせはb=0.77、t=0.27であった。自動安定化装置として役に立たない場合、失業保険は前のケースほど手厚くなくてもよい(失業前の収入の85%でなくて77%)が、望ましい所得税の累進性はあまり変わらないということだ。
では、景気循環が全くない場合はどうか?この場合の最適な政策の組み合わせは、b=0.77、t=0.27であった。つまり、伸縮的な価格のケースと同じである。また、中央銀行が景気循環を抑えるために強力に反応する(例えば失業率が高まりつつある際には金利を大きく切り下げる)ケースでも、最適な政策の組み合わせははb=0.80、t=27で景気循環がないケースと近かった。
これらの結果を理解するために、以下のグラフを見ていこう。
最初にちょっと述べたが、bを高めた際の幸福度への効果としては以下のものがある。
(b-1) 失業しても所得があまり下がらず消費も維持できる。(+)
(b-2) 職を探す努力が低下し失業率が上がる。(ー)
(b-3) 不況時も総需要の低下幅が小さくなる(GDPがあまり下落しない)ので景気循環の幅が小さくなる。(+)
上のグラフの左側は、(b-2)の効果をプロットしたものである。失業保険が手厚くなると(bが上がると)平均的な失業率が上昇し、経済にとってはマイナスの影響となる。景気循環を無視した場合、あるいは価格が伸縮的なので(b-3)の効果がない場合は、(b-1)と(b-2)がバランスするレベルでbが決定される。しかし、(b-3)を考慮に入れるとなると、bを変えることで景気循環の大きさがどのくらい影響を受けるかを見なければならない。それが上のグラフの右側である。具体的には、bを変えたときに、GDPの振れ幅がどのくらい下がるかを示している。このグラフが示しているのは、このモデルにおいては、bを高めることで、マクロ経済の景気の幅を大きく小さくすることができるので、この効果を生かすために、経済全体で最適なbのレベルが高まるのである。
では、tはどうだろうか?
tを高めた際の効果は次のものがある。
(t-1) 所得の不平等を累進所得税で圧縮できる。(+)
(t-2) 生産性の高い人の労働の意欲がそがれてGDPが下がる。(ー)
(t-3) 不況時は税率が下がり、総需要の低下幅が小さくなるので景気循環の幅が小さくなる。(+)
上の左側のグラフは、累進性を高めると平均的なGDPが低下するという(t-2)の効果を示している。bの場合と同じく、景気循環がなかったり、総需要効果が無視できる場合は、基本的に(t-1)と(t-2)のトレードオフから最適なtが決定される。一方、累進税率が不況期には下がって可処分所得の低下を抑えることで景気安定化に資する効果を示したのが上の右のグラフである。このグラフが示しているのは、tが上がっても、景気循環の振れ幅はあまり変わらない、つまり、tを通じた自動安定化効果は小さい、ということである。どうしてか?おしらくは以下のような点が重要なのではと思われる。
- このモデルでは(おそらくデータでも)景気は主に失業率の変化を通じて所得に影響を与えるので、失業保険を通じた可処分所得安定化(そして自動安定化効果)は大きいが、所得の格差全体はあんまり景気を通じて変化しない。
- 所得税率の累進性を通じて、不況時に所得税率が下がる効果は、所得が高い人にも低い人にも影響を与える。ところで前者は可処分所得が多少上がったところで消費はあまり影響を受けない。このペーパーでは示されていないと思うんだけれども、もしかしたら、累進性を通じた安定化効果は高所得の人の方が強いかもしれない。
こういう、名目価格に硬直性がある(ので総需要を通じた効果や金融政策を分析できる)モデルで、消費者や企業などに異質性があるものは、最先端の分野の一つである。
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Papers at AEA, Part 2
前回に引き続き、SED(Society of Economic Dynamics)がAEAで開催したもうひとつのセッションのペーパーについてとても簡単であまり正確ではないと思うが書いておく。このセッションは"New Approaches in Measuring Uncertainty"というセッションだ。土曜日の昼間という、参加しやすい時間で、スターがそろっていたので、かなり盛況だった。とはいえ、始まるときにNick Bloomがいなかった一方、発表される予定のペーパーと別のペーパーの共著者はいたので、NickがこなかったらNickの別のペーパーを彼に発表してもらおうという話になるなど、AEAっぽいゆるい雰囲気もあった。
"Firm Expectations: Measuring Subjective Uncertainty"
Nicholas Bloom, Steven Davis, Lucia Foster, Brian Lucking, Scott Ohlmacher
Censusの協力の下で、35000の製造業の企業に、売り上げ、雇用、投資、などの予測について、5つのビン(それぞれのビンの確率と数字は自分で記入できる)を使って分布を表現してもらうというサーベイを実施。90%以上の企業はおかしくない(足し合わせて100%になる等)分布を記入した。おかしな回答をした企業は生産性が低かったり成長率が低かった。売り上げ、雇用、投資の平均、分散、歪度、はそれぞれの過去の水準と整合的であり、予測はリーズナブルである。各企業の不確実性についての予測は、それぞれの企業あるいはその企業が属する産業の成長の振れの大きさと相関していた。
"Firms’ Uncertainty and Ambiguity"
Ruediger Bachmann, Kai Carstensen, Martin Schneider
上のペーパーと同じようなサーベイをドイツの製造業に対して行った。来期の売り上げが今期からどのように変わるかの予想、ベストケースとワーストケースにおける売り上げの変化率(この差で不確実性の大きさが測れる)、来期の売り上げが今期と同じくらいの確率、今期より増える確率、今期より下がる確率、を聞いている。それぞれの質問には"I don't know"(わからない)という選択肢があり、ナイトの不確実性(分布自体がわからない)の程度がこれで測れるかもしれない。結果配下の通り。(1) 企業は成長が高い時も低い時も不確実性が高かった。(2) 成長が低い時の方が不確実性に与える影響は大きかった(非対称性)。(3) 企業がレポートした不確実性は、客観的に測れる不確実性より小さかった。つまり企業は外部から観察する経済学者よりよく知っている、等。
"Technological Innovation and the Distribution of Labor Income Growth"
Leonid Kogan, Dimitris Papanikolaou, Lawrence Schmidt, Jae Song
企業の特許申請のデータと、それぞれの企業に働く労働者のデータをリンク(すごい)させ、自分の企業あるいは競争相手の企業で新しい技術革新(特許で把握する)が起こった際に、企業で働くさまざまなレベルの労働者の賃金にどのような影響があるかを測った論文。
"Uncertainty Shocks as Second-moment News Shocks"
David William Berger, Ian Dew-Becker, Stefano Giglio
現時点での株式市場の変動の大きさと将来の株式市場の変動の大きさに関するニュースのどちらが景気に影響を与えるかをVARを使って分析したペーパー。現時点での株式市場の変動の大きさの上昇は景気停滞に先行するが、将来の株式市場の変動の大きさに関するニュースは景気と関連していないことがわかった。
"Firm Expectations: Measuring Subjective Uncertainty"
Nicholas Bloom, Steven Davis, Lucia Foster, Brian Lucking, Scott Ohlmacher
Censusの協力の下で、35000の製造業の企業に、売り上げ、雇用、投資、などの予測について、5つのビン(それぞれのビンの確率と数字は自分で記入できる)を使って分布を表現してもらうというサーベイを実施。90%以上の企業はおかしくない(足し合わせて100%になる等)分布を記入した。おかしな回答をした企業は生産性が低かったり成長率が低かった。売り上げ、雇用、投資の平均、分散、歪度、はそれぞれの過去の水準と整合的であり、予測はリーズナブルである。各企業の不確実性についての予測は、それぞれの企業あるいはその企業が属する産業の成長の振れの大きさと相関していた。
"Firms’ Uncertainty and Ambiguity"
Ruediger Bachmann, Kai Carstensen, Martin Schneider
上のペーパーと同じようなサーベイをドイツの製造業に対して行った。来期の売り上げが今期からどのように変わるかの予想、ベストケースとワーストケースにおける売り上げの変化率(この差で不確実性の大きさが測れる)、来期の売り上げが今期と同じくらいの確率、今期より増える確率、今期より下がる確率、を聞いている。それぞれの質問には"I don't know"(わからない)という選択肢があり、ナイトの不確実性(分布自体がわからない)の程度がこれで測れるかもしれない。結果配下の通り。(1) 企業は成長が高い時も低い時も不確実性が高かった。(2) 成長が低い時の方が不確実性に与える影響は大きかった(非対称性)。(3) 企業がレポートした不確実性は、客観的に測れる不確実性より小さかった。つまり企業は外部から観察する経済学者よりよく知っている、等。
"Technological Innovation and the Distribution of Labor Income Growth"
Leonid Kogan, Dimitris Papanikolaou, Lawrence Schmidt, Jae Song
企業の特許申請のデータと、それぞれの企業に働く労働者のデータをリンク(すごい)させ、自分の企業あるいは競争相手の企業で新しい技術革新(特許で把握する)が起こった際に、企業で働くさまざまなレベルの労働者の賃金にどのような影響があるかを測った論文。
"Uncertainty Shocks as Second-moment News Shocks"
David William Berger, Ian Dew-Becker, Stefano Giglio
現時点での株式市場の変動の大きさと将来の株式市場の変動の大きさに関するニュースのどちらが景気に影響を与えるかをVARを使って分析したペーパー。現時点での株式市場の変動の大きさの上昇は景気停滞に先行するが、将来の株式市場の変動の大きさに関するニュースは景気と関連していないことがわかった。
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Heterogeneity and Aggregate Consumption Dynamics
Amromin, De Nardi, and Schulzeによる最新のNBERワーキングペーパーがよくまとまっていたので紹介する。内容からして、何かの招待論文だと思うんだけど、よくわからない。
このぺーパーで取り扱っているのは、アメリカの2008年の大不況以降の総消費の動きを説明するのに、家計(消費者)の異質性(Heterogeneity)を考えることは役に立つかという問題である。まずは、マクロのデータから。
上のグラフは、一人当たりの実質GDP(青)と消費(赤)が1985年以降どのように変化してきたかを示している。どちらも2007年を100と基準化されている。実線がデータ、点線は2007年までの線形トレンドを示している。GDPも総消費も、2007年以降、平行にシフトダウンしたように見える。平均に回帰するショックによって景気循環が起こる普通のDSGE/RBCモデルからすると、このような動きはとても不思議に見える。普通のRBCモデルであれば、GDPも消費も一時的に落ち込むことは十分ありえるけれども、落ち込んだああとは順調に回復するからである。1991年や2001年にも不況が起こっているがそれらの不況からの回復パターンが(不況からの回復に時間がかかっているという点はあるが)典型的なDSGE/RBCモデルの挙動である。GDPについて言えば、いわゆる大停滞(Great Stagnation、GDPの成長率が歴史的に見て低いレベルに止まり続けていること)の問題と考えることもできるだろう。
このようなGDPあるいは消費の動きを説明するのに、家計(消費者)の異質性を考えることは役に立つだろうか?このデータを見ると、消費の動きはGDPの動きをなぞっているので、どちらかというと重要な問題は、何でGDPが2007年までのトレンドに向けて回復しないかという方なのではないかと思うが、まぁ、この論文では、消費の動きの方に注目しているので、この論文に沿って、消費者たる家計の異質性が上のデータのような総消費の長期的な落ち込みを説明するのに役に立つかについて考えていく。
家計(あるいは一般的に何らかの経済主体)の異質性と景気循環の関係を考えるという場合、金字塔の論文はKrusell and Smith (1998, 以下KSと呼ぶ)である。この論文では、家計の異質性がマクロ変数の動きにどのような影響を与えるかをカリブレートされたモデルを用いて分析した。どちらかというと、この論文は、異質性があるモデルを数値的に計算できる手法を提案したという風に捕らえられているが、その理由を考えれば、異質性がマクロの消費の動きにどのように影響を与えうるかも考えることができる。まずは彼らのモデルのメカニズムを紹介しておこう。彼らのモデルでは、流動性制約に引っかかっていない家計は、貯蓄を使って、代表的家計のように消費と貯蓄を決定する。不況によってちょっとくらい所得が一時的に減少しても消費の動きをスムーズにするために一時的に貯蓄を切り崩して消費の下落を抑えるのである。その一方、資産がまったくなく流動性制約に引っかかっている家計は、その名のとおり、収入の全てを消費に回す。つまり、個人の家計の所得が不況で減少すると、流動性制約に引っかかっている家計は、貯蓄を切り崩して消費を支えることができないので、消費を大きく減らすのである。但し、流動性制約に引っかかっている家計は生産性も総じて低いし、貯蓄もそもそも少ないので、マクロの変数の動きには影響を及ぼさない。よって、経済全体の動きは、流動性制約に引っかかっていない家計の消費・貯蓄行動に大きく左右される。彼らが代表的個人のように振舞えば(基本的なモデルではそうなる)、家計の異質性があっても、マクロの変数は代表的個人のように動くので、家計の異質性があるモデルでもそのマクロ変数の動きは代表的個人モデルで近似できるのである。KSはこのような洞察を元に、異質性があるモデルを近似的に解く手法を開発したことで有名な論文である。
但し、この議論はいろいろ突っ込みどころがある。ここでは消費の動きについて考えてみよう。流動性制約に引っかかっている家計は資産保有や所得という面では経済において小さな役割しか占めていないものの、彼らは所得の全部を消費に回すので、マクロの消費の中に占める割合は高い。よって、マクロの総消費の動きには、流動性制約に引っかかっている家計の消費・貯蓄パターンは大きな影響を与えうる。しかも、流動性制約に引っかかっている家計の行動が重要ということは、モデルの中で流動性制約に引っかかっている、あるいはそれに近い状況にある家計がどのくらいいるか、がモデルにおける総消費の動きに大きな影響を与えうるということである。この点に注意を払ってKSのモデルをより「現実的に」カリブレートしたのがKrueger, Mitman, and Perri (2016, KMP)である。以下のグラフはKSとKMPのモデルの挙動を比較している。
左がKS、右がKMPである。青の棒グラフが資産の分布(左端が流動性制約に引っかかっている家計)を示している。KSでは流動性制約に引っかかっている家計はほとんどいないが、KMPでは引っかかっている家計、およびそれに近い家計がたくさんいることがわかるであろう。つまり、KMPのモデルでは、不況で個々の家計の収入が落ちたときに、貯蓄を使って消費をスムーズにできず、消費がダイレクトに落ち込む家計が多いのである。下のグラフは、同じ大きさの不況が経済を襲ったときに、マクロの総消費がどのくらい動くかをシミュレートしたものである。点線がKS、実線がKMPモデルである。
同じ大きさのショックに対して、KMPモデルの方が、総消費の落ち込みが大きいことがわかるであろう。但し、上で書いたとおり、一時的な不況であれば、消費はすぐもとに戻るので、最初に見たデータのような動きを再現することはできない。では、KMPのようなモデルに、何を加えれば、より大きく継続的な総消費の落ち込みを再現できるであろうか?このぺーパーでは、いろいろなチャンネルを提示するに止まっており、それらのチャンネルが有望であることを示唆するデータを示すに止まっているが、それらを見ていこう。
まずは、所得、消費、資産の分布を確認しておこう。データのソースは2006年のPSID(Panel Study of Income Dynamics、アメリカの家計のパネルデータの代表的なもの)である。最初の列は労働収入、2番目は税引き前の総収入(金利収入や失業保険などの政府からの移転を含む)、3番目の列は消費支出、最後は総資産である。ここで示すデータでは退職している家計は含まない。Q1というのはそれぞれの変数の最も低い20%(Quintile)が占めるシェアである。Q1+Q2はそれぞれの変数の最低の40%の家計がどのくらいのシェアを占めているかを示している。資産をみるとマイナス(-1.5+1.2=-0.3%)である。一方、総資産は、上位5%の家計が約半分の資産を保有している。総収入で見ると下位の40%は15.3%と占めている。もちろん低い(所得に不平等がなけれシェアは40%になる)が、資産のシェアほど低くはない。消費の下位40%のシェアは18.3%である。
上の表では、それぞれの変数について個別にソートして分布を見てみたが、今度は資産の保有額のみでグループわけしてシェアを見てみよう。それが下の表である。
全体に対するシェアをあらわしている表の左側に注目してほしい。全ての列で資産でソートしているので、資産の分布は前の表と同じである。資産保有でみた下位40%の保有資産はマイナスで0.3%ある。つまり、これらの家計が、流動性制約に引っかかっている家計のようなものだと考えればよい。総収入のシェアは25.5%と、前より高い。この数字も資産保有高でソートしているので、前の表の数字より高くても驚くべきことではない。消費のシェアは約30%である。これらの流動性制約に引っかかっている家計は資産保有はゼロ(というかマイナス)で所得のシェアもそんなに大きくないが、消費のシェアはとても大きいので、彼らの消費行動がマクロの総消費の動きに少なからぬ影響を与えうることは容易に見て取れる。
次の表は、大不況前(2004-2006年)と大不況後(2006-2010年)の間で、資産、収入、消費、消費率(消費/所得)の年平均変化率がどのくらい変化したかを示している。最初の行が全家計の合計で、Q1-Q5は2004年の資産保有額でソートしてグループ分けしている。2004年以降は、同じ家計を追っかけている。これはパネルデータだからできることである。全家計では、2004-2006年の間は、資産は年率14%増加し、所得は2.6%上がり、消費は5.5%増加していたが、どの変化率も2006-2010年は2004-2006年に比べて低下している。資産の増加率は年率で17.6%も下がり、収入の増加率は1.8%下がり、消費の増加率も6.4%下がった。2010年は大不況の底なので、この数字がとても大きいことは驚くべきことではない。最近の数字も入れればこの数字は小さくなるはずである。
面白いのは、各資産保有グループの変化率の分布である。特に、消費の変化率の分布を見ると、流動性制約に直接引っかかっており、失業のリスクも高いであろう下位20%の減少率が高い(-5.5%)のはわかるとしても、それ以外の家計の消費の増加率も大きく落ち込んでいる。このことは、マクロの総消費の落ち込みは、不況と流動性制約が合わさった効果だけでは説明できないことを示唆している。では、どのようなチャンネルが考えられるか?著者らは次の4つ(+1つ)のチャンネルを挙げている。
(1) 資産価格の変化。大不況のときには、資産価格、特に住宅価格が大幅に下落した。上の表を見ればわかるとおり、総資産の増加率の落ち込み幅は資産を持っていないQ1(下位20%)を除いて、とても大きい。資産価格が落ち込めば、負の資産効果で消費の減少、特に多く資産を持つ家計の消費の減少が説明できる。但し、個人的には、この効果は一時的なので、消費の長期的な低迷の説明には使えないと思う。
(2) 資産構成の影響。Kaplan and Violante (2014)は、その影響力のある論文で、多くの家計は流動性が小さい資産(家や退職後にしか引き出せない資産)を多く保有しており、総資産は大きくても、その資産の多くが流動性のない資産であれば、その家計の消費パターンは、流動性制約に引っかかっている資産ゼロの家計と似ている(「裕福な流動性制約家計」)と議論した。このようなモデルを組めば、基本的には、流動性制約に引っかかっている家計がデータから直接観察できる数よりずっと多いし、総資産保有からみると裕福な家計も実質的には流動性制約に引っかかっていることとなるので、消費は資産保有高にかかわらず不況の際に大きく落ち込む可能性があり、総消費は総所得(GDP)の動きに大きく反応することとなる。
(3) 貸し出しの引き締め。大不況のときには、金融機関が住宅ローンやクレジットカードによる新規融資を行う際の貸付基準をきつくしたことがいろいろなペーパーによって示されている。つまり、実質的に流動性制約に引っかかっている家計の数は大不況の時には増加しただろうと考えられる。
上のグラフは、流動性制約に引っかかっている家計が大不況のときに増えたであろうといういろいろな状況証拠を示している。左上のグラフは、資産がゼロの家計(オレンジ)と15000ドル(約150万円、緑)以下の家計の割合を示している。どちらも、大不況の時期(2008年)以降上昇し、高いレベルに止まっている。右上のグラフは総資産額の労働収入(赤)あるいは総収入(青)に対する割合が2以下の家計の割合を示している。同じように、2008年以降高いレベルで推移している。下のグラフは、クレジットスコア(これが低いとクレジットカードに応募しても拒否されたり、住宅ローンも借りれなかったり高い金利でしか借りれなかったりする)が低い家計の割合を示している。これも2008年以降高いレベルにある。これらがもし2012年以降も高いレベルに維持され続けているのであれば、総消費が長期間低迷している理由となるかもしれない。
(4) 労働収入リスクの変化。これまでは、不況でも好景気でも、労働所得のリスクは変わらないと仮定して議論を進めてきた。しかし、Guvenen Ozkan, and Song (2014)によるとても影響力の強い最近の研究によると、不況期には職を失うことなどによって所得が大きく減少するリスクが高まる。もし、大不況によって、総所得(GDP)はあまり大きく変わっていないように見えても個々の労働者の労働所得がどのように変化するかが大きく変化したのであれば、総消費が回復しない説明になるかもしれない。
(5) 消費者の自信の欠如?最近のPistaferri (2016)の研究によると、総消費の回復が遅いことは、家計がレベレッジのかかった借り入れをしている(多分、多くの住宅ローンを借りて家を買っていることを指す)ので、資産価格の変化が消費に与える影響が大きいこと、および、消費者の景気動向および個々人の将来の所得に対する自信(Consumer confidence)が失われたことによって説明できるそうだ。大恐慌を経験した家計がその後ずっとリスクを避けるようになった(日本のバブル崩壊後の家計の行動もこの影響が強いのではという気がする)ことと同じように、大不況を経験した家計は将来の景気に自信が持てなくなり、消費を控えがちになっているのではというストーリーのようだ。今度機会があったら紹介したい。
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Wage Growth and Labor Market Flows
もう少し関連文献をじっくり読んでから書きかたったけれども、そういう時間がないので、かなり大雑把に書いてみる。
賃金が上がるときには失業率が低下するという関係が見られることが多い。フィリップスカーブといわれるものである。賃金(上昇率)と一般的な物価(上昇率)はだいたい一緒に動くことが多いので、失業率と物価の上昇率(インフレ率)の負の関係としてフィリップス曲線を理解している人も多いかもしれない。
ただ、流行の言葉を使うと、この関係は「相関関係」であり、「因果関係」はここからは読み取れない。言い方を変えると、どうしてこのような賃金上昇率と失業率の負の相関関係が見られるかを理解するためには、何かしらの仮説を立てる(モデルを作る)必要がある。この相関関係は比較的簡単な仮説で理解されてきている。何らかの理由(財政・金融政策による刺激も含む)で経済が好調になって、企業がもっと多くの労働者を雇いたいということになれば(労働需要の増加)、労働者の価格である賃金は需要の増加を反映して上昇していくことになる。そして、失業していた人はどんどん企業に雇われてゆき、失業率は低下していく。より多くの人が就職し、賃金も上がるということであれば、物への需要も増加し、物価も上昇していくと考えられる。更に、失業率がある水準より低くなると、景気が改善しても、失業率は下がらず、賃金・インフレ率だけ上昇してしまい、経済に悪影響を与えると理解されている。このような水準は自然失業率といわれる。
このストーリーで問題なのは、では、なぜ、現在の日本やアメリカのように、失業率はとても低いのに賃金上昇率はあまり上がらないのか、ということである。どちらの国も、失業率はかなり下がっているのに、賃金上昇率あるいはインフレ率が加速する気配は見えない。このような状況を鑑みるに、上のような単純なストーリーだけではダメなのではと考えることもできるであろう。
上の問題点を解決することができるかもしれない研究として、Moscarini and Postel-Vinayの一連の研究が挙げられる。彼らは、いくつかのデータに着目した。
賃金が上がるときには失業率が低下するという関係が見られることが多い。フィリップスカーブといわれるものである。賃金(上昇率)と一般的な物価(上昇率)はだいたい一緒に動くことが多いので、失業率と物価の上昇率(インフレ率)の負の関係としてフィリップス曲線を理解している人も多いかもしれない。
ただ、流行の言葉を使うと、この関係は「相関関係」であり、「因果関係」はここからは読み取れない。言い方を変えると、どうしてこのような賃金上昇率と失業率の負の相関関係が見られるかを理解するためには、何かしらの仮説を立てる(モデルを作る)必要がある。この相関関係は比較的簡単な仮説で理解されてきている。何らかの理由(財政・金融政策による刺激も含む)で経済が好調になって、企業がもっと多くの労働者を雇いたいということになれば(労働需要の増加)、労働者の価格である賃金は需要の増加を反映して上昇していくことになる。そして、失業していた人はどんどん企業に雇われてゆき、失業率は低下していく。より多くの人が就職し、賃金も上がるということであれば、物への需要も増加し、物価も上昇していくと考えられる。更に、失業率がある水準より低くなると、景気が改善しても、失業率は下がらず、賃金・インフレ率だけ上昇してしまい、経済に悪影響を与えると理解されている。このような水準は自然失業率といわれる。
このストーリーで問題なのは、では、なぜ、現在の日本やアメリカのように、失業率はとても低いのに賃金上昇率はあまり上がらないのか、ということである。どちらの国も、失業率はかなり下がっているのに、賃金上昇率あるいはインフレ率が加速する気配は見えない。このような状況を鑑みるに、上のような単純なストーリーだけではダメなのではと考えることもできるであろう。
上の問題点を解決することができるかもしれない研究として、Moscarini and Postel-Vinayの一連の研究が挙げられる。彼らは、いくつかのデータに着目した。
- ミクロのデータを見ると、労働者の賃金が上がるのは、同じ企業に勤め続けている場合ではなくて、別の企業に移ったときである。つまり、賃金が上昇するには、経済が好調になって、既に働いている労働者がより賃金の高い職を見つけて移ったり、別の企業からより高いオファーをもらって移ったり、あるいは引抜きを防ぐため今働いている企業が賃金を引き上げる、という活動が活発にならなければならないのである。つまり、失業者が職を見つけるということと、賃金の動きは厳密にはリンクしていない。
- しかも、絶対的な人数で見ると、ある企業から別の企業に移る人の数の方が、失業している人が職を見つける数よりずっと多い。簡単な数字を示してみると、失業率が5%とすると、働いている人は95%である(働こうとしていない人は含めないでおく)。失業者は平均すると1ヶ月で25%の割合で職を見つける(これをUE率(Unemployment-to-Employment rate)と呼ぶ)ので、毎月職を見つける失業者の人数は5%*25%=1.25%である。就職している人で別の職に移る人の割合は平均して1ヶ月で2.5%くらい(これをEE率(Employment-to-Employment rate)と呼ぶ)であり、失業者が職を見つける割合よりずっと低い。しかし、母数が多いので、転職する人の割合は1ヶ月あたり95%*2.5%=2.4%である。よって、転職する人の数の方が絶対的な数では、職を見つける失業者よりずっと多い。よって、彼らの賃金の変化の方が、新たに職を見つけた失業者の賃金の変化より、全体的な平均賃金に与える影響が大きいと考えられる。
- 賃金上昇率とEE率あるいはUE率の相関をとると、EE率と賃金上昇質の相関の方がずっと高い。このことは、賃金上昇率に影響をより強く与えるのは、どのくらい失業者が職を見つけているかというよりは、どのくらい労働者が転職活動しているかであることを示唆している。
Moscarini and Postel-Vinayはこれらの事実に注目して、労働者が、失業しているときは低い賃金でもまずは働きはじめ、そのあとで別の企業から次々とオファーをもらって転職していくことで賃金が上がっていくモデルを構築し、そのモデルを様々な分析に使用している。
最初に述べた、失業率はかなり低いのに賃金上昇率(およびインフレ率)が上がらない状況も、彼らのモデルの枠内では新たな解釈が可能となる。景気が長くにわたって低迷した後の景気回復期では、労働者は低い賃金からまたゆっくり転職活動などをして賃金を上げてゆかなければならないので、失業率が低いとしても、それは、経済が過熱する(そしてインフレ率が上がる)ことを示唆しているわけはなくて、まだ経済がゆっくり回復しているということなのかもしれない。言い換えると、長い景気低迷の後では、低い失業率をもって、財政・金融政策によって更に経済を刺激する余地がないということにはならない、という解釈もできるかもしれない。
特に、最近、アメリカは、EE率が長期的な低下傾向にあるので、彼らのモデルによると失業率と賃金上昇率の負の相関が弱まっているという解釈も可能である。Moscarini and Postel-Vinayが日本について議論しているかわからないし、日本のデータはよく知らないけれども、もし日本で、EE率がかなり低い、あるいは低下しているとすると、日本では更に失業率と賃金上昇率の負の関係が弱まっているといえるかもしれない。労働市場が硬直的で、転職活動が活発でない、あるいは失業や賃金の低下を恐れて労働者が余り活発に転職活動を行わないというような状況であれば、失業率と賃金上昇率(そしてインフレ率)のリンクを弱める効果もあるかもしれない。そういう状況では、もしかしたら、失業率が低いからといって、もう景気を刺激する政策は打ち止めすべきという単純な議論は成り立たないのかもしれない。
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Unemployment Insurance as Automatic Stabilizer
マクロ経済政策のやり方のひとつとして、自動安定化装置(automatic stabilizerあるいはbuilt-in stabilizerとも呼ばれる)というものがある。不景気のときには政府が支出を自動的に増やし、景気が過熱気味の時には政府が支出を減らようにあらかじめ決めておくことで、自動的に、政府の支出の増減が「総需要」を安定化させ、景気循環の触れ幅を小さくしようというものである。
では、なぜ「あらかじめ決めておく」ことがいいことなのか?3つ理由を挙げてみると、1つ目は、不景気のたびに景気をしたささえするために特別な法律を作る必要が省けるというのがある。不景気の時に景気対策以外のことで国会が忙しい場合、景気対策が後回しになってしまうがリスクあるが、あらかじめ自動的に財政支出を変化させる仕組みを作っておくことでそういうリスクを小さくできる。2つ目は、経済主体の期待に働きかけることができるということがある。普通は、企業が景気が悪くなってきたと感じた場合、従業員を解雇する人数を増やすことが起こりうるが、もし、そうした企業が、自動安定化装置の存在を知っていて、財政支出が増えることが予測できていれば、解雇をしないという結果になるかもしれない。3つ目は、景気がいい時でも、政府支出が削減されることを決定するのは政治的に難しいが、そうすると恒常的に財政赤字がつみあがってしまう。好景気の時には支出を減らすとあらかじめ決めておくことで、財政への長期的な影響を中立的にすることができる。但し、年金支給額のマクロ経済シフトがどうなっているかからわかるとおり、景気がいいときででも財政支出を削減しないのは人気が取れる政策なので、コミットメントの問題がある(日本政府の場合コミットメント能力は無きに等しいと思われる)。
では、実際には自動安定化装置はどのように実施されているのか?もっとも有名な例が「累進所得税」である。累進的であるということは、所得が上がれば上がるほど税率も上がるということをさしている。景気が落ち込んで人々の所得が低くなった場合、累進所得税のものでは、人々の所得に適用される税率が「自動的」に低くなり、可処分所得(税引き後の所得)が増加する。逆に景気がいいときには、所得は高くなるので、それとともに所得に適用される税率も上昇し、可処分所得は税引き前の所得ほど伸びないことになる。このような政策の下では、人々の可処分所得の変動幅が税引き前の所得の変動幅より小さくなり、景気の大きな上下動を抑えられることが期待される。
と、ここまでは前置きだったのだが、もし、失業保険の金額あるいは受け取れる期間が景気とともに自動的に上下すれば、それもautomatic stabilizerとして機能しうることはわかるであろう。景気が落ち込んでいるときには失業率は高い、つまり、失業者も多いし、平均的な失業期間も長くなりがちである。この場合、失業保険の金額あるいは給付期間を自動的に延ばす仕組みがあれば、不況時には失業者が受け取る金額は大きくなり、可処分所得の落ち込みが抑えられるというわけである。実際、アメリカでは、通常時は6ヶ月までしか失業保険を受け取ることができないが、失業率が高くなると給付期間が自動的に延長される仕組みがある。但し、失業保険の金額は州によって異なるものの、不況時に自動的に増額されるような仕組みはない。
では、実際に、失業保険の金額を景気によって変化させればautomatic stabilizerとして機能するのか?という質問に答えようとしたのが、今回紹介するペーパー("The Importance of Unemployment Insurance as an Automatic Stabilizer" by Di Maggio and Kermani, NBER Working Paper No. 22625)である。但し、上に書いたとおり、失業保険の金額は景気によって変わらない。よって、著者らは、州の間の失業保険の金額の違いに注目した。
具体的には、著者らが行ったのは以下の分析である。まずは、アメリカの各市(カウンティ、とりあえず「市」と訳しておく)の失業者の失業保険受取額が失業前の所得のどのくらいの割合か(これを失業前所得比率=RR=Replacement Ratioの訳)を計算し、その平均をとる。これが、各市の失業保険の手厚さの指標となる。著者らのデータによると、RRの平均は23%(普通は40-60%なのでこの数字はとても小さい)で標準偏差は11%なので、市の間の差はとても大きいことがわかる。では、これらの市の経済にショックがある場合、そのショックに対する市の所得や雇用の感応度は、RRによって異なるかを見るというのがメインの分析である。RRが高い市であれば、失業した人はより多くの失業保険をもらえるということなので、市が不況に陥って失業率が上がった時に、失業保険も含む可処分所得の落ち込みは小さいということとなる。もし、総需要への効果が実際にあるのであれば、可処分所得の落ち込みが押さえられることによって、その市の景気の変動の大きさが小さくなるということになる。
では、各市へのショックはどうやって計算するか?著者らはほかのペーパーでも使われている、Bartikショックというものを使っている(Bartikという人のペーパーで提案されたからだ)。Bartikショックというのは、次のように計算される。まずは、全米における、各セクターの雇用の変化を計算する。そして、各市における各セクターの重要度に応じてウェイト付けすることで、その市におけるショックの大きさを計算するのである。具体例を挙げると、例えば、石油関連産業の雇用がアメリカ全体で大きく落ち込んだとする。この場合、テキサスなどの、石油産業が全体の雇用に占める割合の高い市は、大きなショックを受けたことなり、石油産業がぜんぜん雇用に貢献していない市であればショックはないと仮定される。つまり、全米全体における各セクターへの影響が、家訓セクターの雇用における重要度に応じて各市に均等に配分されるというものである。かなり突っ込みどころが多い仮定のような気がするが、最近多くのペーパーで使われている。
著者らの分析の結果を要約すると以下の通りである。
1. RRが高い市のほうがショックに対する雇用の成長率の感応度が小さいことがわかった。RRが10ポイント下がると、ショックに対する雇用の成長率への感応度は9%下がった。
2. RRが高い市の方が、ショックに対する雇用の成長率の感応度は小さいが、この結果は非貿易セクター(サービス、建築等)に於いてのみ有意(しかも16-20%と大きい)であった。逆に、貿易セクター(製造業)においては、RRはショックに対する雇用の成長率の感応度に影響を与えていない。このことは、RRの雇用の感応度への影響が総需要への影響を通じたものであることを示唆している。
3. 各市における自動車販売台数のデータもあるので、自動車販売台数を、総消費の代わりのデータと考えると、RRが高い市の方が、ショックに対する自動車販売台数の伸びの感応度が18%低いことがわかった。
4. RRが高い市のほうが、ショックに対する総賃金収入の増加率の感応度が低いこともわかった。RRが11ポイント下がると感応度は8%減少する。
5. このエントリで扱ったが、Auerbach and Gorodnichenko(2012)は、財政支出のGDPへの影響は不景気の時の方が大きいという実証結果が積み重なってきている。同じロジックによると、RRのショックへの感応度への影響は負のショックのときの方が大きいことが予想される。この予想の通り、RRが、ショックに対する雇用の成長率の感応度に与える影響は、不況期(Bartikショックが悪いとき)には大きく、好況期には小さいことが確認された。
6. 著者らの回帰分析による結果を元に、財政乗数(Fiscal Multiplier)を計算すると、1.9であった。この数字は、失業保険の金額の変化についての財政上数であるという点は留意しておかなければならないが、最近のペーパーで市や州のデータを使って推定された財政乗数の値と整合的である。
これら全ての結果から著者らが主張しているのは、失業保険の金額(あるいは期間)を不況期に上げることによって、不況期における可処分所得の落ち込みを緩和させ、総需要を下支えすることで、雇用や所得、消費に対する影響を緩和することができるということである。まぁ、市の間の失業保険の違いから国レベルの自動安定化政策の効果にもっていくのはいろいろ突っ込みどころがあると思うが、面白い結果であることには変わりない。
理論面でも、失業保険が自動安定化装置として機能することが最新の研究で示されている。McKay and Reis ("The Role of Automatic Stabilizers in the U.S. Business Cycle" Econometrica 2016)では、不完備市場のNKモデルを構築して、失業保険のような、MPC(限界消費性向)の高い家計に不況期により多くの所得を移転する政策が、自動安定化装置として有効であることを示している。automatic stabilizerの分析のためには、総需要がGDPに影響を与えるモデルが必要なので、通常の不完備市場のモデルにNKモデルのような名目価格の硬直性を導入する必要がある。このようなモデルはごく最近開発されたので、automatic stabilizerの役割は最近DSGEモデルを使った分析が可能になった。
では、なぜ「あらかじめ決めておく」ことがいいことなのか?3つ理由を挙げてみると、1つ目は、不景気のたびに景気をしたささえするために特別な法律を作る必要が省けるというのがある。不景気の時に景気対策以外のことで国会が忙しい場合、景気対策が後回しになってしまうがリスクあるが、あらかじめ自動的に財政支出を変化させる仕組みを作っておくことでそういうリスクを小さくできる。2つ目は、経済主体の期待に働きかけることができるということがある。普通は、企業が景気が悪くなってきたと感じた場合、従業員を解雇する人数を増やすことが起こりうるが、もし、そうした企業が、自動安定化装置の存在を知っていて、財政支出が増えることが予測できていれば、解雇をしないという結果になるかもしれない。3つ目は、景気がいい時でも、政府支出が削減されることを決定するのは政治的に難しいが、そうすると恒常的に財政赤字がつみあがってしまう。好景気の時には支出を減らすとあらかじめ決めておくことで、財政への長期的な影響を中立的にすることができる。但し、年金支給額のマクロ経済シフトがどうなっているかからわかるとおり、景気がいいときででも財政支出を削減しないのは人気が取れる政策なので、コミットメントの問題がある(日本政府の場合コミットメント能力は無きに等しいと思われる)。
では、実際には自動安定化装置はどのように実施されているのか?もっとも有名な例が「累進所得税」である。累進的であるということは、所得が上がれば上がるほど税率も上がるということをさしている。景気が落ち込んで人々の所得が低くなった場合、累進所得税のものでは、人々の所得に適用される税率が「自動的」に低くなり、可処分所得(税引き後の所得)が増加する。逆に景気がいいときには、所得は高くなるので、それとともに所得に適用される税率も上昇し、可処分所得は税引き前の所得ほど伸びないことになる。このような政策の下では、人々の可処分所得の変動幅が税引き前の所得の変動幅より小さくなり、景気の大きな上下動を抑えられることが期待される。
と、ここまでは前置きだったのだが、もし、失業保険の金額あるいは受け取れる期間が景気とともに自動的に上下すれば、それもautomatic stabilizerとして機能しうることはわかるであろう。景気が落ち込んでいるときには失業率は高い、つまり、失業者も多いし、平均的な失業期間も長くなりがちである。この場合、失業保険の金額あるいは給付期間を自動的に延ばす仕組みがあれば、不況時には失業者が受け取る金額は大きくなり、可処分所得の落ち込みが抑えられるというわけである。実際、アメリカでは、通常時は6ヶ月までしか失業保険を受け取ることができないが、失業率が高くなると給付期間が自動的に延長される仕組みがある。但し、失業保険の金額は州によって異なるものの、不況時に自動的に増額されるような仕組みはない。
では、実際に、失業保険の金額を景気によって変化させればautomatic stabilizerとして機能するのか?という質問に答えようとしたのが、今回紹介するペーパー("The Importance of Unemployment Insurance as an Automatic Stabilizer" by Di Maggio and Kermani, NBER Working Paper No. 22625)である。但し、上に書いたとおり、失業保険の金額は景気によって変わらない。よって、著者らは、州の間の失業保険の金額の違いに注目した。
具体的には、著者らが行ったのは以下の分析である。まずは、アメリカの各市(カウンティ、とりあえず「市」と訳しておく)の失業者の失業保険受取額が失業前の所得のどのくらいの割合か(これを失業前所得比率=RR=Replacement Ratioの訳)を計算し、その平均をとる。これが、各市の失業保険の手厚さの指標となる。著者らのデータによると、RRの平均は23%(普通は40-60%なのでこの数字はとても小さい)で標準偏差は11%なので、市の間の差はとても大きいことがわかる。では、これらの市の経済にショックがある場合、そのショックに対する市の所得や雇用の感応度は、RRによって異なるかを見るというのがメインの分析である。RRが高い市であれば、失業した人はより多くの失業保険をもらえるということなので、市が不況に陥って失業率が上がった時に、失業保険も含む可処分所得の落ち込みは小さいということとなる。もし、総需要への効果が実際にあるのであれば、可処分所得の落ち込みが押さえられることによって、その市の景気の変動の大きさが小さくなるということになる。
では、各市へのショックはどうやって計算するか?著者らはほかのペーパーでも使われている、Bartikショックというものを使っている(Bartikという人のペーパーで提案されたからだ)。Bartikショックというのは、次のように計算される。まずは、全米における、各セクターの雇用の変化を計算する。そして、各市における各セクターの重要度に応じてウェイト付けすることで、その市におけるショックの大きさを計算するのである。具体例を挙げると、例えば、石油関連産業の雇用がアメリカ全体で大きく落ち込んだとする。この場合、テキサスなどの、石油産業が全体の雇用に占める割合の高い市は、大きなショックを受けたことなり、石油産業がぜんぜん雇用に貢献していない市であればショックはないと仮定される。つまり、全米全体における各セクターへの影響が、家訓セクターの雇用における重要度に応じて各市に均等に配分されるというものである。かなり突っ込みどころが多い仮定のような気がするが、最近多くのペーパーで使われている。
著者らの分析の結果を要約すると以下の通りである。
1. RRが高い市のほうがショックに対する雇用の成長率の感応度が小さいことがわかった。RRが10ポイント下がると、ショックに対する雇用の成長率への感応度は9%下がった。
2. RRが高い市の方が、ショックに対する雇用の成長率の感応度は小さいが、この結果は非貿易セクター(サービス、建築等)に於いてのみ有意(しかも16-20%と大きい)であった。逆に、貿易セクター(製造業)においては、RRはショックに対する雇用の成長率の感応度に影響を与えていない。このことは、RRの雇用の感応度への影響が総需要への影響を通じたものであることを示唆している。
3. 各市における自動車販売台数のデータもあるので、自動車販売台数を、総消費の代わりのデータと考えると、RRが高い市の方が、ショックに対する自動車販売台数の伸びの感応度が18%低いことがわかった。
4. RRが高い市のほうが、ショックに対する総賃金収入の増加率の感応度が低いこともわかった。RRが11ポイント下がると感応度は8%減少する。
5. このエントリで扱ったが、Auerbach and Gorodnichenko(2012)は、財政支出のGDPへの影響は不景気の時の方が大きいという実証結果が積み重なってきている。同じロジックによると、RRのショックへの感応度への影響は負のショックのときの方が大きいことが予想される。この予想の通り、RRが、ショックに対する雇用の成長率の感応度に与える影響は、不況期(Bartikショックが悪いとき)には大きく、好況期には小さいことが確認された。
6. 著者らの回帰分析による結果を元に、財政乗数(Fiscal Multiplier)を計算すると、1.9であった。この数字は、失業保険の金額の変化についての財政上数であるという点は留意しておかなければならないが、最近のペーパーで市や州のデータを使って推定された財政乗数の値と整合的である。
これら全ての結果から著者らが主張しているのは、失業保険の金額(あるいは期間)を不況期に上げることによって、不況期における可処分所得の落ち込みを緩和させ、総需要を下支えすることで、雇用や所得、消費に対する影響を緩和することができるということである。まぁ、市の間の失業保険の違いから国レベルの自動安定化政策の効果にもっていくのはいろいろ突っ込みどころがあると思うが、面白い結果であることには変わりない。
理論面でも、失業保険が自動安定化装置として機能することが最新の研究で示されている。McKay and Reis ("The Role of Automatic Stabilizers in the U.S. Business Cycle" Econometrica 2016)では、不完備市場のNKモデルを構築して、失業保険のような、MPC(限界消費性向)の高い家計に不況期により多くの所得を移転する政策が、自動安定化装置として有効であることを示している。automatic stabilizerの分析のためには、総需要がGDPに影響を与えるモデルが必要なので、通常の不完備市場のモデルにNKモデルのような名目価格の硬直性を導入する必要がある。このようなモデルはごく最近開発されたので、automatic stabilizerの役割は最近DSGEモデルを使った分析が可能になった。
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最近のNBER Working Paperで信用(あるいは負債)と景気循環についてのペーパーが2つ見られたのでちょっとまとめておく。ナイーブな理論であれば、信用(あるいは負債)の拡大というのは、金融部門がより有効に機能していることととらえることとできるので、(現在の)経済成長に良い影響を与えると考えることができる。しかし、日本の1980年代後半以降の経験や、アメリカの1980年代後半の経験、及び2000年代後半の経験は、信用・負債の拡大は経済に悪い影響を及ぼしているのではないかという考えを人々の頭に植え付けている。
Mian, Sufi, Verner (2015)による最新のNBER Working Paper("Household Debt and Business Cycles Worldwide")では、30カ国(主にOECD加盟の「先進国」)の1960年から2012年にわたるデータを使い、債務・GDP比率と、GDP成長率及び失業率の関係を分析した。彼らの主要な発見は以下のとおり。
上のグラフは、3年間の家計債務・GDP比率の増加率とその後3年間のGDP成長率の相関を見ている。平均的には負の相関が見て取れることがわかるであろう。
上のグラフは、その相関関係を、国別に推定した結果を示している。おもしろいのは、日本が例外的に正の相関関係(家計債務の増加は後のGDP成長率の上昇を予測する)を示しているということである。その上のグラフでは、日本を示す点がグラフの左下の方に見られるので、日本は債務が増加せず、低成長が続いている時代が長かったからかなという風に見える。
このペーパーは面白いのだけれども、相関関係を示しているだけであり、その背後にある因果関係はわからない。どのような因果関係が考えられるだろうか?あまり深く考えていないのだけれども、ふたつの異なる考え方を挙げておこう。
ここで、Lopez-Salido, Stein, and Zakrajsek(2016)によるもう一つの最近のNBER Working Paper ("Credit-Market Sentiment and the Business Cycle")にちょっと触れておこう。このペーパーでは、アメリカの1929年から2013年のデータを用いて、市場のセンチメント(他に適切な日本語訳が見つかりらない…)が何らかの理由で改善することで、信用スプレッドが低下する(債務を借りるコストが低下する)とその2-3年後のGDP成長率は低下することを示した。ここまでは、前のペーパーの結果と整合的である。彼らは、更に、この相関がなぜ起こっているかについて仮説を提示した。彼らのストーリーは上で挙げたストーリーのふたつ目のものである。つまり、信用スプレッドは平均に回帰する傾向があるので、信用スプレッドが低下したその2-3年後には、信用スプレッドは上昇し、経済活動の停滞を引き起こすのである。このペーパーは、最近流行の時間とともに変化するリスク(time-varying risk)を景気循環の原因として考える流派をサポートするものである。但し、彼らの結果自体が、上で挙げた第1のストーリーを否定するものではない気がする。最近、また株式市場のボラティリティが高まって、景気停滞を引き起こす可能性も懸念されており、この分野の研究はまだまだ流行するであろう。
Mian, Sufi, Verner (2015)による最新のNBER Working Paper("Household Debt and Business Cycles Worldwide")では、30カ国(主にOECD加盟の「先進国」)の1960年から2012年にわたるデータを使い、債務・GDP比率と、GDP成長率及び失業率の関係を分析した。彼らの主要な発見は以下のとおり。
- ある3年間の間に債務・GDP比率が上昇した場合、その後3年間のGDP成長率は低下し、失業率は上昇することがわかった。つまり、信用ブームは将来の経済成長の停滞を予測するのである。
- この結果は、信用ブームが起こった後での景気停滞はより深刻なものになるという既存の結果よりも強いものである。なぜなら、今回の結果はその後経済が景気停滞に陥ったケース以外でも成り立つからである(つまり今回のケースはunconditional result)。
- この相関を使うと、IMFおよびOECDが作っている経済予測の精度を高めることができる。なぜなら、これらの予測は信用ブームが後の経済成長に与える不の効果を十分に勘案していないからだ。
- 債務・GDP比率の債務を「家計の債務」と「企業の債務」に分類すると、後の経済成長に負の効果を与えているのは家計の債務であることがわかった。企業の債務の拡大が後の経済成長に与える影響は小さい。
- ここまでの結果は国ベースのものだが、世界全体の信用ブームが後の世界全体の経済成長に負の影響を与えることも確認された。この相関関係を用いると、2000年代前半の世界的な信用拡張ブームは2007年以降の世界的な景気停滞が見事に予測される。
上のグラフは、3年間の家計債務・GDP比率の増加率とその後3年間のGDP成長率の相関を見ている。平均的には負の相関が見て取れることがわかるであろう。
上のグラフは、その相関関係を、国別に推定した結果を示している。おもしろいのは、日本が例外的に正の相関関係(家計債務の増加は後のGDP成長率の上昇を予測する)を示しているということである。その上のグラフでは、日本を示す点がグラフの左下の方に見られるので、日本は債務が増加せず、低成長が続いている時代が長かったからかなという風に見える。
このペーパーは面白いのだけれども、相関関係を示しているだけであり、その背後にある因果関係はわからない。どのような因果関係が考えられるだろうか?あまり深く考えていないのだけれども、ふたつの異なる考え方を挙げておこう。
- 信用・債務が拡大するときには、オーバーシュートしてしまい、信用・債務の量が多すぎる状態になり、その後に調整期間(GDP成長は停滞する)が必然的におとづれる。バブルもこのストーリーに含めることができる。
- 信用・債務の拡大・縮小は自然なサイクルがあり、債務が拡張した後には債務が縮小するのは自然な平均への回帰(mean reversion)である。
ここで、Lopez-Salido, Stein, and Zakrajsek(2016)によるもう一つの最近のNBER Working Paper ("Credit-Market Sentiment and the Business Cycle")にちょっと触れておこう。このペーパーでは、アメリカの1929年から2013年のデータを用いて、市場のセンチメント(他に適切な日本語訳が見つかりらない…)が何らかの理由で改善することで、信用スプレッドが低下する(債務を借りるコストが低下する)とその2-3年後のGDP成長率は低下することを示した。ここまでは、前のペーパーの結果と整合的である。彼らは、更に、この相関がなぜ起こっているかについて仮説を提示した。彼らのストーリーは上で挙げたストーリーのふたつ目のものである。つまり、信用スプレッドは平均に回帰する傾向があるので、信用スプレッドが低下したその2-3年後には、信用スプレッドは上昇し、経済活動の停滞を引き起こすのである。このペーパーは、最近流行の時間とともに変化するリスク(time-varying risk)を景気循環の原因として考える流派をサポートするものである。但し、彼らの結果自体が、上で挙げた第1のストーリーを否定するものではない気がする。最近、また株式市場のボラティリティが高まって、景気停滞を引き起こす可能性も懸念されており、この分野の研究はまだまだ流行するであろう。
Cyclicality of Tax Policy
Vegh and Vuletinによる、最新のAEJ Policyに掲載された論文("How Is Tax Policy Conducted Over the Business Cycle?")について簡単にメモしておく。政府が景気循環に対してどのような政策を取っているかを知るためには、政府支出と税率が景気とどのように相関しているかを調べる必要がある。政府支出の場合は比較的ことは簡単である。トレンドを除去したGDPと政府支出の相関を調べればよいのだ。これまでの研究で、政府支出については以下のことがわかっている。
そこで、筆者らは、62カ国について、1960-2013年にわたる「平均的な税率」のデータセットを構築した。この「平均的な税率」は各国の法人所得税率、個人所得税率および消費税率(VAT)を組み合わせることで得られる。このデータセットを元に、税率とGDPの相関について調べたところ、以下のことがわかった。
いわゆる経済学全体における流行である「独自のデータの構築・分析」が面白いトピックについてなされたペーパーである。
- 先進国においては政府支出とGDPは負の相関関係がある。相関係数の平均は-0.17である。つまり、先進国はいわゆる景気の動きを小さくすると思われる政策を実施している。
- 発展途上国においては逆に政府支出とGDPの相関は正である。相関係数の平均は0.35である。なぜか、発展途上国は景気の波を大きくする方向で財政政策を実施しているのである。
- いくつかの発展途上国においては、最近政府支出は正の相関から負の相関へ変化した。これらの国は発展途上国の財政政策を「卒業」したといえる。
- 発展途上国でなぜ政府支出が景気と同じ向きに動くのかについては、(1)国際金融市場へのアクセスが不十分(だから不景気には借りられない)、(2)政治的なプレッシャーによって好景気の時には財政支出を増やさざるを経ない、といった説明がなされている。
そこで、筆者らは、62カ国について、1960-2013年にわたる「平均的な税率」のデータセットを構築した。この「平均的な税率」は各国の法人所得税率、個人所得税率および消費税率(VAT)を組み合わせることで得られる。このデータセットを元に、税率とGDPの相関について調べたところ、以下のことがわかった。
- 税政策は先進国より発展途上国においてより大きく動く。発展途上国の税率は先進国のそれより35-100%変動幅が大きかった。この結果は、政府支出に関する結果と整合的である。発展途上国の政府支出の変動幅は先進国のものより60%高いという結果がある。
- 税政策は先進国においては景気と無相関(acyclical)で発展途上国のいては主に正の相関がある(procyclical)ことがわかった。
- 政府支出とGDPの正の相関が強い国ほど、GDPと税政策の正の相関も強いことがわかった。言い換えると、政府支出と税率は同じように動くということである。
- 政府支出の正の相関が強い国は「制度の質」(institutional quality、汚職の程度が低く官僚の質が高いと制度の質が良いといえる)が低いことがわかっているが、税率についても、制度の質が高い国ほど税率とGDPの正の相関が弱いことがわかった。
いわゆる経済学全体における流行である「独自のデータの構築・分析」が面白いトピックについてなされたペーパーである。
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RED on Money, Credit, and Financial Frictions
AEJ Macroの特集号とほぼ時を同じくして、今度はAEJ Macroと競合しているRED(Review of Economic Dynamics)が「通貨、信用、金融摩擦」という特集号を出した。このペーパーはAEJ Macroの特集号に入ってないのかと思っていたペーパーの多くがこっちに入っていたので納得している。個々のペーパーについて深く触れる時間はないので、軽くそれぞれのペーパーの内容をメモしておく。
Household Leveraging and Deleveraging
by Alejandro Justiniano, Giorgio Primiceri & Andrea Tambalotti
2000年から2007年の間に家計の負債は大幅に増加して、2007年以降は大幅に縮小したが、その背後にあるものは何かについてDSGEモデルを使って分析した論文。彼らの分析によると、担保制約条件(Collateral constraint)がゆるくなったりきつくなったりすることで生み出される負債の額の増減は、データの動きを説明するには弱すぎる。モデルによると、負債の額の大幅な増減は、担保制約条件の変動でなく、住宅価格が直接変化することで生み出されたと考えられる。いずれにしても、モデルによると、負債の大幅な変動がマクロ経済に与える影響は小さい。
Repos, Fire Sales, and Bankruptcy Policy
by Gaetano Antinolfi, Francesca Carapella, Charles Kahn, Antoine Martin, David Mills & Ed Nosal
現在のアメリカの破産法においては、レポ取引(Repo)において、借り手が破産した場合、貸し手は担保としてとってた金融差資産(国債など)を売ることができることとなっている。このことによって、たくさんのレポ取引を行っている大きな金融機関が破産した場合、担保に使われていた金融資産がいっせいに投売り(fire sales)されることでその金融資産の価格が暴落し、金融危機を悪化させる効果をもつ。その一方、借り手が破産した場合に担保をすぐに売りに出せない場合、借り手が破産した場合の担保の価値が減少するので、レポ取引が現在ほど活発ではなくなるかもしれない。レポ取引の最適な規制方法を考えるに当たっては、大きな金融機関が破綻した場合の投売りの悪影響と、(平常時の)レポ取引の大きさの間のトレードオフが存在することを示した。
Labor Market Upheaval, Default Regulations, and Consumer Debt
by Kartik Athreya, Juan Sanchez, Xuan Tam & Eric Young
2005年の実施された破産法の改正(それによってクレジットカード破産がしづらくなった)とGreat Recessionがクレジットカード負債の動きにどのように影響を与えたかをモデルで分析した論文。 Great Recession、特に失業者が職を見つけられる確率の低下、によって破産件数は上昇したが、2005年の破産法改正は破産件数の増加をペースを押させるのに貢献したことがわかった。
Credit Crunches and Credit Allocation in a Model of Entrepreneurship
by Marco Bassetto, Marco Cagetti & Mariacristina De Nardi
企業家が始めは金融制約の元で融資を受けて小さい企業を起こし、企業が成長してゆくモデルにおいて、Great Recessionのような大きなショックが生産活動に与える影響を分析した論文。企業家の資産が景気後退によって縮小した場合、新たに起業される企業の数は減少し、かつ、企業家が借りられる金額の制約がきつくなるので、それらの企業が成長するのに時間がかかる。よって、このようなモデルにおいては、経済に加わったショックがかなり長い間経済に負の影響を与え続ける。
Aggregate Unemployment and Household Unsecured Debt
by Zachary Bethune, Guillaume Rocheteau & Peter Rupert
労働市場と金融市場の両方に摩擦(両方ともサーチモデル)を組み込んで、両者がどのように関連しているかを分析した論文。労働市場と金融市場の間には補完性が存在し、モデルでは失業率と借入限度額の間に正の相関が生じることを示した。以下のようなメカニズムによる。借入限度額が小さいと、モノを買おうという消費者の数が減少する。よって、企業の利益が減少し、企業は雇用者数を少なくする。失業率が上がると返済できないリスクが高まるので消費者は借りられる金額が減少する。
Anatomy of a Credit Crunch: From Capital to Labor Markets
by Francisco J. Buera, Roberto Fattal-Jaef & Yongseok Shin
金融危機がいつも失業率の大幅で継続的な上昇をともなうのはなぜかを分析した論文。2007-2008年のような景気後退が担保制約が急にきつくなったことで生み出されたとする(同じ担保で借りられる金額が減少した)とすると、生産性は高いが借り入れ制約に引っかかることで最適な生産サイズに拡大できない企業が多くなるので経済全体の生産量が減少する。結果として失業率が上昇することとなる。マイクロデータによると、クレジットクランチは、小さい、あるいは若い企業の雇用の成長率により大きな負の影響を与えることがわかった。このことはモデルで強調されるメカニズムと整合的である。
Tightening Financial Frictions on Households, Recessions, and Price Reallocations
by Zhen Huo & Jose-Victor Rios-Rull
借り入れ制約が急激にきつくなることで大きな景気後退が生み出されるメカニズムを分析した論文。借り入れ制約がきつくなると借り入れ制約に引っかかっている消費者の消費が減少し、彼らによって消費されなかった財・サービスが残ってしまう(消費者が消費する財・サービスをサーチすると言う仮定が効いている)ことで、消費される生産量が減少する。借り入れ制約にひっかかるのはより資産の少ない家計であり、借り入れ制約がきつくなると消費が資産の少ない家計から資産の多い家計にシフトする。資産の多い家計はサーチをあまり積極的に行わないので、消費されずに残る財・サービスがさらに増加する。これらの効果は価格が伸縮的でない場合により強くなることも示される。
Financial Business Cycles
by Matteo Iacovielo
住宅ローンのデフォルトがGreat RecessionにおけるGDPの減少のどの位を説明できるかをDSGEモデルを推定することで計測した論文。多くの住宅ローンがデフォルトされると、住宅ローンを貸し出していた銀行は資産を失う。もし銀行が最低限守らなければならない自己資本比率ぎりぎりで運用されていた場合、銀行は自己資本比率をキープするために貸し出しを減少させ、クレジットクランチを生み出し、負のスパイラルを生み出してしまう。推定されたDSGEモデルによると、このチャンネルはGreat RecessionにおけるGDPの減少の約2/3を説明できることがわかった。
Household Leveraging and Deleveraging
by Alejandro Justiniano, Giorgio Primiceri & Andrea Tambalotti
2000年から2007年の間に家計の負債は大幅に増加して、2007年以降は大幅に縮小したが、その背後にあるものは何かについてDSGEモデルを使って分析した論文。彼らの分析によると、担保制約条件(Collateral constraint)がゆるくなったりきつくなったりすることで生み出される負債の額の増減は、データの動きを説明するには弱すぎる。モデルによると、負債の額の大幅な増減は、担保制約条件の変動でなく、住宅価格が直接変化することで生み出されたと考えられる。いずれにしても、モデルによると、負債の大幅な変動がマクロ経済に与える影響は小さい。
Repos, Fire Sales, and Bankruptcy Policy
by Gaetano Antinolfi, Francesca Carapella, Charles Kahn, Antoine Martin, David Mills & Ed Nosal
現在のアメリカの破産法においては、レポ取引(Repo)において、借り手が破産した場合、貸し手は担保としてとってた金融差資産(国債など)を売ることができることとなっている。このことによって、たくさんのレポ取引を行っている大きな金融機関が破産した場合、担保に使われていた金融資産がいっせいに投売り(fire sales)されることでその金融資産の価格が暴落し、金融危機を悪化させる効果をもつ。その一方、借り手が破産した場合に担保をすぐに売りに出せない場合、借り手が破産した場合の担保の価値が減少するので、レポ取引が現在ほど活発ではなくなるかもしれない。レポ取引の最適な規制方法を考えるに当たっては、大きな金融機関が破綻した場合の投売りの悪影響と、(平常時の)レポ取引の大きさの間のトレードオフが存在することを示した。
Labor Market Upheaval, Default Regulations, and Consumer Debt
by Kartik Athreya, Juan Sanchez, Xuan Tam & Eric Young
2005年の実施された破産法の改正(それによってクレジットカード破産がしづらくなった)とGreat Recessionがクレジットカード負債の動きにどのように影響を与えたかをモデルで分析した論文。 Great Recession、特に失業者が職を見つけられる確率の低下、によって破産件数は上昇したが、2005年の破産法改正は破産件数の増加をペースを押させるのに貢献したことがわかった。
Credit Crunches and Credit Allocation in a Model of Entrepreneurship
by Marco Bassetto, Marco Cagetti & Mariacristina De Nardi
企業家が始めは金融制約の元で融資を受けて小さい企業を起こし、企業が成長してゆくモデルにおいて、Great Recessionのような大きなショックが生産活動に与える影響を分析した論文。企業家の資産が景気後退によって縮小した場合、新たに起業される企業の数は減少し、かつ、企業家が借りられる金額の制約がきつくなるので、それらの企業が成長するのに時間がかかる。よって、このようなモデルにおいては、経済に加わったショックがかなり長い間経済に負の影響を与え続ける。
Aggregate Unemployment and Household Unsecured Debt
by Zachary Bethune, Guillaume Rocheteau & Peter Rupert
労働市場と金融市場の両方に摩擦(両方ともサーチモデル)を組み込んで、両者がどのように関連しているかを分析した論文。労働市場と金融市場の間には補完性が存在し、モデルでは失業率と借入限度額の間に正の相関が生じることを示した。以下のようなメカニズムによる。借入限度額が小さいと、モノを買おうという消費者の数が減少する。よって、企業の利益が減少し、企業は雇用者数を少なくする。失業率が上がると返済できないリスクが高まるので消費者は借りられる金額が減少する。
Anatomy of a Credit Crunch: From Capital to Labor Markets
by Francisco J. Buera, Roberto Fattal-Jaef & Yongseok Shin
金融危機がいつも失業率の大幅で継続的な上昇をともなうのはなぜかを分析した論文。2007-2008年のような景気後退が担保制約が急にきつくなったことで生み出されたとする(同じ担保で借りられる金額が減少した)とすると、生産性は高いが借り入れ制約に引っかかることで最適な生産サイズに拡大できない企業が多くなるので経済全体の生産量が減少する。結果として失業率が上昇することとなる。マイクロデータによると、クレジットクランチは、小さい、あるいは若い企業の雇用の成長率により大きな負の影響を与えることがわかった。このことはモデルで強調されるメカニズムと整合的である。
Tightening Financial Frictions on Households, Recessions, and Price Reallocations
by Zhen Huo & Jose-Victor Rios-Rull
借り入れ制約が急激にきつくなることで大きな景気後退が生み出されるメカニズムを分析した論文。借り入れ制約がきつくなると借り入れ制約に引っかかっている消費者の消費が減少し、彼らによって消費されなかった財・サービスが残ってしまう(消費者が消費する財・サービスをサーチすると言う仮定が効いている)ことで、消費される生産量が減少する。借り入れ制約にひっかかるのはより資産の少ない家計であり、借り入れ制約がきつくなると消費が資産の少ない家計から資産の多い家計にシフトする。資産の多い家計はサーチをあまり積極的に行わないので、消費されずに残る財・サービスがさらに増加する。これらの効果は価格が伸縮的でない場合により強くなることも示される。
Financial Business Cycles
by Matteo Iacovielo
住宅ローンのデフォルトがGreat RecessionにおけるGDPの減少のどの位を説明できるかをDSGEモデルを推定することで計測した論文。多くの住宅ローンがデフォルトされると、住宅ローンを貸し出していた銀行は資産を失う。もし銀行が最低限守らなければならない自己資本比率ぎりぎりで運用されていた場合、銀行は自己資本比率をキープするために貸し出しを減少させ、クレジットクランチを生み出し、負のスパイラルを生み出してしまう。推定されたDSGEモデルによると、このチャンネルはGreat RecessionにおけるGDPの減少の約2/3を説明できることがわかった。
AEJ Macro on Financial Crisis and Monetary Policy
最新のAEJ Macroは、「金融危機の金融政策に対する教訓」という2013年10月に開催された学会で発表されたペーパーを元にした特集号であった。自分の専門分野ではないのでぜんぜん詳しくはフォローしていないのだけれども、ここに載っているペーパーのうち半分くらいはいい学会で発表を聞いたことがあるので、すごい力の入った特集号だなぁ、と感心した。今やAEJ MacroはマクロのジャーナルのNo. 1をJMEと争っていると言えるのでは。それぞれをゆっくり読む時間はないので、それぞれのペーパーについて簡単にメモしておく。
Araujo, Schommer, and Woodford, "Conventional and Unconventional Monetary Policy with Endogenous Collateral Constraints"
DSGEモデルに、非伝統的金融政策(様々な資産の買い入れ)と担保制約(Collateral constraint)を導入した。民間主体が担保制約に引っかかっていない状況では、資産の買い入れは実質効果を持たない。民間主体が担保制約に引っかかっている状況では、資産を買い入れることで資産価格が変化すると実質的効果を持ちうるが、総需要に対して正の効果を持つことも負の効果を持つこともありうる。買い入れ額が既に大きいときには、資産の買い入れは総需要に対して負の効果となる。
Gertler and Karadi, "Monetary Policy Surprises, Credit Costs, and Economic Activity"
金融政策が実体経済にどのように影響をあたえるかをVARと日次データを使って推定した。日次データによると、小さな金融政策ショックはGDPとインフレ率に影響を与える。この結果はこれまで存在するVARによる結果と同じである。しかし、小さな政策金利の動きは、タームプレミアやスプレッドに大きな影響を与えることもわかった。さらに、この効果は、Forward Guidanceのスタンスによって大きく変わりうることもわかった。Forward Guidanceが拡張的なときには、金融政策が実体経済に与える効果はより大きくなる。
Gilchrist, Lopez-Salido, and Zakrajsek, "Monetary Policy and Real Borrowing Costs at the Zero Lower Bound"
伝統的な金融政策の効果、つまり政策の金利の引き下げが金利に与える効果と、ZLBの元での非伝統的な金融政策の効果を比較してみた結果、非伝統的金融政策が満期2年あるいは10年の米国債の金利に与える効果は、伝統的金融政策の下での金利に与える効果と同じくらい(comparable)であることがわかった。
Christiano, Eichenbaum, and Trabandt, "Understanding the Great Recession"
NK-DSGEモデルを推定することで、Great Recessionの期間の実体経済の動きの大部分は金融セクターの摩擦、特に借り入れコストへのショック(financial wedge)で説明できることがわかった。2009年の財政支出の拡大の財政乗数は1.6程度と小さく、マクロ経済に大きな影響を与えるには支出拡大の額も乗数の大きさも小さすぎた。
Del Negro, Giannoni, and Schorfheide, "Inflation in the Great Recession and New Keynesian Models"
DSGEは金融危機に始まるGreat Recessionを「説明できない」という批判がよく聞かれるが、このペーパーでは、そのような批判は的外れであることを示すという、力のこもったペーパー。具体的には、NK-DSGEモデルに金融摩擦(借り入れ制約)に対するショックを入れることで、Great Recessionにおけるマクロ変数の動き(GDPの急で大幅な下落、マイルドなインフレ率の下落)もきれいに複製できることを示す。インフレ率の動きはGDPの動きに比べて小さいが、インフレ率は実体経済の動き及び金融政策に大きく影響を受けることも示す。
Coibion and Gorodnichenko, "Is the Phillips Curve Alive and Well after All? Inflation Expectations and the Missing Disinflation"
Great Recessionの際にGDPHa大きく下落し失業率は大幅に上昇したにもかかわらずインフレ率は大きく下がらなかったことから、フィリップス曲線の傾きが小さいことが指摘されているが、各種のサーベイデータを使って、家計のインフレ期待は2009-2011年の間、石油価格が上昇したことで上昇したことを示す。もし、企業のインフレ期待が家計のインフレ期待と連動しているのであれば、このことで、石油価格上昇がフィリップス曲線の傾きを小さく見せたと考えられる。
Gali and Gambetti, "The Effects of Monetary Policy on Stock Market Bubbles: Some Evidence"
VARを使ってアメリカにおいて金融政策ショックが株価(S&P500)に与える影響を推定した結果、金融政策が予想より引き締められた場合、株価は継続的に高まるという、普通の金融政策の効果から期待される効果とは逆の結果が得られた。
Svensson, "The Possible Unemployment Cost of Average Inflation below a Credible Target"
1997年から2011年の間、スウェーデンのインフレ期待はターゲットである2%近辺で安定していたが、実施のインフレ率はターゲットを0.6ppほど下回った。このような状況で推定されたフィリップス曲線の傾きは0.75程度だった。つまり、実際のインフレ率がターゲットの近くにとどまっていれば、失業率は0.8ppほど高くなっていたということである。期待インフレ率が安定しているときには金融政策は失業率をかなり改善しうる。
Brunnermeier and Sannikov, "International Credit Flows and Pecuniary Externalities"
短期資本が行き来する2カ国DSGEモデルを構築。次の2つの外部性が存在するので、均衡は非効率ととなる。よって、このモデルでは、資本の動きを制限したり、マクロプルーデンシャルポリシーを実施することで攻勢を改善することがありうる。2つの外部性とは、(1)生産しすぎることで価格を下げてしまうというチャンネルを認識しない企業が借りすぎてしまうこと、(2)短期資本の動きがファイアセールスを引き起こすことで突然非流動的資本の価格を引き下げてしまうこと。
最近、タイムリーな話題に絞った特集号の話を多く聞く。老舗はJMEのCarnegie-Rochesterシリーズだけど、ほかのジャーナルもこのようなことを以前よりより活発に行っていると思う。日本のジャーナルも、アベノミクスについて、これくらいの分析を 集めた特集号を出して欲しいものだ。
Araujo, Schommer, and Woodford, "Conventional and Unconventional Monetary Policy with Endogenous Collateral Constraints"
DSGEモデルに、非伝統的金融政策(様々な資産の買い入れ)と担保制約(Collateral constraint)を導入した。民間主体が担保制約に引っかかっていない状況では、資産の買い入れは実質効果を持たない。民間主体が担保制約に引っかかっている状況では、資産を買い入れることで資産価格が変化すると実質的効果を持ちうるが、総需要に対して正の効果を持つことも負の効果を持つこともありうる。買い入れ額が既に大きいときには、資産の買い入れは総需要に対して負の効果となる。
Gertler and Karadi, "Monetary Policy Surprises, Credit Costs, and Economic Activity"
金融政策が実体経済にどのように影響をあたえるかをVARと日次データを使って推定した。日次データによると、小さな金融政策ショックはGDPとインフレ率に影響を与える。この結果はこれまで存在するVARによる結果と同じである。しかし、小さな政策金利の動きは、タームプレミアやスプレッドに大きな影響を与えることもわかった。さらに、この効果は、Forward Guidanceのスタンスによって大きく変わりうることもわかった。Forward Guidanceが拡張的なときには、金融政策が実体経済に与える効果はより大きくなる。
Gilchrist, Lopez-Salido, and Zakrajsek, "Monetary Policy and Real Borrowing Costs at the Zero Lower Bound"
伝統的な金融政策の効果、つまり政策の金利の引き下げが金利に与える効果と、ZLBの元での非伝統的な金融政策の効果を比較してみた結果、非伝統的金融政策が満期2年あるいは10年の米国債の金利に与える効果は、伝統的金融政策の下での金利に与える効果と同じくらい(comparable)であることがわかった。
Christiano, Eichenbaum, and Trabandt, "Understanding the Great Recession"
NK-DSGEモデルを推定することで、Great Recessionの期間の実体経済の動きの大部分は金融セクターの摩擦、特に借り入れコストへのショック(financial wedge)で説明できることがわかった。2009年の財政支出の拡大の財政乗数は1.6程度と小さく、マクロ経済に大きな影響を与えるには支出拡大の額も乗数の大きさも小さすぎた。
Del Negro, Giannoni, and Schorfheide, "Inflation in the Great Recession and New Keynesian Models"
DSGEは金融危機に始まるGreat Recessionを「説明できない」という批判がよく聞かれるが、このペーパーでは、そのような批判は的外れであることを示すという、力のこもったペーパー。具体的には、NK-DSGEモデルに金融摩擦(借り入れ制約)に対するショックを入れることで、Great Recessionにおけるマクロ変数の動き(GDPの急で大幅な下落、マイルドなインフレ率の下落)もきれいに複製できることを示す。インフレ率の動きはGDPの動きに比べて小さいが、インフレ率は実体経済の動き及び金融政策に大きく影響を受けることも示す。
Coibion and Gorodnichenko, "Is the Phillips Curve Alive and Well after All? Inflation Expectations and the Missing Disinflation"
Great Recessionの際にGDPHa大きく下落し失業率は大幅に上昇したにもかかわらずインフレ率は大きく下がらなかったことから、フィリップス曲線の傾きが小さいことが指摘されているが、各種のサーベイデータを使って、家計のインフレ期待は2009-2011年の間、石油価格が上昇したことで上昇したことを示す。もし、企業のインフレ期待が家計のインフレ期待と連動しているのであれば、このことで、石油価格上昇がフィリップス曲線の傾きを小さく見せたと考えられる。
Gali and Gambetti, "The Effects of Monetary Policy on Stock Market Bubbles: Some Evidence"
VARを使ってアメリカにおいて金融政策ショックが株価(S&P500)に与える影響を推定した結果、金融政策が予想より引き締められた場合、株価は継続的に高まるという、普通の金融政策の効果から期待される効果とは逆の結果が得られた。
Svensson, "The Possible Unemployment Cost of Average Inflation below a Credible Target"
1997年から2011年の間、スウェーデンのインフレ期待はターゲットである2%近辺で安定していたが、実施のインフレ率はターゲットを0.6ppほど下回った。このような状況で推定されたフィリップス曲線の傾きは0.75程度だった。つまり、実際のインフレ率がターゲットの近くにとどまっていれば、失業率は0.8ppほど高くなっていたということである。期待インフレ率が安定しているときには金融政策は失業率をかなり改善しうる。
Brunnermeier and Sannikov, "International Credit Flows and Pecuniary Externalities"
短期資本が行き来する2カ国DSGEモデルを構築。次の2つの外部性が存在するので、均衡は非効率ととなる。よって、このモデルでは、資本の動きを制限したり、マクロプルーデンシャルポリシーを実施することで攻勢を改善することがありうる。2つの外部性とは、(1)生産しすぎることで価格を下げてしまうというチャンネルを認識しない企業が借りすぎてしまうこと、(2)短期資本の動きがファイアセールスを引き起こすことで突然非流動的資本の価格を引き下げてしまうこと。
最近、タイムリーな話題に絞った特集号の話を多く聞く。老舗はJMEのCarnegie-Rochesterシリーズだけど、ほかのジャーナルもこのようなことを以前よりより活発に行っていると思う。日本のジャーナルも、アベノミクスについて、これくらいの分析を 集めた特集号を出して欲しいものだ。
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Neoclassical Models are (a Lot) More Versatile than You Think
これで2014年は最後のエントリだ。年が明けたらまた、面白かった論文の紹介という通常営業に戻ろうと思うが、その前にひとつ。
どうも、現代のマクロ経済学で使われるモデルについて様々な誤解があるように思う。タイトルではキャッチーにするため新古典派モデルとしたが、「新古典派」なんて言葉は、AKモデルではないという意味で「新古典派成長モデル」(Ramsey-Cass-Koopmansモデル)という言葉が使われる以外は、研究者の間ではほとんど使われないと思う。そういうわけで、これ以降は「現代のマクロ経済モデル」という言葉を使う。今回は、いろいろな誤解をとく手助けになるように、現在のマクロ経済モデルは、しばしば勘違いされているように幅の狭いモデルではないことを示したいと思う。これは、僕の個人的な認識なのだけれども、ちゃんとしたマクロ経済学の研究者では、大まかには同じような考えが共有されていると思う(願っている)。
1. 現在のマクロ経済学の基本モデル
モデルの基本要素は以下の3つだと思う。
(1) 無限期間(つまり動的=Dynamic)。
(2) 経済主体(消費者と企業)は目的関数の最大化を行う。目的関数は、消費者の場合は厚生(生涯にわたる効用の(discountされた)和)であり、企業の場合は企業価値(将来にわたる利益の和)。
(3) 経済は「均衡」上にある。
Dynamicsが必要とされるのは、今日消費を増やせば投資にまわせる額が減り、将来の消費が小さくなるというトレードオフが重要とみなされているからである。言い方を変えれば、マクロ経済の重要な要素である投資が意味を持つにはDynamicなモデルが必要だからだ。それに、債務がある場合、その債務を将来は返済したり借り替え続けたりしないといけないという考慮も自動的に発生する。70年代までのモデルにありがちだが、こういう要素が抜け落ちると、現在のGDPや消費を最大化したり、借りれるだけ借りるのが常に最適なモデルとなってしまう。
モデルにおける期間の長さは無限である必要はないが、無限だと数学的にちょっと簡単になるので無限期間がデフォルトで使われている。学部生に教える時には、無限期間で簡単にするための数学が使えないので3期間とかで教えていた。
目的関数の最大化が重要なのは、いわゆる「ルーカス批判」に対応するためである。例えば、所得税率が上がれば時間当たりの手取りの給料が落ちるので労働時間が下がるというような反応は、消費は常に所得の一定割合といったような70年代までのモデルでは考えることができなかった。それにDynamicsがあって、消費者が将来にわたる効用の和を最大化する場合、消費税増税の前に駆け込み消費が起こり、消費税増税後は消費が大幅に落ちる、更に、それにあわせて消費税が引き上げられる前後でGDPも大きく上下するといったことも、モデルで比較的容易に再現できる。70年代までのモデルではこういう動きは容易には再現できなかった。
ここで、一言書いておく。しばしば、現代のマクロ経済モデルでは、消費者がお金のことばかり考えている(それは現実とそぐわない)という批判が見られるが、消費者の効用は、(お金で直接的に買える)消費のみによって定義することもできるし、他人との比較(external habit)や、高いものに慣れたら安いものに容易に戻れないというような生活習慣(internal habit)というようなものも含んだモデルも用いられている。ステータスが効用を高めるという消費者のモデルを使っている人もいる。この点についてはまた後で述べる。
経済が「均衡」にあるという要素も、しばしば誤解される。狭義では、何の摩擦もなく、すべての市場で需要と供給が一致するという状態を指すかもしれない。このような意味でしか理解しない人が、「現在のマクロ経済学では失業がない」といった間違った考え方を持ってしまっているのだと思う。現実はそうではなく、現在はもっと柔軟な「均衡」が用いられている。この点についても下で振り返る。
もうひとつ言っておきたいのは、 ここで描写したモデルというのは、ミクロ経済学のいわゆる一般均衡モデルというものだ。よく、いまや一般均衡モデルはマクロ経済学者にしか使われていない、といわれるが、まさにそのとおりだと思う。実際、コアコースの一般均衡理論はマクロ経済学者が教えているというケースもよくある。更に付け加えると、現在のマクロモデルというのは、基本的には、一般均衡モデルにいろいろ加えて、実際のマクロ経済に似ている形にしたもの、ということができる。何を加えるかは、何を分析したいかによるのだが、元のモデル(シンプルな動的な一般均衡モデル)が皆で共有されているので、あるものを加えたらどういうことが起こるかというのがわかりやすいという面があると思う。
2. RBC(Real Business Cycle)モデル
おそらくは、いわゆる「新古典派マクロ経済モデル」が誤解されている理由は、RBCしか知らない人が多いからであろう。RBCモデルが何であるかは詳しく立ち入らないが、基本的には、 現在のマクロ経済学の基本モデルで、次のような特徴を持ったモデルである。
(1) 代表的個人(representative agent)
(2) 完備市場
(3) 摩擦がない
(4) 景気循環はTFP(Total Factor Productivity、大まかに言うと生産性)のランダムな変動によって引き起こされる
このようなモデルでは、もちろん、銀行なんて存在しない(必要がない)し、貨幣の役割もないし、経済は最適な状況にあるので政府がやることはない。ただ、このモデルは、景気変動のうちどのくらいが生産性の変動によるものかを計測するために作られた特別な(シンプルな)もので、別に現在のマクロ経済モデルが皆このようなモデルであるわけではない。そもそもこのモデルが開発されたのは1980年ごろだ。このころは、このモデルが解けただけでもすごいことであった。ある経済学者がこのようなモデルをベンチマークとして使っていても、そのこと自体が、その経済学者はすべての財政・金融政策は無駄と考えていることを必ずしも意味しないと思う。
3. DSGE (Dynamics Stochastic General Equilibrium)モデル
1980年以降、RBCモデルのような、現代のマクロ経済学の基本モデルのうち最小限のモデルがいろいろな方向に発展させられて、いろいろなことが議論できるようになったのだが、それらのモデルを総称して(広義の)DSGEモデルと呼ぶ。一般的はRBCモデルに以下のような要素が加わる。
(1) 様々な摩擦(→データとモデルを整合的にするのに役立つ)
(2) 特に、名目的な摩擦(Nominal Friction)。入れ方としてはCalvo(企業はある確率でしか名目価格を変えることができない)とMenu Cost(名目価格を変えるには(メニューを書き換える)コストがかかり、そのコストは価格を大きく変えれば変えるほど大きくなる)。これらの摩擦が入ったモデルはNK (New-Keynesian) DSGEモデルと呼ばれる。このモデルの利点は、金融政策が実物経済に影響を持つようになるので、金融政策を議論することができるという点である。
(3) 景気循環は様々なショックによって引き起こされる。どのようなショックが景気変動を引き起こしているかは様々なモデルが入ったモデルを推定することで、データに語らせるのが普通である。
以下では、現在のマクロ経済学モデルに加えられてきたそのほかの要素について言及する。
4. Financial Frictions(金融市場の摩擦)
お金の貸し借りに摩擦がある場合、銀行の役割が生じてくる。特に、金融危機以降、マクロモデルに銀行やその他金融機関を入れたモデルが活発に開発されている。
それに、何らかの理由で企業に借り入れ制約があり、借りたい分だけ借りられないという要素が入ったマクロ経済モデルも多数存在する。このようなモデルでは、何らかの理由(例えば企業が保有する不動産などの資産の価値が下落したので、不動産の価値を担保にした借り入れがしにくくなる)で企業の借り入れが難しくなると、生産量が縮小し、景気に深刻な影響を及ぼしうる。前FRB議長のBernankeや清滝さんが有名なのは、この分野で金融危機が起こるずっと前から貢献してきたからだ。
5. Labor Market Frictions(労働市場の摩擦)
労働者が自分に合った職を探すのに時間がかかるので、職を探している間は失業者となっているという要素の入ったマクロ経済モデルも、1990年台以降活発に開発されてきている。基本となっているのは2010年にノーベル賞をとったDiamond, Mortensen, Pissaridesの3者が開発した労働市場の摩擦モデルであるが、1990年代以降、RBCモデル(あるいはDSGEモデル)に加えられ、今ではマクロ経済モデルで失業を議論する際に普通に使われている。
ここで一言付け加えておくと、労働市場に摩擦があって、働きたいけど働けない労働者が存在するような「均衡」も普通に使われているということだ。ある意味「均衡」という言葉の濫用と考える人もいるかもしれない。
それ以外にも、最近のエントリで扱ったが、賃金に下方硬直性があるので、賃金を下げれば完全雇用が達成できても、均衡では失業が生じるというモデルも使われる。
6. Behavioral Assumptions(行動経済学的な仮定)
現代のマクロ経済学は行動経済学的な要素を簡単に取り入れることができる、柔軟なフレームワークである。例えば、よく使われるPresent Bias(現在の消費を魅力的に感じすぎてしまい、消費しすぎる)といった仮定も、基本モデルにおける消費者の目的関数を変更するだけで取り入れることができる。最近は、投資家が強気すぎる予想の元に投資決定をしたり、住宅価格が過去と同じペースで上がり続けると錯覚したりすることも、現在のマクロ経済モデルの中で分析されている。こういう意味で、「新古典派経済学か行動経済学か」といった二元論は間違っていると思う。
7. Heterogeneous Agents(異質性)
一般的なDSGEモデルで使われる代表的個人の仮定の下では、所得の不平等や、所得再分配政策、年金政策、世代間再分配をモデルの枠内で議論することができない。このような問題を超えるために、年齢や所得といった面で異なるたくさんの消費者が存在するモデルも1990年台より活発に開発されてきている。消費者の側の異質性だけでなく、企業の側の異質性を導入したモデルも最近発達してきている。
現在のマクロ経済学の面白いところは、「ゲームのルール」が共有されており、その中で競争が行われていることだと思う。基本モデルは共有されている。そのメリットは、大体において、ある拡張を行った場合、モデルの挙動がどのように変わるかはある程度感覚的にわかることが多いことである(もちろん驚くべき変化が生じればすばらしい)。基本的なモデルが拡張された場合、モデルの成功はデータとの整合性(の改善)によって測られる。同じような改善を示すモデルが複数ある場合、モデルによってインプリケーションが異なる他のデータを見てモデルの優劣が決められる。モデルがある程度データと整合的で「使える」と判断されれば、モデルの政策的インプリケーションが分析される。「最適な政策」は、通常、消費者の目的関数を最大化するものと考える。政策的なインプリケーションは、モデルをちょっと変えたとき、あるいはパラメータの値が変わった時も同じものが得られるか(頑健か)がチェックされる。
前回のエントリで、モデルの重要性を叫びすぎだと受け取られたかもしれないが、このようなルールに則ってもらわないと、皆で協力して日本経済についての理解を深め、政策をよりよいものにしていくというプロセスに貢献しないと思ったからだ。
いつにも増して推敲に時間を割いていないので、後でちょっとづつ書き直すことになると思うがお許し願いたい。では、よいお年を。どこまで続くかわからないが、来年もとりあえず続けてみようと思う。
どうも、現代のマクロ経済学で使われるモデルについて様々な誤解があるように思う。タイトルではキャッチーにするため新古典派モデルとしたが、「新古典派」なんて言葉は、AKモデルではないという意味で「新古典派成長モデル」(Ramsey-Cass-Koopmansモデル)という言葉が使われる以外は、研究者の間ではほとんど使われないと思う。そういうわけで、これ以降は「現代のマクロ経済モデル」という言葉を使う。今回は、いろいろな誤解をとく手助けになるように、現在のマクロ経済モデルは、しばしば勘違いされているように幅の狭いモデルではないことを示したいと思う。これは、僕の個人的な認識なのだけれども、ちゃんとしたマクロ経済学の研究者では、大まかには同じような考えが共有されていると思う(願っている)。
1. 現在のマクロ経済学の基本モデル
モデルの基本要素は以下の3つだと思う。
(1) 無限期間(つまり動的=Dynamic)。
(2) 経済主体(消費者と企業)は目的関数の最大化を行う。目的関数は、消費者の場合は厚生(生涯にわたる効用の(discountされた)和)であり、企業の場合は企業価値(将来にわたる利益の和)。
(3) 経済は「均衡」上にある。
Dynamicsが必要とされるのは、今日消費を増やせば投資にまわせる額が減り、将来の消費が小さくなるというトレードオフが重要とみなされているからである。言い方を変えれば、マクロ経済の重要な要素である投資が意味を持つにはDynamicなモデルが必要だからだ。それに、債務がある場合、その債務を将来は返済したり借り替え続けたりしないといけないという考慮も自動的に発生する。70年代までのモデルにありがちだが、こういう要素が抜け落ちると、現在のGDPや消費を最大化したり、借りれるだけ借りるのが常に最適なモデルとなってしまう。
モデルにおける期間の長さは無限である必要はないが、無限だと数学的にちょっと簡単になるので無限期間がデフォルトで使われている。学部生に教える時には、無限期間で簡単にするための数学が使えないので3期間とかで教えていた。
目的関数の最大化が重要なのは、いわゆる「ルーカス批判」に対応するためである。例えば、所得税率が上がれば時間当たりの手取りの給料が落ちるので労働時間が下がるというような反応は、消費は常に所得の一定割合といったような70年代までのモデルでは考えることができなかった。それにDynamicsがあって、消費者が将来にわたる効用の和を最大化する場合、消費税増税の前に駆け込み消費が起こり、消費税増税後は消費が大幅に落ちる、更に、それにあわせて消費税が引き上げられる前後でGDPも大きく上下するといったことも、モデルで比較的容易に再現できる。70年代までのモデルではこういう動きは容易には再現できなかった。
ここで、一言書いておく。しばしば、現代のマクロ経済モデルでは、消費者がお金のことばかり考えている(それは現実とそぐわない)という批判が見られるが、消費者の効用は、(お金で直接的に買える)消費のみによって定義することもできるし、他人との比較(external habit)や、高いものに慣れたら安いものに容易に戻れないというような生活習慣(internal habit)というようなものも含んだモデルも用いられている。ステータスが効用を高めるという消費者のモデルを使っている人もいる。この点についてはまた後で述べる。
経済が「均衡」にあるという要素も、しばしば誤解される。狭義では、何の摩擦もなく、すべての市場で需要と供給が一致するという状態を指すかもしれない。このような意味でしか理解しない人が、「現在のマクロ経済学では失業がない」といった間違った考え方を持ってしまっているのだと思う。現実はそうではなく、現在はもっと柔軟な「均衡」が用いられている。この点についても下で振り返る。
もうひとつ言っておきたいのは、 ここで描写したモデルというのは、ミクロ経済学のいわゆる一般均衡モデルというものだ。よく、いまや一般均衡モデルはマクロ経済学者にしか使われていない、といわれるが、まさにそのとおりだと思う。実際、コアコースの一般均衡理論はマクロ経済学者が教えているというケースもよくある。更に付け加えると、現在のマクロモデルというのは、基本的には、一般均衡モデルにいろいろ加えて、実際のマクロ経済に似ている形にしたもの、ということができる。何を加えるかは、何を分析したいかによるのだが、元のモデル(シンプルな動的な一般均衡モデル)が皆で共有されているので、あるものを加えたらどういうことが起こるかというのがわかりやすいという面があると思う。
2. RBC(Real Business Cycle)モデル
おそらくは、いわゆる「新古典派マクロ経済モデル」が誤解されている理由は、RBCしか知らない人が多いからであろう。RBCモデルが何であるかは詳しく立ち入らないが、基本的には、 現在のマクロ経済学の基本モデルで、次のような特徴を持ったモデルである。
(1) 代表的個人(representative agent)
(2) 完備市場
(3) 摩擦がない
(4) 景気循環はTFP(Total Factor Productivity、大まかに言うと生産性)のランダムな変動によって引き起こされる
このようなモデルでは、もちろん、銀行なんて存在しない(必要がない)し、貨幣の役割もないし、経済は最適な状況にあるので政府がやることはない。ただ、このモデルは、景気変動のうちどのくらいが生産性の変動によるものかを計測するために作られた特別な(シンプルな)もので、別に現在のマクロ経済モデルが皆このようなモデルであるわけではない。そもそもこのモデルが開発されたのは1980年ごろだ。このころは、このモデルが解けただけでもすごいことであった。ある経済学者がこのようなモデルをベンチマークとして使っていても、そのこと自体が、その経済学者はすべての財政・金融政策は無駄と考えていることを必ずしも意味しないと思う。
3. DSGE (Dynamics Stochastic General Equilibrium)モデル
1980年以降、RBCモデルのような、現代のマクロ経済学の基本モデルのうち最小限のモデルがいろいろな方向に発展させられて、いろいろなことが議論できるようになったのだが、それらのモデルを総称して(広義の)DSGEモデルと呼ぶ。一般的はRBCモデルに以下のような要素が加わる。
(1) 様々な摩擦(→データとモデルを整合的にするのに役立つ)
(2) 特に、名目的な摩擦(Nominal Friction)。入れ方としてはCalvo(企業はある確率でしか名目価格を変えることができない)とMenu Cost(名目価格を変えるには(メニューを書き換える)コストがかかり、そのコストは価格を大きく変えれば変えるほど大きくなる)。これらの摩擦が入ったモデルはNK (New-Keynesian) DSGEモデルと呼ばれる。このモデルの利点は、金融政策が実物経済に影響を持つようになるので、金融政策を議論することができるという点である。
(3) 景気循環は様々なショックによって引き起こされる。どのようなショックが景気変動を引き起こしているかは様々なモデルが入ったモデルを推定することで、データに語らせるのが普通である。
以下では、現在のマクロ経済学モデルに加えられてきたそのほかの要素について言及する。
4. Financial Frictions(金融市場の摩擦)
お金の貸し借りに摩擦がある場合、銀行の役割が生じてくる。特に、金融危機以降、マクロモデルに銀行やその他金融機関を入れたモデルが活発に開発されている。
それに、何らかの理由で企業に借り入れ制約があり、借りたい分だけ借りられないという要素が入ったマクロ経済モデルも多数存在する。このようなモデルでは、何らかの理由(例えば企業が保有する不動産などの資産の価値が下落したので、不動産の価値を担保にした借り入れがしにくくなる)で企業の借り入れが難しくなると、生産量が縮小し、景気に深刻な影響を及ぼしうる。前FRB議長のBernankeや清滝さんが有名なのは、この分野で金融危機が起こるずっと前から貢献してきたからだ。
5. Labor Market Frictions(労働市場の摩擦)
労働者が自分に合った職を探すのに時間がかかるので、職を探している間は失業者となっているという要素の入ったマクロ経済モデルも、1990年台以降活発に開発されてきている。基本となっているのは2010年にノーベル賞をとったDiamond, Mortensen, Pissaridesの3者が開発した労働市場の摩擦モデルであるが、1990年代以降、RBCモデル(あるいはDSGEモデル)に加えられ、今ではマクロ経済モデルで失業を議論する際に普通に使われている。
ここで一言付け加えておくと、労働市場に摩擦があって、働きたいけど働けない労働者が存在するような「均衡」も普通に使われているということだ。ある意味「均衡」という言葉の濫用と考える人もいるかもしれない。
それ以外にも、最近のエントリで扱ったが、賃金に下方硬直性があるので、賃金を下げれば完全雇用が達成できても、均衡では失業が生じるというモデルも使われる。
6. Behavioral Assumptions(行動経済学的な仮定)
現代のマクロ経済学は行動経済学的な要素を簡単に取り入れることができる、柔軟なフレームワークである。例えば、よく使われるPresent Bias(現在の消費を魅力的に感じすぎてしまい、消費しすぎる)といった仮定も、基本モデルにおける消費者の目的関数を変更するだけで取り入れることができる。最近は、投資家が強気すぎる予想の元に投資決定をしたり、住宅価格が過去と同じペースで上がり続けると錯覚したりすることも、現在のマクロ経済モデルの中で分析されている。こういう意味で、「新古典派経済学か行動経済学か」といった二元論は間違っていると思う。
7. Heterogeneous Agents(異質性)
一般的なDSGEモデルで使われる代表的個人の仮定の下では、所得の不平等や、所得再分配政策、年金政策、世代間再分配をモデルの枠内で議論することができない。このような問題を超えるために、年齢や所得といった面で異なるたくさんの消費者が存在するモデルも1990年台より活発に開発されてきている。消費者の側の異質性だけでなく、企業の側の異質性を導入したモデルも最近発達してきている。
現在のマクロ経済学の面白いところは、「ゲームのルール」が共有されており、その中で競争が行われていることだと思う。基本モデルは共有されている。そのメリットは、大体において、ある拡張を行った場合、モデルの挙動がどのように変わるかはある程度感覚的にわかることが多いことである(もちろん驚くべき変化が生じればすばらしい)。基本的なモデルが拡張された場合、モデルの成功はデータとの整合性(の改善)によって測られる。同じような改善を示すモデルが複数ある場合、モデルによってインプリケーションが異なる他のデータを見てモデルの優劣が決められる。モデルがある程度データと整合的で「使える」と判断されれば、モデルの政策的インプリケーションが分析される。「最適な政策」は、通常、消費者の目的関数を最大化するものと考える。政策的なインプリケーションは、モデルをちょっと変えたとき、あるいはパラメータの値が変わった時も同じものが得られるか(頑健か)がチェックされる。
前回のエントリで、モデルの重要性を叫びすぎだと受け取られたかもしれないが、このようなルールに則ってもらわないと、皆で協力して日本経済についての理解を深め、政策をよりよいものにしていくというプロセスに貢献しないと思ったからだ。
いつにも増して推敲に時間を割いていないので、後でちょっとづつ書き直すことになると思うがお許し願いたい。では、よいお年を。どこまで続くかわからないが、来年もとりあえず続けてみようと思う。
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Quality Trade-Down and Employment
Nir Jaimovich, Sergio Rebelo, and Arlene WongのNorthwesternグループによる論文"Frugal Consumers and the Labor Market"が面白かったので簡単に紹介する。
2007年から2012年まで続いた大不況(Great Recession)によって、アメリカの消費者の所得は大きく減少した。平均的な(medianでみた)家計の収入は約10%も落ち込んだ。このような所得の下落に対して消費者はどのように対応したであろうか?これまでの研究では以下の3つの消費者行動に焦点が当てられてきた。
2007年から2012年まで続いた大不況(Great Recession)によって、アメリカの消費者の所得は大きく減少した。平均的な(medianでみた)家計の収入は約10%も落ち込んだ。このような所得の下落に対して消費者はどのように対応したであろうか?これまでの研究では以下の3つの消費者行動に焦点が当てられてきた。
- すべての財・サービスに対して消費支出を切り詰める。
- 耐久消費財(家電や自動車)の買い替えを延期する。ここ1-2年アメリカにおいては自動車の売れ行きが大変好調であるが、この背景には車の買い替えを控えていた消費者が一気に押し寄せているという背景がある。
- 安い商品(セール)を探すのに時間をより費やす。これによって売り手側のマークアップが減少した。
- 購入する商品の構成を変える。特に、ぜいたく品(luxuries)から必需品(necessities)へシフトさせる(「カテゴリーの下降シフト」)。
- それぞれのカテゴリーの中の構成を変える。特に、より品質の高いもの方品質の低いものへシフトさせる(著者らはこのような行動を「品質の下方シフト」と呼ぶ)。
大不況の時期に、食費全体の支出(オレンジ色の線)はもちろん減少したが、外食での支出(濃紺の線)の方が大きく減少していることが見て取れるだろう。家での食事のための支出(水色の線)も下がっているが、外食ほどは下がっていない。 これが彼らのいう「カテゴリーの下降シフト」である。それと同時に、「品質の下降シフト」も起こっている。外食支出の中での構成を見たのが以下のグラフである。
フルサービスのレストランの支出(緑色の線)が大きく減少する一方、限定的サービスのレストラン(ファーストフードと考えればよい)の支出(ピンク色の線)はそれほど減っていない。つまり、外食のカテゴリーの中でも、フルサービスからファーストフードへのシフトが起こっているのだ。
ここでは、レストランだけを見てきたが、ほかにもカテゴリー内のシフトを見ることができる産業があるので、それらの変化を整理してみたのが以下のグラフである。下のグラフは、いくつかのカテゴリーの中で、2007年から2012年の間に、高品質(オレンジ色)、中品質(薄い青)、低品質(濃紺)の3つのカテゴリーのマーケットシェアがどのように変化したかを示している。もちろん3つ足し合わせればゼロである。
外食(右から2番目の棒グラフ)では高品質のレストラン(オレンジ色)はあまり変化していないが、中品質のレストラン(こなれない日本語で申し訳ない)のマーケットシェアは2007年から2012年の間で13%くらい落ち込んでいるのが見て取れる。その分シェアが増えたのが低品質のレストランである。ちなみに、レストランやホテルなどの「品質」を決めるにあたってはYelp(何にでも評価をつけるぐるなびのようなものである)のデータ(例えばレストランの場合、ユーザーはドルマークの個数でレストランの「格」を評価するが、そのデータを使ってレストランを「格付け」している)を使っているのが面白いところだ。General Merchandise Stores(一番右の棒グラフ)というのはどこのスーパー・デパートで買い物をするかというシェアの変化を示している。高級・中級スーパーから低級スーパーへのシフトが起こっているのが見て取れる。データのある6つの産業の平均を見ると(一番左の棒グラフ)、高品質のものへの支出にははっきりとしたパターンが見て取れないが、一般的に、中品質から低品質へのシフトが起こっていることがわかるであろう。
ここまでが、このペーパーの第1のポイントである。もうひとつ面白いポイントは、高品質のものほど、資本より労働を多く使うというデータを示したことである。イメージとしては、高級なブティックとかであれば店員が多くいて顧客の世話をするが、安売りスーパーとかでは、客はほおっておくので接客要員があまり多くはいらないと考えればよい。もし不況によって、高品質のものから低品質のものへ需要がシフトするとどうなるか。低品質のものは労働よりも資本を多く用いるので、労働需要が減少し、雇用の減少、賃金の低下を引き起こすのである。もちろん、不況が起これば雇用は減少し賃金は下落するのであるが、この、高品質なものから低品質なものへのカテゴリー内の需要のシフトが起こることで、労働需要の減少がさらに拡大するというのが彼らの主張するチャンネルである。
では、一例として、彼らの主張が一番きれいに出ているスーパーマーケットのデータを見てみよう。
上の図は、それぞれのスーパーマーケットで、ある一定の売り上げを生み出すために何人の従業員を必要としているかを示していえるものである。一番高品質のWholefoodsは一番低品質のCostcoに比べて同じ売り上げを生み出すために約3倍の従業員を使っているというのがこのグラフから見て取れる。まぁ、ほかの業界はこれほどきれいなデータとなっていないけれども、まぁしょうがない。それにCostcoは低品質なのではなくて、単にまとめ買いができるから安いのだと思うけれども。
最後に、彼らは、このような「カテゴリーの下降シフト」と「品質の下降シフト」を取り込んだRBCモデルを構築して、このような効果が、不況の際の雇用の減少をどのくらい増幅するかを計算している。 この計算はおまけのようなものなので省略する。Labor Marketに関するおもしろいfactsを持ってきて論文に仕上げるのがうまいJaimovichらしい論文である。
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Nick Bloom on Uncertainty and Macro
不確実性(Uncertainty、BloomはKnightian UncertaintyとRiskをここでは厳密に区別しないといっている)が変化することでマクロ経済に与える影響を分析して一躍有名になったStanfordのNick BloomがSED(Society of Economic Dynamics)の年次総会(今年はトロント大学で開催された)で、不確実性に関する研究の現状についてレクチャーをした。そのときのスライドはここにある。このレクチャーの内容を簡単にまとめておく。
不確実性がマクロ経済に与える影響に関する研究が再び脚光を浴びるようになったのはなぜか。Bloomは5つの理由を挙げている。
では、次に、データについてみていく。利用できるデータによると、不確実性には次のような「定型化された事実(stylized facts)」が存在する。
学会で行われるレクチャーというのは、自分が今やっているペーパーの紹介になってしまって、がっかりすることが多いが、このレクチャーは不確実性に関する研究の現在までと最前線の状況についてわかりやすく教えてくれる、とてもよいものだった。
不確実性がマクロ経済に与える影響に関する研究が再び脚光を浴びるようになったのはなぜか。Bloomは5つの理由を挙げている。
- 大不況(Great Recession)は、不確実性の大幅な上昇と同時に起こった。どちらがどちらを引き起こしたかについての最終的な結論はまだ出ていないものの、不確実性の急激な上昇が不況を生み出したと議論する人も多い。
- 大平穏期(Great Moderation)が終わって、一般的に景気循環についての研究が再び脚光を浴びるようになった。
- コンピューターのスピードが上がることで、不確実性が意味を持つ、非線形性を持つモデルを解くことが可能になった。
- 不確実性の変化を測るために使うことのできるデータ(高頻度の取引に関するデータ、サーベイデータ、新聞記事のデータベースややgoogleなどに蓄えられたデータ)が充実してきた。
- Krugmanは不確実性はあまり重要でないといっている(最近よくあるKrugmanがらみのジョークである)。
では、次に、データについてみていく。利用できるデータによると、不確実性には次のような「定型化された事実(stylized facts)」が存在する。
- マクロレベルの不確実性はcountercyclical(不況期に高くなる)である。以下に、S&P 500の変動の大きさ(volatility)を示す。
影のかかった部分が不況の時期である。不況期に株式の変動が大きくなることが見て取れる。政策に関する不確実性(policy uncertainty)も景気後退期に高まりがちである。また、不況期には景気予測に関する意見の不一致を示す指標(アナリストの景気予測がどの位ばらついているかを見ることで測ることができる)も上昇しがちである。
- ミクロレベルの不確実性もcountercyclicalである。このことは、産業別に見ても、個々の企業レベルで見ても、個々の企業が保有するプラントレベルでも、個々の商品価格のばらつき具合を見ても、当てはまる。
- 個々の企業が直面する3次より上のモーメントはacyclical(景気と連動して変動しない)に見える。このことは、不確実性の研究においては、平均(mean)と分散(variance)だけが刻々と変わるという風に考えればよいということを示している。しかし、その一方、個人の所得のデータを見ると、最近の研究では、景気後退時に上昇するのは分散(2次のモーメント)ではなくて歪度(skewness、3次のモーメント)であることが示されており、企業側のデータの特性との齟齬が存在している。
- 不確実性は発展途上国の方が高い。そもそも、途上国のGDPは、先進国に比べて50%振れが大きい。
- Krugmanが提唱するのは、不況期には政府は新しい政策を試しがちだという理論である。
- 好況期には企業の活動が活発になることで、情報がより蓄積され、不確実性も下落するが、不況期には逆に、企業の活動が不活発になることで、情報の生産速度が低下し、不確実性が上昇するという理論も存在する。元になっているのはVan Nieuwerburgh and Veldkamp (2006)のペーパーである。
- Bachmann and Moscarini (2011)は、企業は不況期には失敗のコストが低くなるので、様々な実験的な活動を行い、そのことが不確実性を上昇させるという理論を提唱している。
- Orlik and Veldkamp (2014)は不況期は、将来を見通すのが難しくなるので、不確実性が高まるという理論を提唱している。
- Bloom (2009)は完全に外生的なショックを使って因果関係を導き出そうとしている。
- 企業レベルのデータを使った分析も進められている。
学会で行われるレクチャーというのは、自分が今やっているペーパーの紹介になってしまって、がっかりすることが多いが、このレクチャーは不確実性に関する研究の現在までと最前線の状況についてわかりやすく教えてくれる、とてもよいものだった。
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Credit Crunch in Heterogeneous Agent Model
今回は、Guerrieri and Lorenzoniによる"Credit Crises, Precautionary Savings, and the Liquidity Trap" (NBER WP 2011)を簡単に扱う。アメリカのGreat Recessionは住宅価格が急落したことで、住宅を担保に借りるモーゲージローン、特に頭金が極端に小さいサブプライム型のモーゲージローン、の条件がきつくなったことが原因と見る人が多い。住宅を担保に借りられる金額が急に減少したことで消費を切り詰める家計が大量に発生するとともに、現在はモーゲージローンを借りていない家計も用心のために消費を切り詰めた(precautionary saving)というのがロジックである。家計が消費を切り詰めたことで総需要が減少し、経済が不況に陥ったと考えるのである。
このようなチャンネルはいわゆるRepresentative Agent (RA)(代表的個人)を仮定する単純なマクロモデルではキレイに再現できない。すべての家計が同じなので、借り入れをしている家計がいないからである。RAモデルを使ってクレジットクランチのようなものを引き起こしたい場合、家計が将来のutilityを割り引くのに使う割引率が急に低くなった(ので家計は消費を減らし、貯蓄を増やした)という仮定が使われるが、所詮アドホックな仮定であり解釈が難しい。
もし貯蓄している家計と借り入れしている家計の2タイプがいるモデルを作ったとしても(IacovielloのAER(2005)のようなタイプのモデルを想像してほしい)、こういうモデルではクレジットクランチが起こったときに借りすぎていたので、消費を切り詰めなければならない家計はあまり多くない状況になりがちである。そうであれば、借入可能額が急に縮小しても経済全体に与える影響は小さいものに収まる可能性が高い。
逆に、Heterogeneous Agent (HA) が存在するモデルを使うと、クレジットクランチ(急激な借り入れ可能額の縮小)によって総消費が急に縮小するような状況も比較的容易に再現できる。今回取り上げるペーパーでは、様々なバージョンのHAモデルを使い、クレジットクランチがどのようにマクロ経済に影響を与えるかを分析した。以下では、彼らのモデルを簡単に紹介した後で、彼らが得た結果を一つずつ簡単に要約してゆく。
彼らのモデルは、典型的なBewley-Huggett-Aiyagariモデルである。このモデルには無数の消費者が存在しており、それぞれの消費者は労働生産性と資産保有額の面で異なっている。各期各期に、消費者は、何時間働くか(そして何時間余暇を楽しむか)、いくら消費財を購入して消費するか、いくらの資産を将来のために残しておくか、を決める。生産性はランダムに変化する。生産性が低いときには、資産があれば資産を減らすことで消費を落とさないようにすることができる。資産があまりなくても、借り入れができれば借り入れをすることで消費を補填することができる。あるいは、生産性が低くても長時間働くことで労働収入を維持することもできるが、逆に、労働を減らして余暇を楽しむ時間を増やすことで、消費の減少を余暇で補うことも可能だ。借り入れができる限度額は外生的に決められている。彼らのメインの実験は、この借入限度額が急に引き締められたときに、マクロ経済がどのように反応するかというものだ。賃金は生産性と比例している。(実質)金利は、借り入れをしたい人の借り入れ総額と、貯蓄をしておきたい人達の貯蓄総額が一致する(資産の需要と供給がバランスする)ように決定される。彼らはこのベースとなるモデルからスタートして、後半には新しい要素(住宅を担保とするローンやゼロ金利制約)を導入してゆく。
では彼らが得た結果を要約していこう。
このようなチャンネルはいわゆるRepresentative Agent (RA)(代表的個人)を仮定する単純なマクロモデルではキレイに再現できない。すべての家計が同じなので、借り入れをしている家計がいないからである。RAモデルを使ってクレジットクランチのようなものを引き起こしたい場合、家計が将来のutilityを割り引くのに使う割引率が急に低くなった(ので家計は消費を減らし、貯蓄を増やした)という仮定が使われるが、所詮アドホックな仮定であり解釈が難しい。
もし貯蓄している家計と借り入れしている家計の2タイプがいるモデルを作ったとしても(IacovielloのAER(2005)のようなタイプのモデルを想像してほしい)、こういうモデルではクレジットクランチが起こったときに借りすぎていたので、消費を切り詰めなければならない家計はあまり多くない状況になりがちである。そうであれば、借入可能額が急に縮小しても経済全体に与える影響は小さいものに収まる可能性が高い。
逆に、Heterogeneous Agent (HA) が存在するモデルを使うと、クレジットクランチ(急激な借り入れ可能額の縮小)によって総消費が急に縮小するような状況も比較的容易に再現できる。今回取り上げるペーパーでは、様々なバージョンのHAモデルを使い、クレジットクランチがどのようにマクロ経済に影響を与えるかを分析した。以下では、彼らのモデルを簡単に紹介した後で、彼らが得た結果を一つずつ簡単に要約してゆく。
彼らのモデルは、典型的なBewley-Huggett-Aiyagariモデルである。このモデルには無数の消費者が存在しており、それぞれの消費者は労働生産性と資産保有額の面で異なっている。各期各期に、消費者は、何時間働くか(そして何時間余暇を楽しむか)、いくら消費財を購入して消費するか、いくらの資産を将来のために残しておくか、を決める。生産性はランダムに変化する。生産性が低いときには、資産があれば資産を減らすことで消費を落とさないようにすることができる。資産があまりなくても、借り入れができれば借り入れをすることで消費を補填することができる。あるいは、生産性が低くても長時間働くことで労働収入を維持することもできるが、逆に、労働を減らして余暇を楽しむ時間を増やすことで、消費の減少を余暇で補うことも可能だ。借り入れができる限度額は外生的に決められている。彼らのメインの実験は、この借入限度額が急に引き締められたときに、マクロ経済がどのように反応するかというものだ。賃金は生産性と比例している。(実質)金利は、借り入れをしたい人の借り入れ総額と、貯蓄をしておきたい人達の貯蓄総額が一致する(資産の需要と供給がバランスする)ように決定される。彼らはこのベースとなるモデルからスタートして、後半には新しい要素(住宅を担保とするローンやゼロ金利制約)を導入してゆく。
では彼らが得た結果を要約していこう。
- 予測されなかったクレジットクランチが起こり、家計が借りられる金額が急に縮小すると、ぎりぎりまで借り入れを行っていた家計は当然借入額を減少させなければならない。それと同時に、借り入れしていなかったり、ぎりぎりまで借りていなかった家計も、借り入れ可能金額の縮小を反映して、貯蓄を増やそうとする(precautionary saving)。このような状況では、金利が急激に下がる。金利が下がらないと、借り入れを減らしたい、あるいは貯蓄を増やしたい家計ばかりがいる状況下で、資産市場の均衡が保たれないからだ。但し、長期的には、新しい借り入れ制約に鑑みて十分な貯蓄を蓄積した家計は貯蓄のペースを緩めるので、均衡金利は上昇してゆく。以下のグラフの左上の図は借り入れ上限額の変化、左下の図は均衡金利の動きを示している。右上の図は、家計が借り入れを減らすことで経済全体の債務-GDP比率が減少してゆく様子を示している。
- クレジットクランチが起こった場合、家計は、消費の切りつめによる貯蓄の増加(借り入れの切り詰め)と、労働時間の延長を行う。その結果GDPがどのように動くかはどちらの効果の方が強いかしだいであり、モデルがどのようにカリブレートされたかによる。彼らのカリブレーションでは、最初の効果(消費の減少)が勝ったので、GDPが下がることとなった。上のグラフの右下の図がGDPの動きを示している。とはいえ、GDPの低下度合い(1%)はGreat RecessionにおけるGDPの縮小度合い(8%という計算がある)に比べるととても小さい。
- ゼロ金利制約のようなものがあって、金利がある下限より下には下がらないという仮定をベースのモデルに導入すると、GDPの落ち込みがより大きくなることがわかった。価格を動きにくくすると均衡を保つために数量がより大きく動くようになるという、当然の結果である。下のグラフは、金利がある一定(1%あるいは0%)以下に下がらない仮定の下でモデルの挙動がどのように異なるかを示している。金利が0%以下に下がらないという制約の元ではGDPの落ち込みがベースのモデルに比べてより大きいことが見て取れるであろう。
- では、ベースのモデルを拡張して、住宅のように、それ自体を担保にして借り入れができ、資産の役割も果たし、かつそれを保有することで効用が得られる財を導入してみよう。このモデルでは、クレジットクランチは、住宅の価値のうち何%まで借り入れができるかという数字が突然小さくなるという風にモデル化される。ベースのモデルより現実的な仮定といえるであろう。しかし、このモデルの挙動はちょっとおかしなものとなる。家計がクレジットクランチに対応して借り入れを減らしたり、貯蓄を増やしたりすると、その一部分は住宅に回る。住宅は資産でもあるので、貯蓄を増やすときには保有する住宅のサイズも大きくなってしまうのである。よってこのモデルでは、ある意味住宅ブームが起こってしまう。その(かなりアドホックな)解決策として、住宅ローン金利(正確にはスプレッド)も同時に上がればこのような住宅ブームは起こらないとしている。それに、住宅ブームが起こるので、GDPも減少しないどころか、上昇してしまう。この問題も住宅ローンの金利が同時に上昇すれば解決できる(GDPは減少する)。以下のグラフは、住宅を導入したモデルで、クレジットクランチだけが起こった(住宅ローン金利はショックを受けていない)時にマクロ経済がどのような影響を受けるかを示している。
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Bringing Marketing to Macro
通常のマクロモデルでは、消費者は欲しいものがすぐに、かつコストなしに見つかるように仮定されている。硬い言い方をすると、財の市場に摩擦がない。そのこと自体は他のより重要と思われる要素に集中するための簡略化であって「マクロモデルに問題がある」ということでは決してない。しかし、欲しいものがすぐに見つからないような状況にするとマクロモデルの挙動がどのように変わってくるか、あるいは、(摩擦のない)標準的なマクロモデルで再現できないデータの特性(「パズル」と呼ばれる)が摩擦を入れることで再現できるようになるか、を考えてみるのは重要なことである。
このような財市場の摩擦が重要かもしれない根拠として、企業はかなりのリソースをマーケティングあるいはセールスに割いているということがある。消費者がすべての商品についてすぐにかつコストもなく知ることができればそもそもマーケティングをする必要もないし、セールスのために人を雇う必要もない。しかし、広義のマーケティング用の支出はGDPの8%に達するという推計もある。狭義のマーケティングである宣伝のための支出はGDPの2-3%に達する。これらの数字は、財市場の摩擦がマクロモデルの挙動に重要な影響を与えるかもしれないということを示唆している。
BUのFrancois GourioとLeena Rudankoは一連の論文で、財市場の摩擦と、その結果としてのマーケティング活動をマクロモデルに導入することでモデルの挙動がどのように変わってくるか、財市場の摩擦を導入することがシンプルなマクロモデルにおけるパズルの解決に役立つか、を分析した。今回は、彼らの論文の内容を簡単に紹介する。
まずはConsumer Capital (REStud forthcoming)というペーパーから。彼らのモデルでは、生産性だけでなく、どのくらい顧客(カスタマーベース)を持っているかという側面で異なるたくさんの企業が存在する。生産に必要な原料のコストが各企業で同じ場合、生産性が高い企業は生産性の低い企業に比べてより多くのものを作って売ることができるが、どの企業もそれぞれの企業が持つカスタマーベースにしか売ることができない。そして、カスタマーベースを広げるためにはマーケティング(彼らのモデルではマーケティングとセールスは区別されていないので、あわせてマーケティングと呼ぶ)に人を割く必要がある。カスタマーベースのような概念のないシンプルなモデルでは、企業の生産性が向上したときには、その企業は投資をすぐに増やして資本を蓄積し、生産を増加させるのだが、彼らのモデルの場合にはすぐに資本を増やしても売る相手がいないと売り上げが伸びないので、投資はすぐには伸びず、カスタマーベースの拡大に伴ってゆっくり伸びていくことになる。このような投資のゆっくりとした反応はデータと整合的であり、しばしば投資のconvex cost(投資をすればするほど投資のコストが高まってゆくので企業は一気に投資を増やしたりはしない)としてモデル化されるが、彼らのモデルは、ある意味投資のconvex costのミクロ的基礎(microfoundation)として捉えることもできる。
また、彼らのモデルおいては、カスタマーベースを拡大するために、新しい顧客に対しては最初の期間だけは割引をオファーすることができる。いわゆる携帯電話等で新規の顧客に期間限定の割引価格をオファーしたり携帯の端末を無料(あるいは割引価格)で提供するするようなものである。カスタマーベースを手っ取り早く拡大したい場合、企業は、新しい顧客により大きな割引をオファーするか、マーケティング活動のための人を増やすことができる。
このようなモデルでは、ある企業の生産性が上昇した場合も、その企業はすぐに売り上げを拡大することができない。カスタマーベースを広げるのに時間がかかるからである。そのような企業はまずはマーケティングにリソースを割いて、カスタマーベースを広げてから、投資によって生産規模を拡大し、売り上げ及び利益を伸ばすのである。また、顧客は一旦ある企業の顧客となると、その企業にロックインされる(すぐには他の企業には移れない)ので、既存の顧客に対しては企業は生産コストより高い価格で物を売ることができる(正のマークアップ)。
彼らのモデルでは、カスタマーロイヤルティ、マーケティングコスト、新規顧客に対する割引、既存顧客に対するマークアップ等、通常のマクロモデルでは出てこない面白い要素が満載であることがわかると思う。このペーパーでは、著者らはこのモデルのインプリケーションを、アメリカの企業レベルのマイクロデータ(Compustat)と整合的か検証し、モデルのインプリケーションの多くがマイクロデータと整合的であると示した。彼らがデータと比較したインプリケーションは以下の3つである。
1.「摩擦が深刻な企業の方が利益率(資本に対する比率)、トービンのq、売り上げの資本比率、マークアップ(販売価格の原価に対する比率)が高い。」
まず、彼らは、摩擦の程度を示す指標として、セールス関連支出を使った。つまり、「摩擦が深刻な」企業というのは「セールス関連支出の高い」企業のことをさす。彼らのモデルによると、利益率、トービンのq、売り上げ資本比率、マークアップはセールス関連支出が高い企業のほうが高くなるはずである。このことは、Compustatにおける様々な企業の特徴と整合的であった。利益率やマークアップが高いのは、一旦顧客を囲い込むと、企業は高い価格で物を売ることができるからである。摩擦が深刻であればあるほど顧客の囲い込みの程度も激しくなるので、利益率やマークアップはさらに高くなる。売り上げの資本比率についても同様である。トービンのqというのは、企業の市場価値をその企業が保有する資本の価値で割ったものである。まぁ、あいまいに言えば、企業の価値と考えればよい。摩擦が深刻な企業では、一旦囲い込んだカスタマーベースの価値が高い。その一方、カスタマーベースの価値は資本価値には反映されないが、企業の市場価値には反映される。よって、トービンのqは摩擦が深刻な企業においてより高くなる。
2.「摩擦が深刻な企業ほど、ショックに対する投資や売り上げの反応は鈍くなる。また、投資や売り上げは、トービンのqやセールス関連支出に比べてラグを伴って反応するが、そのラグは摩擦が深刻であればあるほど大きくなる。」
財市場の摩擦が深刻であれば、たとえば企業の生産性が上昇しても、カスタマーベースを広げるのに時間とコストがかかるので、投資や売り上げの増加は小さくなり、かつラグは大きくなることは、容易に想像ができるであろう。著者らはこのこともCompustatにおける様々な産業の特徴と整合的であることを発見した。
3.「企業の投資額のうちトービンのqで説明できる分は、摩擦が深刻であればあるほど小さくなる。」
摩擦のないシンプルなモデルでは、企業の投資額とトービンのqは同時に動くことが知られている。生産性が上がって企業の価値が上がっているときには、企業は投資を拡大しているはずだからである。しかし、データでは、そのような関係は強くは見られない。このことはパズルとして知られていた。彼らのモデルでは、トービンのqが上昇しても、カスタマーベースを拡大してから生産を増やさなければならないので、投資の反応はゆっくりとしたものになる。よって、投資とトービンのqの関係は弱くなる。著者らは、このようなモデルの特徴もCompustatと整合的であることを発見した。
さらに、最近NBER Working Paperとして出版された論文(Can Intangible Capital Explain Cyclical Movements in the Labor Wedge?)では、財市場の摩擦をスタンダードなRBCモデルに導入することで、モデルの挙動がどのように変わってくるかを分析した。上で取り上げたモデルとは異なり、このペーパーのモデルでは代表的企業一社のみが存在するが、企業が売り上げを伸ばすためにはまずはカスタマーベースを拡大しなければならないという点は上のモデルと変わりはない。彼らは財市場の摩擦を導入したモデルは、以下の点でシンプルなRBCモデルと異なることを発見した。
このような財市場の摩擦が重要かもしれない根拠として、企業はかなりのリソースをマーケティングあるいはセールスに割いているということがある。消費者がすべての商品についてすぐにかつコストもなく知ることができればそもそもマーケティングをする必要もないし、セールスのために人を雇う必要もない。しかし、広義のマーケティング用の支出はGDPの8%に達するという推計もある。狭義のマーケティングである宣伝のための支出はGDPの2-3%に達する。これらの数字は、財市場の摩擦がマクロモデルの挙動に重要な影響を与えるかもしれないということを示唆している。
BUのFrancois GourioとLeena Rudankoは一連の論文で、財市場の摩擦と、その結果としてのマーケティング活動をマクロモデルに導入することでモデルの挙動がどのように変わってくるか、財市場の摩擦を導入することがシンプルなマクロモデルにおけるパズルの解決に役立つか、を分析した。今回は、彼らの論文の内容を簡単に紹介する。
まずはConsumer Capital (REStud forthcoming)というペーパーから。彼らのモデルでは、生産性だけでなく、どのくらい顧客(カスタマーベース)を持っているかという側面で異なるたくさんの企業が存在する。生産に必要な原料のコストが各企業で同じ場合、生産性が高い企業は生産性の低い企業に比べてより多くのものを作って売ることができるが、どの企業もそれぞれの企業が持つカスタマーベースにしか売ることができない。そして、カスタマーベースを広げるためにはマーケティング(彼らのモデルではマーケティングとセールスは区別されていないので、あわせてマーケティングと呼ぶ)に人を割く必要がある。カスタマーベースのような概念のないシンプルなモデルでは、企業の生産性が向上したときには、その企業は投資をすぐに増やして資本を蓄積し、生産を増加させるのだが、彼らのモデルの場合にはすぐに資本を増やしても売る相手がいないと売り上げが伸びないので、投資はすぐには伸びず、カスタマーベースの拡大に伴ってゆっくり伸びていくことになる。このような投資のゆっくりとした反応はデータと整合的であり、しばしば投資のconvex cost(投資をすればするほど投資のコストが高まってゆくので企業は一気に投資を増やしたりはしない)としてモデル化されるが、彼らのモデルは、ある意味投資のconvex costのミクロ的基礎(microfoundation)として捉えることもできる。
また、彼らのモデルおいては、カスタマーベースを拡大するために、新しい顧客に対しては最初の期間だけは割引をオファーすることができる。いわゆる携帯電話等で新規の顧客に期間限定の割引価格をオファーしたり携帯の端末を無料(あるいは割引価格)で提供するするようなものである。カスタマーベースを手っ取り早く拡大したい場合、企業は、新しい顧客により大きな割引をオファーするか、マーケティング活動のための人を増やすことができる。
このようなモデルでは、ある企業の生産性が上昇した場合も、その企業はすぐに売り上げを拡大することができない。カスタマーベースを広げるのに時間がかかるからである。そのような企業はまずはマーケティングにリソースを割いて、カスタマーベースを広げてから、投資によって生産規模を拡大し、売り上げ及び利益を伸ばすのである。また、顧客は一旦ある企業の顧客となると、その企業にロックインされる(すぐには他の企業には移れない)ので、既存の顧客に対しては企業は生産コストより高い価格で物を売ることができる(正のマークアップ)。
彼らのモデルでは、カスタマーロイヤルティ、マーケティングコスト、新規顧客に対する割引、既存顧客に対するマークアップ等、通常のマクロモデルでは出てこない面白い要素が満載であることがわかると思う。このペーパーでは、著者らはこのモデルのインプリケーションを、アメリカの企業レベルのマイクロデータ(Compustat)と整合的か検証し、モデルのインプリケーションの多くがマイクロデータと整合的であると示した。彼らがデータと比較したインプリケーションは以下の3つである。
1.「摩擦が深刻な企業の方が利益率(資本に対する比率)、トービンのq、売り上げの資本比率、マークアップ(販売価格の原価に対する比率)が高い。」
まず、彼らは、摩擦の程度を示す指標として、セールス関連支出を使った。つまり、「摩擦が深刻な」企業というのは「セールス関連支出の高い」企業のことをさす。彼らのモデルによると、利益率、トービンのq、売り上げ資本比率、マークアップはセールス関連支出が高い企業のほうが高くなるはずである。このことは、Compustatにおける様々な企業の特徴と整合的であった。利益率やマークアップが高いのは、一旦顧客を囲い込むと、企業は高い価格で物を売ることができるからである。摩擦が深刻であればあるほど顧客の囲い込みの程度も激しくなるので、利益率やマークアップはさらに高くなる。売り上げの資本比率についても同様である。トービンのqというのは、企業の市場価値をその企業が保有する資本の価値で割ったものである。まぁ、あいまいに言えば、企業の価値と考えればよい。摩擦が深刻な企業では、一旦囲い込んだカスタマーベースの価値が高い。その一方、カスタマーベースの価値は資本価値には反映されないが、企業の市場価値には反映される。よって、トービンのqは摩擦が深刻な企業においてより高くなる。
2.「摩擦が深刻な企業ほど、ショックに対する投資や売り上げの反応は鈍くなる。また、投資や売り上げは、トービンのqやセールス関連支出に比べてラグを伴って反応するが、そのラグは摩擦が深刻であればあるほど大きくなる。」
財市場の摩擦が深刻であれば、たとえば企業の生産性が上昇しても、カスタマーベースを広げるのに時間とコストがかかるので、投資や売り上げの増加は小さくなり、かつラグは大きくなることは、容易に想像ができるであろう。著者らはこのこともCompustatにおける様々な産業の特徴と整合的であることを発見した。
3.「企業の投資額のうちトービンのqで説明できる分は、摩擦が深刻であればあるほど小さくなる。」
摩擦のないシンプルなモデルでは、企業の投資額とトービンのqは同時に動くことが知られている。生産性が上がって企業の価値が上がっているときには、企業は投資を拡大しているはずだからである。しかし、データでは、そのような関係は強くは見られない。このことはパズルとして知られていた。彼らのモデルでは、トービンのqが上昇しても、カスタマーベースを拡大してから生産を増やさなければならないので、投資の反応はゆっくりとしたものになる。よって、投資とトービンのqの関係は弱くなる。著者らは、このようなモデルの特徴もCompustatと整合的であることを発見した。
さらに、最近NBER Working Paperとして出版された論文(Can Intangible Capital Explain Cyclical Movements in the Labor Wedge?)では、財市場の摩擦をスタンダードなRBCモデルに導入することで、モデルの挙動がどのように変わってくるかを分析した。上で取り上げたモデルとは異なり、このペーパーのモデルでは代表的企業一社のみが存在するが、企業が売り上げを伸ばすためにはまずはカスタマーベースを拡大しなければならないという点は上のモデルと変わりはない。彼らは財市場の摩擦を導入したモデルは、以下の点でシンプルなRBCモデルと異なることを発見した。
- データでは、セールス関連の雇用はprocyclical(=GDPが上がるときにはセールス関連の雇用も上がりがちであることを指す。GDPとの相関係数0.27)でGDPの約2倍の大きさで変動する。著者らのモデルでは、セールス関連の雇用のprocyclicality(相関係数0.34)も大きな変動も再現された(彼らのモデルにおけるセールス関連の雇用の変動は大きすぎるが)。
- 彼らのモデルでは、ショックに対するGDPの反応はコブ型(hump-shape)であり、通常のRBCモデル(GDPはすぐに上昇して次第に低下するので、コブ型にはならない)よりデータと整合的である。
- (あまり詳しくは立ち入らないが)Labor wedge(消費と余暇の間のMRS(限界代替率)をMPL(労働生産性)で割ったもの)は、摩擦のないシンプルなRBCモデルでは消費税率と賃金収入に対する税率の和であり、景気循環に応じてほとんど動かず無相関なはずであるが(Shimer (2009))、データを見ると、labor wedgeの変動はGDPの変動の1.5倍くらいであり、countercyclical(=GDPが上がるときにはセールス関連の雇用も下がりがちであることを指す。GDPとの相関係数は-0.89)である。彼らのモデルでは、データで見られるlabor wedgeの動きを再現することに成功した。
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Both Macro and Micro are Bad Economics
またしてもやわらかいエントリ。
Economist誌のU.S. Economics EditorであるGreg Ipが、Free Exchangeにおいてミクロ経済学の方がマクロ経済学より科学的なんてことはない、と議論している。そもそもの発端は、金融危機を予期あるいは予防できなかったマクロ経済学は経済学の恥さらしであり、それに比べて、コントロールされた環境で実験を行うことで理論が確認、あるいは改善されていく(最近の、かな)ミクロ経済学は、より科学的だという議論に対して異議を唱えたのである。大まかに言って、彼は以下の3点を論じている。
Economist誌のU.S. Economics EditorであるGreg Ipが、Free Exchangeにおいてミクロ経済学の方がマクロ経済学より科学的なんてことはない、と議論している。そもそもの発端は、金融危機を予期あるいは予防できなかったマクロ経済学は経済学の恥さらしであり、それに比べて、コントロールされた環境で実験を行うことで理論が確認、あるいは改善されていく(最近の、かな)ミクロ経済学は、より科学的だという議論に対して異議を唱えたのである。大まかに言って、彼は以下の3点を論じている。
- 科学的だというミクロ経済学だって、最低賃金が雇用に与える影響という重大な問題に対して、ぜんぜん合意が形成されていない。少なくともマクロ経済学者は(純粋RBC論者でない限り)名目金利が引き上げられたら短期的にはGDPに負の影響を与えることについて同意している。
- マクロにしてもミクロにしても、データに照らし合わせながらモデルを改善してゆくという方法論は同じである。
- マクロであろうがミクロであろうが、政策について語るときには、政治的意図に強く影響された(という意味で科学的でない)議論がされがちである。
- 知り合いが、労働経済学というのは、労働の賃金に対する弾力性を、様々な手法を用いて永久に違う値を算出し続ける学問だと(自嘲気味に)述べていたことを思い出した。最低賃金が雇用に与える影響だけではなく、失業保険の給付期間や給付額が平均失業期間や失業率に与える影響だって意見は一致していない。労働の弾力性についての合意がないから所得税の累進性がどのように労働のインセンティブを削ぐかについても意見はばらばらに見える。
- 「ミクロ」もあまり「マクロ」に比べて意見の合意が見られないように見える大きな理由の一つは、「ミクロ」とはいえ「マクロ」の影響から逃れられないからだと思う。最低賃金や失業保険が失業に与える影響を考えるには「ミクロ」だけを考えていてはだめなのだ。特に政策が国単位で実施される場合、マクロ的な影響を考えずして「ミクロ」の質問に対する答えは得られないと思う。
- Hagedorn, Karahan, Manovskii, Mitmanによる最近のNBERペーパーは("Unemployment Benefits and Unemployment in the Great Recession: The Role of Macro Effects")まさにその点を主張している。 失業保険の給付期間延長が失業に与える影響を図るには、労働者側の行動の変化(「ミクロ的」効果)だけ見ていては不十分で、企業がどのくらい求人を減らすかと「マクロ的」効果を見ることが重要だと彼らは主張している。
- 逆に言うと、研究の対象をかなり小さく絞れば、実験とかを基にして「ミクロ」の質問に対して科学的なアプローチで取り組めるかもしれない。一企業やある特定の労働者についての分析は、労働市場全体の分析やある産業全体の分析よりはずっと簡単ではないかと思う。でも、その場合、マクロ的な要素を無視して、そんな小さい問題に注力して何の意味があるんだという質問に答えられなければならないと思う。
- そういう意味で、もちろんある複雑なモデルに依存しないデータ分析の重要性もまだまだあると思うが、労働経済学がマクロ的なモデルに基づくようになってきたのは自然な成り行きだと思う。
- マクロ経済学の最も重要な課題の一つは、景気後退(とそれに伴う失業の増加)を予防あるいは和らげることであるとすると、Great Recessionを予期あるいは予防できなかったことはマクロ経済学の大きな失点であることに間違いはないと思う。では、今後同じ過ちを起こさないならば、景気循環をマイルドにすることができるのか、あるいはまた違ったタイプの景気後退が訪れるだけなのか、というのは今後見守ってゆきたい課題である。
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Engodenous Risk Aversion?
Economistで、リスク回避度(どのくらいリスクを嫌うかの指標)が人によって異なるだけでなく、どのような環境に直面してきたかによっても変わりうるという記事を載せていた。不景気を経験したり、株で大損したあとなどは、リスクを以前よりも回避しがちになるという話である。まぁ、いわゆる、Behavioralな話である。リスク回避度が人によって異なる場合にマクロ経済にどのような影響を与えるかという研究は時々見るけれども、リスク回避度自体が時につれて変化するというマクロの研究は見たことがない。
平均的に高成長を達成するためには、大きめの景気循環を受け入れなければならないというのは、ありうる話である。経済が成長し続けるためには、様々な新しい技術にトライしなければならず、時によってはそのようなトライがうまく行き、別の時にはうまく行かないというのはありうる話である。その場合、もし、人々が非常にリスク回避的であれば、景気循環は小さいものの、経済成長のスピードも遅いという状況が望ましいということもありうる。日本をこのような状況として考えることもできるのではないか。低成長が続いた結果、人々が非常にリスクを嫌うようになり、結果として平均的には低成長になってしまうというストーリーである。社会保険制度や累進的な税への支持が高まっているのも、このような視点と整合的である。もしそうであれば、低成長は最適な状況であり、特に気にしなくてもよいということになる。無理してリスクを取るインセンティブを高めたりしてもしょうがない。
あと一つ二つ雑感を。 もちろん研究においてはうまく識別できるように注意が払われているんだろうけれども、例えば、株で大損したあとにリスク回避度が高まるのか、将来の株のリターンの分布についての主観的な期待が悪いほうにシフトするのかの違いには興味がある。日本のバブルが崩壊したあとで、portfolioがとてもconservativeになった人を見てきたが、どちらの説とも整合的だ。
この記事に載っていた、 ホラー映画を見た後はリスク回避度が高まることを実験で証明したという研究を紹介しているが、個人的にはこのような実験結果が、より大きな問題を考える際にも適用されるという考え方はとてもナイーブだと思う。
もう少しちゃんとした論文についてのエントリを書きたいのだけれども、忙しい。
平均的に高成長を達成するためには、大きめの景気循環を受け入れなければならないというのは、ありうる話である。経済が成長し続けるためには、様々な新しい技術にトライしなければならず、時によってはそのようなトライがうまく行き、別の時にはうまく行かないというのはありうる話である。その場合、もし、人々が非常にリスク回避的であれば、景気循環は小さいものの、経済成長のスピードも遅いという状況が望ましいということもありうる。日本をこのような状況として考えることもできるのではないか。低成長が続いた結果、人々が非常にリスクを嫌うようになり、結果として平均的には低成長になってしまうというストーリーである。社会保険制度や累進的な税への支持が高まっているのも、このような視点と整合的である。もしそうであれば、低成長は最適な状況であり、特に気にしなくてもよいということになる。無理してリスクを取るインセンティブを高めたりしてもしょうがない。
あと一つ二つ雑感を。 もちろん研究においてはうまく識別できるように注意が払われているんだろうけれども、例えば、株で大損したあとにリスク回避度が高まるのか、将来の株のリターンの分布についての主観的な期待が悪いほうにシフトするのかの違いには興味がある。日本のバブルが崩壊したあとで、portfolioがとてもconservativeになった人を見てきたが、どちらの説とも整合的だ。
この記事に載っていた、 ホラー映画を見た後はリスク回避度が高まることを実験で証明したという研究を紹介しているが、個人的にはこのような実験結果が、より大きな問題を考える際にも適用されるという考え方はとてもナイーブだと思う。
もう少しちゃんとした論文についてのエントリを書きたいのだけれども、忙しい。
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Wolf on Two Mistakes
Martin WolfがBen Bernankeは2つのミスを犯したと述べている。一つ目は、Great Moderation(1980年代半ばから2008年の間の、緩やかな景気循環が達成された時期)を賞賛し、よりよい金融政策が経済の安定の達成において重要な貢献をしたかもしれないと述べたことである。二つ目は、サブプライムローン危機が経済に与える影響を過小評価したことである。
二つ目については、多くの経済学者と同じく、たぶんミスと呼んでもいいだろう。このミスの反省の上に、マクロ経済学では金融セクターとマクロ経済の関係がずっとhot issueになり続けている。では、一つ目はどうだろうか?Great Moderationがどのくらいが優れた金融政策のよるもので、どのくらいが幸運によるものかについて皆が合意する結果は出ていないと思うが、2008年以降に何が起ころうと、2008年までの経済の安定を悪く言う理由はない気がする。
もちろん、Taylor Ruleのようなルールに従った金融政策運営が、危機を引き起こすきっかけを作るというのであれば問題があるだろうが、そのような理論は聞いたことがない。2008年以降のサブプライムローンの焦げ付きに始まる金融危機が、いわゆる古典的なBank Run(サブプライムローンを多く保有していた金融機関の信用性の低下に基づく取り付け騒ぎ)だといえるのであれば、経済が再び安定的な状況に戻れば、2008年以前のような世界に戻ることは十分考えられる。今後は、金融機関がバランスシートの外でおかしなことをしていたらすぐに感知できる体制を整え、資産価格(住宅価格も含む)が「上がりすぎている」と皆が合意できるときには、景気が悪影響を受けるとしても、金融を引き締め方向に持っていく、事をするだけである。
金融危機から5年たった今も、金融セクターが経済全体に与える影響を研究することが盛んに行われているが、2008年の5年前に、金融セクターがここまで重要なものとなるとは予想がつかなかったように、次のhot issueはぜんぜん違うものではないかと思う。
二つ目については、多くの経済学者と同じく、たぶんミスと呼んでもいいだろう。このミスの反省の上に、マクロ経済学では金融セクターとマクロ経済の関係がずっとhot issueになり続けている。では、一つ目はどうだろうか?Great Moderationがどのくらいが優れた金融政策のよるもので、どのくらいが幸運によるものかについて皆が合意する結果は出ていないと思うが、2008年以降に何が起ころうと、2008年までの経済の安定を悪く言う理由はない気がする。
もちろん、Taylor Ruleのようなルールに従った金融政策運営が、危機を引き起こすきっかけを作るというのであれば問題があるだろうが、そのような理論は聞いたことがない。2008年以降のサブプライムローンの焦げ付きに始まる金融危機が、いわゆる古典的なBank Run(サブプライムローンを多く保有していた金融機関の信用性の低下に基づく取り付け騒ぎ)だといえるのであれば、経済が再び安定的な状況に戻れば、2008年以前のような世界に戻ることは十分考えられる。今後は、金融機関がバランスシートの外でおかしなことをしていたらすぐに感知できる体制を整え、資産価格(住宅価格も含む)が「上がりすぎている」と皆が合意できるときには、景気が悪影響を受けるとしても、金融を引き締め方向に持っていく、事をするだけである。
金融危機から5年たった今も、金融セクターが経済全体に与える影響を研究することが盛んに行われているが、2008年の5年前に、金融セクターがここまで重要なものとなるとは予想がつかなかったように、次のhot issueはぜんぜん違うものではないかと思う。
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Bullard on Policy and Academics
こんなことを数ヶ月ごとに書いているけれども、またまた空いてしまった。自分の仕事のみに時間を費やしているのはいいのだが、仕掛かり中のペーパーに関連する以外のものも意識して読むようにしないと、どんどんversatilityが失われ、かつ経済学の様々な分野で起こっている面白い動きについていけなくなるので、大作はそうそう書けないにしても、メモ程度のものをできるだけ残していきたい。
といいつつも、今回は論文のレビューではないのだけれど、St. Louis FedのJames Bullard総裁が、SEDのニュースレターのインタビューに登場して面白いことをしゃべっているので、その中からいくつか抜粋してメモしておく。オリジナルはここにある。あくまで意訳なので注意してほしい。
といいつつも、今回は論文のレビューではないのだけれど、St. Louis FedのJames Bullard総裁が、SEDのニュースレターのインタビューに登場して面白いことをしゃべっているので、その中からいくつか抜粋してメモしておく。オリジナルはここにある。あくまで意訳なので注意してほしい。
- アカデミアにいる経済学者と政策に携わる経済学者の交流が盛んでないことに不満を感じている。火星に人を送るという目的を達するためには、最高のエンジニアが必要なのと同じように、よりよい政策の実施には最高の経済学者が必要だ。
- 最新の最も優れたアイデアが一流の経済学雑誌に掲載されているはずなのだから、 そのようなアイデアを無視するべきではない。それら精通していない人は政策の決定に携わるべきではない。
- 頭のよいたくさんの経済学者が考え抜いた結果が数行のtweetとかで要約できるなんて考えはばかげている。政策に関する問題の答えは複雑なのに、多くの人々は簡単だと思い込んでいる。自分がやれば癌の治療方なんてたやすく発見できると考えているというのと同じだ。
- 経済学の過去30年の動きは、 Lucas-Prescott-Sargentおよび彼らの共著者、弟子たちの研究がそのほかの研究より圧倒的に優れていることを示した。このような動きが気に入らない人が多いこともわかるし、金融危機をきっかけにこのような人々が復活しつつあることもわかる。但し、経済の複雑な問題に対処することを可能にしたLucas-Prescott-Sargentらの研究プログラムに対抗することはできない。
- 経済学が批判されやすい理由は、誰もが経済の中に住んでいて、経済活動に携わっていることから、誰もが経済についてよくわかっていると思いがちなことによると思う。このことは経済学だけではない。Steve Jobsは晩年、自分の体について同じように考えていたと聞く。しかし、このような傾向は経済学においてより顕著だ。
- 多くの人々は予測を重要と思いすぎていると思う。政策というのは現在の経済状態に関する反応関数だ。よい政策が実施できるならば、予測の正確さに関わらず、現在の経済状況を把握できれば、よい政策が実施できるものだ。モデルは予測のためにあるのではなく、ある政策を実施した際の影響をcouterfactualによって分析するためにある。FRBが重点を置いているのは、予測よりも、様々なノイズがある中で現在の経済状況をできるだけ正確に把握することである。
- 1990-2000年代にかけて、金融セクターの役割は活発に分析されてきた。金融危機に対処する際はこれらの知識が役立った。人によっては、1990年代に、成長論よりも金融セクターの分析により焦点を当てるべきだったという意見もあるけれども、最終的に長期的な厚生の向上に大事なのは経済成長だ。
- Structural modelとStatistical modelの間にトレードオフは存在しない。政策の効果を分析する目的のStructural modelの代わりはないからだ。Statistical methodはDSGEモデルの推定といった面でStrutural modelの発展に貢献している。
- それぞれの研究者が一人でできることには限度がある。ひとつのペーパーでは、経済問題のある一側面についてちょっとした分析ができるだけだ。個人的には、DSGEモデルをベースに、つまりmicrofoundedなモデルをベースに、経済学者の力を結集して、様々な効果を内包した大きなモデルを構築することを考えるべきだと思う。大きなモデルを作るという試みは1970年代に一度失敗したのでこういう動きは起こりにくくなっているのだと思うが、一度失敗したから二度目も失敗すると理由はない。
- Benhabib, Stephanie Schmitt-Grohe and Martin Uribeによる、複数均衡のモデルはとても画期的だと思う。アメリカが日本のようにならないためにも、彼らのアイデアがほかのモデルでも使われるべきだ。
- 彼らのアイデアが使われない理由のひとつは、DSGEモデルがローカルな近似を使っているからだと思う。彼らのアイデアはグローバルな 均衡の話なので、ローカルな近似を使っている以上、取り込みようがない。厚生という面では、ローカルな景気循環より、彼らが注目しているようなグローバルな均衡の移動の方がずっと大切かもしれない。個人的には、彼らのいう「悪い均衡」に陥らないような政策を実施することはとても重要だと思う。
- Ravenna and Walshによる、NK-DSGEモデルに労働市場の摩擦を導入することで、失業を分析できるようにするという試みに注目している。彼らの最近の研究によると、NKモデルに失業を取り込んだとしても、最適な金融政策はあまり失業にウェイトを置かず、価格の安定にウェイトを置いたものであることがわかった。これは直感と異なる。直感では、失業を考慮すれば金融政策は失業を減らすことにより注力すべきという結果になると思うのだけれども、そうはならなかったからである。
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Effects of Sales Tax Increase
消費税(Sales tax)を予定通り5%から8%に引き上げるかというのが大きな争点になっているようだ。消費税を引き上げたときに何が起こるかを過去のデータを使って分析したようなペーパーはあるか探してみたのだが、見つからなかったので、とりあえず、理論的に、どんなチャンネルが考えられるかをつらつらと書いてみる。
1.Old Keynesian View
マクロ経済学を1980年以前に学んだ場合、あるいはそれ以降のマクロ経済学の「発展」を無駄だと考える場合、考えられるチャンネルは:消費税引き上げ→可処分所得減少→消費減少→総需要減少→総需要の減少に対応して生産縮小→景気の悪化、というものである。おそらくは消費税を上げれば日本経済の景気が悪化するといっている人のほとんどすべての人はこのチャンネルを念頭に置いているだろう。このモデルは一期間モデルなので、長期的影響は考慮されない。
2.RBC View
こんどは、逆に、短期的影響を捨象して、長期的影響だけを見てみよう。消費税の最も重要なベネフィットは、所得税に比べて、労働のインセンティブあるいは消費のインセンティブを阻害しないという点である。所得税であれば根気多く働いた分のうちいくらかは税金として持っていかれるのでその分働く意欲が阻害されるが、消費税ではそういうことはない。(将来にわたって消費税率が一定だとすると)いつ消費しようが税金は同じだけかかるので、消費税の存在によって貯蓄行動がゆがめられることもない。長期的には、所得税が消費税に置き換えられると、国内の貯蓄が増加し、労働供給も増加するので、長期的にはGDPが増加するはずである。但し、「長期的」な効果なので、見えにくい(アピールしにくい)のと、所得税(あるいは他のインセンティブをゆがめる税が)が本当に将来引き下げられるか(あるいは人々がそう信じるか)というのが問題点だろう。
ちなみに、インセンティブという観点からすると、特定のものについて税率を下げるような政策はとるべきでないと思う。低所得者の方が買いがちなものの税率を下げて再配分効果を生み出すという観点は理解できるが、再配分効果の正攻法はこういう間接的な方法でない直接的な所得再配分だと思う。もちろん政治的に難しいということがあるのかもしれない。再配分がそんなに気になるなら、消費税引き上げを所得再配分の強化とセットにすればよい。いろいろな品目別の税率を導入すると税制の効率性も損なわれる。
3. Modern OLG View
最近のマクロモデルでは、長期的には消費税の引き上げのおかげで所得税が引き下げられるとしても、人々の時間は有限なので、その恩恵をこうむる人とコストをこうむる人が異なってくる可能性も考慮した分析が行われている。もちろん、親が子の幸福を自分のものと同じように考えればOLGではなくDynastic model (つまり2.のようなモデル)に戻るのだが、そうではないと仮定しよう。極端な例として、消費税が引き上げられるものの、政府の債務債務を減らすために所得税の減税は永久に行われないものとしよう。この場合、2.の効果によって長期的には賃金や利子率が上昇するとしても、消費税の増税による可処分所得減少の効果の方が大きい人々(退職者や比較的退職に近い人々はこのカテゴリに含まれる可能性が高い)は消費税増税によって損をする可能性が高い。将来の世代はそれによって恩恵をこうむるとしても、将来の世代は政策決定に携わっていない(投票権がない)ので、このような状況下では消費税の導入は政治的に難しいものとなる。
4.Redistribution View
これまでの議論では、世代の中で得をする人と損をする人がいることを考えてこなかった。消費税は消費し応じて一定の税率を納めるという、ある意味フェアな税だと思う(もちろん「フェア」の定義は人によって異なる)。なぜだかわからないが、所得に占める消費の割合が高いという理由で消費税は低所得者に厳しい税だと考える人もいるみたいだ。この、「消費税は再配分という観点から見て好ましくない」という考え方は、消費税が累進性の高い所得税に取って代わるという前提のもとで有効な議論な気がする。この点については3つコメントしたい。一つは、消費が現在少ない理由が若くて賃金がまだ低いというのであれば、将来この人は所得が上がるのだから、再配分を考える必要はない。言い換えれば、再配分政策を論じるときには、ライフサイクル全体を見た上で議論しなければならないと思う。二つ目は、消費税のようなインセンティブを阻害する効果が低い税制に置き換わることで、経済の構成員全体が、長期的には程度の差こそあれ恩恵をこうむる。三つ目は、上でも書いたが、もし、現時点での所得再配分の悪化が大きな問題なのであれば、消費税の引き上げと再配分の強化とうまく組み合わせればよい。
5.Borrowing Constraint View
上の4.と関連するが、もし貯蓄の少なくてお金を借りられない人が消費税の増税によって借りることができれば実現できた消費を実現できないとすれば、消費税引き上げの負の効果と考えられる。これもまた所得再配分によって助ける必要があるかもしれない。もちろんすべてのケースを考慮することは非常に難しいのだが。
6.Default Risk View
消費税引き上げに反対する人の中には、現在の消費税引き上げが将来の(所得)税の引き下げ、あるいは引き上げの回避、年金受給額の引き下げの回避、等のベネフィットを生み出すと考えられないのかもしれない。こういう長期的効果の計算はたくさんの仮定に依存するので難しい。こういう人を説得するためにちょっとでもできることは、例えば、現在消費税を引きあげると、例えば、将来の年金受給額の(回避不能な)引き下げがどのくらい食い止めることができるかを示したりすることではないだろうか(すでに行われているかもしれない)。
あるいは、ある人々は、どうせ日本政府は将来デフォルトするんだから、今多く払ってちょっと公的債務を減らしたところで最終的な結果は変わらない(外国の債権者の将来の損を減らしているだけ)と考えているかもしれない。どの時点で国家がデフォルトするかは(self-fulfillingな側面もあるので)僕らには正確にはわからないので、デフォルトを避けることがいかに重要か、現在の税率の引き上げがどのくらいデフォルトリスクの低減に貢献するかを地道に示していくほかはないのかなぁ、という気がする。
7.Business-Cycle View
人によって消費税の利点、あるいは欠点と考えるものとして、消費税の方が税基盤が安定している(景気変動に伴う動きが小さい)という点があげられる。景気が悪くなったときに税収が下がらないというのは、「自動安定化装置」としての役割が弱いということなので、景気の悪いときには減税・財政支出の拡大が好ましいと考える人にとっては、消費税のこのような特徴は好ましくない。反対に、景気が悪くなったときに税収が比較的下がらないということは、最近のヨーロッパのように景気が悪化したときに政府が債務返済問題に陥る可能性が低くなるということである。景気が悪いときに財政支出を増やす方が政治的に用意であるということを考えると、個人的には消費税の安定性は望ましいのではないかと思う。
8.Temporary Rise and Fall View
消費税が引き上げられる時には、その直前に消費が一時的に急上昇し、引き上げ後に消費は急に減少することが予想される。アメリカのCash-for-Clunkersが失効するときも駆け込み需要とその反動が発生した。これらは、超短期的な消費の増加が長期的な景気の行方に影響を与えない限り(そんなことはないだろう)心配するような話ではない。
これと関連して、一度に税率を引き上げるよりも、ちょっとづつ引き上げた方がよいという議論も目にするが、(3.の議論を別とすると)何らかの非線形性を仮定しないとこういう議論は正当化できないと思うし、段階的な引き上げの方が幸福度という面で優れているというモデルは僕は見たことがない。
9.New-Keynesian View
消費税率の引き上げという点に関する限り、New-Keynesianは基本的には、動学モデルでOld Keynesianの議論を行っているだけだと思う。総需要の減少から生産が一時的に減少するが、長期的には2.のポジティブな効果が現れると思う。それに、逆に、8.の効果が一時的な総需要の増加としてポジティブに働くかもしれない。いずれにしても長期的に見た効果はNKモデルが想定するさまざまな摩擦には影響を受けない気がする(がモデルを走らせて見ないとわからない)。
多分、ここで上げられているほかの効果もいろいろあると思う。抜けているものがあったら指摘してくれるとうれしい。
1.Old Keynesian View
マクロ経済学を1980年以前に学んだ場合、あるいはそれ以降のマクロ経済学の「発展」を無駄だと考える場合、考えられるチャンネルは:消費税引き上げ→可処分所得減少→消費減少→総需要減少→総需要の減少に対応して生産縮小→景気の悪化、というものである。おそらくは消費税を上げれば日本経済の景気が悪化するといっている人のほとんどすべての人はこのチャンネルを念頭に置いているだろう。このモデルは一期間モデルなので、長期的影響は考慮されない。
2.RBC View
こんどは、逆に、短期的影響を捨象して、長期的影響だけを見てみよう。消費税の最も重要なベネフィットは、所得税に比べて、労働のインセンティブあるいは消費のインセンティブを阻害しないという点である。所得税であれば根気多く働いた分のうちいくらかは税金として持っていかれるのでその分働く意欲が阻害されるが、消費税ではそういうことはない。(将来にわたって消費税率が一定だとすると)いつ消費しようが税金は同じだけかかるので、消費税の存在によって貯蓄行動がゆがめられることもない。長期的には、所得税が消費税に置き換えられると、国内の貯蓄が増加し、労働供給も増加するので、長期的にはGDPが増加するはずである。但し、「長期的」な効果なので、見えにくい(アピールしにくい)のと、所得税(あるいは他のインセンティブをゆがめる税が)が本当に将来引き下げられるか(あるいは人々がそう信じるか)というのが問題点だろう。
ちなみに、インセンティブという観点からすると、特定のものについて税率を下げるような政策はとるべきでないと思う。低所得者の方が買いがちなものの税率を下げて再配分効果を生み出すという観点は理解できるが、再配分効果の正攻法はこういう間接的な方法でない直接的な所得再配分だと思う。もちろん政治的に難しいということがあるのかもしれない。再配分がそんなに気になるなら、消費税引き上げを所得再配分の強化とセットにすればよい。いろいろな品目別の税率を導入すると税制の効率性も損なわれる。
3. Modern OLG View
最近のマクロモデルでは、長期的には消費税の引き上げのおかげで所得税が引き下げられるとしても、人々の時間は有限なので、その恩恵をこうむる人とコストをこうむる人が異なってくる可能性も考慮した分析が行われている。もちろん、親が子の幸福を自分のものと同じように考えればOLGではなくDynastic model (つまり2.のようなモデル)に戻るのだが、そうではないと仮定しよう。極端な例として、消費税が引き上げられるものの、政府の債務債務を減らすために所得税の減税は永久に行われないものとしよう。この場合、2.の効果によって長期的には賃金や利子率が上昇するとしても、消費税の増税による可処分所得減少の効果の方が大きい人々(退職者や比較的退職に近い人々はこのカテゴリに含まれる可能性が高い)は消費税増税によって損をする可能性が高い。将来の世代はそれによって恩恵をこうむるとしても、将来の世代は政策決定に携わっていない(投票権がない)ので、このような状況下では消費税の導入は政治的に難しいものとなる。
4.Redistribution View
これまでの議論では、世代の中で得をする人と損をする人がいることを考えてこなかった。消費税は消費し応じて一定の税率を納めるという、ある意味フェアな税だと思う(もちろん「フェア」の定義は人によって異なる)。なぜだかわからないが、所得に占める消費の割合が高いという理由で消費税は低所得者に厳しい税だと考える人もいるみたいだ。この、「消費税は再配分という観点から見て好ましくない」という考え方は、消費税が累進性の高い所得税に取って代わるという前提のもとで有効な議論な気がする。この点については3つコメントしたい。一つは、消費が現在少ない理由が若くて賃金がまだ低いというのであれば、将来この人は所得が上がるのだから、再配分を考える必要はない。言い換えれば、再配分政策を論じるときには、ライフサイクル全体を見た上で議論しなければならないと思う。二つ目は、消費税のようなインセンティブを阻害する効果が低い税制に置き換わることで、経済の構成員全体が、長期的には程度の差こそあれ恩恵をこうむる。三つ目は、上でも書いたが、もし、現時点での所得再配分の悪化が大きな問題なのであれば、消費税の引き上げと再配分の強化とうまく組み合わせればよい。
5.Borrowing Constraint View
上の4.と関連するが、もし貯蓄の少なくてお金を借りられない人が消費税の増税によって借りることができれば実現できた消費を実現できないとすれば、消費税引き上げの負の効果と考えられる。これもまた所得再配分によって助ける必要があるかもしれない。もちろんすべてのケースを考慮することは非常に難しいのだが。
6.Default Risk View
消費税引き上げに反対する人の中には、現在の消費税引き上げが将来の(所得)税の引き下げ、あるいは引き上げの回避、年金受給額の引き下げの回避、等のベネフィットを生み出すと考えられないのかもしれない。こういう長期的効果の計算はたくさんの仮定に依存するので難しい。こういう人を説得するためにちょっとでもできることは、例えば、現在消費税を引きあげると、例えば、将来の年金受給額の(回避不能な)引き下げがどのくらい食い止めることができるかを示したりすることではないだろうか(すでに行われているかもしれない)。
あるいは、ある人々は、どうせ日本政府は将来デフォルトするんだから、今多く払ってちょっと公的債務を減らしたところで最終的な結果は変わらない(外国の債権者の将来の損を減らしているだけ)と考えているかもしれない。どの時点で国家がデフォルトするかは(self-fulfillingな側面もあるので)僕らには正確にはわからないので、デフォルトを避けることがいかに重要か、現在の税率の引き上げがどのくらいデフォルトリスクの低減に貢献するかを地道に示していくほかはないのかなぁ、という気がする。
7.Business-Cycle View
人によって消費税の利点、あるいは欠点と考えるものとして、消費税の方が税基盤が安定している(景気変動に伴う動きが小さい)という点があげられる。景気が悪くなったときに税収が下がらないというのは、「自動安定化装置」としての役割が弱いということなので、景気の悪いときには減税・財政支出の拡大が好ましいと考える人にとっては、消費税のこのような特徴は好ましくない。反対に、景気が悪くなったときに税収が比較的下がらないということは、最近のヨーロッパのように景気が悪化したときに政府が債務返済問題に陥る可能性が低くなるということである。景気が悪いときに財政支出を増やす方が政治的に用意であるということを考えると、個人的には消費税の安定性は望ましいのではないかと思う。
8.Temporary Rise and Fall View
消費税が引き上げられる時には、その直前に消費が一時的に急上昇し、引き上げ後に消費は急に減少することが予想される。アメリカのCash-for-Clunkersが失効するときも駆け込み需要とその反動が発生した。これらは、超短期的な消費の増加が長期的な景気の行方に影響を与えない限り(そんなことはないだろう)心配するような話ではない。
これと関連して、一度に税率を引き上げるよりも、ちょっとづつ引き上げた方がよいという議論も目にするが、(3.の議論を別とすると)何らかの非線形性を仮定しないとこういう議論は正当化できないと思うし、段階的な引き上げの方が幸福度という面で優れているというモデルは僕は見たことがない。
9.New-Keynesian View
消費税率の引き上げという点に関する限り、New-Keynesianは基本的には、動学モデルでOld Keynesianの議論を行っているだけだと思う。総需要の減少から生産が一時的に減少するが、長期的には2.のポジティブな効果が現れると思う。それに、逆に、8.の効果が一時的な総需要の増加としてポジティブに働くかもしれない。いずれにしても長期的に見た効果はNKモデルが想定するさまざまな摩擦には影響を受けない気がする(がモデルを走らせて見ないとわからない)。
多分、ここで上げられているほかの効果もいろいろあると思う。抜けているものがあったら指摘してくれるとうれしい。
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