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Neo-Fisher Effect or Standard Monetary Stimulus?

日本等において、金融緩和を実施しても、インフレ率は上がらず、景気(GDP)も大きく改善しているようには見えないことから、ネオ・フィッシャー効果を考えるべきではないかと主張している人たちがいる。

今回紹介するペーパーに倣ってちょっと整理をしてみる。

行からみると、1行目は一時的な(名目)政策金利引き上げの効果、2行目は永続的な政策金利引き上げの効果が示されている。列を見ると、1列目は、長期的なインフレ率・GDPへの効果、2列目は、短期的な効果を示している。

青いマスから見てみよう。一時的に政策金利を引き上げても、一時的という性質上、政策金利は元に戻すという想定なので、長期的には何の効果もない。

オレンジのマスは、いわゆるフィッシャー効果を表している。名目の政策金利を永続的に引き上げた場合、長期的には実体経済には影響はないと考えられるので、GDPや実質金利は影響を受けない。よって、長期的には名目金利は高いレベルに維持されるけれども、実質金利は前と同じなので、インフレ率は上昇しなければならない、というのが、フィッシャー方程式の意味するところなので、このような帰結はフィッシャー効果といわれる。

フィッシャー効果が(大まかに言って)成立しているというエビデンスとしてよく見られるのが、以下のようなグラフである。
一つ一つの青い点が国である。左側のグラフはデータがあった99か国すべて、右側のグラフはOECD諸国(いわゆる先進国)26か国を示している。X軸は、1989年から2012年の平均インフレ率、Y軸は同じ期間の名目金利である。どちらのグラフにおいても、青い点は大まかには45度線(グラフの中の斜めの線)に近い。つまり、23年間の平均インフレ率が1%高い国はその期間も名目金利も1%高いということであり、フィッシャー効果と整合的である。

黄色のマスが、いわゆる金融政策の普通の考え方である。一時的に政策金利を引き上げると、インフレ率はすぐには反応しないので(いわゆる価格の粘着性)、実質金利は上昇する。実質金利が上昇すると、企業が借り入れを行って投資するコストが高まるので企業は投資を控え、家計も実質金利が高まるので借り入れを減らしたり貯蓄を増やしたりする。それによって、今現在の消費は減ることになる。どっちの効果が大きいにしても、企業や家計の需要が減少するので、GDPもそれを反映して減少するというロジックだ。

最後に、緑色のマスが、ネオ・フィッシャー効果と呼ばれるものである。これは、政策金利の引き上げが永続的であれば、フィッシャー効果(オレンジのマス)が短期にも有効だという考え方である。フィッシャー効果と同じく、名目の政策金利は永続的に引き上げられ、かつ、実質金利が名目金利ほど大きく反応しないとすると、その差であるインフレ率は短期的であれ上昇するというものである。ただ、GDPにどのような影響を与えるかはよくわからない。

今日軽く紹介するペーパー("The Neo-Fisher Effect: Econometric Evidence from Empirical and Optimizing Models" by Martin Uribe)は、アメリカのデータを使って、ネオ・フィッシャー効果が存在するか、存在するとすればGDPへの影響はどのようなものか、を分析してみたものだ。著者は、VARとシンプルなニューケインジアン(NK)モデルの両方で、一時的な政策金利へのショックと永続な政策金利へのショックが存在するモデルをベイズ推定した。

著者によると、どちらのモデルでも結果は一緒だったので、説明としては簡単なVARを使って説明してみる。子のペーパーで使われたVARのモデルは、GDPとインフレ率と名目金利の3つの変数がVARで決まり、GDPとインフレ率に永続的なショックと一時的なショックがあるというものである。著者が推定したVARモデルが、ショックにどのように反応するかを見てみよう。
左側が永続的な金利へのショック、右が短期的な金利へのショック、上は名目金利とインフレ率の反応、下はGDPの反応を示している。右側からみていこう。名目金利が一時的に1%引き上げたとき(赤の点線を見ればわかるとおり、金利の引き上げは半年で終わって元の金利のレベルに戻る)、インフレ率は低下し、GDPも低下する。これはスタンダードな短期的な金融引き締め効果と同じである。

では、左側のグラフを見てみよう。名目金利ショックが永続的であった場合、名目金利は1%上がり、そのレベルで安定する(赤の点線)。ちょっと驚くべきことに、インフレ率もすぐに1%上のレベルに到達する。つまり、推定されたモデルによると、ネオ・フィッシャー効果が存在している(フィッシャー効果は短期的にも有効)ということになる。しかも、インフレ率の方が名目金利より強く反応している、つまり、実質金利はちょっと下がっているということだ。それと整合的に、名目金利は引き上げられたにもかかわらず、GDPは上がっている。つまり、政策金利を永続的に1%引き上げた場合、インフレ率もすぐに反応して約1%上昇し、GDPは短期的にではあるが0.5%上昇するのである(長期的にはもちろんGDPへの影響はない)。

これまでの分析はアメリカのデータを使ってなされているけれども、ペーパーでは日本のデータの分析も行われている。日本のデータを使った結果を下に示しておく。
短期的な金利引き上げの効果は代替アメリカと同じで、名目利子率はすぐに上がるものの2.5年くらいで元に戻る。インフレ率も2.5年くらい低いレベルになる。GDPも2.5年くらいの間、0.5%程度低いレベルに落ちた後でだんだん元のレベルに戻っていく。

名目金利が1%上昇するショックが永続的なものであった場合、名目金利は1年程度かけて1%上のレベルに到達し、そこにとどまる。インフレ率は2年くらいかけて1%高いレベルに到達する。つまり、ネオ・フィッシャー効果は1年程度で現れるということである。しかも、インフレ率の上昇は名目金利の上昇に比べて遅いので、GDPは大きく上昇する。推定されたモデルによると、GDPは1.5%くらい上昇し、その効果はかなり長く続く。

著者の解釈に従うと、日本で起こっているのは、金融緩和が永続的に続けられることは、永続的な名目金利引き下げのショックであり、上のグラフと逆の効果(名目金利は低位安定、インフレ率も低位安定、GDPは長期的に停滞)が表れていると解釈できる。

もちろん、これらの効果がどのようにidentifyされているかが重要(僕にはよくわからない)なので、モデルの結果はもちろん鵜呑みにはできないんだけれども、ネオ・フィッシャー効果は本当に短期的に表れうるのか、データから支持されるのかという重要な質問に対して、挑発的な答えを提示した論文として、個人的には好みである。

SED 2019: Day-Ahead Conference

(特にミネソタ系)マクロで最もレベルの高い学会の一つである、SED (Society of Economic Dynamics)の年次総会が、今年はセントルイスのワシントン大学のキャンパスで行われた。最近は、大きな学会があると、その前日にその町にあるFRBなどがDay-Aheadカンファレンスという学会を開催するのが流行りになっている。今回もやはり、SEDの年次総会の共同スポンサーでもあるセントルイス連銀が、SED開催の前日にDay-Ahead カンファレンスを実施したので、そこで発表されたペーパーについて簡単にメモしておく。

Michele Tertiltの"Regulation of Consumer Credit with Over-Optimistic Borrowers"(Florian Exler, Igor Livshits, James MacGeeとの共著)は、「行動経済学的な」仮定を入れた、ヘテロマクロモデルを使った分析である。消費者には所得が高い確率が高いタイプ(良いタイプ)と低いタイプ(悪いタイプ)の2つのタイプがいるが、どちらのタイプも自分が所得が高いタイプだと思って行動する。もちろん、長期間にわたって所得が低ければ、自分は所得が高い確率の低い(悪い)タイプだと学ぶのが普通であるが、消費者は皆「楽観的」(自分は「良いタイプ」だと考えて行動する)だというのがこのモデルの肝である。この仮定により、悪いタイプが、よいタイプに成りすますことのコストを考えて行動したり、これらの消費者にお金を貸す貸し手がどうやったら良いタイプにだけお金を貸すことができるかと考えるような、難しい問題を解く必要がなくなるからだ。これらの消費者は消費をスムーズにするためにクレジットカード会社からお金を借り、時によっては破産を選択する。クレジットカード会社の方は、お金を貸したときに、どの割合が良いタイプかを知っているが、良いタイプと悪いタイプは全く同じ行動パターンをとるので、2タイプを見分けることはできない。つまり、均衡では両タイプが同じ金利で借りることになる。このようなモデルの均衡では、自分の所得能力について楽観的な(悪い)タイプは、(自分のリスクにも相当した高い金利より)低い金利(低いリスクプレミアム)で借りることができる一方、良いタイプは悪いタイプと混ざっているので、高めの金利でしかお金を借りることができない。このような均衡では、政府が政策によって破産のコストを低くすることができると、実際に破産しがちな悪いタイプは得をするのだけれども、破産をあまりしない良いタイプは、破産が増えることによるリスクプレミアムの上昇で、損をしてしまう。

Maaten Meeuwisが発表した"Belief Disagreement and Portfolio Choice"(Jonathan Parker, Antoinette Schoar, Duncan Simesterとの共著)は、今流行りの、普通には手に入らないデータセットを使った分析である。詳細には立ち入ら(れ)ないが、彼らは、アメリカの数百万人がどのようにポートフォリオを組んでいるかというデータを入手し、彼らのポートフォリオが、2016年11月の大統領選(トランプが僅差でクリントンに勝った)の結果によってどのように変化したかを分析した。彼らのデータではそれぞれの投資家がどちらの政党を支持しているかはわからないが、どこに住んでいるかはわかるので、共和党支持者の多いエリアに住む人と、民主党支持者が多く住んでいるエリアに住んでいる人で、2016年11月の選挙の結果を受けたポートフォリオ組み替え方がどのように違っていたかを見ることができる。彼らのメインの結果は、大統領選での共和党の勝利の後で、共和党支持者の多いエリアに住む人は、民主党支持者が多いエリアに住む人に比べて、より株式への投資割合を増やしたというものである。著者らの解釈は、よく仮定される、全投資家が同じ(合理的)期待を持つという仮定よりも、皆が異なるモデル(に基づいて将来の資産のリターンを計算している)を持つという仮定が支持された、というものである。

S. Boragan Aruobaの"Pure Wealth Effect or Credit Constraints? Decomposing the Response of Consumption to House Prices"(Ronel Elul, Sebnem Kalemil-Ozcanとの共著)は、アメリカでGreat Recessionの時に住宅価格が下がったことで、消費が落ち込んだというMian-Sufiの有名な結果を、さらにいいデータを使ってより詳細に見てみたペーパーである。住宅価格が下がると消費が落ち込むというのは、理論的には十分あり得ることだが、その主なチャンネルは2つある。1つは「資産効果チャンネル」である。自分がもっている資産の価値が下がったことで、将来それを取り崩して実行できる消費額が下がるので、それに合わせて現在の消費を減らすというものである。もう1つは、「借入制約チャンネル」である。住宅価格が下がるとその価値を担保に借りれる金額が低くなるので、お金を借りて消費に回していた家計は消費を切り詰めざるを得なくなる。このペーパーでは、Great Recessionにおいてこの2つのチャンネルがそれぞれどのくらい強かったかを調べてみた。基本的なアイデアは、クレジットスコアの低い(高い)家計の住宅価格の下落に対する消費の反応は、借入制約チャンネル(資産効果チャンネル)によるものだろうと仮定することである。彼らの分析の結果は、Great Recession時における消費の下落のうち、資産効果によるものはほぼゼロ、借入制約チャンネルによるものが70%ほど、金融機関のバランスシートが痛んだことで貸し出しが制限された効果は20%ほど、残りの10%程度は一般均衡効果(消費の低迷に合わせて雇用が減少して所得がさらに減少することによる消費の減少)というもの。

Tim Landvoigtの"Financial Fragility with SAM?"(Daniel Greenwald, Stjin Van Nieuwerburghとの共著)では、SAM(Shared Application Mortgage)という新しいタイプのモーゲージ(住宅ローン)をマクロモデルの中で分析している。SAMというのは、住宅価格が下がった(上がった)ときには、モーゲージの支払額も下げる(上げる)という形態のモーゲージで、住宅価格が下落したときには自動的に支払額を引き下げることによって、(不況で失業するなどして所得が下がってモーゲージの支払いが困難になって)デフォルトに陥る人の数を減らそうというアイデアである。僕は全然知らなかったが、こういうモーゲージを提供しているフィンテック会社がすでにあるらしい。彼らのモデルはとても複雑なので、詳細には全然立ち入ら(れ)ないが、彼らは、モーゲージの支払額を国全体の住宅価格の動きに合わせて調整するSAMと、モーゲージを借りている人が住む地域の住宅価格に合わせてモーゲージの支払額を調整するタイプのSAMの効果を分析した。彼らのシミュレーションによると、経済全体に前者が導入された場合、基本的には景気変動のリスクをより金融機関に負担させることになるので、金融機関のバランスシートが景気の動きに対して敏感になりすぎてしまい、金融セクターの危機の頻度が増えてしまう。その一方、後者の場合、金融機関が各地域の住宅価格変動のリスクをシェアすることができていれば、住宅価格変動のリスクを別の地域に住んでモーゲージを持っている人々の間でシェアすることになるので、好ましいという結果になった。

Fabrizio Perriの"Unequal Growth"(Francesco Lippiとの共著)は、アメリカでは過去40年程度の間に、個々人の所得の不平等度が上昇し、同時に、経済全体の成長率が低下してきたが、これらの間の関係を、PSID(1967年から個々の家計の所得が見られるデータ)を使ってちょっと深く見てみたという論文。具体的には、次の関係に注目した:

  • ⓪経済全体の成長率=①個々の家計の所得の成長率の平均(個々の家計の所得のレベルでウェイト付けされていないもの)+②個々の家計の所得のレベルと所得の成長率の相関(×それぞれのばらつき具合)。

直感的に説明すると、個々の家計の所得の増加率が同じであれば、経済全体の成長率は①と等しくなる(②はゼロになる)。個々の家計の所得の成長率が異なる場合、もし、所得が高い家計の方が所得の伸びば大きければ、経済全体の成長率は①より大きくなる。経済全体の成長率を計算するにあたっては所得のレベルでウェイト付けするので、所得が高い家計の所得成長率が高ければ、経済全体の成長率は高くなるからだ。このような分解の方法はOI(Olley and Pakesなど)で頻繁に使われているらしい。彼らの分析によると、過去40年で、①は特に1990年以降上昇傾向にある。しかし、②は常にマイナス(所得のレベルが高い人の所得成長率は比較的低い)だが、そのマイナス度合いが特に1990年以降高まった。1990年以降②の低下のスピードが①の上昇のスピードを上回っていたことで、経済全体の成長率が低下したというのが彼らの発見である。②のマイナス具合がさらに低下したというのは、所得が高い人の所得成長率がさらに低下したことと、所得が低い人の所得成長率がさらに高まった、ことの両方によるもののようだ。彼らのペーパーでは、この後、モデルを使った分析もなされているが、メカニカルな分析で、では、なぜこのような変化が起きているのかはわからない。とはいえ、こういう分解による分析もできるんだなぁという感じ。

最後に、Mariacristina De Nardiの"The Lost Ones: The Opportunities and Outcomes of Non-College Educated Americans Born in the 1960s"(Margherita BorellaとFang Yangとの共著)では1960年代に生まれた、大学に行っていない白人のアメリカ人は、1940年代に生まれた人たちに比べて、①平均寿命が短く、②医療費が高く、③(教育の度合いをコントロールした後の)平均的に賃金が低い(特に男性)。これらの要因によって、1960年代に生まれた白人アメリカ人は、1940年代に生まれた人たちに比べて、どのくらい「幸福度」が下がっているかを、上の①~③を外生的な変化とするライフサイクルモデルを用いて計算した。彼らのモデルによると、1960年代生まれで、大学に行っていない、白人のシングルの男性は1940年代に生まれた場合に比べて、生涯賃金の12.5%損をしていることがわかった。1960年代生まれのシングルの女性の場合はこの割合は7.2%、カップルの場合は8%だった。

Comparing Education Spending across OECD Countries

舞田さんという人は、いろいろなデータを簡単にグラフにして示すことをしょっちゅうやっている人らしく、時々、誰かが彼のグラフをリツイートしてるのを見かける。自分の主張に合うものを意図的に選んでいるように思えることと、あまりデータの信用性等について注意を払っているようには見えないので、(人が加工したデータを見る時はいつもそうだけれども)大体のグラフはまずは本当かなぁと思いながら見るのがよいと思うけれども、これだけいろんなデータを見てコンスタントにグラフを作るだけでもすごいなぁと思う。

今回は、教育関連の公的支出の対GDP比率をOECDの国で比較してみたというグラフが流れてきた。「教育に金を使わない国。ここ数年、ずっと最下位だ。」というコメントがついているので、多分、もっと金を使うべきだと思っているのだろう。おそらくは年金を除くと、大体において日本は政府のサイズが他国に比べて小さいのだけれども、いつも最下位というのは面白いので、そのデータの背景を知るべくほかのデータも見てみた。彼のデータソースはOECDのEducation at a Glanceというもので、教育関係の様々なデータを、OECD諸国間で比較したというものである。OECDのデータは使いやすい形で簡単にダウンロードできるので、とても有益である。とはいえ、データの作り方等、各国でいろいろな違いがあるので、あまり真剣に見てよいデータではないような気がするが、まぁ、比較の第一歩としては悪くないだろう。

まずは、舞田さんが作ったグラフを再現してみたのが以下のものである。教育関連の公的支出をGDPで割った比率(パーセンテージ)を、高い国から順に並べてある。
トップのノルウェーは6.3%、OECD平均は4.2%、日本は断トツで最下位の2.9%である。確かに低い。

まず考えたのは、これは、日本は教育関連の私的支出が多いのかなということである。というわけで、私的支出も含めた、教育関連支出の総額のGDP比のグラフを作ってみた。わかりやすいように、国の順番は最初のグラフと同じにしておく。日本は常に一番下、ノルウェーがいつも一番上である。
まぁ、やっぱり、公的支出のGDP比が高い国の比率が高い傾向にあるが、日本は断トツで最下位というわけではない。依然トップはノルウェーで6.4%。ノルウェーは教育関連はほぼすべて税金で賄っているということである。OECD平均は5%、日本は4.1%である。まだまだ低いが、例えば、イタリア(3.9%)より高く、ドイツ(4.2%)並みである。つまり、日本は、他国に比べて私的教育支出の割合が高いようだ。

これは、必ずしも悪いことではない。ある分野に政府が出すお金が少ないというのは、子育てとか、貧困とか、自分が重要だと思う分野に金をもっと出せとばかり主張する人からよく聞かれる文句だけれども、そのことは、税率が低いことの裏返しである。もちろん、税に累進性が高ければ、収入は少ないけれども大学に行きたい人に補助金を回すことと同じになるので、再配分、あるいは能力はあるけどお金がないから大学に行けない人を支援するという意味では恩恵があるけれども、それは、必ずしも、総額のGDP比の高低と一対一で対応しているわけではない。自分でお金を出すことで、インセンティブにはよい効果が生じているという面もある。

というわけで、税の総額を比較してみよう。下のグラフは、税収入をGDPで割ったものである。税収入には年金の貢献額も含まれているが、とりあえず取り除かなかった。
年金などの社会保障制度が弱い中所得国(例えばメキシコ)では低い傾向にあるが、日本はOECD平均(34%)よりちょっと低い31%である。例えば、消費税率を5パーセントくらい上げる(今の8%から13%にする)と、OECD平均に達する(消費はGDPの2/3くらいなので)。また、ノルウェーの公的教育関連支出がGDPの6.3%、日本は2.9%なので、差は3.4%。よって、消費税率を5パーセント上げると、だいたい、OECD最高の公的教育関連支出のGDP比率を達成することができる。10%まではいずれ上がることになっているので、もうちょっと上げて15%にするだけだ。日本の政府の教育支出があまりに少ないという人は消費税率15%を提案してみてはいかがだろうか。

あと、考えたことは、教育のコストってのは、大体どの国でも同じようなものだとすると、(一人当たり)GDPが高い日本のような国は公的教育関連支出のGDP比率は低めに出るんじゃないかということである。経済学の大学教員なんてのは世界のどこでも仕事は見つかるので、クオリティを一定とすると給料はどこで働こうが同じようなものになりうる。それに、日本の教育関連支出の総額が少ないのは子どもが少ないからではないか、とも思った。というわけで、学生一人当たりの支出額を見てみたのが以下のグラフである。もし、今書いた仮説が正しいなら、この数字は日本と他のOECD諸国で大体同じようなものなるはずだけれども...OECDのデータでは小学校から高校まで(primary and secondary education)と大学(tertiary education)で分かれているので、大学のデータだけ示す。
日本は少ない方であった。ルクセンブルグが何でこうなっているのかはよくわからない。舞田さんが示唆しているように、日本の大学は、学生一人当たりにかけているお金が少ないようだ。

では、教師の給料はどうだろうか?OECDのデータには、中学校(lower secondary education)の先生の最初の賃金のデータが含まれていたので、それを表したのが以下のグラフである。
日本の中学校の新任の先生の給料は年間30631ドル(340万円)ということだが、この数字がどのくらいあてになるのは感覚がないのでよくわからない。OECD平均は33260ドルなので、OECD平均より10%くらい低い感じであるが、極端に高いスイスやルクセンブルグのような国がある影響もあるので、OECDの多くの国に比べて極端に低いわけではない。日本の数字は、イタリア、韓国、フランス、と同程度である。

結局何が言いたいというわけではなのだけれども、いくつか個人的に重要だと思うポイントを挙げると:
  1. 日本は教育関連支出の公的支出のGDP比は低いが、高めの私的支出が補っている。
  2. 私的支出と公的支出を合計しても、教育関連支出のGDP比はOECD平均より低い。
  3. 消費税率をあと5%(10%→15%)上げれば、OECDトップの公的な教育関連支出水準に追いつく。

NBER Summer Institute: Micro Data and Macro Models (4)

引き続き、NBER Summer InstituteのMicro Data and Macro Modelsで発表されたペーパーのメモ。最後は最終日のペーパー。ほかのセッションも出たが、今回で、NBER Summer Instituteのペーパーについて書くのは終わりになるような気がする。そして余力があれば通常営業に戻る予定である。

Corbae and Glover, "Employer Credit Checks: Poverty Traps versus Matching Efficiency"
アメリカでは、雇用しようか考えている人のクレジットヒストリー(破産したかとか、債務をきちんと返済しているかとかがわかる)をチェックすることが普通に行われている。彼らのペーパーによると、ある人事部の人へのインタビューによると60%の会社でクレジットヒストリーをチェックして採用するか否かを決める材料に使っていた。もし、patientな(将来のことを重視する)労働者とpatientでない労働者がいるとすると、前者の方がクレジットヒストリーはよく、彼らの方が長い目で自分への投資などを行うので、好ましい人材となりうる。ただ、この場合、patientでない労働者は職が見つかりづらくなり、その結果、借金の返済に困ったりして、クレジットヒストリーが下がって、さらに職が見つかりにくくなるという負のスパイラルに陥る状況を生み出してしまう。このような状況を避けるには雇用の決定をする際にクレジットヒストリーを参照するのを禁止すればよいということもできるが、この場合、企業は欲しい人材が採用できなくなるし、クレジットヒストリーが悪くても雇用に影響がないということで期限通りに借金の返済などをするインセンティブが損なわれてしまう。このような複雑な状況を一般均衡モデルで分析した論文である。

Braxton, Herkenhoff, and Phillips, "Can the Unemployed Borrow? Implications for Public Insurance"
行政データ(administrative data)から得られる所得のデータとクレジット関連のデータを組み合わせることで、職を失った人がどのようにクレジットカードなどのクレジットを使っているかをみてみた。すると、職を失った人はクレジットカードでお金を借りることができるし、実際借りていること、および、借り入れしすぎている人は破産することで借金の返済に苦しまずに済んでいることが分かった。(注:理論的には、失業したら破産の可能性が高まるので、クレジットカード会社は借入をできないようにしたくなるはずだけれども、アメリカの場合、クレジットカード保有者の所得のデータは頻繁には得られない(特に失業した人が自発的に所得を報告したりはしない)ので、失業した人もそれ以前に取得したクレジットカードを使い続けることができるということだろう)つまり、クレジットカードは、失業保険のように使えるということである。このことは、クレジットカードが盛んに使われている状況では、最適な失業保険のレベルは低い(クレジットカードが代替してくれるから)ことを示唆している。著者らは、クレジットカードと失業のリスクのあるモデルを構築して、最適な失業保険の金額を計算し、現在のアメリカの水準(彼らによると45%)より低い35%であることがわかった。

どちらのペーパーも個人の異質性のあるマクロモデルの最先端のモデルである。

Argente, Lee, and Moreira, "How Do Firms Grow? The Life-Cycle of Products Matters"
最初に書いておくと、このペーパー、無茶苦茶面白かった。全然知らない分野なんだけど、聞いているだけでわくわくした。ペーパーにはモデルもあった気がするが、モデルはどうでもよくて、データが面白かったので、いくつかデータについて書いておく。

彼らのデータは、2006-2015年の間、全米40,000の小売店で、それぞれの商品のバーコードを使って、何がいくつ売れたかを詳細に記録したものである。さらに、それぞれの商品がどの企業に属しているかもわかる(商品と企業をマッチしている)ので、それぞれの企業がどのような商品に頼っているか、商品の売れ行きは時間とともにどのように変わっていくか、企業は商品をどのように入れ替えていくか、などがわかるというものである。

彼らによると、彼らのサンプルに含まれる企業の売り上げは毎年6%づつ伸びているが、売り上げの増加は新製品によるもの(毎年11%の伸び)である。新製品は、導入された年に売り上げを伸ばすが、その後は、売り上げは普通はコンスタントに落ちていく(既存の製品の売り上げの年平均下落率は6%)からである。

彼らの推定によると、製品の平均的なライフサイクルは以下のようなものである。
売り上げは最初の4年間くらいは増加し、そのあとでは落ちてゆく。但し、このグラフは、売り上げが小さかった商品は早く消えてゆくので、その分ライフサイクルが押し上げられるという影響(composition bias)が入っている。それをコントロールするために、何年売られていたかわかっている商品だけ見て、それぞれの商品を別々に見てみたのが以下のグラフである。
それぞれの線は、その製品が何年売られてたかを示している。どの製品も新製品として導入された後は、売り上げは落ちてゆく。もちろん、息が長かった製品(彼らのデータでは最長は16年)は当初から売り上げが大きい。最初のグラフの当初4年間の上昇は数年しか売られなかった商品がなくなって売り上げの平均が押し上げられたからだとわかる。

では、売り上げを、価格と数量に分解してみると、以下のようになる。
製品のライフサイクルとしては、価格はあまり動かない一方、数量が大きく変わっていく。もちろん、上で上げたようなバイアスが含まれていることは注意してほしい。

次のグラフは、企業が売る商品の数が、企業の年齢とともにどのように変化してゆくかを示している。
予想通り、新しい企業は売っている商品の数も少ないが、企業が年を取るにつれて、打つ商品の数は増えていく。

とりあえずこれくらいにしておくが、とにかく色々なグラフを見ているだけで色々なことを自然と考えてしまう楽しいプレゼンだった。

Krueger and Uhlig, "Neoclassical Growth with Long-Term One-Sided Commitment Contracts"
最後は打って変わって理論系の論文である。いわゆるAiyagariモデルなどは、消費者が締結できる契約を(著しく)制限しているというのが、昔は大きく問題にされてきた。モデルの中の消費者は、所得が高い人が低い人に所得を移転する保険契約(アロー証券でもいい)を取引したいはずなのに、Aiyagariモデルの中では、個々人の直面するショックの結果に依存しない、一定の利子率の債券しか取引できないからである。1990年代には、このようなAiyagariモデルの仮定にミクロ的基礎(micro foundation)を与える研究が流行していたが、最近は、あまり見られなくなった。このペーパーは、最近見られなくなった、そのような流れの論文である。彼らのモデルでは、保険会社が個々の消費者の所得のショックに応じて支払い額が変わる(所得が低かった消費者は高い金額を受け取って所得が高かった消費者は低い金額を受け取る)保険契約を売るんだけれども、消費者の方は後で保険契約から抜けることができる(つまり保険会社の側しか契約にコミットできない)モデルを構築した。この状況では、保険会社も、所得が高かった消費者が保険から抜けてしまうことも考慮して、完全に所得の変動を抑える(保険金支払額の変化で相殺する)契約を売ることができないので、完備契約とはならない(消費は個人のショックに応じて変動する)。つまり、Aiyagariモデルと同じような特徴が導き出せる。このようなモデルは大体複雑になって、いろいろな要素を加えることができないんだけれども、ある仮定の下では、モデルの解が解析的に得られるのが売りである。ただ、このような不完全な保険契約なんて実際に売ってないじゃないか、という質問が出て、皆同意しているように見えたのは感慨深かった。1990年代だったら、逆に、Aiyagariモデルを使うと、外生的にどのような資産が取引されるか仮定してよいのか、という質問がしょっちゅう出たからである。時代の変化を感じさせた。

NBER Summer Institute: Micro Data and Macro Models (3)

引き続き、NBER Summer InstituteのMicro Data and Macro Modelsで発表されたペーパーのメモ。今回は3日目。

Boerma and Karabarbounis, "Inferring Inequality with Home Production"
所得の不平等が注目を集めているが、不平等を考えるに当たっては所得だけ見ればいいというものではない。(著者らの例ではないが)、2人いる経済で、1人は会社で働いて給料をもらって、もう1人は農業を営んで自給自足の生活をしているとすると、(データで把握される)「所得」だけ考えると後者は所得ゼロなので、不平等が大きい用に見えるが、消費(あるいは幸福度)は前者も後者も同じかもしれない。著者らは、所得で把握されない、家計内生産(home production)も考慮すると不平等の度合いどのように異なってくるかを計算した。使ったデータは、CEX(家計レベルの消費を細かく記録したマイクロデータセット)とATUS(American Time Use Survey、家計レベルでどのように時間を使っているかを詳細に追ったマイクロデータセット)の組み合わせ。著者らの分析によると、所得の高い家計のほうがより多くの時間を家計内生産に費やして消費しているので、不平等の度合いは更に大きくなるとのこと。予想される結果は、所得が低ければその分家計内生産生産でカバーしてるように考えるのが自然なので、家計内生産も含むと不平等の度合いは小さくなるのではと考えられるがその逆の結果となっている。但し、細かくは見ていないけれども、何を家計内生産に含めるかに大きく寄るようだ、というのが議論を聞いたうえでの印象。所得が高くて、より多くの時間を子供に割くことができれば、子供との時間は家計内生産に含まれるので、家計内生産の不平等は大きく出るというのが強く出ているようだ。

Eisfeldt, Falato, and Zhang, "The Rise of Human Capitalists"
著者らは労働の対価として賃金ではなくて、会社の株やストックオプションを受け取る労働者を「人的資本家」と定義して、人的資本家がアメリカの経済に占める割合が近年高まってきていることを指摘。所得面のGDPの内訳を見たときに、労働者が受け取る賃金のシェア、および、資本が受け取るレンタル料のシェアが低下してきていることは最近注目を浴びている(例えば最近このポストこのポストでも触れた)が、その少なくとも一部は、(主にスキルの高い)労働者が賃金という形ではなくて会社の株やストックオプションという形で報酬を受け取る傾向が高まっているからだと主張している。

Caucutt, Gunner, and Rauh, "Is Marriage for White People? Incarceration, Unemployment, and the Racial Marriage Divide"
25-54歳の白人女性で結婚したことのある(あるいは同棲している)人の割合は1970年には94%であったのが2013年には79%まで低下した一方、黒人女性で結婚した異なるひとの割合は89%から51%まで大幅に下落した。この違いは(何らかの理由で、黒人女性は黒人男性を好み、白人女性は白人男性を好むという仮定が重要だが)、黒人男性で刑務所に入っている人の割合が高まったこと、および職がない人の割合が高いことで説明できることを示した。

Bloom, Guvenen, Pistaferri, Salgado,-Ibanez, Sabelhaus, Song, "The Great Micro Moderation"
マクロ経済学の最近のビッグデータの流行を牽引するオールスターによる論文。アメリカ(及び他の国)における過去数十年の労働者間の賃金の不平等の拡大が、例えば院卒・大卒の平均給料の伸び率が高卒(あるいは高卒以下)の平均給料の伸び率を大幅に上回っていたことによる(あるいは他の、労働者間の目に見える違いで説明できる)ものなのか、あるいはここの労働者が直面するリスク(所得の不安定性)が拡大したからなのかについては、おそらくは両方とも拡大したというのが一般的に受け止められている結論だと思う。但し、これまでの分析は、誰でも利用できるが、把握されている労働者の数は比較的小さいデータセットを用いてなされてきた。この論文では、社会保障局(Social Security Administration)が持っている詳細な所得データを用いて、同じ分析を行ってみた。主要な発見は以下の4つである。(1) 性別・生まれ年・年齢が同じ労働者の間の賃金の成長率の分散(賃金の不安定性と解釈できる)は1980年から2013年の間、大きく低下した。(2) この低下は、企業間の、雇用変化率及び平均賃金上昇率の分散の低下と同時に起きている。(3) 労働者の賃金の成長率の分散の低下は、転職する労働者の割合の低下で説明できる(彼らのデータセットは個々の労働者が毎年どこで働いていたかを追うことができるすごいものなのだ)。その一方、転職した労働者、あるいは、転職しなかった労働者の賃金上昇率の分散はあまり変化していない。(4) 労働者の賃金の上昇率の分散の低下は、企業の雇用変化率の分散の低下で「説明」できる。またしても、既存の結果に対して、違うように見える結果を突きつけた論文である。

NBER Summer Institute: Micro Data and Macro Models (2)

前回に引き続いて、NBER Summer InstituteのMicro Data and Macro Modelsで発表されたペーパーのついてのメモ。今回は2日目。

Fagereng, Holm, Moll, and Natvik, "Saving Behavior across the Wealth Distribution: Evidence from Norway"
ペーパーやスライドが公開されていないので詳細は覚えていないのだけれども、ノルウェーの1993-2015年の個人の資産と所得のパネルデータを使って、資産の異なる人の貯蓄パターンがどのように異なるかを見てみた論文。横軸に総資産、縦軸に貯蓄率をとると、スゥッシュ型(ナイキのロゴの形)をしているらしい。つまり、資産が最低レベルから増えていくと、貯蓄率は少し低下するが、資産がプラスになるあたりからは貯蓄率は増えている。でも、これは、資産(主に住宅)の価値が上がっているからそう見えるだけであって、資産価格をコントロールすると、資産がゼロより上の人の貯蓄率はフラットで、シンプルなモデルと整合的。多分、ノルウェーのデータの価値で押しまくるペーパーなのだろう。

Bach, Calvet, and Sodini, "From Saving Comes Having? Disentangling the Impact of Saving on Wealth Inequality"
こちらは、スウェーデンの個人の所得と資産のパネルデータのお披露目のような論文だった。同じように、貯蓄率が資産に応じてどのように異なっているかを見ており、確か、上のペーパーと同じように、ある資産レベルを超えるとフラットな貯蓄率(なので理論と整合的)だという結果だったと思う。

上の2つのペーパーで印象的なのは、良質なマイクロデータを提供できる国であれば、その国のデータを使った研究がさかんになるということである。北欧諸国の消費や資産(個人・家計レベルの詳細なパネルデータがある)あるいは労働市場(企業と労働者がマッチされたデータがある)に関する研究が盛り上がっているように見えるのはこのおかげだろう。日本も良質のデータを提供できればよかったのに。良質のマイクロデータがあることで研究が進むという流れからは出遅れた感がある。

Guren, McKay, Nakamura, and Steinsson, "Housing Wealth Effects: The Long View"
アメリカの1975-2017年の都市レベル(380の都市)の住宅価格およびリテール産業の雇用者数のデータを使って、住宅価格の資産効果が最近と過去で異なっていたか、そして、資産効果は住宅価格が上がったときと下がったときで異なっているか(非対称性)を検証した論文。背景としては、アメリカの大不況期において、消費が大きく停滞したのは、住宅価格の下落による負の資産効果が大きかったからだといわれていること、および、住宅を担保にした借り入れが2000年以降特に増加したから大不況期における負の資産効果が大きかったのではないかといわれていることが挙げられる。この大きな負の資産効果は大不況期の住宅価格の大きな下落だけに当てはまるものか、それとももっと一般的なものかを調べてみたといえる。結果としては、資産効果の度合いは2000年より前と後で特に異なってはいない、それに、資産効果の非対称性はみられない、というものであった。彼らによると、住宅価格が1ドル上がったときに消費の増加は3.3セント。

Fuster, Kaplan, and Zafar, "What Would You Do with $500? Spending Responses to Gains, Losses, News, and Loans"
NY連銀は、2013年以降、消費者期待調査(Survey of Consumer Expectations)という調査を実施している。全米を代表する1300の家計に、毎月、今後1年のインフレ率、賃金上昇率、所得上昇率を質問している。このペーパーでは、この調査に特別な質問を加えてもらい、架空のシナリオで500ドル(500ドルがベンチマークだけどあるいはそれより大きな金額についても聞いている)を急に得たり失ったりしたときに、消費者がどのように消費・貯蓄パターンを変えるかを調べた。結果は以下の通り。(1) 500ドルを急に得たときの消費の反応は人によって大きく異なる、(2) 500ドルを急に失ったときの反応も人によって大きく異なるが、500ドルを得たときの反応より大きい。(3) 将来500ドルをもらえると聞いたときの反応は小さい。(4) 1年間無利子のローンを与えられても反応は小さい。(5) その一方、将来500ドルを失うと聞いたときは消費を切り下げる(つまり、将来のことを何も考えていない=myopiaわけではない)。

最後のペーパーが象徴的なんだけれども、良質のマイクロデータにアクセスできる人、データを作れるコネやリソースのある人に大きなアドバンテージがあるのだなぁという感じである。

NBER Summer Institute: Micro Data and Macro Models (1)

前回に引き続いて、NBER Summer Instituteで見たペーパーのメモ。今回は、Hurst, Kaplan, Violanteによる新しいグループ"Micro Data and Macro Models"の初日のペーパーについてのメモ。

Ottonello and Winberry, "Financial Heterogeneity and the Investment Channel of Monetary Policy"
最近は、金融政策の効果を、どのような家計にどのような影響があるかをデータで見て、それをもとに異質性の入ったモデルをつくることが行われてきているが、その企業バージョン。自然に思いつく次のステップといえる。アメリカの公開企業のデータ(Compustat)を使って、どのような企業が金融政策に反応して投資を増やしたり減らしたりするかを見てみたところ、借り入れ額が小さくて(レベレッジが効いていなくて)、格付けが高い企業の投資の反応の方が大きかった。借り入れが大きくて格付けが低い企業の方が、金融政策の効果で借り入れ制約が引き締まったりゆるんだりして投資額を大きく変化させると考えることもできるので、ある意味驚くべき結果といえる。この結果をもとに、企業の異質性のあるNK-DSGEモデルを作って、彼らのデータと整合的になる(カリブレーションの仕方によるのかな)ことを示した。金融政策の効果は、企業の格付けや借入度合いの分布によって異なってくるというインプリケーションは面白い。

Bahaj, Foulis, Pinter, and Surico, "The Employment Effects of Monetary Policy: Macro-Evidence from Firm-Level Data"
発表は見逃してしまったので、1月のAEAのスライドを見てみた。上のペーパーと同じように、金融政策の影響が異なる企業に対してどのように異なっているかを、イギリスのデータを見て分析している。また、投資ではなく、それぞれの企業の雇用がどのように金融政策によって影響を受けるかを見ている。金利の引き上げに対して、総雇用者数は当然マイナスに反応するが、若い企業(設立から10年以内)、小さい企業(雇用者数1000人未満)、格付けの低い企業の方がマイナスの影響は大きく、そういう企業の方が金利引き上げで借入制約がよりタイトになって舞いますの影響が大きくなるというチャンネルと整合的上のペーパーと反対に見える結論なので面白かったと皆が言っていた。アメリカとイギリスの違い、Compustatのカバレッジの狭さ、投資と雇用の違い、分析手法の違い、など、いろいろ結果が異なる理由となりうるものはあるが、今後の展開に期待である。

Dupor, Karabarbounis, Kudlyak, and Mehkari, "Regional Consumption Responses and the Aggregate Fiscal Multiplier"
アメリカの大不況の時に実施された大規模な財政拡張政策であるアメリカ復興・再投資法(American Recovery and Reinvestment Act)のもとで配分された金額が各州で異なることを利用して、州レベルで財政支出を1ドル増やしたときに民間支出がどの程度増えるか(財政乗数の消費バージョンである)を計算したところ$0.18であった。この結果を国全体の乗数に変換するため、州の違いを取り入れたDSGEモデルを作って国レベルの財政消費乗数を計算したところ$0.4であった。つまり、州レベルの(消費)乗数よりも国レベルの乗数は大きかった。これは、州の間の貿易が活発化するからである。

Auclert, Rognile, and Straub, "The Intertemporal Keynesian Cross"
ケインジアンモデルの乗数効果のようなものを、一般的なDSGEモデルの中で再解釈しているといえばいいのかな。よくわからなかった。誰か教えてほしい。例えば金融政策の効果は、静学的なモデルで考えれば、MPC(限界消費性向)が高ければ高いほど大きいと考えられるが、動学的なモデルを考えると、金融政策の「総」効果は、毎期毎期の消費の反応の合計(intertemporal MPC)で測ることができる。これが大きければ大きいほど、昔のケインズ経済学の乗数効果のように、静学的なMPCは一定でも、金融政策の効果は大きくなると言える。

(No) Exchange Rate Effect of Unconventional Monetary Policy

NBERで見たたくさんのペーパーについて書く前に、ちょっと前に書いておいたものを。あまりに頻度が下がってきているので、ちょっと目についたペーパーを、ちゃんと読んでなくても、短めで簡単に紹介するようなものを混ぜてみようかななどと考えている。

今回簡単に触れるのは、Andrew Roseによる、最新のNBER Working Paper "Currency Wars? Unconventional Monetary Policy Does Not Stimulate Exports"である。少なくとも日本では、どのようなチャンネルを期待して非伝統的金融政策を行うのか、そのチャンネルが働いていることはどうやって確かめられるのか、実際のそのチャンネルが働いている証拠はあったのか、といった議論が全然見られないような気がしている(まぁ、そんなものを期待してもしょうがないと皆思っているんだろうが)。個人的には、口には出せなくても、為替レートが減価することによって、輸出が増えて、輸入が減るというような効果をひそかに期待しているのではないか、と考えていたのだが、このペーパーでは、非伝統的金融政策を実施した国で輸出が増えた証拠はないということを示している。

著者も認める通り、行われたのは簡単な回帰分析である。簡単に書くと各国の輸出と輸入を「説明する」回帰式に、「非伝統的金融政策ダミー」(非伝統的金融政策を実施している時には1、実施していないときには0)を入れただけである。データはIMFの、国別の輸出入データを使っている。「非伝統的金融政策」には量的緩和(QE)と負の政策金利が含まれており、当然日本の場合長期にわたってダミー変数は1になっている。下の表が、今回の回帰分析に含まれる「非伝統的金融政策」の一覧である。

タイトルからもわかるとおり、著者の回帰分析によると、非伝統的金融政策を実施した国は輸出が10%減少し、輸入は7%減少し、為替レートは0.6%減価した、というのが主要な結論である。つまり、為替レートは為替レートチャンネルが想定するように減価しているが、輸出が増えるという効果は全く見られなかった。もしかしたら、現代の輸出入の多くは企業が中間財をある場所から別の場所に移すという形式で行われているので、為替レートが与える影響は小さい、という話なのかもしれない。但し、輸入は7%減少している。もしかしたら、為替レートチャンネルは輸入に効くといういう理論があるのかもしれない。

基本的には回帰分析なので、著者もかなり控えめにインプリケーションを導き出している。著者の一つの解釈は、非伝統的金融政策を行っているのは、にっちもさっちもいかない国だから、経済状況の悪化が輸出入を減少させ、為替を減価させているだけではないかというものである。まぁもっともらしい。このような解釈の妥当性を評価するためにも、今後は内生性をもっときちんとコントロールする試みが必要だろうが、とりあえずのとっかかりの分析としては面白い。

Are We in a Liquidity Trap?

マクロ経済学では、モデルを作るときに、均衡が1つしかないようにすることが重要である。モデルの挙動をデータと近づけるためには、モデルの均衡が常に1つで、その均衡を、パラメータを調整(推定してもカリブレーションしてもよい)することによって、データに近づけることが重要だからだ。データとモデルの挙動を近づけることで、モデルが現実の経済の分析に適していることが確保される。

その一方、このポストなどで触れてきたが、ゼロ金利制約(金融政策で誘導できる名目金利はゼロより(大きくは)下がれないという制約)のもとでは、金融政策の分析に使われる現代の代表的なモデルであるニューケインジアンDSGEモデルには少なくとも2つの均衡があることが知られている。この二つの均衡を「通常」の均衡および「流動性のわな」の均衡と呼ぼう。

なぜ、「流動性のわな」か。流動性のわな(Liquidity Trap)という言葉は、日本の状況を表現する際によく使われる。Wikipediaによると、ケインズがこのような可能性に言及している。どういう状況か、わかりやすく書いてみよう。金利が下がってしまうと、人々は金利を生む金融資産(債券など)よりも(金利を生まないが取引に使えるなど、そのほかの利点がある)貨幣が好むようになってしまう。このような状況下では、中央銀行がいくら貨幣の供給量(マネーサプライ)を増やそうとも、人々は追加的に供給された貨幣を喜んで保有するので、金利に影響を与えないのである(金利が動くまでもなく通貨の供給の多い均衡に経済が到達する)。つまり、中央銀行は金利に影響を与えられないので、金融政策は使い物にならなくなる。金利が低いときに起きる可能性が高いのは、金利が高ければ、誰かしら、金利を生まない貨幣より金利を生む金融資産を好む人がいるはずだからである。

このような定義を、もう少し別の(現代的な)言い方をすると、こうなる。短期の名目金利がゼロに下がると、短期の安全な金融資産(国債と考えればよい)と貨幣(短期で、名目金利ゼロで、インフレ率が安定している限り安全な金融資産と考えられる)はかなり近い代替物(どちらも、国が価値を保障する安全な、かつ金利ゼロの資産)になるので、中央銀行が国債と貨幣を交換することでマネーサプライを増やしても、民間の経済主体にとっては何の影響もない、ということになる。中央銀行が金利を下げて、経済活動を刺激することで景気を刺激したくても、短期の名目金利はゼロ以下に(大きくは)下げられないので、(標準的な)金融政策は無力となってしまうのである。「流動性のわな」の均衡はこのような状況をあらわしていると考えられる。

では、実際の経済はどちらの均衡にあるのだろうか?簡単に考えれば、「流動性のわな」の均衡はゼロ金利制約に引っかかっている(中央銀行がターゲットにする短期名目金利がゼロ)か否かで簡単にわかるはずと考えられるが、経済にさまざまな短期的なショックがある場合、物事はちょっと複雑である。経済は「通常」の均衡にあったとしても、経済に何らかのショックが加わった結果、「流動性のわな」の均衡にはなくても、一時的にゼロ金利制約に引っかかっている可能性も理論的にはありうるからだ。逆のケースもありうる。経済が「流動性のわな」の均衡にあったとしても、一時的に何らかのショックで、ゼロ金利制約から離れているということもありうるかもしれない。

サンフランシスコ連銀の総裁で、時期ニューヨーク連銀の総裁になることが決まっているJohn Williamsはサンフランシスコ連銀のThomas Mertensと書いた最新の論文("What to Expect from the Lower Bound on Interest Rates: Evidence from Derivatives Prices"、ここからダウンロードできる)において、この質問に答えることに挑戦した。

細かいところには立ち入らないが、大まかなロジックはこういうものである。Williamsは2000年以降、自然利子率(経済の平均的な状態で達成される実質金利、r*(アールスター)と呼ばれる)が低下しているという研究を続けている。では、r*がどんどん低下していっている場合、経済が「通常」の均衡にあると、名目金利やインフレ率はどのように変化するだろうか?経済が「通常」の均衡にあって、中央銀行がターゲットのインフレ率(年率2%)を達成できている場合、r*が下がって行っても、名目金利はr*+2%で一緒に下がってゆく。インフレ率は2%で動かないはずである。但し、経済にショックがある場合、時々、r*+2%がゼロ金利制約に引っかかって、下がりきれないことがあるかもしれない。その場合、名目金利はr*+2%よりちょっと上にとどまることになる。更に、金利を下げきれないので、経済が停滞し、インフレ率も2%より低下する可能性がある。r*がどんどん下がっていくと、そのような状況に直面する確率が高まっていくことになるので、将来の名目金利の予測値は、r*が下がっていくと一緒に下がっていきつつも、その差は小さくなることが予想され、予想インフレ率は2%から下がっていくことが予想される。

では経済が「流動性のわな」の均衡にあって、r*が下がっていった場合、名目金利やインフレ率はどのように変化していくことが予想されるだろうか?「流動性のわな」に直面している場合、名目金利は基本的にゼロで動かない。では、均衡において常に成り立っている、以下のフィッシャー均衡式(Fisher Equation)からインフレ率を考えてみよう。

名目金利 = 実質金利 + 期待インフレ率

実質金利r*が下がっていって、名目金利がゼロのままだと、上の式から、期待インフレ率は上がっていくことになる。

つまり、r*が下がっていったときに、名目金利やインフレ率がどのように変化していったかを見ることで、経済が「通常」の均衡にあったのか、「流動性のわな」の均衡になったのかをテストすることができるのである。Williamsは2000年以降のデータは、経済が「通常」の均衡にあったという解釈と整合的であることを発見した。

彼のモデルでは、経済が2つの均衡を行ったり来たりするようなケースを排除している等、改善の余地はあると思うんだけれども、金融政策にとって重要な結果をきれいに導いたペーパーだと思う。

彼の発表を聞いていて考えたのは、FRBと日本銀行の違いである。FRBでは金融政策を決める会合の主要メンバーがこのような論文を書いて経済学会とコミュニケーションを図ることができ、Williams、Evans、Bullard、Mester(それに近々Claridaもなのかな)といった一線級の経済学者がこのようなレベルの考察を元に金融政策の方向性について議論し、金融政策が決められる。一方、日本銀行の金融政策決定会合では、このような論文が書けるメンバーがそもそもいないし、このレベルの議論なんて多分なされない。マクロ経済学者としてはとても残念な状況である。

Rise of Administrative Data in Economics

経済学の問題点を指摘したシリーズ(典型的な、あまり深みのない経済学批判なので取り上げもしなかった)に代表されるように、最近は質が落ちてきているという話が聞かれるEconomist誌が、経済学関連のめずらしくタイムリーな記事を載せていたので言及しておく。

経済学におけるサーベイデータ(Survey Data)から行政的データ(Administrative Data)へのシフトについてである。記事は二つになっており、これこれである。これまでは、経済学者は、主に、政府(あるいは民間が主体のこともある)が定期的に実施するインタビューに基づいてつくられたデータ(サーベイデータ)を主に使ってきた。但し、最近は、サーベイデータの質の低下が認識されてきている。その背景にある大きな要因は、返答率の低下である。
上のグラフはEconomist誌から引用させてさせてもらったものだが、アメリカ、カナダ、UKの代表的なサーベイデータの返答率(インタビューしたら答えてくれた人の割合)の変化を示している。どのサーベイデータの返答率も低下傾向にある。たとえば、アメリカの家計の消費動向を1980年代から追っている貴重なデータであるConsumer Expenditure Surveyの場合、返答率は2001年の80%をちょっと下回るレベルから2016年は63%くらいまで低下している。これがなぜ問題かというと、答えてくれる人が少なかったり、答えてくれる項目の数が減った場合、その減少を補うために、専門家が、入手できなかったデータを推定しているのであるが、推定しなければならないデータの数が増えれば増えるほど、まぁ、そのデータセット自体が当てにならない度合いが高まるのは想像がつくであろう。実際に、記事では、サーベイデータと他のデータとの整合性が以前より低下してきていると指摘している。さらに問題なのは、返答をしてくれない人の特徴が、返答をしてくれる人の特徴と異なる場合、返答してくれた人のデータに基づいて返答してくれなかった人のデータを推定しようとすると、間違ってしまうということである。

このような問題を受けて、経済学では、行政データ(政府が何らかの目的のために集めたデータ)を使う頻度が高まってきている。
上のグラフは、NBER(全米経済研究所、アメリカの有名な経済学者が多く所属してワーキングペーパーを出している、もっとも有力な経済のシンクタンク)のワーキングペーパーの要旨において、「行政データ」という言葉が使われた頻度を追ったものである。2000年ごろまではほぼゼロだったが、2017年には30近いワーキングペーパーで使われるようになっている(例えば、2017年のワーキングペーパーの数は1163なのでワーキングペーパー全体に占める割合はまだ小さい(2.4%)が、とても速いスピードで増加しているのは見て取れる)。

行政データは、サーベイデータのように、返答率の低下や返答の質の低下で悩まされることはないが、別の問題点がいろいろある。1つ目は、行政データはある目的のために集められたものなので、経済学者が、例えば全国民からランダムにサンプリングされたデータが欲しいと思っても、必ずしもそういうものが手に入るわけではないということである。例えば、代表的な行政データは税の申告のデータである。これを使うと、税を申告した人の所得が正確に把握できる。しかし、国民全員が税を申告する必要がなければ、経済学者が欲しいデータとは異なることになる。それに、税を申告する際には、年齢や性別や家族構成という情報を提供しないので、そういう情報も組み合わせたい場合には簡単には対応できないということになる。ただし、アメリカの場合、社会保障番号(マイナンバーってよく知らないがそのようなものだと思う)を使って、税のデータと別のデータと組み合わせることで、税を申告した人の所得、家族構成などが把握できるという方法が開発されている。

2つ目は、このデータは使うためには、そのデータを使わせてくれる人を知っていなければならなかったり、バックグラウンドチェックなどいろいろな手続きを経なければならないので、既に地位が確立されていて、リソースやコネがある人が有利になるということがある。ちょっと前のエントリで触れたが、Raj Chettyはすごい行政データを使った研究を進めているが、これは、彼だから使えるという側面が多分にある。いい悪いは別として、経済学者間で富むものがさらに富むようになるという現象を生み出している。

3つ目は、上の点に関連するが、行政データを使ってある論文を書いて、例えば、その論文をジャーナルに送ったとして、エディターあるいはレフェリーには、結果を検証する方法がない。論文が出た後で、誰かが追試しようとしても、元になった行政データにアクセスできない限りどうしようもないのである。行政データを使っている人がいい加減なことをしているといいたいわけではないが、あるデータのクリーニング方法、その他手続き、あるいはモデルの仮定をちょっと変えたら結果が大きく変わるなんてことはよくある話なので、あとで追試できないというのはとても大きな問題点である。

もちろん、学会というのは、今後の経済学の方向性を変える可能性のある、起業家精神に富んだ行動に対して大きなインセンティブを付けるものなので、これまで使えなかったデータを使えるようにした人に報酬(パブリケーション)で報いるべきなのは当然なんだけれども、経済学会が上で挙げたようなイシューにどのように対応していくかは、興味深い。

PSID and Income Volatility

PSID (Panel Study of Income Dynamics)というのはアメリカの家計のパネルデータで、もっとも有名なもののひとつである。1968年(前年の所得等についてインタビューをするので1967年のデータ)から始まって、1997年までは毎年データがあり、その後は隔年のデータとなっている。1968年から毎年、同じ家計に、所得、労働時間、学歴、から始まって本当にいろいろな事項について質問をし、ひとつの家計から子供が独立したりすると、その子供も新しい家計としてサンプルに加えられて毎年追跡調査される。聞き取りをする家計の数が少ない(とはいえ5000の家計に所属する18000人)のがどうしようもない弱点なのだけれどもすばらしいデータセットであり、僕もサンプルに入りたかったなぁと思う。ミシガン大学が整備を続けており、誰でもウェブサイトから無料でダウンロードできる。

昔はばらばらのテキストファイルをダウンロードして、自分がほしい変数がどこにあるかをCodebookで調べて(年によって変わる…)、Stataとかに必要な変数を読み込み、自分で家計をや個人をつなげる作業が必要だったんだけれども、最近はすばらしいウェブインターフェイスから必要なものだけ簡単にダウンロードできるようになった。日本のマイクロデータを管理している人は是非見習ってほしいし、整備にお金が必要なら、日本政府はぜひお金を惜しまず出してほしい。

今年はPSIDが始まって50周年(!)なので、50周年を祝うさまざまなイベントが行われている。例えば、この前のAEA年次総会でも、PSID50周年記念セッションがあった。多分それらのイベントの関連だと思うんだけれども、MoffittとZhangによる、PSIDから計算できる所得の変動率(Volatility)についてのサーベイ的な論文がNBER Working Paperにあがっていたので、ちょっと見てみた。

彼らは、PSIDの強みとして、以下の4点を挙げている。
(1) とても長い(1967年~)サンプル期間。
(2) 最初に含まれていた家計(それ自体もアメリカの家計を代表するように選ばれている)とそこから派生してできた家計を追跡することにより、移民による変化を除けば、いつまでもアメリカの家計を代表するようにできていること。
(3) (最近使われる行政データが含んでいない)多岐にわたる質問をしていること。
(4) (家計が住んでいる)地域を特定するデータがあること。

PSIDを使って数多くのペーパーが書かれてきたが、重要なイシューは、個人の労働所得の変動率がどのくらいか、労働所得の変動を一時的な変動(一時的な労働所得の上下動)と恒久的な変動(ずっと変わらない個々の労働所得の差)に分解したときに、それぞれの大きさはどれくらいか、総変動率と、その一時的変動率、恒久的変動率は、時間とともにどのように変わっていっているか、であった。最後のポイントは、最近のトレンドとなっている、所得の不平等の度合いの変化と深く関連している。

著者らはいくつかPSIDをもとにしたデータを示しているのでそれを載せておく。使ったデータは1970年から2014年までの、男性の家計主で、30歳から59歳までの、労働所得である。年齢による所得の増加や、経済成長に伴う平均所得の増加をコントロールするため、まずは対数とをった労働所得のうち、年齢ダミー(30代、40代、50代)と毎年のダミーで説明できる部分を取り除いたあとの、労働所得の対数の変動率が、下に示されている。また、極端な値の影響を小さくするため、上下1%は取り除いている。
よく知られていることであるが、労働者個人の労働所得の変動率は1970年代から1980年代中盤までは上昇し、1980年代半ばから2000年ごろまでは安定し、その後再び上昇に転じている。これらのトレンドは、PSIDほど長い期間を見ることのできない(ので上のグラフの一部としか比較できないが)他のマイクロデータによって計算された変動率のトレンドと整合的であると著者らは述べている。

では、このようなトレンドを、一時的な変動率と恒久的な変動率にわけて、それぞれの変化を見てみたものが以下のグラフである。もちろん、2つの要素に分けるためには、あるモデルを仮定しなければならないが、著者らは、恒久的な変動としてはランダムウォーク、一時的な変動としては、深くは立ち入らないが、ARMAのようなプロセスを仮定している。どちらの変動率も、1970年のレベルを1に基準化している。アルファが恒久的な所得変動の変化率(1970=1)、ベータが一時的な所得変動の変化率(1970=1)を示している。
このグラフから見て取れるのは、恒久的な変動率も、一時的な変動率も、総変動率と同じような動きを示していることだ。つまり、1970-1980年代には上昇し、2000年ごろまでは停滞し、それ以降再び上昇に転じている。では、それぞれの変動率の実際のレベルを見てみたのが以下のグラフである。詳しくは、40代の男性の世帯主の労働所得の変動率の変化を示している。
1つ前のグラフでは両方の変動率を1970年のレベルで基準化したので、それぞれの大きさがわからなかったが、このグラフでは、一時的な変動率が総変動率の約3/2、恒久的な変動率が総変動率の約1/3を占めていることがわかる。両方とも同じようなペースで変化しているので、その比率は最近も大きくは変わらない。

一般的には、一時的な所得の変動は貯蓄や政府による所得再配分で対応でしやすいと考えられており、消費に与える影響は小さいと考えられている。とすると、消費に影響を与えるという意味で本質的に重要な恒久的な変動率は、特に最近のデータでは、総変動率に比べて低い水準にとどまっていることがわかる。

Are U.S. Mark-ups Really Increasing?

ちょっと前に、De LoeckerとEeckhoutによる話題のペーパーを紹介した。基本的な問題意識としては、アメリカ(や他の国)において、経済の「ダイナミズム」が失われつつあるのではないかというものである。例えば、企業の新規参入のペースは以下のグラフで見られるように、下がってきている(出典はここ)。新しい企業が経済成長をけん引するという考え方に基づくと、スタートアップの減少は、経済の「ダイナミズム」を失わせる要因になっているのではないかと考えることもできる。その他にも、別の企業に移る労働者の割合も減少傾向にある。


De LoeckerとEeckhoutは、上場企業のマークアップ率が1980年代ごろまでは18%程度だったのだけれども、2010年以降は60%を超えるレベルに上昇し、67%まで達したというデータを示した。マークアップ率というのは、簡単に言うと、(あるモノの価格)を(そのモノ1単位を追加的に生産するためのコスト)で割ったものである。もしマークアップ率が18%ならば、生産にかかるコストに18%上乗せした価格で商品が売れるということである。単純な経済モデルを考えれば、ある企業が何らかの理由で大きな市場支配力をもっていれば、その企業は生産コストを大幅に上回る価格を付けても競合他社に顧客を奪われる心配はない。よって、高いマークアップ率というのは市場支配力を反映したものだと考えることができる。彼らのペーパーは、アメリカにおいて大企業の市場支配力が高まっていることで、経済の「ダイナミズム」が損なわれているのではないかという議論を巻き起こしている。下のグラフが、De LoeckerとEeckhoutのメインの結果である。



前のポストで紹介したとおり、労働分配率の低下(GDPのうちの労働者の取り分)が低下傾向にあるのも、企業の価格支配力の上昇によって引き起こされているという理論は簡単に構築できる。

ただ、このペーパーに対して、彼らのマークアップ率の計算方法はおかしいんじゃないかという人が結構出てきている。このような主張をしているシカゴのビジネススクールのTrainaによる最新のワーキングペーパーの内容がわかりやすいブログ記事に出ていたのでこれについてメモしておく。彼も、De LoeckerとEeckhoutと同じように、アメリカの上場企業のうち、金融とユーティリティ(電気・水道・通信等)セクターを除いた企業のマークアップ率を計算してみた。大きな違いは、De LoeckerとEeckhoutはモノの生産コストとしてCost of Goods Sold (COGS)というデータを使ったのに対し、TrainaはOperating Expenses (OPEX)というデータを使ったという点である。COGSはモノの生産に直接関連する材料費や労働のコストだけを含んでいる。その一方、OPEXはCOGSに加えて、SGA(Selling, General and Administrative Expenses)も含んでいる。SGAは、英語からわかるように、モノの生産に間接的に必要なマーケティングコストや事務のコストを含んでいる。下のグラフは、De LoeckerとEeckhoutが計算したマークアップ率(赤、生産コストとしてCOGSを使っている)とTrainaが計算したマークアップ率(青、生産コストとしてOPEXを使っている)を比べたものである。

Trianaによると、生産コストとして、より包括的なデータであるOPEXを使うと、マークアップ率は1980年代以降緩やかな上昇傾向にあるものの、最新の水準は1950年代ごろの水準(15%)と変わらないことがわかる。つまり、マークアップ率は過去25年間上昇傾向にあるものの、その上昇の度合いは歴史的に見たことがないレベルでは全くないということである。

では、なぜこのような違いが生み出されているのか?それは、生産のコストにおける、SGA(マーケティングや事務のコスト)の割合がどんどん高まっているからである。上のグラフの緑の線は、OPEX(Trianaがマークアップ率を計算するのに使ったコストデータ)におけるCOGS(De LoeckerとEeckhoutが使ったコストデータ)の割合の変化を示している。1950年には狭義の生産コストであるCOGSは広義のコストであるOPEXの89%程度を占めていたが、その割合はどんどん低下し最新のデータでは78%程度しか占めていない。つまり、広義の生産コストで計算したマークアップ率はあまり大きく変わっていないんだけれども、狭義の生産コストを使うと、その重要性は時とともに低下し続けているので、マークアップ率は大きく上昇したように見えるのである。アップルのような企業を考えると、マーケティングのコストが重要になってきているのは、感覚的にわかりやすいであろう。

では、どちらのコストデータを使うのが正しいのであろうか?マークアップ率の計算に使うのは、固定コストを除いた、追加的な生産に必要なコストなのだけれども、SGAは固定コストも含んでいる可能性が高い。Trianaは固定コストが幾分SGAに含まれていることは問題ではないという証拠を示しているが、ちょっと細かい議論なので省略する。

関連したデータで、もう一つ紹介しておくと、Karl SmithはDe LoeckerとEeckhoutの計算を、マークアップ率の平均を取るときに、企業の大きさでウェイト付けをせずに計算してみた。つまり、彼の平均では、小さい企業のマークアップ率がより大きく平均に反映されているのである。下のグラフがその結果である。
赤の線がDe LoeckerとEeckhoutの結果に対応しており、黒の線が、企業のサイズでウェイト付けしない場合のマークアップ率である。面白いことに黒の方が上である。つまり、一般的な考え方に反して、小さい企業の方がマークアップ率が高いのではないか、と彼は主張している。彼の考えるストーリーは、ウォルマートのような大きな企業は価格を切り下げるのでマークアップ率は小さいけれども、小さい企業はある小さい市場に特化(例えば、クラフトービールのような感じかな)して、高いマークアップを維持できるようになったのではないか、というものである。彼の分析はCOGSによるものなので、COGSとOPEXの違いを考えると解釈も変わってくるかもしれないが、面白いので言及しておく。

今後は、別のやり方で計算したマークアップ率がでてきたり、どちらのコストデータを使うべきなのかについての議論が緻密化されたり、していくのだろう。そして、もし、マークアップ率があまり変わってないという結論に達したならば、なぜそれでも企業の利益が増加しつつあるのかという残された疑問に答える必要性が出てくるのだろう。

De LoeckerとEeckhoutのペーパーはそれでもトップジャーナルに行く可能性が高いらしい。データはちょっと怪しいかもしれないけれども、企業の市場支配力という視点をマクロの分析に持ち込むきっかけを作ったということが大きく評価されるのだろう。実際に、このペーパーはとてもstimulatingだと思う。このことを考えると、「何であれ君の得た結果は将来覆される可能性が高いのだから、正しいペーパーを書こうとするな。間違っているかもしれなくても、おもしろい新しい視点を導入し、その視点をできる限りサポートする方法を考えろ。」とある人に言われたのを思い出した。

Declining Labor Share

NBER Reporter(NBERに所属する研究者が自分の最近の研究の内容をテクニカルになり過ぎないように説明している刊行物)でLoukas KarabarbounisとBrent Neimanが、労働分配率の低下について書いていた(リンク)のでメモしておく。

労働分配率というのはGDPのうちどの割合が労働者に(主に賃金として)分配されているかを示している。普通は2/3くらいと考えられている。この割合が安定しているというのは、マクロ経済における重要な事実のひとつと考えられてきた。モデルで言えば、代表的企業の生産関数にコブ・ダグラス型の生産関数を使う根拠となっている。

しかし、最近の研究では、この割合が低下してきていることが示されている。GDPにおける労働者の「取り分」が低下しているというのは、所得不平等の度合いが拡大しているという事実とも関連している。労働分配率が低下するということは、直接あるいは間接的に企業を保有している人(大体は高所得者)に分配されうる所得が増えることを意味するからである。

下のグラフは、アメリカにおいて1975年以降の労働分配率がどのように変化してきたかを示している。赤の点線は経済全体の労働分配率、黒の実線は、法人企業のみの労働分配率である。企業のみの労働部分配率を見ているのは、政府や非法人企業の収入を資本の取り分と労働者の取り分に分けるのが難しいからであるが、どちらも同じように動いている。
経済全体の労働配分率は65%程度の水準から60%近くまで落ち込んだことが見て取れるであろう。この傾向は、アメリカだけではない。次のグラフは、日本、中国、ドイツを示している。いずれも低下傾向にある。
次のグラフはもっと多くの国について、1975年から2012年の労働分配率の変化率をまとめて表示したものである。
労働分配率が上がった国もある(たとえば韓国、ブラジル)が大半の国、特に先進国においては労働分配率は低下した。彼らは一連の研究において、この低下の理由を分析してきた。以下はそのハイライトである。

  1. 労働分配率の低下は大部分の国で起こっているので、ある国・地域特有の政策・現象では説明できない。労働組合が強い国(スカンジナビア諸国などの大陸ヨーロッパ)でも起こっている(労働組合の力の低下はどの国でも同時並行的に起こっていると思うのだけれども…)
  2. 労働分配率の低下の一部は、産業の構造変化(労働分配率が低い企業が高い企業に比べて拡大した)で説明できるが、労働分配率の低下は大部分の産業の内部で起こっているので、それだけではない。
  3. もちろん、産業の内部において、労働分配率が低い企業が拡大し労働分配率の高い企業が縮小したというストーリーは彼らのデータによって棄却されない。
  4. 彼らが重視しているチャンネルは、生産が労働を多く使うものから資本を多く使うものへシフトしたというものである。ちょうど、労働分配率の低下と時を同じくして、IT関連の資本の価格が低下した。もし、資本と労働の代替の弾力性が1を超えていれば、資本の価格が例えば1%低下したときには、資本を1%以上多く使う生産様式にシフトするので、収入のうち資本(労働)に支払われる部分が上昇(低下)し、労働分配率は低下することとなる。
  5. と言うわけで、重要なのは、資本と労働の代替の弾力性の大きさなのであるが、一国の中のデータを使うと弾力性の推定値は1を下回るものの、彼らがたくさんの国とたくさんのセクターのデータを使ってえた推定値は1.25であった。この弾力性の推定値を使うと、労働分配率の低下の半分は(ITなどの)資本の価格の低下によって説明できる。
  6. 残りの半分は何によって説明できるだろうか?企業のマークアップ率の上昇、それに伴う利益の増加、によるものではないか。
労働分配率の低下と関連している重要な結果として、企業の貯蓄が大きく増加したということが挙げられる。1980年ごろは家計の貯蓄が企業の投資に使われていたが、企業の利益が増加する一方、配当の伸びはそこまで大きくなかった結果、企業の内部留保は大きく拡大した。
上のグラフは、労働分配率が減少した一方、労働に分配される以外の部分がどこに行ったかを示している。資本への支払いや税支払いはあまり増加していない一方、企業の内部の貯蓄される金額は増加してきている。企業セクターが経済における借り手から貸し手に変わったことが経済全体にどのような影響を与えるかは今後の研究課題としている。

Raj Chetty in 14 Charts

ブルッキングス研究所が、Raj Chettyによる不平等についての一連の研究をあらわした14のグラフを特集していた(リンク)。それを載せておく。

1.アメリカでは所得で下位20%の親から生まれた子供が上位20%に到達する確率は7.5%であり、カナダの半分強しかない。

2.親の所得を0-100にランク付けし(X軸)と子供の所得も同じように0-100にランク付けすると(Y軸)、その関係は強く相関している。

3.所得で上位20%の子供の親がどの所得層(上位20%(紫)から下位20%(濃い青)まで分類)に位置するかを見てみると、その分布は1970年以来変わっていない。

4.それぞれの年に生まれた子供の所得が親の所得を超える確率は1940年生まれの90%から1980年生まれの50%まで低下した。

5.所得上昇の可能性は地域によって大きな違いがある。下のグラフは親の所得が下位25%の子供の所得がどのランク(薄い色はランクが高く濃い色はランクが低い)であるかを示している。南部と中西部では子供の所得のランクも平均的には低いが、それ以外の地域では所得上位に位置する子供も多い。

6.親が所得が変化しにくい地域から変化しやすい地域に移った場合、子供が若い時に移るほど、子供が結婚する確率も上がるし、所得や教育にも好影響がある。

7.ランダムに選ばれて住宅バウチャーを 受け取って「いい」地域に移った家の子供(濃い青)は、バウチャーを受け取らなかった家の子供(薄い青)より所得が高まった。

8.「よくない」地域で育った子供の所得に与える負の影響は男子のほうがずっと大きい。ボルチモアで育った男子の所得は平均より28%低くなる(女子は5%低下)。

9.貧困の中で育った場合の負の影響は男の方が大きい。X軸に親の所得のランク、Y軸に働いている人の割合(青は男性、赤は女性)をとると、青の線の方が傾きが大きい。

10.経験豊富な幼稚園の先生は将来の所得に大きな影響を与える。幼稚園で10年以上経験のある先生についた子の所得(濃い青)は経験が10年未満の先生についた子供の所得(薄い青)を上回る。

11.大学は親の所得にかかわらず子供の所得を大きく高めることができる。X軸は親の所得のランク、濃い青はエリート大学に行った子供の所得、青はその他の4年制大学に行った子供の所得、水色は2年制の大学に行った子供の所得である。どのケースにおいても、大学は所得の不平等を緩和する(所得の低い親の子でも大学に行けば所得が大きく上昇することが多い)役割がある。

12.しかし、高校卒業後すぐに大学に行くか否か(Y軸は18-21歳で大学に行っている子の割合)は親の所得(X軸がそのランク)に大きく相関している。

13.発明家(30歳までに特許を取った人とする)になる確率(Y軸)は親の収入(X軸がそのランク)に大きく依存している。

14.所得の違いは寿命の違いに強く相関している。青い線は男性の平均寿命、赤い線は女性のもの。X軸は所得のランク。所得上位の男性と下位の男性では平均寿命が10歳も違う。



Papers at AEA, Part 3

もう一回だけ、フィラデルフィアのAEAで見たペーパーについてのメモ。今回は、Valerie Rameyがオーガナイズした「伝統的・非伝統的政策の財政乗数」セッションのペーパーを紹介。

"The Effects of Tax Changes at the Zero Lower Bound: Evidence from Japan"
Wataru Miyamoto, Thuy Lan Nguyen, Dmitriy Sergeyev
日本の財政政策の変更がGDPに与える影響をナラティブ・アプローチ(新聞や官報などに書かれた情報を元に、財政政策の変化を識別するアプローチ。景気の変化と関係ない財政政策の変更を書かれた情報を元に識別することで、(景気の変化に反応したわけではないという意味で)外生的な財政政策の変化だけを見ることができる)を使って分析。特にゼロ金利以前と以後のデータを比較して、ゼロ金利の元では財政政策の効果が強くなるというゼロ金利のモデルの特徴がデータで支持されるかに注目。財政政策の変化がGDPに与える影響はゼロ金利以前と以後の期間で有意に変わらなかった。討論者も指摘していたけど、全部で3回しか引き上げしてないのに消費税引き上げの効果をゼロ金利実施前と実施後で比較とかしちゃあまずいのでは。

"Unconventional Fiscal Policy"
Francesco D'Acunto, Daniel Hoang, Michael Weber
ドイツで2005年にVAT(消費税と思えばよい)の税率が2007年に3パーセンテージポイント引き上げられることが急に公表された。著者らはこれを「非伝統的な財政政策」と呼んで、その効果を分析した。このアナウンスメントの結果、ドイツでは(VAT税率引き上げが実施されなかった他のEU諸国(=コントロールグループ)と比べて)2006年に翌年の期待インフレ率が上がり、実際に2007年のインフレ率も上がった。アナウンスメントの後では(コントロールグループである他のEU諸国に比べて)今は耐久消費財を買うのによい時期だと答えた家計の割合が34%増加した。日本の消費税の引き上げのときもそうだけど、実際にVATの税率が引き上げられた後で耐久消費税の購入が落ち込んだらあまり意味はないのでは。

"What Do We Know About the Effects of Austerity?"
Alberto Alesina, Carlo Favero, Francesco Giavazzi
16のOECD加盟国で過去30年に実施された170の緊縮財政(Austerity)エピソードが、支出の引き下げが中心か増税が中心かによって、GDP等への影響がどのように異なるかを分析したペーパー。緊縮財政が実施されるときにはいろいろな政策がパッケージとして一緒に実施されることにも注意を払っている。支出の切り下げがメインの場合は、軽度の増税も同時に行われることが多いが、GDPへの負の影響はとても小さく(GDP比1%の支出切り下げパッケージはGDPを0.5%下げる)、そして短い(影響は2年程度だけしか続かない)。その上、緊縮財政が不況でない時に行われた場合は、GDPへの負の効果はゼロである。一方、増税がメインとなる緊縮財政パッケージの場合は、支出の切り下げは同時に実施されないことが多いものの、GDPへの負の影響はとても大きい(GDP比1%の増税メインの緊縮財政パッケージはGDPを2%引き下げる)上に、負の影響は長く続く。

Papers at AEA, Part 2

前回に引き続き、SED(Society of Economic Dynamics)がAEAで開催したもうひとつのセッションのペーパーについてとても簡単であまり正確ではないと思うが書いておく。このセッションは"New Approaches in Measuring Uncertainty"というセッションだ。土曜日の昼間という、参加しやすい時間で、スターがそろっていたので、かなり盛況だった。とはいえ、始まるときにNick Bloomがいなかった一方、発表される予定のペーパーと別のペーパーの共著者はいたので、NickがこなかったらNickの別のペーパーを彼に発表してもらおうという話になるなど、AEAっぽいゆるい雰囲気もあった。

"Firm Expectations: Measuring Subjective Uncertainty"
Nicholas Bloom, Steven Davis, Lucia Foster, Brian Lucking, Scott Ohlmacher
Censusの協力の下で、35000の製造業の企業に、売り上げ、雇用、投資、などの予測について、5つのビン(それぞれのビンの確率と数字は自分で記入できる)を使って分布を表現してもらうというサーベイを実施。90%以上の企業はおかしくない(足し合わせて100%になる等)分布を記入した。おかしな回答をした企業は生産性が低かったり成長率が低かった。売り上げ、雇用、投資の平均、分散、歪度、はそれぞれの過去の水準と整合的であり、予測はリーズナブルである。各企業の不確実性についての予測は、それぞれの企業あるいはその企業が属する産業の成長の振れの大きさと相関していた。

"Firms’ Uncertainty and Ambiguity"
Ruediger Bachmann, Kai Carstensen, Martin Schneider
上のペーパーと同じようなサーベイをドイツの製造業に対して行った。来期の売り上げが今期からどのように変わるかの予想、ベストケースとワーストケースにおける売り上げの変化率(この差で不確実性の大きさが測れる)、来期の売り上げが今期と同じくらいの確率、今期より増える確率、今期より下がる確率、を聞いている。それぞれの質問には"I don't know"(わからない)という選択肢があり、ナイトの不確実性(分布自体がわからない)の程度がこれで測れるかもしれない。結果配下の通り。(1) 企業は成長が高い時も低い時も不確実性が高かった。(2) 成長が低い時の方が不確実性に与える影響は大きかった(非対称性)。(3) 企業がレポートした不確実性は、客観的に測れる不確実性より小さかった。つまり企業は外部から観察する経済学者よりよく知っている、等。

"Technological Innovation and the Distribution of Labor Income Growth"
Leonid Kogan, Dimitris Papanikolaou, Lawrence Schmidt, Jae Song
企業の特許申請のデータと、それぞれの企業に働く労働者のデータをリンク(すごい)させ、自分の企業あるいは競争相手の企業で新しい技術革新(特許で把握する)が起こった際に、企業で働くさまざまなレベルの労働者の賃金にどのような影響があるかを測った論文。

"Uncertainty Shocks as Second-moment News Shocks"
David William Berger, Ian Dew-Becker, Stefano Giglio
現時点での株式市場の変動の大きさと将来の株式市場の変動の大きさに関するニュースのどちらが景気に影響を与えるかをVARを使って分析したペーパー。現時点での株式市場の変動の大きさの上昇は景気停滞に先行するが、将来の株式市場の変動の大きさに関するニュースは景気と関連していないことがわかった。

Papers at AEA, Part 1

フィラデルフィアのAEAに参加してきた。あまり多くのセッションには出なかったが、SED(Society of Economic Dynamics)のセッションには出てみたので、まずはBehavioral Macroeconomicsというセッションでプレゼンされたペーパーを軽く紹介しておく。発表者がWoodford, Gabaixという超一流なのに、朝一だったからか、結構すいていて雰囲気も結構ダルそうな感じがAEAっぽい感じであった。

"Macroeconomic Policy Analysis When Planning Horizons are Finite"
Michael Woodford
モチベーションとなっているのは、以下の3つである。

  1. 合理的期待モデルにおいては、フォワードガイダンスを実施するにあたって、先の未来のことを約束すればするほど現在の効果が大きくなるが(前にも触れたフォワードガイダンスパズルである)、実際はそのようなことが起こっていない。
  2. これもフォワードガイダンスであるが、合理的期待モデルにおいては、先の将来のことについて政策変更をするだけで、現在のマクロ経済にすぐ影響を与えるはずであるが、そういうことは起こっていない。
  3. 合理的期待モデルにおいては、Neo-Fisherianが主張するように、低金利低いインフレ率が共存する均衡が存在し、普通の均衡とその均衡の間のジャンプが起こりうる。
このような問題を解決するために、家計は貯蓄などを決定するにあたってT期先までのマクロ経済状況のみを考え、それ以降は、マクロ経済状況が定常状態であるかのように考えて意思決定をするというモデルを提案した。家計などの経済主体が将来のことを考えなければ上のような効果が起こらないのは当たり前だと思うんだけれども、その当たり前のことが結果である。極端な話、経済主体が将来のことを考えない昔のケインズモデルにもどれがすべて解決するので、テクニカルな側面は別としてあまり面白くはない気がするんだけれども、ウッドフォードのような人がやると流行るのであろうか?下はウッドフォードのスライド。

"A Behavioral New Keynesian Model"
 Xavier Gabaix
これモチベーションは似ていて、合理的期待の入ったニューケインジアンモデルでは、将来の政策の変更が現在の景気にあまりに大きな影響を与えてしまうので、例えば、次の期の低い金利を約束したとしても、その85%だけしか経済主体は考慮しないという仮定を置く。各期の政策変更が15%割り引かれるので、先の政策について約束すればするほどその(認識される)効果は小さなものなっていく。よって、うえで言及したフォワードガイダンスパズルも生じない。彼は財政政策の効果も分析しているが、例えば、家計はリカーディアンではなくなるので(減税がされても将来の税率の引き上げは15%割り引かれて認識される)、財政政策の効果は大きくなる。

"Consumer Spending During Unemployment: Positive and Normative Implications"
Peter Ganong, Pascal Noel
JPモルガンチェース銀行に口座を持つ人の2014年から2016年の取引のデータを使って(どうやったらそんなデータがとれるんだろう...)、失業者がどのように支出を行うかを観察し、どのようなモデルであれば観察された行動が再現できるか分析した論文。失業保険を銀行振り込みで受け取る失業者がどのように失業保険を使うかをリアルタイムで観察できる。
上のスライドは、失業した人の消費パターンがどのように変わるかを示している。赤っぽい点線がデータである。最初に落ち込むのが失業したとき。縦の点線の入っているタイミングが6ヶ月後(アメリカでは失業保険は6ヶ月しか出ない)である。失業時には支出は軽く落ち込み、失業保険を受け取っている間は支出額は安定的に推移し、失業保険が切れるとまた消費は落ち込む。上のグラフの実線が、標準的なモデルにおける失業者の消費パターンである。失業している間、失業者は支出をスムーズに減らしていく。モデルの挙動をデータに近づけるには、失業者をhand-to-mouth(毎期毎期収入を使ってしまう)にするか、失業保険がいつ切れるかとかどのくらいの確率で職が見つけられるかについてあまり注意を払わないという仮定を置けばよいという、まぁ、そりゃそうだという議論が行われる。

"Strategic Inattention, Inflation Dynamics and the Non-neutrality of Money"
Hassan Afrouzi
ニュージーランドの企業に、競争相手は何社くらいいるか、経済全体のインフレ率はどのくらいか、自分の産業のインフレ率はどのくらいか、を聞いたという面白いデータセットをもとに書かれた面白い論文。競争相手が少ない企業は、経済全体のインフレ率はあまりよく認識していないものの、自分の産業のインフレ率は正確に認識している。一方、競争相手の多い企業には逆の傾向がみられる。このような結果は、Rational Inattentionと整合的である。競争相手が少なくて競争相手の行動を正確に認識していなければ競争に勝てない企業は自分の産業の動向により注意を払い、マクロ経済全体の動向には比較的注意を払わない。競争相手が多い企業であれば(極端な例として完全競争を考えればよい)、自分の業界の競争相手の動向よりも、比較的マクロ経済状況に注意を払うのが合理的となる。

Heterogeneity and Aggregate Consumption Dynamics

Amromin, De Nardi, and Schulzeによる最新のNBERワーキングペーパーがよくまとまっていたので紹介する。内容からして、何かの招待論文だと思うんだけど、よくわからない。

このぺーパーで取り扱っているのは、アメリカの2008年の大不況以降の総消費の動きを説明するのに、家計(消費者)の異質性(Heterogeneity)を考えることは役に立つかという問題である。まずは、マクロのデータから。
上のグラフは、一人当たりの実質GDP(青)と消費(赤)が1985年以降どのように変化してきたかを示している。どちらも2007年を100と基準化されている。実線がデータ、点線は2007年までの線形トレンドを示している。GDPも総消費も、2007年以降、平行にシフトダウンしたように見える。平均に回帰するショックによって景気循環が起こる普通のDSGE/RBCモデルからすると、このような動きはとても不思議に見える。普通のRBCモデルであれば、GDPも消費も一時的に落ち込むことは十分ありえるけれども、落ち込んだああとは順調に回復するからである。1991年や2001年にも不況が起こっているがそれらの不況からの回復パターンが(不況からの回復に時間がかかっているという点はあるが)典型的なDSGE/RBCモデルの挙動である。GDPについて言えば、いわゆる大停滞(Great Stagnation、GDPの成長率が歴史的に見て低いレベルに止まり続けていること)の問題と考えることもできるだろう。

このようなGDPあるいは消費の動きを説明するのに、家計(消費者)の異質性を考えることは役に立つだろうか?このデータを見ると、消費の動きはGDPの動きをなぞっているので、どちらかというと重要な問題は、何でGDPが2007年までのトレンドに向けて回復しないかという方なのではないかと思うが、まぁ、この論文では、消費の動きの方に注目しているので、この論文に沿って、消費者たる家計の異質性が上のデータのような総消費の長期的な落ち込みを説明するのに役に立つかについて考えていく。

家計(あるいは一般的に何らかの経済主体)の異質性と景気循環の関係を考えるという場合、金字塔の論文はKrusell and Smith (1998, 以下KSと呼ぶ)である。この論文では、家計の異質性がマクロ変数の動きにどのような影響を与えるかをカリブレートされたモデルを用いて分析した。どちらかというと、この論文は、異質性があるモデルを数値的に計算できる手法を提案したという風に捕らえられているが、その理由を考えれば、異質性がマクロの消費の動きにどのように影響を与えうるかも考えることができる。まずは彼らのモデルのメカニズムを紹介しておこう。彼らのモデルでは、流動性制約に引っかかっていない家計は、貯蓄を使って、代表的家計のように消費と貯蓄を決定する。不況によってちょっとくらい所得が一時的に減少しても消費の動きをスムーズにするために一時的に貯蓄を切り崩して消費の下落を抑えるのである。その一方、資産がまったくなく流動性制約に引っかかっている家計は、その名のとおり、収入の全てを消費に回す。つまり、個人の家計の所得が不況で減少すると、流動性制約に引っかかっている家計は、貯蓄を切り崩して消費を支えることができないので、消費を大きく減らすのである。但し、流動性制約に引っかかっている家計は生産性も総じて低いし、貯蓄もそもそも少ないので、マクロの変数の動きには影響を及ぼさない。よって、経済全体の動きは、流動性制約に引っかかっていない家計の消費・貯蓄行動に大きく左右される。彼らが代表的個人のように振舞えば(基本的なモデルではそうなる)、家計の異質性があっても、マクロの変数は代表的個人のように動くので、家計の異質性があるモデルでもそのマクロ変数の動きは代表的個人モデルで近似できるのである。KSはこのような洞察を元に、異質性があるモデルを近似的に解く手法を開発したことで有名な論文である。

但し、この議論はいろいろ突っ込みどころがある。ここでは消費の動きについて考えてみよう。流動性制約に引っかかっている家計は資産保有や所得という面では経済において小さな役割しか占めていないものの、彼らは所得の全部を消費に回すので、マクロの消費の中に占める割合は高い。よって、マクロの総消費の動きには、流動性制約に引っかかっている家計の消費・貯蓄パターンは大きな影響を与えうる。しかも、流動性制約に引っかかっている家計の行動が重要ということは、モデルの中で流動性制約に引っかかっている、あるいはそれに近い状況にある家計がどのくらいいるか、がモデルにおける総消費の動きに大きな影響を与えうるということである。この点に注意を払ってKSのモデルをより「現実的に」カリブレートしたのがKrueger, Mitman, and Perri (2016, KMP)である。以下のグラフはKSとKMPのモデルの挙動を比較している。
左がKS、右がKMPである。青の棒グラフが資産の分布(左端が流動性制約に引っかかっている家計)を示している。KSでは流動性制約に引っかかっている家計はほとんどいないが、KMPでは引っかかっている家計、およびそれに近い家計がたくさんいることがわかるであろう。つまり、KMPのモデルでは、不況で個々の家計の収入が落ちたときに、貯蓄を使って消費をスムーズにできず、消費がダイレクトに落ち込む家計が多いのである。下のグラフは、同じ大きさの不況が経済を襲ったときに、マクロの総消費がどのくらい動くかをシミュレートしたものである。点線がKS、実線がKMPモデルである。
同じ大きさのショックに対して、KMPモデルの方が、総消費の落ち込みが大きいことがわかるであろう。但し、上で書いたとおり、一時的な不況であれば、消費はすぐもとに戻るので、最初に見たデータのような動きを再現することはできない。では、KMPのようなモデルに、何を加えれば、より大きく継続的な総消費の落ち込みを再現できるであろうか?このぺーパーでは、いろいろなチャンネルを提示するに止まっており、それらのチャンネルが有望であることを示唆するデータを示すに止まっているが、それらを見ていこう。
まずは、所得、消費、資産の分布を確認しておこう。データのソースは2006年のPSID(Panel Study of Income Dynamics、アメリカの家計のパネルデータの代表的なもの)である。最初の列は労働収入、2番目は税引き前の総収入(金利収入や失業保険などの政府からの移転を含む)、3番目の列は消費支出、最後は総資産である。ここで示すデータでは退職している家計は含まない。Q1というのはそれぞれの変数の最も低い20%(Quintile)が占めるシェアである。Q1+Q2はそれぞれの変数の最低の40%の家計がどのくらいのシェアを占めているかを示している。資産をみるとマイナス(-1.5+1.2=-0.3%)である。一方、総資産は、上位5%の家計が約半分の資産を保有している。総収入で見ると下位の40%は15.3%と占めている。もちろん低い(所得に不平等がなけれシェアは40%になる)が、資産のシェアほど低くはない。消費の下位40%のシェアは18.3%である。

上の表では、それぞれの変数について個別にソートして分布を見てみたが、今度は資産の保有額のみでグループわけしてシェアを見てみよう。それが下の表である。
全体に対するシェアをあらわしている表の左側に注目してほしい。全ての列で資産でソートしているので、資産の分布は前の表と同じである。資産保有でみた下位40%の保有資産はマイナスで0.3%ある。つまり、これらの家計が、流動性制約に引っかかっている家計のようなものだと考えればよい。総収入のシェアは25.5%と、前より高い。この数字も資産保有高でソートしているので、前の表の数字より高くても驚くべきことではない。消費のシェアは約30%である。これらの流動性制約に引っかかっている家計は資産保有はゼロ(というかマイナス)で所得のシェアもそんなに大きくないが、消費のシェアはとても大きいので、彼らの消費行動がマクロの総消費の動きに少なからぬ影響を与えうることは容易に見て取れる。
次の表は、大不況前(2004-2006年)と大不況後(2006-2010年)の間で、資産、収入、消費、消費率(消費/所得)の年平均変化率がどのくらい変化したかを示している。最初の行が全家計の合計で、Q1-Q5は2004年の資産保有額でソートしてグループ分けしている。2004年以降は、同じ家計を追っかけている。これはパネルデータだからできることである。全家計では、2004-2006年の間は、資産は年率14%増加し、所得は2.6%上がり、消費は5.5%増加していたが、どの変化率も2006-2010年は2004-2006年に比べて低下している。資産の増加率は年率で17.6%も下がり、収入の増加率は1.8%下がり、消費の増加率も6.4%下がった。2010年は大不況の底なので、この数字がとても大きいことは驚くべきことではない。最近の数字も入れればこの数字は小さくなるはずである。

面白いのは、各資産保有グループの変化率の分布である。特に、消費の変化率の分布を見ると、流動性制約に直接引っかかっており、失業のリスクも高いであろう下位20%の減少率が高い(-5.5%)のはわかるとしても、それ以外の家計の消費の増加率も大きく落ち込んでいる。このことは、マクロの総消費の落ち込みは、不況と流動性制約が合わさった効果だけでは説明できないことを示唆している。では、どのようなチャンネルが考えられるか?著者らは次の4つ(+1つ)のチャンネルを挙げている。

(1) 資産価格の変化。大不況のときには、資産価格、特に住宅価格が大幅に下落した。上の表を見ればわかるとおり、総資産の増加率の落ち込み幅は資産を持っていないQ1(下位20%)を除いて、とても大きい。資産価格が落ち込めば、負の資産効果で消費の減少、特に多く資産を持つ家計の消費の減少が説明できる。但し、個人的には、この効果は一時的なので、消費の長期的な低迷の説明には使えないと思う。

(2) 資産構成の影響。Kaplan and Violante (2014)は、その影響力のある論文で、多くの家計は流動性が小さい資産(家や退職後にしか引き出せない資産)を多く保有しており、総資産は大きくても、その資産の多くが流動性のない資産であれば、その家計の消費パターンは、流動性制約に引っかかっている資産ゼロの家計と似ている(「裕福な流動性制約家計」)と議論した。このようなモデルを組めば、基本的には、流動性制約に引っかかっている家計がデータから直接観察できる数よりずっと多いし、総資産保有からみると裕福な家計も実質的には流動性制約に引っかかっていることとなるので、消費は資産保有高にかかわらず不況の際に大きく落ち込む可能性があり、総消費は総所得(GDP)の動きに大きく反応することとなる。

(3) 貸し出しの引き締め。大不況のときには、金融機関が住宅ローンやクレジットカードによる新規融資を行う際の貸付基準をきつくしたことがいろいろなペーパーによって示されている。つまり、実質的に流動性制約に引っかかっている家計の数は大不況の時には増加しただろうと考えられる。
上のグラフは、流動性制約に引っかかっている家計が大不況のときに増えたであろうといういろいろな状況証拠を示している。左上のグラフは、資産がゼロの家計(オレンジ)と15000ドル(約150万円、緑)以下の家計の割合を示している。どちらも、大不況の時期(2008年)以降上昇し、高いレベルに止まっている。右上のグラフは総資産額の労働収入(赤)あるいは総収入(青)に対する割合が2以下の家計の割合を示している。同じように、2008年以降高いレベルで推移している。下のグラフは、クレジットスコア(これが低いとクレジットカードに応募しても拒否されたり、住宅ローンも借りれなかったり高い金利でしか借りれなかったりする)が低い家計の割合を示している。これも2008年以降高いレベルにある。これらがもし2012年以降も高いレベルに維持され続けているのであれば、総消費が長期間低迷している理由となるかもしれない。

(4) 労働収入リスクの変化。これまでは、不況でも好景気でも、労働所得のリスクは変わらないと仮定して議論を進めてきた。しかし、Guvenen Ozkan, and Song (2014)によるとても影響力の強い最近の研究によると、不況期には職を失うことなどによって所得が大きく減少するリスクが高まる。もし、大不況によって、総所得(GDP)はあまり大きく変わっていないように見えても個々の労働者の労働所得がどのように変化するかが大きく変化したのであれば、総消費が回復しない説明になるかもしれない。

(5) 消費者の自信の欠如?最近のPistaferri (2016)の研究によると、総消費の回復が遅いことは、家計がレベレッジのかかった借り入れをしている(多分、多くの住宅ローンを借りて家を買っていることを指す)ので、資産価格の変化が消費に与える影響が大きいこと、および、消費者の景気動向および個々人の将来の所得に対する自信(Consumer confidence)が失われたことによって説明できるそうだ。大恐慌を経験した家計がその後ずっとリスクを避けるようになった(日本のバブル崩壊後の家計の行動もこの影響が強いのではという気がする)ことと同じように、大不況を経験した家計は将来の景気に自信が持てなくなり、消費を控えがちになっているのではというストーリーのようだ。今度機会があったら紹介したい。