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SED 2019: Day-Ahead Conference

(特にミネソタ系)マクロで最もレベルの高い学会の一つである、SED (Society of Economic Dynamics)の年次総会が、今年はセントルイスのワシントン大学のキャンパスで行われた。最近は、大きな学会があると、その前日にその町にあるFRBなどがDay-Aheadカンファレンスという学会を開催するのが流行りになっている。今回もやはり、SEDの年次総会の共同スポンサーでもあるセントルイス連銀が、SED開催の前日にDay-Ahead カンファレンスを実施したので、そこで発表されたペーパーについて簡単にメモしておく。

Michele Tertiltの"Regulation of Consumer Credit with Over-Optimistic Borrowers"(Florian Exler, Igor Livshits, James MacGeeとの共著)は、「行動経済学的な」仮定を入れた、ヘテロマクロモデルを使った分析である。消費者には所得が高い確率が高いタイプ(良いタイプ)と低いタイプ(悪いタイプ)の2つのタイプがいるが、どちらのタイプも自分が所得が高いタイプだと思って行動する。もちろん、長期間にわたって所得が低ければ、自分は所得が高い確率の低い(悪い)タイプだと学ぶのが普通であるが、消費者は皆「楽観的」(自分は「良いタイプ」だと考えて行動する)だというのがこのモデルの肝である。この仮定により、悪いタイプが、よいタイプに成りすますことのコストを考えて行動したり、これらの消費者にお金を貸す貸し手がどうやったら良いタイプにだけお金を貸すことができるかと考えるような、難しい問題を解く必要がなくなるからだ。これらの消費者は消費をスムーズにするためにクレジットカード会社からお金を借り、時によっては破産を選択する。クレジットカード会社の方は、お金を貸したときに、どの割合が良いタイプかを知っているが、良いタイプと悪いタイプは全く同じ行動パターンをとるので、2タイプを見分けることはできない。つまり、均衡では両タイプが同じ金利で借りることになる。このようなモデルの均衡では、自分の所得能力について楽観的な(悪い)タイプは、(自分のリスクにも相当した高い金利より)低い金利(低いリスクプレミアム)で借りることができる一方、良いタイプは悪いタイプと混ざっているので、高めの金利でしかお金を借りることができない。このような均衡では、政府が政策によって破産のコストを低くすることができると、実際に破産しがちな悪いタイプは得をするのだけれども、破産をあまりしない良いタイプは、破産が増えることによるリスクプレミアムの上昇で、損をしてしまう。

Maaten Meeuwisが発表した"Belief Disagreement and Portfolio Choice"(Jonathan Parker, Antoinette Schoar, Duncan Simesterとの共著)は、今流行りの、普通には手に入らないデータセットを使った分析である。詳細には立ち入ら(れ)ないが、彼らは、アメリカの数百万人がどのようにポートフォリオを組んでいるかというデータを入手し、彼らのポートフォリオが、2016年11月の大統領選(トランプが僅差でクリントンに勝った)の結果によってどのように変化したかを分析した。彼らのデータではそれぞれの投資家がどちらの政党を支持しているかはわからないが、どこに住んでいるかはわかるので、共和党支持者の多いエリアに住む人と、民主党支持者が多く住んでいるエリアに住んでいる人で、2016年11月の選挙の結果を受けたポートフォリオ組み替え方がどのように違っていたかを見ることができる。彼らのメインの結果は、大統領選での共和党の勝利の後で、共和党支持者の多いエリアに住む人は、民主党支持者が多いエリアに住む人に比べて、より株式への投資割合を増やしたというものである。著者らの解釈は、よく仮定される、全投資家が同じ(合理的)期待を持つという仮定よりも、皆が異なるモデル(に基づいて将来の資産のリターンを計算している)を持つという仮定が支持された、というものである。

S. Boragan Aruobaの"Pure Wealth Effect or Credit Constraints? Decomposing the Response of Consumption to House Prices"(Ronel Elul, Sebnem Kalemil-Ozcanとの共著)は、アメリカでGreat Recessionの時に住宅価格が下がったことで、消費が落ち込んだというMian-Sufiの有名な結果を、さらにいいデータを使ってより詳細に見てみたペーパーである。住宅価格が下がると消費が落ち込むというのは、理論的には十分あり得ることだが、その主なチャンネルは2つある。1つは「資産効果チャンネル」である。自分がもっている資産の価値が下がったことで、将来それを取り崩して実行できる消費額が下がるので、それに合わせて現在の消費を減らすというものである。もう1つは、「借入制約チャンネル」である。住宅価格が下がるとその価値を担保に借りれる金額が低くなるので、お金を借りて消費に回していた家計は消費を切り詰めざるを得なくなる。このペーパーでは、Great Recessionにおいてこの2つのチャンネルがそれぞれどのくらい強かったかを調べてみた。基本的なアイデアは、クレジットスコアの低い(高い)家計の住宅価格の下落に対する消費の反応は、借入制約チャンネル(資産効果チャンネル)によるものだろうと仮定することである。彼らの分析の結果は、Great Recession時における消費の下落のうち、資産効果によるものはほぼゼロ、借入制約チャンネルによるものが70%ほど、金融機関のバランスシートが痛んだことで貸し出しが制限された効果は20%ほど、残りの10%程度は一般均衡効果(消費の低迷に合わせて雇用が減少して所得がさらに減少することによる消費の減少)というもの。

Tim Landvoigtの"Financial Fragility with SAM?"(Daniel Greenwald, Stjin Van Nieuwerburghとの共著)では、SAM(Shared Application Mortgage)という新しいタイプのモーゲージ(住宅ローン)をマクロモデルの中で分析している。SAMというのは、住宅価格が下がった(上がった)ときには、モーゲージの支払額も下げる(上げる)という形態のモーゲージで、住宅価格が下落したときには自動的に支払額を引き下げることによって、(不況で失業するなどして所得が下がってモーゲージの支払いが困難になって)デフォルトに陥る人の数を減らそうというアイデアである。僕は全然知らなかったが、こういうモーゲージを提供しているフィンテック会社がすでにあるらしい。彼らのモデルはとても複雑なので、詳細には全然立ち入ら(れ)ないが、彼らは、モーゲージの支払額を国全体の住宅価格の動きに合わせて調整するSAMと、モーゲージを借りている人が住む地域の住宅価格に合わせてモーゲージの支払額を調整するタイプのSAMの効果を分析した。彼らのシミュレーションによると、経済全体に前者が導入された場合、基本的には景気変動のリスクをより金融機関に負担させることになるので、金融機関のバランスシートが景気の動きに対して敏感になりすぎてしまい、金融セクターの危機の頻度が増えてしまう。その一方、後者の場合、金融機関が各地域の住宅価格変動のリスクをシェアすることができていれば、住宅価格変動のリスクを別の地域に住んでモーゲージを持っている人々の間でシェアすることになるので、好ましいという結果になった。

Fabrizio Perriの"Unequal Growth"(Francesco Lippiとの共著)は、アメリカでは過去40年程度の間に、個々人の所得の不平等度が上昇し、同時に、経済全体の成長率が低下してきたが、これらの間の関係を、PSID(1967年から個々の家計の所得が見られるデータ)を使ってちょっと深く見てみたという論文。具体的には、次の関係に注目した:

  • ⓪経済全体の成長率=①個々の家計の所得の成長率の平均(個々の家計の所得のレベルでウェイト付けされていないもの)+②個々の家計の所得のレベルと所得の成長率の相関(×それぞれのばらつき具合)。

直感的に説明すると、個々の家計の所得の増加率が同じであれば、経済全体の成長率は①と等しくなる(②はゼロになる)。個々の家計の所得の成長率が異なる場合、もし、所得が高い家計の方が所得の伸びば大きければ、経済全体の成長率は①より大きくなる。経済全体の成長率を計算するにあたっては所得のレベルでウェイト付けするので、所得が高い家計の所得成長率が高ければ、経済全体の成長率は高くなるからだ。このような分解の方法はOI(Olley and Pakesなど)で頻繁に使われているらしい。彼らの分析によると、過去40年で、①は特に1990年以降上昇傾向にある。しかし、②は常にマイナス(所得のレベルが高い人の所得成長率は比較的低い)だが、そのマイナス度合いが特に1990年以降高まった。1990年以降②の低下のスピードが①の上昇のスピードを上回っていたことで、経済全体の成長率が低下したというのが彼らの発見である。②のマイナス具合がさらに低下したというのは、所得が高い人の所得成長率がさらに低下したことと、所得が低い人の所得成長率がさらに高まった、ことの両方によるもののようだ。彼らのペーパーでは、この後、モデルを使った分析もなされているが、メカニカルな分析で、では、なぜこのような変化が起きているのかはわからない。とはいえ、こういう分解による分析もできるんだなぁという感じ。

最後に、Mariacristina De Nardiの"The Lost Ones: The Opportunities and Outcomes of Non-College Educated Americans Born in the 1960s"(Margherita BorellaとFang Yangとの共著)では1960年代に生まれた、大学に行っていない白人のアメリカ人は、1940年代に生まれた人たちに比べて、①平均寿命が短く、②医療費が高く、③(教育の度合いをコントロールした後の)平均的に賃金が低い(特に男性)。これらの要因によって、1960年代に生まれた白人アメリカ人は、1940年代に生まれた人たちに比べて、どのくらい「幸福度」が下がっているかを、上の①~③を外生的な変化とするライフサイクルモデルを用いて計算した。彼らのモデルによると、1960年代生まれで、大学に行っていない、白人のシングルの男性は1940年代に生まれた場合に比べて、生涯賃金の12.5%損をしていることがわかった。1960年代生まれのシングルの女性の場合はこの割合は7.2%、カップルの場合は8%だった。

Alan Krueger at Jackson Hole

毎年8月の最終週に、FRBの幹部連中(および世界中の中銀のトップ)がジャクソンホールという、ワイオミングの小さな町に集まる。ここは、普通は、登山・ハイキングや(西部スタイルの)乗馬やスキーが楽しいところで、交通の便もとても悪い(多くの都市から直行便がない)ところなんだけれども、夏の終わりにFRBのトップがジャクソンホールに集まって金融政策について、いろいろなスピーカーを呼んで、オープンに議論をするというのが習慣となっている。主催するのはカンサスシティ連銀で、カンサスシティ連銀は毎年ジャクソンホールの前は準備で大変みたいだ。

今年のテーマは、企業の独占の度合いが高まっていることが最近話題になっているが、そのようにマーケットストラクチャーが変化している中で、金融政策はどのように適応していくべきかというものだった。今年の全体のアジェンダはここにある。この中で、アラン・クルーガーのスピーチが良くまとまっていたので簡単に紹介しておきたい。日本も同じ問題に直面しているが、日本の状況について考える際にもとても参考になると思う。

クルーガーは、まず、経済学者はマーケットが競争的である(賃金は生産性と一致するところで決まる)と考えがちだけど、多くのマーケットは実際には競争的ではないと議論する。面白い例として、彼が財務省で働いていたときに、世界のトップのファイナンスの学者達が、LIBORや為替市場に対して誰かが大きな影響力を持ちうることについて懐疑的だったという話を挙げている。その一方、アダム・スミスは国富論において、雇用者は常に賃金を生産性を下回る水準に引きとめようとするものであり、そのことを否定する人は世の中について全然わかっていないと書いていたことを引用している。

経済学において、賃金が競争的に決まらない代表的なフレームワークとしては、(1) ジョーン・ロビンソンに始まる、需要独占(あるいは寡占)のフレームワークと、(2) バーデット・モーテンセン・ピサリデス・ダイアモンドが発展させたサーチモデルのフレームワークがあり、彼のスピーチの背景にあるのはこのようなフレームワークであると述べた上で、近年、失業率はとても低い水準にあるのに、賃金上昇率(インフレ率)は加速しない理由として、以下の6つをあげている。

1.労働市場がタイトになってきた場合、賃金が低いレベルにある労働者の賃金から上がり始めるが普通であるが、同時に、賃金の不平等が拡大しつつあり、低賃金労働者の労働市場が悪化しつつ(後で述べる)ある中では、賃金の上昇プレッシャーが打ち消されている。Katz-Kruegerの研究によると、これらのを考慮に入れた自然失業率は1970年の6.8%から1990年代には5.4%に低下し、2000年代には更に低下したという研究もある。

2.現在の賃金上昇率は賃金フィリップスカーブから得られる賃金上昇率よりも1-1.5pp(パーセンテージポイント)低い。高齢化の進展が0.2-0.3pp引き下げているであろう。生産性の停滞が1pp程度説明できる可能性はあるが、昨年は生産性は回復していた。データではうまく計測されていない労働市場のスラック(緩み)もそのギャップの一部を説明できるかもしれないが、労働者の退職率は不況前の水準まで回復しており、スラックがうまく計測されていないとは考えにくい。

3.各セクターにおいて主要な企業の市場占有率が高まって、それらのトップ企業の重要独占の度合いが高まっているというエビデンスが蓄積されてきている。更に、市場の独占が進んでいるセクターでは賃金上昇率も低めであるり、その相関関係は高まりつつあるというという結果もある。有名なのは各地域の看護師の賃金上昇率と病院の市場独占度合いの相関についての研究である。また、労働強供給の弾力性と賃金の上昇率の相関も発見されている。

4.大きな企業による労働市場の需要独占というのは常に存在していたと思われるが、それに対抗する制度が最近弱まってきている。2つ例を挙げると、(1) 労働組合の組織率・交渉力の低下、(2) 最低賃金の(実質)レベルの低下があげられる。

5.近年アメリカにおいては、企業の需要独占力を高める制度が広まっている。その例を5つ挙げると:(1) 短期(非正規)雇用制度の充実で労働者の交渉力が弱まっている、(2) non-compete制約(競合する企業に移れない契約)の広まり(サンドウィッチ屋の従業員にもnon-compete制約は存在する)、(3) 多くの職種で政府によるライセンスが必要になってきていること、(4) Ashenfelter-Kruegerの研究によると、58%のフランチャイズ制の企業において、他のフランチャイズからの従業員の引き抜きの禁止(no-poaching)規定がある。この数字は1996年には36%だったが上昇しつつある。この問題は特にファーストフードで多い。(5) フランチャイズでなくても、競合企業が談合して、お互いに従業員の引き抜きを避けるような慣習がある。最近までは、毎年、AEAにおいて、トップの大学は新任の助教授の給料やコースロード(何コマ教えるか)について合意をしていた!

これらの制度は、企業の独占力が高まっていると実施しやすいこと、明示的でなくても実施することができること、大不況時に失業を経験して従業員が失業を恐れている時には、労働組合も強気の交渉がしづらいこと、を指摘しておく。その一方、このような制度は、労働市場がタイトになると、維持しづらくなってくる。最近このような制度が問題になってきているのは、労働市場がタイトになってきていることと無関係ではないかもしれない。

6.企業の需要独占力が高まって、賃金の上昇率が抑えられても、雇用者数に大きな影響を与えるとは限らない。つまり、労働供給の弾力性は低く見えるかもしれない

では、労働市場におけるこのような展開に対して、金融政策はどのように対応すればよいだろうか?企業の需要独占力の行使に対する有効な政策は、反トラスト法の行使であり、政府の仕事である。金融政策当局にできることとしては次のことを考慮に入れることかもしれない:(1) このような需要独占力の行使を外生的なショックととらえられる(具体的には自然失業率の低下のショック)、(2) 労働供給の弾力性は低いかもしれない、(3) 労働市場がタイトになることによって、ここで挙げたような需要独占力の行使が有効でなくなってくるかもしれない。

NBER Summer Institute: Micro Data and Macro Models (3)

引き続き、NBER Summer InstituteのMicro Data and Macro Modelsで発表されたペーパーのメモ。今回は3日目。

Boerma and Karabarbounis, "Inferring Inequality with Home Production"
所得の不平等が注目を集めているが、不平等を考えるに当たっては所得だけ見ればいいというものではない。(著者らの例ではないが)、2人いる経済で、1人は会社で働いて給料をもらって、もう1人は農業を営んで自給自足の生活をしているとすると、(データで把握される)「所得」だけ考えると後者は所得ゼロなので、不平等が大きい用に見えるが、消費(あるいは幸福度)は前者も後者も同じかもしれない。著者らは、所得で把握されない、家計内生産(home production)も考慮すると不平等の度合いどのように異なってくるかを計算した。使ったデータは、CEX(家計レベルの消費を細かく記録したマイクロデータセット)とATUS(American Time Use Survey、家計レベルでどのように時間を使っているかを詳細に追ったマイクロデータセット)の組み合わせ。著者らの分析によると、所得の高い家計のほうがより多くの時間を家計内生産に費やして消費しているので、不平等の度合いは更に大きくなるとのこと。予想される結果は、所得が低ければその分家計内生産生産でカバーしてるように考えるのが自然なので、家計内生産も含むと不平等の度合いは小さくなるのではと考えられるがその逆の結果となっている。但し、細かくは見ていないけれども、何を家計内生産に含めるかに大きく寄るようだ、というのが議論を聞いたうえでの印象。所得が高くて、より多くの時間を子供に割くことができれば、子供との時間は家計内生産に含まれるので、家計内生産の不平等は大きく出るというのが強く出ているようだ。

Eisfeldt, Falato, and Zhang, "The Rise of Human Capitalists"
著者らは労働の対価として賃金ではなくて、会社の株やストックオプションを受け取る労働者を「人的資本家」と定義して、人的資本家がアメリカの経済に占める割合が近年高まってきていることを指摘。所得面のGDPの内訳を見たときに、労働者が受け取る賃金のシェア、および、資本が受け取るレンタル料のシェアが低下してきていることは最近注目を浴びている(例えば最近このポストこのポストでも触れた)が、その少なくとも一部は、(主にスキルの高い)労働者が賃金という形ではなくて会社の株やストックオプションという形で報酬を受け取る傾向が高まっているからだと主張している。

Caucutt, Gunner, and Rauh, "Is Marriage for White People? Incarceration, Unemployment, and the Racial Marriage Divide"
25-54歳の白人女性で結婚したことのある(あるいは同棲している)人の割合は1970年には94%であったのが2013年には79%まで低下した一方、黒人女性で結婚した異なるひとの割合は89%から51%まで大幅に下落した。この違いは(何らかの理由で、黒人女性は黒人男性を好み、白人女性は白人男性を好むという仮定が重要だが)、黒人男性で刑務所に入っている人の割合が高まったこと、および職がない人の割合が高いことで説明できることを示した。

Bloom, Guvenen, Pistaferri, Salgado,-Ibanez, Sabelhaus, Song, "The Great Micro Moderation"
マクロ経済学の最近のビッグデータの流行を牽引するオールスターによる論文。アメリカ(及び他の国)における過去数十年の労働者間の賃金の不平等の拡大が、例えば院卒・大卒の平均給料の伸び率が高卒(あるいは高卒以下)の平均給料の伸び率を大幅に上回っていたことによる(あるいは他の、労働者間の目に見える違いで説明できる)ものなのか、あるいはここの労働者が直面するリスク(所得の不安定性)が拡大したからなのかについては、おそらくは両方とも拡大したというのが一般的に受け止められている結論だと思う。但し、これまでの分析は、誰でも利用できるが、把握されている労働者の数は比較的小さいデータセットを用いてなされてきた。この論文では、社会保障局(Social Security Administration)が持っている詳細な所得データを用いて、同じ分析を行ってみた。主要な発見は以下の4つである。(1) 性別・生まれ年・年齢が同じ労働者の間の賃金の成長率の分散(賃金の不安定性と解釈できる)は1980年から2013年の間、大きく低下した。(2) この低下は、企業間の、雇用変化率及び平均賃金上昇率の分散の低下と同時に起きている。(3) 労働者の賃金の成長率の分散の低下は、転職する労働者の割合の低下で説明できる(彼らのデータセットは個々の労働者が毎年どこで働いていたかを追うことができるすごいものなのだ)。その一方、転職した労働者、あるいは、転職しなかった労働者の賃金上昇率の分散はあまり変化していない。(4) 労働者の賃金の上昇率の分散の低下は、企業の雇用変化率の分散の低下で「説明」できる。またしても、既存の結果に対して、違うように見える結果を突きつけた論文である。

Automatic Stabilizers in DSGE Model

自動安定化装置(オートマティック・スタビライザー)という言葉は聞いたことがあるだろうか?ある経済政策が、景気の変動に伴ってその効果が上下することにより、景気(あるいは税収)を安定させる効果がある場合、その政策は自動安定化装置として機能しているといわれる。

代表的な例は累進所得税である。景気が悪くなると人々の所得は平均的に低下する。累進的な所得税率は所得が高ければ高いほど税率も高く、所得が低ければ低いほど税率も低いので、景気が悪くなって所得が低下すると、所得に適用される税率も平均的に低くなり、税引き後の可処分所得は税引き前の所得ほどは低下しないこととなる。消費は可処分所得に依存する(可処分所得が多ければ多いいほど消費も多い)のが一般的なので、個々人の可処分所得の減少幅が小さければ、個々人の消費の減少幅も小さくなり、総消費額の低下の幅も小さくなるのである。

さらに、消費需要は総需要の一部であり、総需要がGDP・景気に影響を与えるという(ケインジアン的な)立場をとるなら、総消費及び総需要の低下幅を抑えることで、累進所得課税は自動的に景気を安定化させる(不況期にGDPの下落幅を小さくする)効果があるのである。

1980年くらいまでの経済学ではこのような効果がとても重要視されてきたし、現在の経済政策の議論においても、このような需要サイドからの効果は重要視されているが、1980年代以降の経済学では、総需要効果のない(価格の名目硬直性のない)モデルが発展してきたので、このような効果は分析されることが少なくなってきた。

その一方、公共経済学では、累進所得税は、所得が低い人の税率を下げて、所得が高い人の税率を高めることで、税支払い後の所得の再配分を行うことができるが、所得が高い(=生産性が高い)人の労働への意欲をそぐという労働インセンティブへの負の効果があり、再配分(公平)とインセンティブへの悪影響(効率)のトレードオフの文脈で活発に分析されてきた。1980年代以降のマクロモデルでは、このような(総需要を通じた効果と関係ないという意味で)供給側の効果はきちんと取り入れられており、自然に分析できるので、1980年代以降のマクロ経済学では、累進所得税はこのようなトレードオフの文脈で主に分析されてきた。

自動安定化政策のもう一つの代表的な例は公的失業保険である。失業したときに失業手当てを受け取ることができれば、彼らはそこから支出することができる。景気が悪化した際には失業率が上昇するので、景気が悪化したときは、自動的に失業者全体に配分される失業手当ての金額が上昇し、彼らがその手当てを消費することで、(失業手当がなく失業者は借金をして消費を維持することができない時に比べて)総消費の低下を抑えることができる。累進所得税のときと同じく、総需要が景気に影響を与えると考えれば、失業者による消費需要の低下を抑えることで、失業保険は、総需要の低下に自動的に歯止めをかける効果があるのだ。

但し、累進所得税のケースと同じく、このような効果は1980年代以降のマクロ経済学では総需要を通じた効果はあまり活発に分析されてなかった。一方、公共経済学あるいは労働経済学では、公的失業保険は労働者に民間ではあまり提供されていない保険を提供する一方、失業者が職を探すインセンティブに負の影響を与えるというトレードオフの文脈でしばしば分析されてきた。上と同様に、マクロ経済学でも、このような供給側の効果が主に分析されてきた。

前置きが長くなってしまったが、今回簡単に紹介するMcKay and Reisによるワーキングペーパー"Optimal Automatic Stabilizers"は上で挙げた自動安定化装置の効果を総需要効果のあるニューケインジアンDSGEモデルで分析している。彼らは、アメリカの様々な政策がどのくらい自動安定化に役立っているかを分析したペーパーをEconometricaに既に出しているが、今回のペーパーでは、そこから一歩進んで、自動安定化を考慮した際に最適な政策はどのようなものになるかを分析している。

これは簡単なことではない。累進所得税や公的失業保険の自動安定化効果を分析するためには以下のような要素が必須になるからである。
  1. 景気循環のあるDSGEモデルをベースとしなければならない。
  2. 総需要が景気に影響を与えるように、名目価格の硬直性を導入しなければならない。つまり、ニューケインジアンDSGEモデルを使わなければならない。
  3. 失業保険の供給側の効果を分析するためには、失業者が存在しなければならない、つまり異質性が必要である。しかも失業者はどのくらい一生懸命職を探すか決めなければならない。しかも、そのような決定は、失業保険がどのくらい手厚いかによって影響を受けなければならない(失業保険が手厚ければあまり一生懸命仕事を探さなくなる)。
  4. しかも、失業率自体が政策によって影響を受けるモデルを作らなければならない。つまり、サーチモデルをDSGEモデルに組み込まなければならない。
  5. 累進所得税の効果を分析するためには、所得が高い労働者と低い労働者が存在しなければならない。新たな異質性の導入である。しかも、それらの労働者はどのくらい働くか決め、その決定は所得税率に影響を受けなければならない。
  6. 景気循環が幸福度に影響を与える必要がある(そうでないと自動安定化政策の意味がない)ので、モデルは線形近似できない。線形近似をすると、好景気と不景気の時の効果が平均すると完璧に相殺されるので、景気循環の分析が面白くなくなる。
著者らはまさにこれらの要素を組み込んだモデルを作った。そして、消費者の幸福度(厚生)を最大化する失業保険の手厚さ(=b=失業保険が失業前の所得の何%をカバーするかという率)と累進所得税の累進性の度合い(=t)の組み合わせを計算した。上で述べたようなモデルを解くだけでなく、そのモデルの消費者の幸福度を最大化する政策のペア(bとt)を探すためにこのモデルを何度も解けるようにしなければならず、大変なことである。そのために、著者らは、いくつか重要な仮定を置いて、モデルが比較的簡単に解けるようにしているが、それでも大変なことである。彼らが置いた重要な仮定には以下のものがある。このような単純化のための仮定は最近よく使われている。
  1. 労働者は失業した場合借入制約に引っかかり、働いている場合には(将来失業した時に備えて)貯蓄しようにも貯蓄の借り手がいない(借りたい人は借入制約に引っかかっている)ので、結局労働者全員が何の貯蓄も負債も持たない(ので、資産分布を無視できる)。
  2. 政府も負債を発行しない。
  3. 資本のようなその他の貯蓄手段も存在しない。
  4. 失業のリスクはみな同じである。現在失業している労働者も現在働いている労働者も、来期の失業する確率は同じである
では、いくつか彼らの結果を見ていこう。彼らがアメリカの経済に合わせてカリブレートしたモデルによると、消費者の幸福度を最大化する(b,t)の組み合わせはb=0.85、t=0.26であった。bの方は失業者が働いていた時の収入の85%をもらえるという、かなり手厚い失業保険の額である。tの方は簡単な解釈の仕方はないが、アメリカの現在の累進所得税の累進度合いを表すtがt=0.15で、tは0だと累進性がなく(所得にかかわらず税率は同じ)、大きければ累進性が高いので、現在のアメリカより累進性が高い所得税が最適ということになる。

この結果だけだと、この二つの政策の自動安定化効果がどのくらい重要なのかわからないので、他のケースと比較してみよう。まずは、名目価格の硬直性がないモデルで同じ実験をしてみよう。名目価格が伸縮的というのは、いわゆる総需要から景気に与える効果がないケース(RBCモデルといってもよい)である。つまり、このケースでは、失業保険や累進所得税は自動安定化装置としての効果がないケースということになる。このモデルでは、消費者の幸福度を最大化する政策の組み合わせはb=0.77、t=0.27であった。自動安定化装置として役に立たない場合、失業保険は前のケースほど手厚くなくてもよい(失業前の収入の85%でなくて77%)が、望ましい所得税の累進性はあまり変わらないということだ。

では、景気循環が全くない場合はどうか?この場合の最適な政策の組み合わせは、b=0.77、t=0.27であった。つまり、伸縮的な価格のケースと同じである。また、中央銀行が景気循環を抑えるために強力に反応する(例えば失業率が高まりつつある際には金利を大きく切り下げる)ケースでも、最適な政策の組み合わせははb=0.80、t=27で景気循環がないケースと近かった。

これらの結果を理解するために、以下のグラフを見ていこう。
最初にちょっと述べたが、bを高めた際の幸福度への効果としては以下のものがある。
(b-1) 失業しても所得があまり下がらず消費も維持できる。(+)
(b-2) 職を探す努力が低下し失業率が上がる。(ー)
(b-3) 不況時も総需要の低下幅が小さくなる(GDPがあまり下落しない)ので景気循環の幅が小さくなる。(+)

上のグラフの左側は、(b-2)の効果をプロットしたものである。失業保険が手厚くなると(bが上がると)平均的な失業率が上昇し、経済にとってはマイナスの影響となる。景気循環を無視した場合、あるいは価格が伸縮的なので(b-3)の効果がない場合は、(b-1)と(b-2)がバランスするレベルでbが決定される。しかし、(b-3)を考慮に入れるとなると、bを変えることで景気循環の大きさがどのくらい影響を受けるかを見なければならない。それが上のグラフの右側である。具体的には、bを変えたときに、GDPの振れ幅がどのくらい下がるかを示している。このグラフが示しているのは、このモデルにおいては、bを高めることで、マクロ経済の景気の幅を大きく小さくすることができるので、この効果を生かすために、経済全体で最適なbのレベルが高まるのである。

では、tはどうだろうか?
tを高めた際の効果は次のものがある。
(t-1) 所得の不平等を累進所得税で圧縮できる。(+)
(t-2) 生産性の高い人の労働の意欲がそがれてGDPが下がる。(ー)
(t-3) 不況時は税率が下がり、総需要の低下幅が小さくなるので景気循環の幅が小さくなる。(+)
上の左側のグラフは、累進性を高めると平均的なGDPが低下するという(t-2)の効果を示している。bの場合と同じく、景気循環がなかったり、総需要効果が無視できる場合は、基本的に(t-1)と(t-2)のトレードオフから最適なtが決定される。一方、累進税率が不況期には下がって可処分所得の低下を抑えることで景気安定化に資する効果を示したのが上の右のグラフである。このグラフが示しているのは、tが上がっても、景気循環の振れ幅はあまり変わらない、つまり、tを通じた自動安定化効果は小さい、ということである。どうしてか?おしらくは以下のような点が重要なのではと思われる。
  1. このモデルでは(おそらくデータでも)景気は主に失業率の変化を通じて所得に影響を与えるので、失業保険を通じた可処分所得安定化(そして自動安定化効果)は大きいが、所得の格差全体はあんまり景気を通じて変化しない。
  2. 所得税率の累進性を通じて、不況時に所得税率が下がる効果は、所得が高い人にも低い人にも影響を与える。ところで前者は可処分所得が多少上がったところで消費はあまり影響を受けない。このペーパーでは示されていないと思うんだけれども、もしかしたら、累進性を通じた安定化効果は高所得の人の方が強いかもしれない。
結論としては、景気の自動安定化装置というチャンネルを考慮すると、失業保険の手厚さは他のモデルから得られる最適なレベルよりも高いものにするべきである一方、所得税の最適な累進性を考える際には、自動安定化装置というチャンネルはあまり考慮に入れなくてもよいということになる。

こういう、名目価格に硬直性がある(ので総需要を通じた効果や金融政策を分析できる)モデルで、消費者や企業などに異質性があるものは、最先端の分野の一つである。

PSID and Income Volatility

PSID (Panel Study of Income Dynamics)というのはアメリカの家計のパネルデータで、もっとも有名なもののひとつである。1968年(前年の所得等についてインタビューをするので1967年のデータ)から始まって、1997年までは毎年データがあり、その後は隔年のデータとなっている。1968年から毎年、同じ家計に、所得、労働時間、学歴、から始まって本当にいろいろな事項について質問をし、ひとつの家計から子供が独立したりすると、その子供も新しい家計としてサンプルに加えられて毎年追跡調査される。聞き取りをする家計の数が少ない(とはいえ5000の家計に所属する18000人)のがどうしようもない弱点なのだけれどもすばらしいデータセットであり、僕もサンプルに入りたかったなぁと思う。ミシガン大学が整備を続けており、誰でもウェブサイトから無料でダウンロードできる。

昔はばらばらのテキストファイルをダウンロードして、自分がほしい変数がどこにあるかをCodebookで調べて(年によって変わる…)、Stataとかに必要な変数を読み込み、自分で家計をや個人をつなげる作業が必要だったんだけれども、最近はすばらしいウェブインターフェイスから必要なものだけ簡単にダウンロードできるようになった。日本のマイクロデータを管理している人は是非見習ってほしいし、整備にお金が必要なら、日本政府はぜひお金を惜しまず出してほしい。

今年はPSIDが始まって50周年(!)なので、50周年を祝うさまざまなイベントが行われている。例えば、この前のAEA年次総会でも、PSID50周年記念セッションがあった。多分それらのイベントの関連だと思うんだけれども、MoffittとZhangによる、PSIDから計算できる所得の変動率(Volatility)についてのサーベイ的な論文がNBER Working Paperにあがっていたので、ちょっと見てみた。

彼らは、PSIDの強みとして、以下の4点を挙げている。
(1) とても長い(1967年~)サンプル期間。
(2) 最初に含まれていた家計(それ自体もアメリカの家計を代表するように選ばれている)とそこから派生してできた家計を追跡することにより、移民による変化を除けば、いつまでもアメリカの家計を代表するようにできていること。
(3) (最近使われる行政データが含んでいない)多岐にわたる質問をしていること。
(4) (家計が住んでいる)地域を特定するデータがあること。

PSIDを使って数多くのペーパーが書かれてきたが、重要なイシューは、個人の労働所得の変動率がどのくらいか、労働所得の変動を一時的な変動(一時的な労働所得の上下動)と恒久的な変動(ずっと変わらない個々の労働所得の差)に分解したときに、それぞれの大きさはどれくらいか、総変動率と、その一時的変動率、恒久的変動率は、時間とともにどのように変わっていっているか、であった。最後のポイントは、最近のトレンドとなっている、所得の不平等の度合いの変化と深く関連している。

著者らはいくつかPSIDをもとにしたデータを示しているのでそれを載せておく。使ったデータは1970年から2014年までの、男性の家計主で、30歳から59歳までの、労働所得である。年齢による所得の増加や、経済成長に伴う平均所得の増加をコントロールするため、まずは対数とをった労働所得のうち、年齢ダミー(30代、40代、50代)と毎年のダミーで説明できる部分を取り除いたあとの、労働所得の対数の変動率が、下に示されている。また、極端な値の影響を小さくするため、上下1%は取り除いている。
よく知られていることであるが、労働者個人の労働所得の変動率は1970年代から1980年代中盤までは上昇し、1980年代半ばから2000年ごろまでは安定し、その後再び上昇に転じている。これらのトレンドは、PSIDほど長い期間を見ることのできない(ので上のグラフの一部としか比較できないが)他のマイクロデータによって計算された変動率のトレンドと整合的であると著者らは述べている。

では、このようなトレンドを、一時的な変動率と恒久的な変動率にわけて、それぞれの変化を見てみたものが以下のグラフである。もちろん、2つの要素に分けるためには、あるモデルを仮定しなければならないが、著者らは、恒久的な変動としてはランダムウォーク、一時的な変動としては、深くは立ち入らないが、ARMAのようなプロセスを仮定している。どちらの変動率も、1970年のレベルを1に基準化している。アルファが恒久的な所得変動の変化率(1970=1)、ベータが一時的な所得変動の変化率(1970=1)を示している。
このグラフから見て取れるのは、恒久的な変動率も、一時的な変動率も、総変動率と同じような動きを示していることだ。つまり、1970-1980年代には上昇し、2000年ごろまでは停滞し、それ以降再び上昇に転じている。では、それぞれの変動率の実際のレベルを見てみたのが以下のグラフである。詳しくは、40代の男性の世帯主の労働所得の変動率の変化を示している。
1つ前のグラフでは両方の変動率を1970年のレベルで基準化したので、それぞれの大きさがわからなかったが、このグラフでは、一時的な変動率が総変動率の約3/2、恒久的な変動率が総変動率の約1/3を占めていることがわかる。両方とも同じようなペースで変化しているので、その比率は最近も大きくは変わらない。

一般的には、一時的な所得の変動は貯蓄や政府による所得再配分で対応でしやすいと考えられており、消費に与える影響は小さいと考えられている。とすると、消費に影響を与えるという意味で本質的に重要な恒久的な変動率は、特に最近のデータでは、総変動率に比べて低い水準にとどまっていることがわかる。

Raj Chetty in 14 Charts

ブルッキングス研究所が、Raj Chettyによる不平等についての一連の研究をあらわした14のグラフを特集していた(リンク)。それを載せておく。

1.アメリカでは所得で下位20%の親から生まれた子供が上位20%に到達する確率は7.5%であり、カナダの半分強しかない。

2.親の所得を0-100にランク付けし(X軸)と子供の所得も同じように0-100にランク付けすると(Y軸)、その関係は強く相関している。

3.所得で上位20%の子供の親がどの所得層(上位20%(紫)から下位20%(濃い青)まで分類)に位置するかを見てみると、その分布は1970年以来変わっていない。

4.それぞれの年に生まれた子供の所得が親の所得を超える確率は1940年生まれの90%から1980年生まれの50%まで低下した。

5.所得上昇の可能性は地域によって大きな違いがある。下のグラフは親の所得が下位25%の子供の所得がどのランク(薄い色はランクが高く濃い色はランクが低い)であるかを示している。南部と中西部では子供の所得のランクも平均的には低いが、それ以外の地域では所得上位に位置する子供も多い。

6.親が所得が変化しにくい地域から変化しやすい地域に移った場合、子供が若い時に移るほど、子供が結婚する確率も上がるし、所得や教育にも好影響がある。

7.ランダムに選ばれて住宅バウチャーを 受け取って「いい」地域に移った家の子供(濃い青)は、バウチャーを受け取らなかった家の子供(薄い青)より所得が高まった。

8.「よくない」地域で育った子供の所得に与える負の影響は男子のほうがずっと大きい。ボルチモアで育った男子の所得は平均より28%低くなる(女子は5%低下)。

9.貧困の中で育った場合の負の影響は男の方が大きい。X軸に親の所得のランク、Y軸に働いている人の割合(青は男性、赤は女性)をとると、青の線の方が傾きが大きい。

10.経験豊富な幼稚園の先生は将来の所得に大きな影響を与える。幼稚園で10年以上経験のある先生についた子の所得(濃い青)は経験が10年未満の先生についた子供の所得(薄い青)を上回る。

11.大学は親の所得にかかわらず子供の所得を大きく高めることができる。X軸は親の所得のランク、濃い青はエリート大学に行った子供の所得、青はその他の4年制大学に行った子供の所得、水色は2年制の大学に行った子供の所得である。どのケースにおいても、大学は所得の不平等を緩和する(所得の低い親の子でも大学に行けば所得が大きく上昇することが多い)役割がある。

12.しかし、高校卒業後すぐに大学に行くか否か(Y軸は18-21歳で大学に行っている子の割合)は親の所得(X軸がそのランク)に大きく相関している。

13.発明家(30歳までに特許を取った人とする)になる確率(Y軸)は親の収入(X軸がそのランク)に大きく依存している。

14.所得の違いは寿命の違いに強く相関している。青い線は男性の平均寿命、赤い線は女性のもの。X軸は所得のランク。所得上位の男性と下位の男性では平均寿命が10歳も違う。



Heterogeneity and Aggregate Consumption Dynamics

Amromin, De Nardi, and Schulzeによる最新のNBERワーキングペーパーがよくまとまっていたので紹介する。内容からして、何かの招待論文だと思うんだけど、よくわからない。

このぺーパーで取り扱っているのは、アメリカの2008年の大不況以降の総消費の動きを説明するのに、家計(消費者)の異質性(Heterogeneity)を考えることは役に立つかという問題である。まずは、マクロのデータから。
上のグラフは、一人当たりの実質GDP(青)と消費(赤)が1985年以降どのように変化してきたかを示している。どちらも2007年を100と基準化されている。実線がデータ、点線は2007年までの線形トレンドを示している。GDPも総消費も、2007年以降、平行にシフトダウンしたように見える。平均に回帰するショックによって景気循環が起こる普通のDSGE/RBCモデルからすると、このような動きはとても不思議に見える。普通のRBCモデルであれば、GDPも消費も一時的に落ち込むことは十分ありえるけれども、落ち込んだああとは順調に回復するからである。1991年や2001年にも不況が起こっているがそれらの不況からの回復パターンが(不況からの回復に時間がかかっているという点はあるが)典型的なDSGE/RBCモデルの挙動である。GDPについて言えば、いわゆる大停滞(Great Stagnation、GDPの成長率が歴史的に見て低いレベルに止まり続けていること)の問題と考えることもできるだろう。

このようなGDPあるいは消費の動きを説明するのに、家計(消費者)の異質性を考えることは役に立つだろうか?このデータを見ると、消費の動きはGDPの動きをなぞっているので、どちらかというと重要な問題は、何でGDPが2007年までのトレンドに向けて回復しないかという方なのではないかと思うが、まぁ、この論文では、消費の動きの方に注目しているので、この論文に沿って、消費者たる家計の異質性が上のデータのような総消費の長期的な落ち込みを説明するのに役に立つかについて考えていく。

家計(あるいは一般的に何らかの経済主体)の異質性と景気循環の関係を考えるという場合、金字塔の論文はKrusell and Smith (1998, 以下KSと呼ぶ)である。この論文では、家計の異質性がマクロ変数の動きにどのような影響を与えるかをカリブレートされたモデルを用いて分析した。どちらかというと、この論文は、異質性があるモデルを数値的に計算できる手法を提案したという風に捕らえられているが、その理由を考えれば、異質性がマクロの消費の動きにどのように影響を与えうるかも考えることができる。まずは彼らのモデルのメカニズムを紹介しておこう。彼らのモデルでは、流動性制約に引っかかっていない家計は、貯蓄を使って、代表的家計のように消費と貯蓄を決定する。不況によってちょっとくらい所得が一時的に減少しても消費の動きをスムーズにするために一時的に貯蓄を切り崩して消費の下落を抑えるのである。その一方、資産がまったくなく流動性制約に引っかかっている家計は、その名のとおり、収入の全てを消費に回す。つまり、個人の家計の所得が不況で減少すると、流動性制約に引っかかっている家計は、貯蓄を切り崩して消費を支えることができないので、消費を大きく減らすのである。但し、流動性制約に引っかかっている家計は生産性も総じて低いし、貯蓄もそもそも少ないので、マクロの変数の動きには影響を及ぼさない。よって、経済全体の動きは、流動性制約に引っかかっていない家計の消費・貯蓄行動に大きく左右される。彼らが代表的個人のように振舞えば(基本的なモデルではそうなる)、家計の異質性があっても、マクロの変数は代表的個人のように動くので、家計の異質性があるモデルでもそのマクロ変数の動きは代表的個人モデルで近似できるのである。KSはこのような洞察を元に、異質性があるモデルを近似的に解く手法を開発したことで有名な論文である。

但し、この議論はいろいろ突っ込みどころがある。ここでは消費の動きについて考えてみよう。流動性制約に引っかかっている家計は資産保有や所得という面では経済において小さな役割しか占めていないものの、彼らは所得の全部を消費に回すので、マクロの消費の中に占める割合は高い。よって、マクロの総消費の動きには、流動性制約に引っかかっている家計の消費・貯蓄パターンは大きな影響を与えうる。しかも、流動性制約に引っかかっている家計の行動が重要ということは、モデルの中で流動性制約に引っかかっている、あるいはそれに近い状況にある家計がどのくらいいるか、がモデルにおける総消費の動きに大きな影響を与えうるということである。この点に注意を払ってKSのモデルをより「現実的に」カリブレートしたのがKrueger, Mitman, and Perri (2016, KMP)である。以下のグラフはKSとKMPのモデルの挙動を比較している。
左がKS、右がKMPである。青の棒グラフが資産の分布(左端が流動性制約に引っかかっている家計)を示している。KSでは流動性制約に引っかかっている家計はほとんどいないが、KMPでは引っかかっている家計、およびそれに近い家計がたくさんいることがわかるであろう。つまり、KMPのモデルでは、不況で個々の家計の収入が落ちたときに、貯蓄を使って消費をスムーズにできず、消費がダイレクトに落ち込む家計が多いのである。下のグラフは、同じ大きさの不況が経済を襲ったときに、マクロの総消費がどのくらい動くかをシミュレートしたものである。点線がKS、実線がKMPモデルである。
同じ大きさのショックに対して、KMPモデルの方が、総消費の落ち込みが大きいことがわかるであろう。但し、上で書いたとおり、一時的な不況であれば、消費はすぐもとに戻るので、最初に見たデータのような動きを再現することはできない。では、KMPのようなモデルに、何を加えれば、より大きく継続的な総消費の落ち込みを再現できるであろうか?このぺーパーでは、いろいろなチャンネルを提示するに止まっており、それらのチャンネルが有望であることを示唆するデータを示すに止まっているが、それらを見ていこう。
まずは、所得、消費、資産の分布を確認しておこう。データのソースは2006年のPSID(Panel Study of Income Dynamics、アメリカの家計のパネルデータの代表的なもの)である。最初の列は労働収入、2番目は税引き前の総収入(金利収入や失業保険などの政府からの移転を含む)、3番目の列は消費支出、最後は総資産である。ここで示すデータでは退職している家計は含まない。Q1というのはそれぞれの変数の最も低い20%(Quintile)が占めるシェアである。Q1+Q2はそれぞれの変数の最低の40%の家計がどのくらいのシェアを占めているかを示している。資産をみるとマイナス(-1.5+1.2=-0.3%)である。一方、総資産は、上位5%の家計が約半分の資産を保有している。総収入で見ると下位の40%は15.3%と占めている。もちろん低い(所得に不平等がなけれシェアは40%になる)が、資産のシェアほど低くはない。消費の下位40%のシェアは18.3%である。

上の表では、それぞれの変数について個別にソートして分布を見てみたが、今度は資産の保有額のみでグループわけしてシェアを見てみよう。それが下の表である。
全体に対するシェアをあらわしている表の左側に注目してほしい。全ての列で資産でソートしているので、資産の分布は前の表と同じである。資産保有でみた下位40%の保有資産はマイナスで0.3%ある。つまり、これらの家計が、流動性制約に引っかかっている家計のようなものだと考えればよい。総収入のシェアは25.5%と、前より高い。この数字も資産保有高でソートしているので、前の表の数字より高くても驚くべきことではない。消費のシェアは約30%である。これらの流動性制約に引っかかっている家計は資産保有はゼロ(というかマイナス)で所得のシェアもそんなに大きくないが、消費のシェアはとても大きいので、彼らの消費行動がマクロの総消費の動きに少なからぬ影響を与えうることは容易に見て取れる。
次の表は、大不況前(2004-2006年)と大不況後(2006-2010年)の間で、資産、収入、消費、消費率(消費/所得)の年平均変化率がどのくらい変化したかを示している。最初の行が全家計の合計で、Q1-Q5は2004年の資産保有額でソートしてグループ分けしている。2004年以降は、同じ家計を追っかけている。これはパネルデータだからできることである。全家計では、2004-2006年の間は、資産は年率14%増加し、所得は2.6%上がり、消費は5.5%増加していたが、どの変化率も2006-2010年は2004-2006年に比べて低下している。資産の増加率は年率で17.6%も下がり、収入の増加率は1.8%下がり、消費の増加率も6.4%下がった。2010年は大不況の底なので、この数字がとても大きいことは驚くべきことではない。最近の数字も入れればこの数字は小さくなるはずである。

面白いのは、各資産保有グループの変化率の分布である。特に、消費の変化率の分布を見ると、流動性制約に直接引っかかっており、失業のリスクも高いであろう下位20%の減少率が高い(-5.5%)のはわかるとしても、それ以外の家計の消費の増加率も大きく落ち込んでいる。このことは、マクロの総消費の落ち込みは、不況と流動性制約が合わさった効果だけでは説明できないことを示唆している。では、どのようなチャンネルが考えられるか?著者らは次の4つ(+1つ)のチャンネルを挙げている。

(1) 資産価格の変化。大不況のときには、資産価格、特に住宅価格が大幅に下落した。上の表を見ればわかるとおり、総資産の増加率の落ち込み幅は資産を持っていないQ1(下位20%)を除いて、とても大きい。資産価格が落ち込めば、負の資産効果で消費の減少、特に多く資産を持つ家計の消費の減少が説明できる。但し、個人的には、この効果は一時的なので、消費の長期的な低迷の説明には使えないと思う。

(2) 資産構成の影響。Kaplan and Violante (2014)は、その影響力のある論文で、多くの家計は流動性が小さい資産(家や退職後にしか引き出せない資産)を多く保有しており、総資産は大きくても、その資産の多くが流動性のない資産であれば、その家計の消費パターンは、流動性制約に引っかかっている資産ゼロの家計と似ている(「裕福な流動性制約家計」)と議論した。このようなモデルを組めば、基本的には、流動性制約に引っかかっている家計がデータから直接観察できる数よりずっと多いし、総資産保有からみると裕福な家計も実質的には流動性制約に引っかかっていることとなるので、消費は資産保有高にかかわらず不況の際に大きく落ち込む可能性があり、総消費は総所得(GDP)の動きに大きく反応することとなる。

(3) 貸し出しの引き締め。大不況のときには、金融機関が住宅ローンやクレジットカードによる新規融資を行う際の貸付基準をきつくしたことがいろいろなペーパーによって示されている。つまり、実質的に流動性制約に引っかかっている家計の数は大不況の時には増加しただろうと考えられる。
上のグラフは、流動性制約に引っかかっている家計が大不況のときに増えたであろうといういろいろな状況証拠を示している。左上のグラフは、資産がゼロの家計(オレンジ)と15000ドル(約150万円、緑)以下の家計の割合を示している。どちらも、大不況の時期(2008年)以降上昇し、高いレベルに止まっている。右上のグラフは総資産額の労働収入(赤)あるいは総収入(青)に対する割合が2以下の家計の割合を示している。同じように、2008年以降高いレベルで推移している。下のグラフは、クレジットスコア(これが低いとクレジットカードに応募しても拒否されたり、住宅ローンも借りれなかったり高い金利でしか借りれなかったりする)が低い家計の割合を示している。これも2008年以降高いレベルにある。これらがもし2012年以降も高いレベルに維持され続けているのであれば、総消費が長期間低迷している理由となるかもしれない。

(4) 労働収入リスクの変化。これまでは、不況でも好景気でも、労働所得のリスクは変わらないと仮定して議論を進めてきた。しかし、Guvenen Ozkan, and Song (2014)によるとても影響力の強い最近の研究によると、不況期には職を失うことなどによって所得が大きく減少するリスクが高まる。もし、大不況によって、総所得(GDP)はあまり大きく変わっていないように見えても個々の労働者の労働所得がどのように変化するかが大きく変化したのであれば、総消費が回復しない説明になるかもしれない。

(5) 消費者の自信の欠如?最近のPistaferri (2016)の研究によると、総消費の回復が遅いことは、家計がレベレッジのかかった借り入れをしている(多分、多くの住宅ローンを借りて家を買っていることを指す)ので、資産価格の変化が消費に与える影響が大きいこと、および、消費者の景気動向および個々人の将来の所得に対する自信(Consumer confidence)が失われたことによって説明できるそうだ。大恐慌を経験した家計がその後ずっとリスクを避けるようになった(日本のバブル崩壊後の家計の行動もこの影響が強いのではという気がする)ことと同じように、大不況を経験した家計は将来の景気に自信が持てなくなり、消費を控えがちになっているのではというストーリーのようだ。今度機会があったら紹介したい。

What Really Really Happened to Income and Consumption Inequality?

家計レベルの消費を記録しているデータセットで最も広く使われているCEのデータを何も加工せずに使うと、1980年以来、所得の不平等の度合い(不平等の度合いを測る指標として上位10%の所得と下位10%の所得の比を使う)は大きく上昇した(36%)にもかかわらず、消費の不平等の度合いの上昇度は小さい(16%)ことがわかっている。

このような状況下、前回のポストでは、CEのデータを改善すると、消費の不平等の上昇度(30%)は所得の不平等の度合いに比べて上昇度が低いことはないという結論になるというAERのペーパーを紹介した。

ところが、NBERの最新のペーパー("Consumption and Income Inequality in the U.S. since the 1960s")で、MeyerとSullivanは別の方法でCEのデータを改善すると、やっぱり消費の不平等の上昇度は所得の不平等の上昇度に比べて小さいということを報告しているので紹介する。結局、消費の不平等の上昇度合いがどのように変化したかということについては、明確な結論はまだ出ていないのだろう。

いくつかのグラフを彼らのペーパーから転載する。上のグラフは、所得の不平等の変化を示している。不平等の度合いは、上位10%の所得と下位10%の所得の比(90/10比)であらわされている。税引き前の所得(ピンク色)も、税引き後の所得(えんじ色)も、1962年から2014年の間に大きく上昇している。彼らの計算によると、所得の不平等の度合いは29%上昇した。

次は、消費の不平等の度合いの変化を示したグラフである。加工していないデータは茶色、彼らが改善したデータは緑で示されている。レベルは違うものの、どちらも、1960年から2014年の間にあまり上昇していないことがわかるであろう。所得の不平等(紫色)の上昇度に比べたら変化はとても小さい。彼らによると消費の不平等は7%しか上昇していない。

では、前回のペーパーとどのように異なるのか?前回のデーパーでは、エンゲル曲線を使って家計レベルの総消費額のデータを計算した。今回のペーパーでは、常によく把握されているカテゴリーだけに注目し、よいデータであるカテゴリーから各家計の総消費額を逆算して各家計の総消費額を計算している。言い換えると、彼らによると、常によく把握されているカテゴリーの消費額の動きは、加工していない総消費額の動きとあまり変わらないということである。

では、所得の不平等と消費の不平等の動きはどうして連動していないのか?その問いに答えるため、彼らは、所得と消費の不平等の動きを、家計のタイプ別に計算した。上のグラフは、家計のタイプ別の所得の不平等の変化である。見やすくするために、全ての家計タイプの所得の不平等を1980年時点でゼロに基準化している。これを見ると、全ての家計タイプで、所得の不平等は高まっているが、高まり度合いは、独身の家計(濃い青および薄緑)で大きく、結婚している家計(紫および赤)および退職している家計(薄い青)で小さい。

最後に、消費の不平等の動きはこれらの異なる家計のタイプでどう異なるかを示しているグラフである。所得のグラフと同じように、消費の不平等の度合いはグループごとに1980年のレベルをゼロと基準化している。面白いのは、結婚している家計および退職した家計では、消費の不平等は所得の不平等ほどではないもの順調に上昇している一方、独身の家計の消費の不平等は所得の不平等の上昇傾向とは逆に低下傾向にあるという点である。著者らはこのことについて、(消費ではなく!)所得のデータが、独身の家計の所得をうまく把握できていないのではないかと推測している。

上で書いたとおり、消費の不平等がどのように変化したかについてはまだ決着はついていないのかもしれない。今後よりよいデータやよりよいデータの補完方法が出てくるのであろう。

What Happened to Income and Consumption Inequality?

今回は、簡単に、Aguiar and Bilsによる2015年のAERのペーパー("Has Consumption Inequality Mirrored Income Inequality?")について触れてみる。まずは背景から。アメリカを始めとして、多くの先進国で、所得の不平等が1970年以来高まっていることはよく知られている。2010年には、REDが、主要な先進国で所得の不平等がどのように変化したかという研究を集めた特集号を出版した。

但し、最終的に重要なのは厚生(幸福度)の不平等であって、所得の不平等が厚生の不平等に直結しているとは限らない。まずは、「所得」といった場合に、「税や補助金等を考慮する前の所得」を指すと考えよう。このような所得を「税引き前所得」と呼び、税や補助金を考慮した後の所得を「税引き後所得」と呼ぶ。この場合、税引き前所得が不平等であったとしても、政府が所得の高い人に高い税を課し、所得の低い人には低い税と多くの補助金を与えれば、税引き後所得の不平等はあまり大きくない可能性もある。但し、アメリカを始め多くの国で、税引き後所得も高い水準にあり、1970年以来更に高まっていることがわかっている。

加えて、重要なのは消費の不平等の度合いである。極端な話、全ての人がリスクを嫌い、生まれる前は同じ所得の可能性を持っており、市場の失敗がなければ、生まれる前から所得が高くなった人から所得が低くなった人へ所得を移転する契約を結ぶことができ、このような所得移転の結果、所得の不平等は存在しても、消費の不平等はまったく存在しないということが理論的には考えられる。ここまで極端ではなくても、人々が貯蓄を持っていて、短期的な所得の変動を貯蓄で補う(所得が高いときには貯蓄を増やして、所得が低いときには貯蓄を切り崩す)ことができれば、消費額の不平等は(税引き後の)所得の不平等に比べて小さいことが期待される。消費の不平等の度合いは厚生の不平等の度合いに直結するので、本当に重要なのは消費の不平等がどのくらい大きいか、あるいは上昇してきたか、ということなのだが、消費のデータは所得のデータに比べてよくはない。

もちろん、こういった背景を元に、所得の不平等に関する研究は理論・実証の両面で行われてきている。有名なペーパーとして、Krueger and Perriによる、2006年のREStud論文がある。この論文で、彼らは、1980年から2004年の間に、所得の不平等の度合い(不平等の度合いを測る指標として上位10%の所得と下位10%の所得の比を使うが、他の指標でもメッセージはあまり変わらない)は36%上昇したが、消費の不平等の度合いは16%しか上昇しなかったと計算した。つまり所得の不平等の上昇は、本当に重要な消費、あるいは厚生の不平等よりずっと大きく、所得の不平等の上昇をもとに厚生の不平等も大きく上昇したと自動的に考えるのは間違っているということである。

上のグラフは、Aguiar and Bilsがアメリカについて計算したものである。グラフでは、労働所得(サラリーとボーナスだけ、金利収入とかは含まれない)、税引き前の所得、税引き後の所得、および消費の不平等の度合いが、1980年から2010年の間にどのように変化したかを示している。所得に関する不平等の度合いは軒並み上昇する一方、消費の不平等の度合いはあまり上がっていないことがわかるであろう。

このことは、ちょっと不自然に感じられるかもしれない。Krueger and Perriの論文が流行った理由のひとつは、重要なデータの動きが直感と異なっていたからだと思う。普通に考えれば、所得の不平等の度合いが上昇すれば、消費(および厚生)の不平等の度合いも上昇するのが自然であろう。だから、所得の不平等の度合いが、厚生の不平等の度合いを測るのに使われているのである。

Krueger and Perriは、なぜ消費の不平等が所得の不平等ほど上昇しないということが起こりうるかというメカニズムも提示した。所得の不平等が高まるということは、高い所得になるチャンスも高まるが、低い所得になるリスクも高まるということである。リスク回避的な人々であれば、このような状況に直面して、これまでよりいっそう、所得の変動に対する保険を入手したくなるということになる。もし、人々が、低い所得を非常に避けたければ、所得の変動に対する保険をより手厚くするようになり、結果として、所得の不平等が上昇して、所得の変動リスクが上昇しても、保険が手厚くなった結果、消費の変動は小さくなることがありうるというのが、彼らの提示したメカニズムである。もちろん、この議論は、抽象化されたものであり、実際に人々が直接的に所得変動に対する保険を増やしたというデータはないような気がするが、所得の変動に対して(間接的な方法で)保険をかける方法はいろいろあり、このペーパーではどのような方法が用いられたかまでは踏み込んでいないが、別の方法で所得の変動に対する保険をかけていたとしても、彼らのメカニズムは当てはまる。 

このペーパーはとても評判を呼んだペーパーだが、それ以降、本当に消費の不平等は上がらなかったのか?ということは常々疑問が投げかけられてきた。その背景としては、以下の点が挙げられる。
  1. 消費の不平等を計算するには、様々な品目について家計ごとの消費額を毎年記録しているデータセットであるConsumer Expenditure Survey(CE)が使われる。特に、Krueger and Perriをはじめとして多くの研究では、各家計にインタビューを実施することによっていろいろな品目への消費額を記録した結果が使われてきた。インタビューは過去の消費額について聞くので、ちゃんと思い出しているかという問題が常に存在する。
  2. 特に、近年、CEのインタビューの結果を集計して計算された総消費額と、GDPの一部として計算される総消費額に大きな乖離が生じていることが問題視されている。1980-82年には、CEから計算された総消費額はGDPの一部の総消費額の86%と、まずまずの比率であったが、この数字は、2008-2010年には66%まで低下してた。CEのインタビューで記録される総消費額は(GDPの方が正しいとして)実際の総消費額のたった2/3しか把握していないのである。
  3. CEには、少数の家計に、何を買ったかを頻繁に記録してもらうことで各家計の消費行動を把握する日記方式のデータもあるが、日記方式のデータによると、消費の不平等はインタビュー形式のデータから計算されたものより、上昇度が高かった。
  4. 各家計の消費額を含むデータセットとしてはPanel Study of Income Dynamics (PSID)もあるが、1990年代までは食料への支出しか記録していないので、(食料だけでなく総)消費の不平等の研究にはあまり使われてこなかった。このような問題点に対して、最近のペーパーで、Attanasio, Hurst, and Pistaferriは、PSIDにおいて、各家計の食料だけでない総消費を推計し、その不平等の度合いの変化を計算すると、所得の不平等の上昇と同じようなスピードで上昇していることがわかった。
このような背景を元に、このペーパーでAguiar and Bilsがやったことは、所得の異なる家計の消費パターンの違いを使って、インタビュー形式のデータが補足し損ねているであろう消費を補完することで、CEのインタビュー形式のデータの改善版を作成し、このデータをもとに、消費の不平等がどのように変化したかを計算しなおしたというものである。彼らによると、消費の不平等は所得の不平等と同じくらい上昇した。具体的には、1980年から2010年の間に、彼らの作成したデータに基づく消費の不平等は30%程度上昇した。この数字は、CEのインタビュー形式の元データに基づく不平等の上昇の度合い(16%)よりかなり大きく、所得の不平等の上昇度合い(36%)ととても近い。ある意味、リーズナブルな結果であると言える。

最後に、Aguiar and Bilsがどのようにインタビュー形式のデータを補完したかについて簡単に述べておこう。彼らが使ったのは、所得が高い人と低い人の、消費パターンの違いである。ちょっと専門的な用語を使えば、エンゲル曲線を使ったとも言える。エンゲル係数はもしかしたら聞いたことがあるかもしれないので、エンゲル係数を使って説明してみよう。エンゲル係数というのは、所得の何割を食費に当てるかという数字である。この割合は、所得が上がれば上がるほど低くなることが知られている。所得が上がれば、食料以外のものをいろいろ買うようになるからだ。この係数は人々のそのほかのいろいろな特長によって変わってくる。では、ある人についてエンゲル係数がわかったとしよう。そうすると、その人の食料への支出額もわかれば、総支出額が逆算できる。食料への支出額をエンゲル係数で割ればよい。このようなプロセスを様々な消費カテゴリーについて行うことで、より信用できる総支出額が計算できるというわけだ。

もちろん、消費の不平等がとても重要なことは背景にあるのだけれども、このようなある意味データだけのペーパーがトップジャーナルであるAERに載るのは、最近のデータ重視の流れとも合致しており、望ましいことだと思う。REDの特集号では、多くの国について消費の不平等の上昇が所得の不平等の上昇より小さいことが報告されているが、他の国に対する同じような研究が今後出てきて、REDで報告された各国の結果が覆されていく可能性もあるかもしれない。

Rising Big Firms and Declining Labor Share

ここ20年程度、日本やアメリカを含む多くの国で、(メディアンという意味での)平均的な家計の所得があまり増えていないというようなことがいわれている。このことが、いわゆる「閉塞感」や「経済状況への不満」につながっているのかもしれない。一方、国の総所得(実質GDP)は過去ほどのスピードではないにしても、トレンドとしては増え続けている。

ではなぜ、国の総所得は増え続けているのに、平均的な家計の所得は増えていないのか?わかりやすくするために、国には生産性の異なる2人の労働者しかいないものとして、国の総所得を以下のように分けてみよう。

(0)国の総所得=(1)資本に配分される所得+(2)企業の利益+(3)生産性の高い労働者に配分される所得+(4)生産性の低い労働者に配分される所得

(1)は機械などを保有している人がその生産の対価として受け取る収入である。(4)が最初に書いた、平均的な家計の所得を捕捉している。また、(3)+(4)が総所得に占める割合は労働分配率(labor share of income)と呼ばれ、(1)が総所得に占める割合は資本分配率(capital share of income)と呼ばれる。このような分解をすると、総所得が増えているのに、平均的な家計の収入が増えていない理由は以下のように考えることができる。(A)労働分配率が低下している、(B)労働分配率は減っていなくても、生産性の高い労働者の取り分が増えている。今回は、なぜ労働分配率が低下しているかについて分析した最新のペーパー2つについて簡単に書いてみる。

Autor, Dorn, Katz, Patterson, Van Reenenは、最近のNBERワーキングパーパーとして出版された論文("The Fall of the Labor Share and the Rise of Superstar Firms")において、多くの先進国で労働分配率に何が起こったかを分析した。彼らによると、1982年から2012年の30年間で、労働分配率は67%から61%に低下した。大体カリブレーションを習うと、労働分配率をあらわすパラメーターは大体2/3と習うが、それが67%という数字に対応している。しかし、彼らによると、今では67%という数字から10%程度低下しているということになる。更に、彼らは、このような労働分配率の低下は全ての産業・企業で起こったのかという疑問に答えるため、企業レベルのマイクロデータを使って、労働分配率の過去30年の変化を分析した。彼らによると、各産業・企業の労働分配率はあまり変っていないけれども、労働分配率の低いスーパースター企業が経済に占めるしシェアが高まったことが、マクロで見た労働分配率の低下に貢献していることがわかった。彼らのスーパースター企業というのは、売り上げに占める利益の割合が高く賃金の割合が低い企業である。アップルのような企業を想像すればよいのかな。彼らによると様々な産業において、アップルのような、相対的に利益が大きく労働分配率の低い企業のマーケットシェアが高まってきたことで、マクロで見た労働分配率は下がってきているということである。

次の疑問は、このような変化はなぜ起きたかということである。彼らによると、このようなスーパースター企業のシェアの高まりは多く国で同時並行的に起きている。各国が同じようにスーパースター企業優遇政策をとってきたとは考えにくいことから、このような労働分配率の低下は政策の結果ではなく、おそらくは、スーパースター企業が1人勝ちすることを容易にした技術革新の結果であろうと分析している。但し、著者らは、このようなスーパースター企業を生じさせた原因が技術革新だとしても、大きなマーケットシェアを持つに至ったスーパースター企業がシェアを生かして競争を阻害することで、労働分配率の回復を妨げたり、あるいは更なる低下を生み出す可能性があることに警鐘を鳴らしている。

De LockerとEeckhoutは最新のNBERワーキングペーパー("The Rise of Market Power and the Macroeconomic Implications")において、アメリカの上場企業におけるマークアップ率(売値と減価の比率、大雑把には利益率と考えてもよい)の平均が1960年から2014年の間にどのように変化したかを計算した。彼らの採用した計算手法にはいろいろイシューがあるんだけれどもここでは割愛する。彼らが計算したマークアップ率の平均は以下のグラフで示される。


1960年から1980年ごろまではマークアップ率は18%程度(グラフでは1.18)程度の水準にあったが、そこから急上昇し、2014年にはマークアップ率は67%に達した。ラフにいうと、100円の原価に対して、1980年までは18円の利益を乗せていたのが、2014年には67円も乗せられるようになったということである。

ところで、マークアップ率というのは、必ずしも利益率と同じように考えることはできないものの、著者らは、このようなマークアップ率の変化は、経済全体で集計された配当の総額の変化と対応していると主張している。以下のグラフは、マークアップ率の動きと配当の総額の動きを重ね合わせている。著者らは、マークアップの上昇は配当の総額の上昇と同時に起こっており、(大)企業の市場支配力が1980年以降上昇した結果マークアップも高まったというストーリーと整合的であると主張している。

更に、著者らは、簡単なモデルを使って、マークアップ率が何らかのショックの結果高まった場合に、マクロ経済に何が起こりうるかという分析を行い、以下のことが起こりうると主張した。これらはいずれもアメリカで近年起こっていることである。もちろん、別のショックが原因でこれらのことが起こった可能性も十分にあるし、そもそも市場支配力が高まったせいでマークアップ率が上昇したのかもわからないけれども、少なくとも、(大)企業の市場支配力が増した結果、高いマークアップをつけることが可能になり、実際にアメリカで起こっている様々なマクロ経済のトレンドが引き起こされたというストーリーと整合的であるといえる。

  1. 労働分配率の長期的な低下傾向((2)の割合が高まることによる(3)+(4)の割合の低下)
  2. 資本分配率の長期的な低下傾向((2)の割合が高まることによる(1)の割合の低下)
  3. 生産性が低い労働者の賃金の低下傾向((4)の低下に対応している)
  4. 労働参加率の長期的な低下傾向(賃金の低下の結果である)
  5. 労働市場のフロー(労働者の動き)の長期的な低下傾向(賃金が低下することで労働者が高い賃金を求めて労働市場で動く頻度が低下する)
  6. 労働者の移住の頻度の長期的な低下傾向(同様に、労働者が高い賃金を求めて移住する頻度が低下する)
  7. 実質GDP成長率の長期的な低下傾向(労働者がその生産性を生かせる職に移る頻度が下がることで経済全体の生産性が停滞する)

Learning Japanese Income Tax

今回は、日本の(個人)所得税についてちょっと見ていくことにする。きっかけとなったのは、twitterで見かけた、以下のグラフである。


出典を探すのに手間取ってしまったが、このグラフは「月刊誌『KOKKO』編集者・井上伸のブログ」というブログの著者が作ったものであるようだ。この手の、金持ちが優遇されている!みたいなキャッチーなメッセージのデータはしばしばtwitterで見かけるが、多くは信頼性にかけるので、あまり真剣に見ないのだけれども、日本の税制およびデータの基礎的なところについてちょっと学んでみるきっかけにしようと思い、ちょっとデータを見てみた。僕自身、ぜんぜん日本の税制なんて素人なので、間違えも多くあるかもしれない。間違えに気づいたら教えてくれるとうれしい。

このグラフは、所得が1億円を超えると、総税負担(所得税+社会保険料+住民税)が所得に占める割合(総税負担率)が低下するというのがメッセージである。平たい言葉で言うと、所得が1億円を超えるような大金持ちは低い税率で優遇されている、ということであろう。ちょっと調べる気になったきっかけは、本当かな、これ、と思ったことである。とりあえず、全てをカバーするのは大変なので、今回は所得税に的を絞る。上のグラフによると、所得税の支払額を所得で割った所得税負担率は所得5000万円~1億円で一番高くなり(28.7%)それ以上の所得の人の場合は所得税率が下がっていく。まぁ、所得が1億円以上のお金持ちは総税負担率が下がっていくという傾向は所得税率の低下から主に生み出されているので、とりあえず所得税に焦点を絞るのは悪くないだろう。

まずは、このデータがどこから来ているかというと、国税庁が出版している「申告所得税標本調査」というものである。今回は、上のグラフと同じ2014年(平成26年)のデータを使うことにした。2015年のデータも公開されているが、あまり変わらなかった。

まず、僕もぜんぜん知らなかったので、基本的なところに戻りたい。日本の税のデータは、源泉徴収された人(サラリーマンの多く)と確定申告をした人(自営業や、資産家、サラリーマンでもいろいろな資産を持つ人が主)で完全に分かれていることだ。タイトルからわかると思うが、上のグラフの元になっている「申告所得税標本調査」というのは、後者(確定申告した人)だけをカバーしている。ただ、日本で働く人の多くは、家を買ったり大金持ちでもない限り、多分、会社が勝手に納税(源泉徴収)してくれて、自分では何もやらない人が多いと思う。つまり前者だ。僕も日本で働いていたときには、若かったせいもあるけれども、税金払ってるなんて考えもしなかった。給料明細の手取り(税引き後の給与)だけしか見てなくて、額面(税引き前の給与)なんて気にもしなかった。こういう人たちの場合は、企業が申告した税のデータがまとめられ、「民間給与実態統計調査」として国税庁から出版されている。僕が簡単に調べた限り、両者を使いやすい形でまとめたデータは存在しないようだ。というわけで、今回のブログポストを書くに当たっては、両方を見てみた。

但し、両者を単純に合体させればよいというものでもなさそうだ。まず第一に、源泉徴収をされていても、確定申告をしている人はたくさんいる。2014年でいうと、確定申告した人は612万人だったが、そのうち源泉徴収されていた人が352万人いた。つまり確定申告した人(「申告所得税標本調査」に含まれる人)の約半分は会社から所得税を天引きされている人(「民間給与実態統計調査」に含まれている人)のようだ。「民間給与実態統計調査」に含まれる労働者は2014年で4756万人いるが、352万人を引くと残りは、4405万人である。つまり、所得のあった人で、確定申告した人(つまり上のグラフでカバーされている人)は612/(612+4405)=12%だけなのである。このことは、上のグラフは、所得があった人のうちたったの12%、しかも特殊な人だけをカバーしているということになる。これは問題だろう。

それ以外で気になったのは、おそらくは、「民間給与実態統計調査」は各企業からの報告を基にしているので、2つ以上の会社から給料をもらっている人はダブルカウンティングされているだろうということである。まぁ、そういう人はおそらく少ないだろうと仮定して、以下の議論を進めていく。

下のグラフは、僕が2014年の「申告所得税標本調査」を使って、各所得レベルの人の(平均)所得税率を再現してみたものである。


全所得階級で、最初に示したグラフの税負担率と同じなので、「申告所得税標本調査」を使って計算されているという僕の推測は多分正しいと思う。最初のグラフと同じく、所得5000万円から1億円で税負担率がピークとなり、それ以上の所得の場合は、所得税負担率は低下している。

これは何でだろう?日本の所得税率は累進的、つまり。所得が高い人ほど税負担率が高くなるようになっている。これは、高所得者の人に、より高い税率を負担してもらおうということである。具体的には、2014年の所得税の税率は以下のようになっている。


(年間)所得195万円までは所得税率は5%だけれども、それを超えた分の所得はだんだん高い税率が課され、1800万円を超える所得には40%の税率がかけられている。2015年からは4000万円以上の所得に対して45%の最高税率が課されることになったので、累進性はより強化されている。もちろん、いろいろな控除があるので、所得に対してそのまま上の表の税率が課されるわけではない(後でこのことについてまた触れる)が、所得税負担率(平均税率)が低下するというのは奇妙である。これは、「申告分離課税」という制度によるもののようだ。申告分離課税というのは、ある種の収入については、通常の所得と分けて、上の表に基づく税率でなく、ある一定の税率を別途課す制度である。対象となるもので、多分わかりやすいものは、株式を売り渡したときの収入、および、家(やゴルフ会員権)を売ったときの収入である。株式を譲渡した際の税率は一律15%(+住民税5%と今は復興特別所得税0.315%が課される)であり、家を売ったときの収入には、所有期間が5年を超える場合は15%(+住民税5%と今は復興特別所得税0.315%)、5年未満の場合は30%(+住民税9%と今は復興特別所得税0.315%)が課される。なぜこれらの資産移転に関する税率が低いかというと、これらの資産の買うためにはまず所得が必要であり、その所得に既に所得税が課されているから、もう一度高率の所得税を課すのを避けるのが目的であろう。

というわけで、最初のグラフで、なぜ所得が1億円を超える人の所得税率が低いかというと、こういう人たちは、主に、家や株式を売ったことで一時的に所得が高かったからだ。実際、2014年に所得が100億円を超えていた人は税率が17%だったが、申告所得税標本調査によると、これらの人の主な収入は株式の譲渡による収入と資産(おそらく家)を長期保有したあとに譲渡したことによる収入であった。通常の税率が課される配当収入と給与収入もあったが、あまり大きな割合ではなかった。つまり、最初に示したグラフで、高所得者の税率が低いのは、過去に既におそらくは高い税率で税金を払った人の資産の移転に伴う税率が低いことによるものであり、金持ち優遇ではない可能性が高い。

最初にあげたグラフのもうひとつ大きな問題点だと思うのは、「高所得者」が誇張されていることである。まずは、既に述べたとおり、最初にあげたグラフは確定申告をした11%の人だけのデータであり、とても少数の人たちのデータである。それに加えて、あのグラフで「高所得者」のカテゴリーに入る人の割合はとても低い。


上のグラフは、各収入カテゴリーに含まれる人の割合を示したものである。1億円を超える人の割合は非常に低い。所得が1億円を超える人たちの総合計はたったの0.25%である。つまり、税負担率が下がっていると指摘されている人の割合は確定申告をした11%の人たちのうちのたったの0.25%なのだ。最初に示したグラフでは低い税率を享受していると強調されている、一番上の所得カテゴリーである100億円以上の所得の人はたったの11人!しかいない。もちろん、少ないから問題ではないっていうことではないが、これらの人にかける税率をちょっと上げたところで、全体の税収に与える影響がかなり小さいと思う(今度ちょっとした計算をしてみる)。しかも、上で議論したように、これらの人は既に一回高率の所得税を払っている可能性が高いので、もう一度高率の所得税をかけるのはアンフェアではないかという議論もできる。同じくらい重要なこととして、これらの人の所得に高率の所得税をかけると、貯蓄のインセンティブを阻害したり、彼らが国外に出てしまったりする可能性もある。

ちなみに、「民間給与実態統計調査」に含まれる、「普通のサラリーマン」の税率は所得とともにどのように変化しているであろうか?以下のグラフがそれを示している。


所得ともに、平均所得税率は上がり続けている。2500万円以上のカテゴリーの中の内訳がないので「申告所得税標本調査」から得られたこぶ型の形と比べることはできないが、「申告分離課税」をしていない人たちに限定すれば、給料の水準とともに税率はきれいに40%まで上がっているのではと推測する。

ちなみに、二つの調査から得られる平均所得税率、および、(控除とかを無視した場合の)法律で定められている税率を比べたのが以下のグラフである。


一番上のオレンジの線が限界税率(上の表で示した税率)である。もちろん、累進性があるので、平均税率(薄青)は限界税率より低い。確定申告した人たちの平均税率は青緑である。彼らの平均税率は源泉徴収の平均税率(赤)より高い。他の資産からの収入の申告分離課税の税率の方が高いからだろう。2000万円を超える収入カテゴリーで平均税率が25%程度でほぼ同じなのは、申告分離課税による税率と普通の所得税率が同じくらいになるからだろう。確定申告した人の平均所得税率(青緑)も源泉徴収の平均所得税率(赤)も、法律上の平均税率(薄青)より低い。これは、さっき書いたが、様々な控除があって、実際の課税対象所得はもともとの(額面)所得よりずっと低いからである。

つらつらと学んだことを書いていったので、とりとめがない書き方になってしまったが、日本の所得税の基礎について学ぶことができて、個人的には満足している。多分いろいろ見落としていたり、間違っているところもあると思うので、教えてくれるとてもうれしい。

How to Think about Optimal Policy in Macro?

今回は、現代のマクロ経済学者が、最適な政策・採るべき政策を考える時にどのような手法を使うのかを紹介してみようと思う。「マクロ」経済学者と書いたのは、おそらくは、このような考え方を受け入れられない、経済学者もいるはずだからだ(後で少し触れる)。ちゃんとした(マクロ)経済学者が、政府が取るべき政策について議論するときにどのように考えているのか、あるいは、ちゃんとしてない人は何がまずい(と少なくとも僕が思っているのか)がわかってもらえれば幸いである。今回はちょっと抽象的に議論して、気が向いたら、次回は、ちょっとしたモデルを組んで具体的な例を示すことをやるかもしれない(こういうことを書いても大体やらずに終わるんだけれども…)。



マクロ経済学者が望ましい政策について考えるときには、モデルをもとに、上のようなグラフを頭に描いている。x軸(Policy variable=政策変数)は政府が選べる政策である。具体的には、消費税率、あるいは最低賃金の水準を頭に思い描いてもらえばよい。今は最低賃金としておこう。y軸(Social welfare)は、大まかに言って「社会全体の幸福度」を示している。具体例で考えてみよう。上のグラフは最低賃金をいろいろな水準に変えたときに、社会全体の幸福度がどのように変化するかを示している。幸福度の変化はは山なりの曲線であらわされ、最低賃金がw1のときに社会全体の幸福度が最大化されている。あるいは、もし現在の最低賃金がw1より低ければ、(w1を超えない程度に)最低賃金を引き上げると社会全体の幸福度が高まるので、この場合は、モデルをもとに、最低賃金を(w1を超えない程度に)引き上げるべきだとマクロ経済学者は主張する。

もちろん、上のような考え方は、様々な仮定の元に成り立っている。まずは「Policy variable=政策変数」についていくつかコメントしておこう。

  1. 上の例は政策変数が一つの場合だが、もちろん政策変数が一つである必要はない。消費税の例で言えば、消費税率と軽減税率(軽減税率=消費税率のケースは軽減税率がないケースと考えられる)の二つが政策変数となってもよい。一般的に、何を政策変数とすべきかについて、いい答えはない。なるべく一般的な議論をするために、政策変数として何でも含める(なんでも政策変数というモデルにおいて最適な政策を考える)という考え方をする人は多いが、この場合、分析が複雑になるし、望ましい政策がとっても複雑で事実上実現不可能かもしれないので、必ずしも一般的であればよいというわけではない。
  2. その一方、まずは消費税率だけ考えて、軽減税率のことは忘れようという考え方もできる。その場合、望ましい消費税率を求めたとしても、その結果はロバスト(頑健)でないことが往々にありうる。消費税の例を使うと、消費税率だけ考えて望ましい消費税率を算出したとしても、軽減税率を導入すると望ましい消費税率は大きく変化するかもしれない。実際に軽減税率は政策変数として使われる(消費税を導入している国の僕が知る限り全てで軽減税率が導入されている)ので、消費税率だけ考えて望ましい政策を考えても事実上役に立たないともいえる。
  3. もっと根本的な話をすると、望ましい政策はモデルの選択に依存する。どんなモデルを元に議論をしているのかを明らかにするのが望ましい。そうすることによって、その経済学者が望ましい政策を考えるに当たって、どういう要素を重視しているか、あるいはどういう要素が考えられていないか、が明らかになるからである。そういう手続きを経ずに、「こういう政策が望ましい」とか「こういう政策が実施されるべきだ」とか言われても信用できない。
  4. 関連した話になるが、ある経済学者がある論文において最適な政策はこれこれだと主張しているとしても、多くの場合、それは、あるモデルの中で最適な政策を分析しているだけであって、通常の場合経済学者自身の価値判断は含まれていない。経済学者でも、あるアジェンダがあってそれに沿う論文ばかり書いている人もいて、その場合は、その論文の結果がその経済学者の主張と一致することが多いが、それは論文の外の情報(その経済学者の評判)からわかることであり、論文自体は、様々な要素が入ったモデルが正しいとすると、モデルの中ではある政策が望ましい、といっているだけである。論文の結果と経済学者の意見をごっちゃにしてはいけないと思う。論文の評価もそれを書いた経済学者の個人的な価値判断とは関係ない。
  5. それと、しばしば、新しいモデルを構築した場合、そのモデルの中で最適な政策を分析することは、実際にそのモデルを使って政策提言する気がなくても面白い分析となる。たとえば、金融政策が入ったモデルで、フリードマンルール(実質金利と同じ率のデフレを起こしつづける経済政策)が最適かどうかを知ることは、そのモデルにおいて貨幣がどのような役割を果たしているかを学ぶのに役立つ。そういった動機で最適政策を分析しているケースも多々あるので、そういう論文を書いている学者がいても、その論文での最適な政策をその経済学者が望ましいと思っていると思わないように注意すべきである。
  6. 上のようなことを書いたのは、結局、各論文は複雑な現実の一部分を切り取ってあるチャンネルを中心に分析したものであり、最終的には、ある国がおかれた経済状況や、その経済状況において重要と思われる様々なチャンネルを比較した結果として、望ましい政策が提案されるはずだからだ。
では、次に、「社会全体の幸福度=Social welfare」についてコメントしておこう。まず、「社会全体の幸福度」というのは何だろう?日本に国民がN人いるとして、わかりやすい例としては、以下のようなものが考えられる。

「社会全体の幸福度」=国民1の幸福度+国民2の幸福度....+国民Nの幸福度

この考え方は広く使われていると思うが、いろいろ問題点があり、リーズナブルではないと思う人も多い。上のような「社会全体の幸福度」の考え方についていくつか注釈を加えておこう。
  1. 最初に言っておかなければならないのは、「社会全体の幸福度」をどう設定するかというのは、経済学の「外」の問題ということである。経済学が得意とするのは、「社会全体の幸福度」が与えられたときに、いろいろな政策を使って、それをどう高めるかを考えることであって、「社会全体の幸福度」をどう選ぶかは、経済学の問題ではないと考える人が多い。極端な話、「正社員として働く人だけの幸福度の合計」と定義しても良いし、「東北地方の農家の幸福度の合計」と定義しても良い。もちろん、こういう定義がリーズナブルだろうという考えはあるけれども(このポストの議論は、一般的にこれがリーズナブルだろうと考えられている手儀に従って進めている)、どの定義を使うべきかというのは狭義の経済学の問題ではない。
  2. では、上の定義に戻ろう。最も大きな問題は国民一人ひとりの幸福度を足し合わせられるのかということである。国民一人ひとりの幸福度を直接比較できないのであれば、足し合わせることはできない。足し合わせる(あるいは幸福度を比較する)ことは不可能だという立場をとるとしたら、上の議論は成り立たない。では、その場合でも、とるべき政策について主張できるのはどのような場合か?全ての国民の幸福度が上昇(あるいは少なくとも同じ)場合である。誰でも、何もせずにお金をもらえれば幸福度がアップすると考えよう(この仮定はそんなにむちゃでないだろう)。その場合、ある政策を実施して、全ての国民が何もせずにお金をもらえる場合、国民1人ひとりの幸福度の直接の比較ができなくても、その政策は望ましいものとなる。これが、大雑把に言うと、「パレート効率性」あるいは「パレート改善」というものである。
  3. 国民一人ひとりの幸福度が比較できたり、足したりできるというのはある意味とても強い仮定なので、それなしに望ましい政策について語れるというのは大きな利点である。しかし、そのような状況でしか政策を語らないということであれば、推薦できる政策はとても限られてくるであろう。例えば、二人しかいない国で、ある政策を実施したときに国民1は100万円得して、国民2は10万円損をするのであれば、うまく国民1から10万円以上とって国民2に上げることができれば、両方とも幸福度が上がる(あるいは最低限幸福度は変らない)政策なので望ましいといえるが、そんな簡単にある国民から別の国民にお金を動かすことはできないかもしれない。そういうことが容易にできるモデルではそのような政策は望ましいものであるが、実際の経済ではお金を容易に移すことができないという制約があれば、そのような政策も実施できない。結局、望ましいとして薦めることのできる政策は、全ての国民が、お金の移転なしに得をする政策でなければならない。これはとてもハードルが高い。こういう政策だけを認めるということにすると、結局、政策について何もいえない状況になることが容易に考えられる。かなりきびしい条件の下で望ましい政策だけ語り、ほとんどのケースにおいて望ましい政策について語ることができないことを選ぶか、もっとルースな条件で望ましい政策を語るけれども、多くのケースにおいて望ましい政策について語ることを選ぶかというのは、とても悩ましい選択だ。ここでは後者の立場をとっている。
  4. それに、もし、本当に、全ての国民が幸せになる政策であれば、なぜそれが実現していないか?という問題も存在する。とても経済学者的な考え方だけれども、誰もが喜ぶような政策であれば、既に実施されているはずだろう、もし、あるモデルに基づいて、全ての国民の幸福度が上昇する政策が存在し、それが実施されていなかったら、そのモデルが間違っているか、そういう政策が実施できない何らかの制約が存在する可能性が高いという考え方もできる。

というわけで、以降は、国民一人ひとりの幸福度は足し合わせられると考えていこう。では、一人ひとりの幸福度はどのような特徴を持っているだろう。おそらくは、(特徴①)持っているお金が多ければより幸福度が高まるというのは、受け入れられるであろう。また、(特徴②)全然お金を持っていない人にとっての1万円は大金持ちにとっての1万円より幸福度を高めるというのも、おそらくは受け入れられる特徴であろう。僕が一万円拾えばとてもうれしいけれども、多分ザッカーバーグはあんまりうれしくないだろう。

この特徴②はとても重要である。特徴②を受け入れる場合、たくさんのお金を持っている人からあまりお金を持っていない人にお金が動く政策は社会全体の幸福度を高める効果がある。ザッカーバーグから1万円余計に徴税し、僕には1万円減税する政策は、僕とザッカーバーグの幸福度の和を大きくするのである。つまり、経済を「公平」に近づける政策は社会全体の幸福度にとって望ましいといえる。

その一方、経済の「効率」を高める政策は、一般的に、平均的に国民の収入を高める効果を持つ。特徴①を受け入れるとすると、経済の効率を高める政策は社会全体の幸福度を高めることとなる。これは良くあることなんだけれども、もし、経済の「効率」を高めようとすると「公平」の面で悪化する場合、どちらかを追求するとその方面から社会全体の幸福度は増加するものの、もう一方の方から社会全体の幸福度が低下することが十分ありうる。この場合、社会全体の幸福度を最大化する政策というのは、「効率」と「公平」のバランスをうまくとる政策ということになる。これが、いわゆる「効率」と「公平」のトレードオフというものである。



上のグラフは、「Efficiency=効率」だけ考えた場合、あるいは「Equality=公平」だけ考えた場合、「社会全体の幸福度」がどのように政策変数とともに変化するかを示している。イメージを沸きやすくするために、政策変数を消費税率と考えてみよう。政府はある一定金額を国民から徴税せねばならず、徴税方法として消費税と累進所得税があるとする。消費税率を上げると、消費税から得られる税収が増えるので、所得税率を下げることができる。この場合、累進性の度合いは維持されると仮定する。上のグラフは、「効率」だけ考えると、消費税率を上げればあげるほど社会全体の幸福度は上がることを示している。消費税はモノの税込価格を一律に引き上げるので、モノの相対価格を変えない。よって、消費者は(モノの相対)価格が何も変らなかったように行動する。言い方を変えると、消費税というのは価格のゆがみをもたらさないのである。一方、消費税率を高めると所得税率を下げることができ、所得税引き後の所得を高めるので、労働の意欲を高めることが期待される。つまり、消費税率を上げると、消費税は価格のゆがみをもたらさず、一方所得税率を下げることで賃金のゆがみを是正することができるので、経済の「効率」は改善するのである。

その一方、消費税率を高めると「公平」という面だけ考えると、「社会全体の幸福度」は下がってしまう。よく言われていることであるが、定率の消費税は低所得者、つまり「1万円から得られる幸福度が高い」人の税負担が大きくなり、「1万円から得られる幸福度低い」人の税負担が小さくなるので、「公平」の面だけ考えると望ましくないのである。そういう意味では、軽減税率というのは、このような消費税率の問題点を和らげる政策と考えることもできる(もちろん他の政策、たとえば所得税の累進性の引き上げ、で代替することも十分可能である。何を政策変数とするかによって望ましい政策が変わってくるいい例である)。

最初に示したグラフは、上の二つのグラフ(「効率」だけのものと「公平」だけのもの)を足し合わせた結果、山なりになっているのである。但し、このような山なりの形がいつも得られるわけではない。極端な例として、代表的個人のモデルを考えてみよう。国民が1人しかいない(全員が同じ所得等を持つと)経済では、仮定から既に「公平」は達成されているので、「公平」を改善するとという効果はないのである。言い方を変えると、代表的個人のモデルで考えると、上のグラフで言う「効率」だけ考慮したケースがそのままモデルに当てはまる。つまり、消費税は上げられるだけ上げた方がいいのである。


では、ちょっと違う例を見てみよう。例としてまた最低賃金を使う。上のグラフで言う、Case 1は一番最初のグラフで示した例である。では、Case 2の場合はどうか?Case 2も山なりであり、最低賃金がw2のときに社会全体の幸福度は最大化されるので、マクロ経済学者はCase 1と同じように、最低賃金の引き上げを主張すると考えるかもしれない。しかし、Case 1 との大きな違いは、最低賃金を変えたことによる社会全体の幸福度の上昇幅が小さいことだ。この場合、分析に使われたモデルで捨象された他の要素も考慮した場合、最も望ましい最低賃金のレベルが変る可能性が大いに存在する。このような場合には、マクロ経済学者はあまり強く政策の変更を主張しないであろう。どんなモデルも捨象されたいろいろな要素が存在するし、上のようなグラフを描くために使用したパラメーターにも不確実性がある(あまり自信がない)ケースが多いので、捨象された要素を加えたり、ちょっとパラメーターを変えたら、採るべき政策が大きく変ってくるのであれば、無責任にある政策(w2)を推奨はできない。Case 3は上でもちょっと触れた特殊なケースで、最低賃金が低ければ低いほど、社会全体の幸福度が高まるケースである。言い換えると、このモデルが正しければ、経済学者は最低賃金は廃止すべきだ(廃止したときに社会全体の幸福度が最高となる)と主張することになる。

最後にいくつかコメントを。
  1. 繰り返しになるが、ちゃんとした経済学者であれば、頭の中にモデルがあって、そのモデルの下で、上のグラフのような分析をした上で、望ましい経済政策について議論しているということである。しばしばインターネット上で見かけるが、何のモデル、トレードオフも念頭になく、こういう政策を採るべきだと議論している人がいるが、多くの場合、そんなのは別に望ましい政策を議論していると言うより、個人の嗜好を表明しているに過ぎない。
  2. わかりやすい例としては、ある業界に利益のある人が、少なくともその業界の人は得をする政策を望ましいと議論したところで、それ以外の人たちがどのような影響を受けるか、もしそれ以外の人が負の影響を受けるのであれば、負の影響が、その業界の人が得る恩恵に比べたら小さい、という議論をしないと、(少なくとも僕には)説得力はない。大金持ちではない人が大金持ちに対する課税を強化して、それ以外の人に対しては減税をすべきだと主張するのも似たような話である。もちろん後者の場合、「公平」を改善する効果があるから「社会全体の幸福度」が高まる可能性はあるが、大金持ちの人たちが、投資を控えたり、シンガポールや香港に資産を移したりすることで起こりうる負の効果も冷静に考えた上での議論でなければ、自分が得するからうれしい政策に対する支持を表明しているだけで、あまり説得力はないであろう。
  3. モデルがあった上で議論をしていても、望ましい政策は、結局はどのようなモデルを使っているか、どのようなパラメーターを考えているかに依存することが多い。全てのモデルにおいて成り立つ望ましい政策なんてほぼ存在しないので、望ましい政策を議論する際には、どのようなモデルを考えているか・どのようなチャンネルを考慮しているのかなどを明示した上で議論が行われると建設的な議論になると思う。
かなり、大雑把な議論をしている箇所もあるし、あまり推敲せずに書いたので、おかしいところとかは指摘してもらえるとうれしい。

Tony Atkinson: Chartbook on Economic Inequality

Tony Atkinsonは、各国の所得・資産に関する不平等に関するデータを集めて見やすい形に整理したChartbook on Economic Inequality(リンクはここ)を整備した。それぞれの国について、みやすいグラフと、グラフからどういう傾向が読み取れるかが簡潔に整理されている。主にデータのそろっている先進国しか含まれていない。日本のデータも含まれているのは国際比較を容易にするという意味で喜ばしい。

例として、アメリカと日本のグラフを見てみよう。まずはアメリカから。


  1. 労働所得のばらつきの程度はここ数十年で拡大したか? → Yes。上位10%の所得の中央値に対する比率は1950年の150%から2012年には244%まで上昇した。
  2. 所得の不平等は最近上昇したか? → Yes。所得に関するジニ係数は1980年から7パーセンテージポイント上昇した。
  3. 所得の不平等が低下した時期はあったか? → Yes。1929年から1945年。
  4. 貧困は近年拡大しているか? → No。公式の貧困度は1948年から1970年代にかけて低下した後安定的に推移している。
  5. 高所得者の所得比率のU字型パターンは存在しているか? → Yes。高所得者シェアは1928年から1970年代にかけて低下したがその後倍以上に上昇した。
  6. 資産の不平等は所得の不平等の変化のパターンと同じように動いているか? → Yes。高資産者シェアは1980年代まで低下した後緩やかな上昇傾向にある。
  7. その他の特筆すべき特徴。 → 労働所得のばらつきは1950-1970年に上昇したが総所得の不平等はその時期に増加しなかった。
次は、日本についての同じグラフと質問に対する答え。アメリカに比べるとデータが少ない。所得の不平等度が最近高まったというような論調をよく目にするけれども、それほど大きく不平等度が上昇したようには見えない。


  1. 労働所得のばらつきの程度はここ数十年で拡大したか? → No。上位10%の所得の中央値に対する比率は1960-1970年代に低下した後、特段のトレンドは見られない。
  2. 所得の不平等は最近上昇したか? → Yes。所得に関するジニ係数は1980年2000年代初頭にかけて上昇したが、その後は安定している。
  3. 所得の不平等が低下した時期はあったか? → データ不足。しかし、1938年と1945年のデータに大きな開きがあることから、第二次世界大戦は不平等の改善に寄与した推測される。
  4. 貧困は近年拡大しているか? → Yes。1980年代初頭から2000年まで上昇した。
  5. 高所得者の所得比率のU字型パターンは存在しているか? → No。第二次世界大戦後の高所得者の所得比率は第二次世界大戦前より低いものの、その後は比較的安定している。1990年代以降上昇基調にあるものの大幅な上昇ではない。
  6. 資産の不平等は所得の不平等の変化のパターンと同じように動いているか? → データ不足。
  7. その他の特筆すべき特徴。 → 第二次世界大戦前と後に大きな違い。労働所得のばらつきは比較的安定的。

Tony Atkinson: 15 Proposals

Tony Atkinsonが2017年の1月1日に亡くなった。Atkinsonといえば、今Piketty-Saezがやっていて大流行していることー各国の不平等の歴史的な変化についてのデータの整備、および最適課税理論ーをずっと前に始めた人である。Pikettyブームというか不平等ブームで彼の仕事にも以前にもまして注目度が高まった矢先だったので、残念である。

今回は、2015年に出版されたAtkinsonのベストセラー"Inequality - What can be done?"で提示された15の提言が彼のホームページにあるので、それを和訳して書いておく。かなりの政府介入を許容しているのに驚きである。次回は彼のもうひとつの最近の仕事ー各国の不平等に関するデータの整備ーについて触れる。

1. 技術革新の方向性は政策決定者にとって直接的な関心事であるべきである。労働者が雇用されやすく、サービスにおいて人間的な側面が重視される技術革新を促進すべきである。

2. 政策は、利害関係者のパワーバランスをうまくつりあわせることを目指すべきである。そのために以下のことをすべき:
(a) 競争政策の実践において明示的に(所得の)配分を考慮する。
(b) 労働組合が労働者を適切に代表できるような法的な枠組みを整備する。
(c) もし存在していなければ、社会的な団体が政策決定に関与できるような社会経済諮問機関を設置する。

3. 政府は失業を減らすための直接的な目標を設定すべきである。そのために、働きたくても働き先が見つからない人のために、最低賃金での公的セクターでの雇用を保証べきである。

4. 以下の二つの要素からなる社会保障政策があるべきである。(1) 最低限の生活を保障する最低賃金。(2) 社会経済諮問機関も関与した上で合意される、最低賃金を上回る賃金についての規範。

5. 政府は、正の実質利子率が保証され、個人の保有額に上限のある、貯蓄用の国債を発行するべきである。

6. 全成人に与えられる最低限の相続額が設定されるべきである。

7. 公的な投資機構が設立されるべきである。この投資機構は、企業や土地を保有することで国家の純資産を増やしていくのが目的である。

8. 個人の所得税率は累進性が高いものに回帰すべきである。最高税率は65%まで。そして税基盤を広げるべきである(控除とかを廃止するということか?)

9. 低い所得に対して勤労所得税額控除(Earned Income Tax Credit or Earned Income Discount)を導入すべきである。

10. 遺産や生前供与には、贈与額全体に対して累進的に課税するべきである(つまり、少しづつ供与することで課税を回避することができないようにするべきである)。

11. 固定資産に対しては、時価に応じた、定率あるいは累進的な固定資産税が課されるべきである。

12. 子供への補助金(Child Benefit)は全ての子供に手厚く支払われ、その補助金は課税対象となるべきである。

13. 現在存在する社会保障制度に加えて、社会参加所得(Participation Income)が導入されるべきである。これは、子供にはベーシックインカム(BI)として適用される。
(注:Participation Incomeとうのは、Atkinsonが主張するもので、BIとの違いは、PIを受け取るためには、ボランティア活動あるいは高齢者の手助けなどのサービスを提供しなけばならない点である。このことで、BIの問題点である、労働への負のインセンティブ、あるいは受益者がこうむるかもしれない汚名を和らげることを目的にしている)

14. 社会参加所得の代替案としては、社会保障制度の拡充(金額の引き上げおよび適用範囲の拡大)をしなければならない。

15. 先進国はODA(政府公的支援)の金額のターゲットをGNPの1%とすべきである。

そのほか検討に値する提言:

(1) 家計の(住宅などを担保としない)無担保借り入れがどのくらいできるかについての詳細な調査。

(2) 民間の年金の税制面の優遇措置の是非に関する調査。

(3) 資産税(wealth tax)の導入についての調査。

(4) 世界中に散らばる全資産に対する統一的な課税システム(税率が低い国に資産を移すことによる税逃れを防ぐためだろう)

(5) 企業への最低課税額の導入。

Consumption Inequality

確か安田さんが言っていたと思うけど、Journal of Economic Perspective (JEP)は無料で、一流の学者が専門家でもない人でも読めるように書いているものが多いので、お勧めである。興味のあるトピックの特集があった場合、専門の研究者でなくても(あるいは自分の専門でなくても)楽しめる。それでも、理論系の場合多少のバックグラウンドがないとわからないものが多い(例えば前に扱った最適課税理論についてのJEP論文は普通の人には敷居が高いと思う)けれども、最近の経済学は面白いデータを扱うものが多いので、読みやすいものが以前より増えてきたと思う。

幸い、最新のJEPは「不平等」特集であった。 特に、不平等というと所得の不平等に焦点が当たりがちであるが、不平等について所得以外の面から見てみた論文を集めており、とても面白かった。今回は、その中でも、Attanasio and Pistaferriによる消費の不平等についての巻頭論文("Consumption Inequality”)についてメモしておく。

そもそも論からはじめよう。なぜ、消費の不平等が重要なのか?一般的に不平等が重要なのは、最終的には、できることなら、皆が等しく幸福な社会(幸福度の不平等が小さい社会)を実現したいからだ。そして、所得の不平等が重視されるのは、所得が幸福度に重要な影響を与えると考えるのが自然だからだ。例えば、小指の長さの不平等も不平等ではあるが、そんなものは(おそらく)幸福度とは関係ないので小指の長さの不平等が拡大していたとしてもあまり問題はないはずだ。

但し、(短期的な)所得の不平等は必ずしも直接、幸福度の不平等につながるとは限らない。所得の変動が短期的(transitory)で、恒久的(permanent)な所得の違いがなくて、金融市場でお金の貸し借りができれば、所得が低いときにはお金を借りて所得より多くの消費を行い、所得が高いときには貯蓄をして消費を所得より少なくし、将来所得が低い時に備えることができるからだ。このような行動が完璧に実現できれば、所得の変動はあっても消費はまったく変動しなくて済むので、消費の不平等はゼロになる。所得の不平等は存在するけれども、消費の不平等は存在しない。そして、どちらが幸福度の不平等と直接的に結びついているかといえば、消費のほうである。

では、なぜ、所得の不平等が注目を浴びるのか?一般的に、所得のデータの方が充実しているからである。以下で述べるように、アメリカですら、個々人の消費のデータにはいろいろな問題がある。但し、そのことは、消費のデータを忘れていいということではなくて、仕方なく所得のデータを使って不平等を議論しているとしても、最終的に需要なのは消費の不平等であること、消費のデータを改善することに力を注がなければならないことを忘れてはならないだろう。

ところで、(マクロ)経済学では、しばしば、消費と余暇(時間の消費)が幸福度を決める重要な要素と考えられているので、この論文では最後に余暇の不平等についても述べられている。この論文の最後でちょっと余暇についても触れられている。

では、以下に、彼らの主要な議論を要約していく。

1. アメリカでもっともよく使われる家計レベルの消費のデータはConsumer Expenditure Survey (CE)である。CEは1980年から始まっており、CPI(消費者物価指数)のバスケット(平均的な消費者が買うもののリスト)を作るのに使われている。CEにはインタビューサーベイ(3ヶ月ごとに年4回、家計の消費行動についてインタビューを行って家計レベルの消費データを作成する)と、日記(Diary)サーベイ(2週間の間、購入したものについて記録をとり続けることで、家計レベルの消費データを作成する)の2種類があるが、一般的には、インタビューサーベイがよく使われているが、最近、CEは実際の消費の実態をうまく把握できていないのではないかという疑問が生じている。CE(インタビューサーベイ)の総消費とGDPの総消費(Personal Consumption Expenditure, PCE)を比べると、1992年まではCEはPCEの70%を把握していたが、その割合は2010年には58%まで急降下した。但し、この問題の主要な原因は、CEとPCEで把握しているものが異なっていることであると考えられている。その証拠に、CEとPCEが同じようなものを把握している非耐久消費支出(食料に対する支出など)の場合、CEはPCEの93%を把握できている。CEとPCEの差が大きくなってきているのは例えば耐久消費財(自動車、家電など)である。

2. また、CEは所得が高い人が少ない(所得が高い人はそもそも少ない上に、おそらくサーベイへの返答率も低い)こと、所得が高い人の所得や消費は過少申告されていることも、不平等を考える上で問題となっている。このようなバイアスの下では、消費の不平等度が低く計算されがちだからである。さらに、この問題が近年悪化しているのであれば、消費の不平等度の上昇度合いが低く見積もられることになる。下で触れる最近の研究では、このような問題点を克服するために、CEを他のデータセットで補完するという方法がとられている。

3. では、CEで消費の不平等を見ていこう。最も重要な質問は、消費の不平等は1980年以降高まったか、である。1980年以降、所得の不平等が高まったことはよく知られている。消費の不平等も同じように上昇したのか、あるいは消費の不平等は所得の不平等と一緒に上昇しなかったのか。前者であれば、所得の不平等をみることで幸福度の不平等の代理変数とすることにあまり問題はないが、後者の場合は、所得の不平等を見ているだけではダメだということになる。驚くべきことに、この質問に対する答えは最近10年程度で大きく変化した。少し前までは、消費の不平等は所得の不平等ほど上昇していないというのがコンセンサスとなっていた。例えば、Krueger and Perri (2006)によると、1980年から2003年の間、所得の対数の分散(不平等の度合いを示すものとしてよく使われる統計量である)は0.35から0.57まで、22ポイント上昇したが、CEによると、消費の対数の分散は0.18から0.24まで、6ポイントしか上昇しなかった。つまり、消費の不平等も上昇はしたが、その上昇幅は所得の不平等の上昇幅に比べるとずっと小さいと考えられてきたのである。このことと平行して、2000年代初めには、所得の不平等が大きく上昇したのに消費の不平等が何であまり上昇しないのかということを理論的に考える動きが盛んであった。

4. 1980年代以降、消費の不平等が所得の不平等ほど大きく上がらなかったコンセンサスは、所得側のデータとも整合的であった。恒常所得仮説によると、恒久的な(permanent)所得の不平等は消費の不平等に直結するが、一時的な(transitory)所得の不平等は消費の不平等にはあまり影響を与えない。そして、例えばGottschalk and Moffitt (1994)は、1980年ごろ以来の所得の不平等の上昇分のうち1/2から1/3くらいは、一時的な所得の不平等の上昇によるものだと主張した。つまり、所得の不平等は上昇したけれども、消費の不平等に直結する恒久的な所得の不平等の上昇はそのうちは1/2-2/3程度だということであった。

5. しかし、最新の研究は、そのような結果が正確ではないのではないかという疑問を投げかけている。これまで正しいと考えられてきたことは、特に最近消費の実態をうまく把握できていないというCEの問題によるものではないかと考えられるようになったのである。最新のペーパーでは、CEの問題点を考慮し、CEのインタビューサーベイの結果に他のデータの結果を組み合わせることでデータの精度を向上させている。最新の結果を比較したのが以下のグラフである。
オレンジの線(Heathcote, Perri, and Violante)は、伝統的な手法(CEをそのまま使う)で計算された、消費の対数の分散の変化を示している。2000年以降ちょっと上昇しているが、それ以外の期間はあまり上がっていない。つまり、オレンジの線はこれまでのコンセンサスを示している。それ以外の線は、新しい方法で計算された消費の対数の分散の変化を示している。赤茶色の線(Attanasio, Battistin, and Ichimura)は、CEのインタビューサーベイデータをメインとしつつも、インタビューサーベイデータがうまく把握できていないところについては日記データで補完をしている。緑の線(Attanasio and Pistaferri)は、1999年以降は、PSID(Panel Study of Income Dynamics、CEと並んで消費のデータが充実しているデータセット、1999年以降は消費のデータが大幅に拡充された)を用いている。青い線(Aguiar and Bils)は、消費を、貯蓄額の変化と収入から逆算して求めている。どれについても言えることは、新しい手法を使うと、伝統的な手法で求められた消費の不平等の上昇より、大きな消費の不平の上昇が見られるということである。Aguiar and Bilsによると、消費の対数の分散は20ポイント以上上昇しており、所得の不平等の上昇幅(22ポイント)とほぼ同じである。

6. この、消費の不平等の上昇に関する新しい結果は、所得の不平等の上昇に関する新しい研究結果と整合的である。所得をより正確に把握できるデータに基づく最新の研究によると、所得の不平等の上昇の大きな部分は恒久的な要素が占めており、消費の不平等に直接的に影響を与えるはずである。逆に、最新の研究によると、一時的な所得の不平等の上昇は限られている。

7. ところで、これまでは「消費」を「消費額」で把握してきたが、その背後にあるのは、全ての人が同じ価格を払っている(ので、価格は不平等には影響を与えない)という仮定であった。消費額をPCと表した場合(P=価格、C=消費の数量)、Pが皆同じであれば、PCの不平等を見ることで(本当に関心のある)Cの不平等を見ることと同じなわけだ。しかし、最新の研究では、このような仮定は必ずしも正しくないことが示されてきている。Aguiar and Hurst (2007)は、退職した人は、よりは長い時間買い物に費やし、同じものを安く買っていることを示した。Griffith, Leicester, and Nevo (2008)は、イギリスのデータを使って、所得が低い人はものを大量に同時に買うことおよび安いブランドのものを買うことで節約していること、および、セールやクーポンの利用度は所得が高い人と低い人が中間的な所得の人に比べて積極的に行っていることを示した。Nevo and Wong (2015)は、大不況に直面して、所得が減少した人ほど、セールやクーポンを利用し、まとめ買いを行い、安いブランドに切り替えることで、支出を抑えようとしたという、間接的な証拠を示した。Kaplan and Menzio (2016)は同じ物の値段がどうして異なるかについて、スキャンデータを使って分析を進めている。もし、低所得者のほうが安くものを買っているのであれば、消費(=C)の不平等は消費「額」(=PC)の不平等より小さくなるはずであるが、この分野の研究はまだ発展途上である。

8. 食料については総消費よりよいデータがあるので、食料への支出の不平等を見てみよう。下のグラフは食料への支出額の不平等の変化を表している。
赤い線が、食料への支出の不平等の変化を表している。今度は、上位10%と下位10%の食料支出額の対数の差として示されている(これも、不平等の度合いを測るためによく用いられる統計量である)。不平等が1980年代以降、最近に至るまで確実に上昇していったことがわかるであろう。青い線は、フードスタンプ(低所得者が受け取ることができる、食料購入用のバウチャー、とはいえ最近はクレジットカードのようなカードに入った補助金を使うという形態が普通である)を加えて不平等を再計算したものである。フードスタンプの金額は狭義の「消費支出」ではないので赤い線には含まれていないものの、消費の一部である。青い線は、赤い線より常に下に位置している。つまり、低所得者に与えられるフードスタンプは、食糧消費の不平等の改善に役立っているということが示されている。更に、緑色の線は、様々な人が異なる価格を支払っていることを考慮したものである。具体的には、高所得者は比較的外食が多く、低所得者は比較的家で食べる頻度が高いので、外食の値段に比べて食材の値段があまり上がっていなければ、価格の違いを考慮に入れた場合の「食料消費」の不平等は「食糧消費額」の不平等より小さくなるはずである。実際、緑の線は、わずかではあるが、青い戦より下に位置している、つまり、低所得者の支払う価格はちょっと低いのである。特に青い線と緑の線の差が最近大きくなっていることは、先ほど言及したNevo and Wong (2015)の研究結果と整合的である。

9. では、最初にちょっと議論したが、余暇の不平等はどのように変わってきているだろうか?もしかしたら、消費の不平等との拡大とともに、余暇の不平等も逆の意味(低消費者の余暇がより増えるという意味で)で拡大しており、消費の不平等の拡大の効果を多少和らげているかもしれない。余暇の時間の不平等がどのように変わってきたかを示しているのが下のグラフである。
青い線は、所得の低い(高校を卒業していない)人の余暇の時間の推移、赤い線は所得が高い人(大学に行った人)の余暇の時間の推移を示している。左が男性、右が女性である。どの線も上昇基調にある。つまり、どのグループの人々も、余暇の時間は1960年代から現在に至るまで、増えてきている。それと同時に、特に男性において顕著であるが、低所得者の余暇の時間の増加がより大きい。もしかしたら、最初に述べたように、低所得者の余暇の時間が高所得者よりさらに増加することで、幸福度という意味では、余暇が消費の不平等の拡大の効果を和らげているのかもしれない。但し、余暇がどのように幸福度に影響を与えるか、というのは、とても難しい問題であり、将来更に研究が進められるべき分野である。

10. 最後に、親と子の所得および消費にはどのくらい強い相関があるかを見てみる。いわゆるintergenerational mobilityという概念なんだけれども、日本語でなんと言うのかわからない。相関が弱いということは、親の収入に関わらずこの収入が(運や努力次第で)上がりも下がりもするという、いわゆるフレキシブルな社会であることを示している。しばしば見られるのは親と子の所得の相関であるが、このペーパーではでは消費についても見ている。上で紹介したPSIDというデータセットでは、サンプルに入っている家計の子供が独立するとその子供もサンプルに入れて子供の収入や消費も追いかけるので、消費の親と子の相関を調べることができる。下のグラフが所得(右)と消費(左)の親と子の相関を示している。
住んでいる場所による所得の違いをコントロールするため、住んでいるところにおいて、所得および消費のランキングがどのくらいか(100%が最高(住んでいるエリアで最も収入が高い)で0%が最低)を示している。この線が平らであれば、親の所得および消費は子の所得および消費に影響しないということであり、45度線であれば、親の所得や消費が子のそれを決める社会ということになる。所得の消費も、もちろん正の相関があるが、消費の方が相関が弱いように見える。

Inequality and Aggregate Demand

AuclertとRognileの、最近MITから生み出されたマクロのスターが、不平等の拡大が経済停滞を生み出すメカニズムについて分析している("Inequality and Aggregate Demand"、論文自体は公表されていない)。このメカニズムはいろいろな人が言っている(例えば、この記事(日刊ゲンダイなんて引用したくないんだけど)によるとスティグリッツは「格差が拡大していることにより、持てるものは消費を拡大せず、持たないものは消費を控えることにより、『需要』が冷えていることが問題である」と言っているそうである)。

メカニズムは単純である。収入や貯蓄が低い人の消費性向は高く、収入や貯蓄が高い人の消費性向は低いことは知られている。このような状況下で、収入が高い人の収入が更に増え、収入が低い人の収入が更に減ったとしよう。もちろん、この場合、所得の不平等は拡大することになる。総消費はどうなるか?収入が高い人は、そもそも消費性向が低いので消費はあまり増やさない。収入が低い人は、収入が減ると消費は直接減少することとなる。彼らは、貯蓄があまりないので、一時的に収入が減少したとしても、貯蓄を切り崩して一時的に消費を支えることができないからである。結局、総消費は減少することとなる。

このペーパーは、このようはメカニズムが標準的なマクロモデル(労働収入について個人レベルのショックがある不完備市場のマクロモデルに賃金の下方硬直性を加えたもの)においてうまく機能するかを調べたものである。

まずは、彼らは、賃金の下方硬直性がないモデル、つまり、名目摩擦がないモデルから分析を始める。これは、いわゆるAiyagariモデルである。このモデルで、上で書いたような不平等の拡大というショックが起こったとしよう。ショックが起こった時点の貯蓄や、生産性は変わらないので、労働者が同じ時間働く限り、GDPは変わらない。GDPが変わらず消費が減少するとしたら貯蓄=投資が増えることとなる。そして、投資が増えるので将来のGDPは増加する。つまり、短期的には消費が減少するものの、GDPは減少しない、つまり、不況は生み出されない、更に、将来のGDPは増えてしまうのである。このことは、「不平等が不況を生み出す」というような状況とはぜんぜんかけ離れている。

では、Aiyagariモデルに賃金の下方硬直性が入ったモデルを考えてみる。このモデルは、いわゆる「ケインズ的な」挙動を示す。総需要が減少した場合、賃金を切り下げたくても切り下げられないので、失業が生まれるのである。このモデルで、上で説明したような不平等の拡大が起こったと想定してみよう。消費の需要が減少するので総需要が減る。今説明したように、企業は賃金を下げて雇用を減らし、生産を減らしたいんだけれども、賃金は下げられない。よって、レイオフを行うこととなる。GDPは消費と一緒に減少し、上のモデルで起こったような投資の増加は起こらない。逆に、将来にわたって消費需要(そして総需要)が低くなることが予想されるため、投資も抑制され、GDPは長期的に減少することとなる。つまり、よく言われているような「不平等が不況を生み出す」ことが実現されるのである。

このペーパーでは、ここで述べたようなメカニズムの大きさを比較的容易に図ることができるような方法(ケンブリッジ界隈で大流行のsufficient statistics approachだ)を提示したり、それを使って、不平等乗数のようなものを提示したりしていて、いろいろ面白いのだが、その辺は捨象する。

Acemoglu Debunks Myths

Daron Acemogluのプレゼンを見た。彼のプレゼンを見るのは久しぶりだったが、相変わらず、エネルギッシュで、かつ一般向けだけれども面白いプレゼンだった。彼のプレゼンは技術革新について一般に信じられている3つの説に異議を申し立てるという内容だった。うろ覚えであるが、彼のプレゼンの内容をメモしておく。確か、3つの説は以下のようなものだったと記憶している。
  1. 技術革新は常に、スキルの高い人に有利になるようなものである(Skill-biased)という説。
  2.  技術革新によって高スキルの人々の賃金だけが伸びていくという説。
  3. レオンチェフが予測したよう(ケインズもこのような予測をしていたらしい)に、技術革新は(低スキルの)人間を、馬がそういう運命をたどったように、役に立たないものにするという説。
1つ目については、 昔は、大量生産技術の発達によって、(高スキルの)職人の職がなくなったように、技術革新は常に高スキルの人を助けるようなものではない。彼の研究によると、どのような技術革新が起こるか(あるいは新しい技術がどのように生産の仕方に影響を与えるか)は内生的なものであり、時々の経済状況に影響される。1980年代以来、高スキルの人が利益をこうむるような技術(ITなど)が発達したのは、高スキルの人が増えたからそれらの人のスキルを生かすような技術が発達したと解釈するのが自然である。事実、1970年代には、高スキルの人の相対賃金は低下した(スキルプレミアムが低下した)が、高学歴を身につける人の数は減速せず、増加し続けた。

2つ目については、1990年代ごろまでは、高スキルの人(トップ10%)の賃金が、ほかの人の賃金(中央値および下から10%)に比べて伸び続けたが、それ以降は、下から10%の人の賃金が相対的に伸びている。AcemogluとAutorの一連の研究で明らかにされてきたことだが、最近起こっているのは、中間層の賃金が伸び悩んでいることである(中央の空洞化)。いわゆるホワイトカラーのような職種がいらなくなってきている一方、高度な知識・技術を持つ人の賃金、および対人サービスなどの職の賃金は伸びている。このことは、技術革新がどのような人に有利かは、複雑であることを示している。

3つ目については、馬と(低スキルな)人の違いは、人はいろいろな技術を身に付け、いろいろな職に適応できるということだ。Acemogluの研究によると、新しく生み出された職の多くは、これまでに必要とされていなかったスキルを要するものであり、新しく生み出された職の要求に答えるように人々が適応していける限り、人は馬と同じ運命はたどらないと述べていた。

さすが、Acemogluである。自分の研究をベースにしつつ、とてもスケールの大きな話をしていて、感心した。

Macro Perspective of the Optimal Tax for Top 1%

所得の不平等が拡大するにつれ、高額所得者の所得にどの位課税すべきかという問題がアカデミアの内外で議論されてるようになってきた。このポストでは、Diamond-Saezが静的なモデルを使って導出した結果を紹介した。彼らのモデルによると、アメリカにとって最適な、高額所得者に適用する最高税率は現行の43%よりずっと高い73%ということだった。

但し、彼らがその結果を導くにあたって使用されたモデルはかなりシンプルなものであった。もちろん、シンプルだから結果がシャープでわかりやすいというメリットは大きい。彼らのような、最適な政策などを観察できるいくつかの統計量の関数として表現することで、それらの統計量と最適な政策とのリンクを明示化するアプローチは「Sufficient Statistics Approach」とよばれて、最近流行りまくっている。

但し、その一方、彼らの結果を導出するのに使われた仮定を緩めるとどうなるか、というのも面白い問題として残っている。この問題に答えたいくつかのペーパーが出てきているので、紹介しておこう。どちらのペーパーも、マクロ経済学で一般的に使われる不完備市場OLGモデルをベースにしているという意味で、カリブレートされた動的なモデルを使う、マクロ公共経済学の観点からDiamond-Saezの質問を再考しているととらえることができるだろう。

まず、Diamond-Saezのモデルの大きな仮定は、静的なモデルということである。つまり、税率が上げられた場合、労働者にできるのは労働時間を短くすることだけであり、消費するか貯蓄するかというチャンネルは考慮されていない。それに、貯蓄が存在しないということは、高額所得者の収入の大きな部分を占める金利・配当・キャピタルゲインに対する課税が無視されているということである。これらを考慮するために動的なモデルにするとDiamond-Saezの結果はどう変わってくるか、について研究したのがKindermann and Kruegerによるペーパー"High Marginal Tax Rates on the Top 1%?"である。

彼らは労働者にライフサイクルが存在するOLG(Overlapping Generations Model)を使って、Diamond-Saezと同じ質問に答えてみた。彼らのモデルは不完備市場モデル(いわゆるBewley-Aitagari-Huggettモデル)で、個人の生産性にショックがあり、そのショックが大きいので、アメリカ並みに大きい所得の不平等、及び(モデルの中の個々人が行う最適な貯蓄行動の結果)資産保有の不平等が再現されている。労働者は、生産性が高いときには、生産性が低くなったときに消費を減らさずにすむように(precautionary saving motive)、あるいは退職後の消費を補完するため(life-cycle saving motive)に、貯蓄を行う。

著者らは、彼らのモデルを使って、トップ1%の高額所得者に適用する最適な税率を計算したところ、最適な税率は73%よりさらに高い89%であることがわかった。社会的効用を最大化せず、トップ1%から得られる税収を最大化すると、税率はさらに高い95%であることがわかった。なぜこんなに高いのか?彼らのモデルでは、収入でトップ1%に入るような人はとんでもなく高い生産性を運よく(ショックによって)手に入れた人である。彼らはしばらくすると生産性が落ちてしまうので、生産性が高いうちにはできるだけ働いて、生産性が低くなってからも高い消費が確保できるように働きまくるのである。このようなインセンティブが存在する場合、トップ1%に適用される税率をかなり引き上げても、彼らの労働意欲は減退しない(つまり、労働供給の課税に対する弾力性が低い)ので、効率の税率をかけてもそれによって労働時間が減って税収が下がるような負の効果はあまり強くないのである。重要なのは、トップ1%に入るような生産性の劇的な向上が運によってもたらされること、さらに、その幸運は長続きしないということである。

ただ、トップ1%に入るような劇的な生産性の向上を得ることは、何らかのスキル(人的資本)の蓄積があって初めて可能となるのではないかと考えることもできるであろう。最近の研究では、トップ1%にはいるような人は、大学(院)を出て、いろいろなスキルを身につけた人が多いという研究結果もある。では、上で挙げたモデルに、人的資本の蓄積を組み込んだら結果はどう変わるであろうか?もし、トップ1%に入るような高い生産性を獲得するためにはスキル(人的資本)を蓄積しなければならないのであれば、静的なモデルあるいは動的だけれどもスキルの自発的な蓄積というチャンネルのないモデルよりも、トップ1%に対する税率を上げたときの経済全体のスキルの蓄積に対する負の効果が大きいことが考えられる。この場合、そのような効果を勘案すると、トップ1%に適用される最適な税率はDiamond-SaezあるいはKindermann-Kruegerの結果よりずっと低いこともありうるだろう。

Badel and Huggettのペーパー("Taxing Top Earners: A Human Capital Perspective")はこの質問に答えたペーパーである。セットアップはKindermann and Kruegerと同じく、不完備市場のOLGモデルであるが、今回は、人的資本の蓄積が自発的に行われると仮定されている。もちろん人的資本の蓄積が速いか遅いかはショックによるのであるが、税率を上げると、人的資本の蓄積に負のインセンティブを与えるというチャンネルはきちんと取り入れられている。著者らは、このモデルを使ってトップ1%からの税収を最大化する税率を計算し、52%という結果を得た。更に重要なことに、人的資本の蓄積というチャンネルをはずすと、最適な税率は66%と高めに出ることがわかった。つまり、人的資本の蓄積というチャンネルを考慮しないと、最適な税率は高く(ここでは14pp)計算されすぎるということである。更に、著者らのモデルから得られるデータに、Diamond-Saezのモデルの結果を当てはめてみると、最適な税率は本来の52%よりかなり高くなることもわかった。

ここで紹介した結果は、単純なモデルから得られる結果は、単純化のための仮定に大きく左右される可能性があることを示している。高額所得者にどの位の税率を課すべきかという重要な問題に対して、経済学者が合意できるまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。

Between-Firm and Within-Firm Wage Inequality

SED(Society of Economic Dynamics)の年次総会に顔を出してきた。日本人の方もちらほら発表していたり、参加したりしていた。マクロではNBERが開催する一連の学会と並んでもっともレベルの高い学会なので、もっと発表者・参加者が増えるとうれしい。ここで見聞きしたペーパー、 感じたことについてはまた追々書こうと思う(とか言っていつも書かないで終わるのだけれども…)。

今回は、最近話題のペーパーについてちょっとだけふれる。Song, Price, Guvenen, Bloomによる"Firming Up Inequality" だ。Guvenenは最近、Songを通じてのみアクセスできると思われる税申告書をベースとするデータ(Social Security Administrative Data)を使って、所得の不平等についてたくさんの論文を書いている。Songは基本的にデータを提供することで名前を載せているのだと思っていたら、このペーパーではアルファベット順を無視して筆頭著者となっている。興味深い。

そんなことはさておき、このペーパーでは、労働者側の所得のデータに、企業を特定する情報が含まれていることから、アメリカで1970年代ごろから顕著に上昇した所得の不平等の増加が、「企業内」の所得不平等の増加によるものか、「企業間」の所得の不平等によるものか、について分析をしている。主要な結果は以下の2つのようだ。

1.1978年から2012年の所得の不平等度合いの上昇は、全て「企業間」の所得の差の増加によるものだとわかった。

2.逆に、「企業内」における所得の格差は1978年から2012年の間ほとんど変化していないことがわかった。この発見は、CEOの所得が他の労働者に比べて大きく増加した(ことが所得の不平等の一因である)とする既存の研究とちょっと相反した印象を与える。

多分本文を読めばわかるのだろうが、College Premium(大卒の労働者と大学を出ていない労働者の間の賃金の格差)が同じ時期に大きく上昇したこととどのように整合性を取れるのだろうか?このような、いろいろなことを考えさせられる研究であることは間違いない。日本でも同じような研究ができると面白いと思う。

Optimal Distribution of Healthcare Spending?

また、最近お邪魔させてもらったHealth関連の学会で見たペーパーについて軽くまとめておく。Ales, Hosseini, and Jonesによる"Is There "Too Much" Inequality in Health Spending Across Income Groups?"である。

このペーパーは、とても面白いデータから始まる。アメリカのデータで、各年齢において、所得によって個人を4つのグループに分けてみよう。グループ1は所得上位25%、グループ2は所得で25%-50%、グループ3は所得で50%-75%、グループ4は所得下位25%とする。彼らは次の3つのデータの特徴を指摘した。

1.どのグループにおいても、退職前も退職後も、医療費は年齢とともに上昇してゆく。このことは特に驚くべきことではない。

2.退職前(働いている期間)で、グループ1の医療関連支出とグループ4の医療関連支出を比べると、その比率は1.3程度である。つまり、各年齢グループにおいて、所得上位25%は所得下位25%に比べて約30%多く医療関連の支出を行っているのである。

3.退職後は、この比率は1程度に下がる。つまり、所得上位25%も下位25%も医療関連支出は同じくらいだということである。
 では、このような医療関連支出の分配は「最適」なものだろうか?この質問に答えるため、著者らは医療支出が生存確率に影響を与えるライフサイクルモデルを構築した。彼らのモデルで重要なのは以下の点である。
  1. 個人は生きている限りある一定の効用を得る。その効用は所得に関わらず同じである。
  2. 医療関連支出は健康を改善し、生存確率を高める。
  3. 個人は働いている間は生産性が異なる。
  4. 退職前は個人は正の生産性を有する、つまり働いて所得を生み出すことができるが、退職後は生産性がゼロになる。つまり所得を生み出すことはできない。
  5. 政府は所得再分配を行うことができる。
このようなモデルでは、政府の視点から見れば、以下のようなトレードオフが生じている。
  1. 退職後の個人は、働くことができないし、生きていることによる効用は皆同じなので、社会的には皆同じである。
  2. しかも、働いて所得を生み出すことができないので、政府からみると役にたたない。生きていることによる効用がなければ、退職した時点で医療費をゼロにして早く死んでもらうことが社会の平均的な効用の最大化に資する。しかし、生きていること自体から効用が得られるので、そのような政策は最適とはならない。皆同じ医療費を受け取ることが最適な分配となる。
  3. 働いている人は所得を生み出すことができるので社会にとって有益である。しかも、生産性が高い人のほうが多くを生み出して他の人に所得を振り分けることができるのでより政府にとっては役に立つ。よって、政府としては生産性の高い人のほうにより多く医療費を振り分けて、彼らが若くして死んでしまう確率を下げるのが望ましいということになる。
  4. 生産性が年とともに上がっていく場合、医療費も生産性の高い、中年の個人に多く振り向けるのが望ましくなる。
これらを組み合わせると、最初に示したデータの特徴が、ここで構築したモデルにおける最適な医療費の配分に近いことがわかるだろう。特に、このモデルによると、最適な医療費の配分は、退職前は所得の高い人により多く配分され、退職後は皆同じになる。つまり、このモデルによると、アメリカにおける現実の医療費の配分は、社会的な厚生を最大化するようなものとなっているのである。

では、政府の介入をなしにした場合(レッセフェール)、医療費の配分はどのようになるか?所得の高い人はより多くの所得を医療費に費やすことができるので、医療費の配分は上で述べた最適な配分に比べてずっと不平等なものになる。

こういう論文を紹介すると、(主流派)経済学は血も涙もないというような批判をされそうで怖いのだが、医療保険制度をどのように設計するべきか、などの大きな質問に答えが出ていない、いわば手探りの状況では、このようなシンプルかつ大胆なモデルによる分析も重要だと思う。