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Trading Stocks with Trump's Tweets

前に書いたけれども、NPR(National Public Ratio、アメリカの公共ラジオ局)のPlanet Moneyというポッドキャストが僕のお気に入りだ。経済学や経済一般についてのいろいろな内容を、30分以内で紹介するポッドキャストだ。今回は、Planet Moneyが行っている、面白い試みを紹介する。

アメリカのトランプ大統領はTwitterにかなり頻繁に投稿することで知られているが、Planet Moneyのメンバーは、アメリカのトランプ大統領がいろいろな企業についてTweetを投稿していることに注目した。例えば、トランプがある企業について悪いことをTweetしたら、その企業の株価が下がる可能性が高い。そこで、トランプ大統領がある企業についてTweetをしたら、悪い内容ならその企業の株をショートし、よい内容ならその企業の株を買えば儲けられるかもしれないと考えた。但し、常にトランプ大統領のTweetをチェックして何らかの企業に言及したらすぐに手動で株の売買を行うのは非効率なので、自動化することが望ましい。

では、このような売買をどのように自動化できるだろうか?アメリカではこのような自動的な株取引が可能なシステムが存在するらしい。どのように実装するかについて簡単に説明してみよう。このプログラムはトランプ大統領のTweetをフォローし全て自動的に分析する。注目するのは次の2つの要素だ。1つ目は、ある(上場)企業の名前が言及されているかだ。2つ目は、その企業について、ポジティブな内容かネガティブな内容かということだ。1つ目については、トランプ大統領が言及したら反応する企業名のリストを用意しておくだけである。とはいえ、難しい要素もあるようだ。例えば、「ティファニー」というキーワードは結局使えないことがわかった。大統領の娘の一人の名前がティファニーであり、娘のことを言っているのか、企業のティファニーについて言及しているのかを識別するのは困難なことがわかったからだ。2つ目の方が難しい。ある企業について言及する表現はいくらでもあるからだ。例えば「トヨタがメキシコに工場を作るらしい。トヨタはひどい(Toyota is terrible)。」であればトヨタに対してネガティブなことをTweetしていることは容易に判断できる。しかし、例えば、「トヨタはメキシコの計画を取りやめてアメリカに工場を作るらしい。トヨタの考えはひどかったが考えを改めたようだ。ホンダも見習うべきだ。」というTweetがポジティブであることを自動的に判断することは難しい。しかも、この場合、トヨタについてなのかホンダについてなのかの判断も簡単ではない。どのようにポジティブかネガティブかの判断の質を高めたかというと、トランプ大統領の過去のTweetをプログラムに分析させ、その分析結果を人間がチェックして、間違っていたらそれをプログラムに学習させることで判断の精度を高めていったのである。機械学習と呼ぶのかな。

では、トヨタについてネガティブなTweetだと判断したとしよう。次に決めなければならないのは、どのようにトヨタの株を取引するかだ。パラメーターとなるのは、いくらショートするか(ネガティブの表現度合いによって金額も変えたほうがより期待利益が高まるかもしれない)と、どの程度保有するかである。これについては、これまでの株価のデータがあるので、どのような売買ストラテジーに従えば、少なくとも過去の株価の動きによると期待利益を最大化できるかを試すことができる。もちろん、彼らのプログラムは株価を動かさないという仮定が必要だ。結局わかったのは、トランプ大統領が何かの企業についてネガティブなTweetをするとその企業の株価は低下することが多いが、その効果は比較的すぐに消えてしまうので、Tweetがでたらすぐ株を売買し、30分くらい保有してから逆の取引を行ってポジションを解消するのがもっとも期待利益を高めることがわかった。

Planet Moneyでは、このシステムをBOTUS(Bot of The United States)と呼んで、BOTUSが何をしているかをリアルタイムで公開している(@BOTUS)。ちなみに、BOTUSというのは、アメリカ大統領をPOTUS(President of The United States)と呼ぶことに引っ掛けている(ついでに書いておくと、ペンス副大統領のペットのウサギはTwitterのアカウントを持っていてこれもBOTUS = Bunny of The United Statesと呼ばれている)。

最近、BOTUS(ウサギじゃないほう)が何をしているかについての報告がPlanet Moneyあったが、今のところ、BOTUSは何のトレードもしていないらしい。というのは、トランプ大統領は(最近は)Tweetを夜中にすることが多いので、取引をしたくても株式の取引時間外だからである。時間外取引をするという手もあるが、時間外取引は取引量が少ないのでリスキーであり、時間外取引をするか考えているところらしい。引き続き注目している。

Vanguard

Economist誌がVanguard社についての記事を書いていた。経済学者として知っていなければならなかったのかもしれないけれど、初めて知ることが多くて面白かった。Vanguardというと、インデックスファンド(例えばS&P500のようなインデックスと同じリターンを実現するファンド)に特化した投資会社である。

現在Vanguardは3.5兆ドル(アメリカのGDPの約20%、日本のGDPの約75%)という巨大な資産を持ち、アメリカの株式の約5%を保有し、アメリカの4大銀行3大株主の一人である。とはいえ、Vanguardの一番の特徴というのは、一般的なファンドのように、高いリターンを生み出すために積極的にいろいろな資産を取引するというようないわゆるActive management(能動的な投資戦略といえばいいかな)をせずに、S&P500のようなインデックスと同じリターンを実現するファンドを運営するといういわゆるPassive management(受動的な投資戦略)を行っているという点である。

今でこそ巨大であるが、1970年代に設立された当初は、ビジネスを軌道に乗せるのに苦労したそうだ。その理由というのは、「何で平均的なリターンで満足しなければいけないのか」とか「このような弱気な投資戦略は反アメリカ的だ」とか、思われていたからだそうだ。それに、昔は、あるファンドを売るとブローカーが手数料をもらえるという仕組みだったので、手数料を出さないVanguardのファンドをブローカー達は売りたがらなかったみたいだ。

そういう多難な出だしだったVanguardがここまで成長したのは、創業者のJohn C. Bogleの、Active mangementを実施する投資家がS&P500のようなインデックスを上回るリターンを常に実現するのはとても困難なのだから、インデックスを再現するファンドを、低い手数料で売れば負けるわけがない、という考えが的を得ていたからだ。実際、彼は、プリンストンで大学生だった時に、3/4の投資ファンドはS&P500のリターンを下回っているという研究をしたらしい。

Vanguardの革命というのは、彼の信念を実現したからこそ実現したようだ。Vanguardはコストを抑えるために扱うファンドの種類を限定するとともに、Vanguardのファンドの所有者によってVanguard自体が所有されるという形式を維持することで、利益が増えたときには配当を出すかわりに手数料を引き下げることを行っている。更に、扱うファンドの金額が増えれば増えるほど、規模の経済を利用してファンドを運営するコストを下げ、手数料の低下に反映させることができる。規模が大きくなるだけで、業務が劇的に増えているわけではないので、社員の数もあまり増えていない。下のグラフは、Vanguardがいかに劇的に手数料の「価格破壊」を行ってきたかを示している。

Economist誌はVanguardのようなPassive managementの投資会社が作り出すかもしれないリスクとして以下の3つについて議論している。
  • Vanguardが提供するインデックスファンドを通じて多くの会社の株式が所有されていると、株式市場の動きがより大きくなるかもしれない。多くの顧客がインデックスファンドから資金を引き上げると、インデックスに含まれる会社の株価がいっせいに下落するかもしれないからだ。ただし、今のところ、データはそういう仮説をサポートしていないようだ。
  • Passive managementのもとでは、会社の業績にしたがって投資戦略が影響を受けたりしないので、株式を保有される会社が価値を高めるというインセンティブに悪影響を及ぼすかもしれない。このような懸念に対しては、保有されている会社は、そのようなインセンティブ付けがなくても会社の価値を高めるインセンティブは十分にある、と述べられている。
  • Vanguardのようなファンドが多くの競合する企業の大株主である場合、保有されている企業は競争せずに談合するのではないかという懸念もあるらしい。
いずれにしても、Vanguardおよび競合先であるBlackRockをはじめとするPassive managementの投資会社は、急激に成長したとはいえその世界の株式に占めるシェアはまだ30%程度であるので、インデックスファンドが大きくなりすぎるリスクを心配するにはまだ早いであろう。但し、今後各国の年金基金が大きくなったり、より多くの、アクティブには投資しないけれども株式市場に資産を置いておきたい人が株式を保有するようになると、Passive managementファンドの重要性はより高まっていくだろう。

Unreasonable Evaluation?

数日前に「異次元緩和」、特にマイナスの政策金利について、否定的なポストを書いたばかりなのだが、巷では否定意見と肯定意見がぶつかり合うかと思いきや、否定的な意見の嵐である。その中には、勝ち馬に乗った、つまり、経済指標もあんまりいい感じには見えないし、否定的な意見が多いみたいだから、俺も否定的な意見になろうといっている人も多いと思う。僕は、これらの政策には依然として否定的だけれども、ここ数日のバッシングはあんまりではないかと思う。その理由を挙げてみる。
  1. 為替がマイナス金利の導入によって円高に動くとは考えにくい。実質金利が一般的に低下したり、銀行の利益にマイナスの影響が出ることが予想されたり、それによって実体経済にマイナスの影響が出ることは考えられるが、それらは全て円安の方向に為替を動かすと考えるのが自然である。円高に動いてしまったのは、よく巷で言われているのは、アメリカや欧州の景気拡張のペースに対する予測が下方修正されたこと、などが原因ではないかといわれている。これらについては日本銀行はどうしようもない。マイナス金利発表→円安→ダメな政策だ、なんてことはない。
  2. ちょっと皮肉っぽいい方になるが、為替が予想外に大きく動くおかげで、日本人の貯蓄が国内から出られないという面もあるので、わけのわからないことをやるという評判も役に立つのかもしれない。
  3. 株価も様々な要因によって動くので、タイミングがそれらしいからといって、マイナス金利の発表が(日本の)株安を生み出した、というような大雑把な議論をしてはいけないと思う。これもタイミングが悪かったという側面もあるだろうから、慎重な評価が必要だ。そもそも数日の株価の動きを気にするのは経済学者の仕事ではない。
  4. 銀行の利潤が圧迫されたり政策の不確実性が増すことによって貸し出しに慎重になるというチャンネルは十分に考えられるが、長期金利の低下によって住宅ローン等の貸出金利が下がるというチャンネルも十分考えられる。前者が強いのかというのも、まだ確証はない。実際に貸出金利が下がったか、貸し出しの姿勢に変化があったか、そしてそれらの変化は、マイナス金利によって影響を大きく受ける銀行と影響が小さい銀行の間で違いはあるか、というようなことを慎重に見ていかないといけないだろう。
  5. また、銀行の金融仲介機能がどう影響を受けるかという意味でも、タイミングが悪かった。ドイツの銀行のバランスシートの健全性について疑いが高まり、銀行一般のリスクスプレッドが上昇した時期になってしまった。もちろん、日本のマイナス金利政策の発表がそのチャンネルに拍車をかけたかもしれないので、これは内生的なもの(タイミングが悪かったといって片付けてはいけないもの)かもしれない。
  6.  まぁ、サプライズを重視するのなら、どこでサプライズをかけるかについても慎重にならなくちゃいけないんだろうが(そもそもそういう政策はまずいと思うが)、サプライズに頼ると、運が悪いとこういう風になってしまうという例にみえる。

How to Use a Bazooka?

どうも、日本では、新たな拡張的金融政策を発表するたびに、「バズーカ」という言葉が用いられているようだ。バズーカというと、最近ではアメリカの財務長官だったポールソンが金融危機の真っ只中、2008年に使ったのが有名だ。住宅ローンの焦げ付きで財務状態が悪化していた政府系の2大住宅金融機関であるファニー・メイとフレディー・マックに資本注入を行うことを上院銀行委員会に許可してもらうために行った際、ポールソンは、彼の裁量で使える金額の上限を付けないように要求した。このことは普通は認められないので、委員会は説明を求めたところ、彼はこういったと伝えられている。

「こういう(銀行の)問題を考えるのに慣れていない場合には、直感に反するように聞こえるかもしれませんが、こういう問題を考えるのに慣れていると、とても理にかなった話なんです。もしポケットに水鉄砲しか持ってなければ、(脅すためには)それを取り出して見せなければなりません。その一方、バズーカを持っていて、皆がそのことを知っていれば、実際に見せる必要は無いのです。(持っていることを知らしめるだけで)金融セクターに対する信用は強まり、その結果バズーカを実際に使わなければならない可能性は低くなるのです。」

実際は、上院銀行委員会は1500億ドルまでの使用しか認めなかった。しかし、ポールソンは、ファニーとフレディを救済するために、1500億ドルをすぐに使い切ってしまい、2ヵ月後には、投資銀行等のその他の金融機関の救済のために7000億ドルを要求しに行かなければならなかった。その時に、委員の一人はこういったと伝えられている(少し意訳する)。

「7000億ドルをすぐに使い切らないように。マーケットの信用は、あなたのバズーカの横のポケットにいくら入っているかで決まるのではなくて、最初に使った時にマーケットの信用を強めるのにどのくらい効果的課によって決まるのですから。」

バズーカという言葉は、ポールソンはこのコメント以降しばらくギャグとして使われたので、今日本で使われているのを聞くと面白い感じだ。それはともかく、バズーカというのは、やはり、預金保険制度が(常に現金が無尽蔵に用意できることを保証することで)それに加盟している銀行の取り付け騒ぎを防ぐように、チラリとは見せつつも使わないところに意義があるような気がする。バズーカを意図的に振りかざすのは、ちょっと上品ではない。

Simple Model of Prime and Subprime Borrowers

今回は、簡単に、Justiniano, Primiceri, and Tambalottiによる最新のNBER Working Paper ("A Simple Model of Subprime Borrowers and Credit Growth")についてメモしておく。

Great Recessionの前触れとして、主に住宅およびモーゲージの市場において以下のことが起こったことはよく知られている。
  1. モーゲージの証券化が進み、モーゲージの貸し手である金融機関はよりリスクをとるようになった(後から考えるとリスクをきちんと把握してはいなかったようだけれども…)。これによって、貸付の供給が拡大した。それにともない、以下のことが起こった。
  2. モーゲージの金利が下落した。
  3. 住宅価格が大幅に上昇した。
  4. 家計の(主にモーゲージによる)借入残高が上昇した。
 Justiniano, Primiceri, and Tambalottiは、以前のペーパーにおいて、これらの事実を再現できるモデルを作った。チャンネルは簡単である。貸し出しの供給を外生とし、供給量が増加したとしよう。貸し出し供給量の増加によって金利は下落する。モーゲージの借り入れ制約に引っかかっている家計がいるとすると、その家計は金利が下落することでモーゲージの支払額が減少し、より大きなモーゲージを得て、より大きな家を買えるようになる。住宅の需要が増加するので、(住宅の供給があまり増やせないとすると)住宅価格も上昇する。とても簡単なチャンネルである。

では、このモデルをちょっと拡張して、アメリカの都市間の違いを説明できるかということにトライしてみたのがこのペーパーである。 アメリカの都市間の違いというのは、有名なMianとSufiによって発見された。彼らによると:
  1. サブプライムの借り手(リスクの高い借り手)が多いエリアほど、2000-2006年の住宅価格の上昇度合いは大きかった。その弾力性は0.35である。つまり、サブプライムの借り手の割合が10%高いエリアは住宅価格の成長率が3.5%高くなった。
  2. サブプライムの借り手(リスクの高い借り手)が多いエリアほど、2000-2006年のモーゲージの残高の成長率は大きかった。その弾力性は0.30である。つまり、サブプライムの借り手の割合が10%高いエリアはモーゲージの残高が3.0%多くなった。
彼らのシンプルなモデルを拡張すると、 これらの数字と整合的であろうか?これを調べるために、彼らは、上で書いたようなチャンネルが効いている「サブプライムの借り手」と、借り入れ制約に引っかかっていない(ので上で上げたようなチャンネルは生み出さない)「プライムの借り手」がいるモデルを構築した。そして、モデルの中で、サブプライムの借り手が多くいるエリアとあまり多くないエリアを作り、貸付供給量が拡大したときに、これらの異なるエリアで反応がどのように異なるかを見てみた。その結果、貸付供給量は、実際の2000-2006年のように、金利が5%から2.5%に低下するように増やされた。この実験の結果、モデルの中では、住宅価格も、モーゲージの残高も、弾力性が0.25であった。つまり、サブプライムの借り手が10%多くいるエリアでは、住宅価格及びモーゲージの残高が2.5%より増えることを示している。データの数字より小さいが、それほど悪くない、という結論となっている。

かなりシンプルなペーパーなので、おそらくは来年のAER-PP用なのかな、という気がする。

Credit and Business Cycles

最近のNBER Working Paperで信用(あるいは負債)と景気循環についてのペーパーが2つ見られたのでちょっとまとめておく。ナイーブな理論であれば、信用(あるいは負債)の拡大というのは、金融部門がより有効に機能していることととらえることとできるので、(現在の)経済成長に良い影響を与えると考えることができる。しかし、日本の1980年代後半以降の経験や、アメリカの1980年代後半の経験、及び2000年代後半の経験は、信用・負債の拡大は経済に悪い影響を及ぼしているのではないかという考えを人々の頭に植え付けている。

 Mian, Sufi, Verner (2015)による最新のNBER Working Paper("Household Debt and Business Cycles Worldwide")では、30カ国(主にOECD加盟の「先進国」)の1960年から2012年にわたるデータを使い、債務・GDP比率と、GDP成長率及び失業率の関係を分析した。彼らの主要な発見は以下のとおり。
  1.  ある3年間の間に債務・GDP比率が上昇した場合、その後3年間のGDP成長率は低下し、失業率は上昇することがわかった。つまり、信用ブームは将来の経済成長の停滞を予測するのである。
  2. この結果は、信用ブームが起こった後での景気停滞はより深刻なものになるという既存の結果よりも強いものである。なぜなら、今回の結果はその後経済が景気停滞に陥ったケース以外でも成り立つからである(つまり今回のケースはunconditional result)。
  3. この相関を使うと、IMFおよびOECDが作っている経済予測の精度を高めることができる。なぜなら、これらの予測は信用ブームが後の経済成長に与える不の効果を十分に勘案していないからだ。
  4.  債務・GDP比率の債務を「家計の債務」と「企業の債務」に分類すると、後の経済成長に負の効果を与えているのは家計の債務であることがわかった。企業の債務の拡大が後の経済成長に与える影響は小さい。
  5.  ここまでの結果は国ベースのものだが、世界全体の信用ブームが後の世界全体の経済成長に負の影響を与えることも確認された。この相関関係を用いると、2000年代前半の世界的な信用拡張ブームは2007年以降の世界的な景気停滞が見事に予測される。
上のグラフは、家計の債務と企業の債務の増加がGDP成長率に与える影響を推定したVARの結果を示している。家計の債務の増加は後のGDP成長率を引き下げる一方、企業債務の増加はあまり影響がないことが見て取れる。
上のグラフは、3年間の家計債務・GDP比率の増加率とその後3年間のGDP成長率の相関を見ている。平均的には負の相関が見て取れることがわかるであろう。
上のグラフは、その相関関係を、国別に推定した結果を示している。おもしろいのは、日本が例外的に正の相関関係(家計債務の増加は後のGDP成長率の上昇を予測する)を示しているということである。その上のグラフでは、日本を示す点がグラフの左下の方に見られるので、日本は債務が増加せず、低成長が続いている時代が長かったからかなという風に見える。

このペーパーは面白いのだけれども、相関関係を示しているだけであり、その背後にある因果関係はわからない。どのような因果関係が考えられるだろうか?あまり深く考えていないのだけれども、ふたつの異なる考え方を挙げておこう。
  1. 信用・債務が拡大するときには、オーバーシュートしてしまい、信用・債務の量が多すぎる状態になり、その後に調整期間(GDP成長は停滞する)が必然的におとづれる。バブルもこのストーリーに含めることができる。
  2. 信用・債務の拡大・縮小は自然なサイクルがあり、債務が拡張した後には債務が縮小するのは自然な平均への回帰(mean reversion)である。
上のようなストーリーを信じるのであれば、債務が大きく拡張するときには金融セクターを規制して、ブレーキをかける政策が望ましいということになるであろう。下のようなストーリーでも、一般的に景気循環を小さくするベネフィットはあるので、金融セクターが生み出すサイクルを小さくすることは望ましいだろうが、上のストーリーほどはその必要性がないということになるかもしれない。

ここで、Lopez-Salido, Stein, and Zakrajsek(2016)によるもう一つの最近のNBER Working Paper ("Credit-Market Sentiment and the Business Cycle")にちょっと触れておこう。このペーパーでは、アメリカの1929年から2013年のデータを用いて、市場のセンチメント(他に適切な日本語訳が見つかりらない…)が何らかの理由で改善することで、信用スプレッドが低下する(債務を借りるコストが低下する)とその2-3年後のGDP成長率は低下することを示した。ここまでは、前のペーパーの結果と整合的である。彼らは、更に、この相関がなぜ起こっているかについて仮説を提示した。彼らのストーリーは上で挙げたストーリーのふたつ目のものである。つまり、信用スプレッドは平均に回帰する傾向があるので、信用スプレッドが低下したその2-3年後には、信用スプレッドは上昇し、経済活動の停滞を引き起こすのである。このペーパーは、最近流行の時間とともに変化するリスク(time-varying risk)を景気循環の原因として考える流派をサポートするものである。但し、彼らの結果自体が、上で挙げた第1のストーリーを否定するものではない気がする。最近、また株式市場のボラティリティが高まって、景気停滞を引き起こす可能性も懸念されており、この分野の研究はまだまだ流行するであろう。

Consumer Credit: Too much or Too Little?

アメリカでは消費者向けローンの残高が1980年ごろから急速に上昇した。消費者向けローンの中で大きな割合を占めるものは、住宅ローン、クレジットカードローン、カレッジローン、などがあるが、どれも過去30年くらいで急拡大した。最近の景気後退の原因のひとつとして、住宅価格に関する過度に楽観的な期待に基づく住宅ローンの借りすぎがあげられていることから、現在見られる住宅ローンの市場の大きさは大きすぎるのか、あるいは小さすぎるのか、というのは重要な質問である。

Jonathen Zinmanの"Consumer Credit: Too Much or Too Little (or Just Right)?"はこの質問に答えようとするペーパーを概観している。最終的には、消費者ローンの市場規模が大きすぎるか小さすぎるかについて確信を持って答えるためのデータ(あるいはデータを解釈する理論)は存在していないと結論付けている。ただ、その答えに至る過程で、消費者ローンの市場規模が大きすぎるあるいは小さすぎると考える根拠となる8つの理論についてふれているので、それらを列挙してみる。

1.金融機関による市場の独占(Market power)。これが起こると、消費者ローンの市場規模は最適な規模より小さくなると考えられる。

2.規制の失敗。例として、クレジットカードローン(金利は年率10-30%程度)とペイデイローン(短期の小口ローン、金利は年率で100%を超えることが多い)の間の市場が存在していないことを上げている。これも、消費者ローンの市場規模を最適なものより小さくしてしまうと考えられる。

3.情報の非対称性。これも、消費者ローンの市場規模を最適なものより小さくすると考えられる。もっとも有名な理論としてStiglitz and Weissの信用割当の理論がある。

4.情報の非対称性は、消費者ローンの市場規模を最適規模より大きくする可能性もある。ひとつの理論はAdvantageous Selection (日本語はわからない)である。例えば、将来所得が大きく増加すると期待する人は、多少条件が悪くても、借りるかもしれないという話のようだ。

5.もし、景気が後で悪化した時に担保として取っている資産の投売りが起こって担保価値が大きく下がってしまうような場合、景気が悪化する前には貸しすぎていると考えることもできる。最近の景気後退における住宅価格の大きな下落を考えてみるとよい。

6.Deleveraging(レバレッジ解消)が起こる時に、消費が停滞することで景気が悪化する、あるいは景気の悪化が長引くのであれば、レバレッジ解消の前に、消費者ローンを貸しすぎていると考えることもできるかもしれない。

7.システミックリスク。 同様に、消費者に貸しすぎていることでシステミックリスクを引き起こす確率が高まるのであれば、消費者ローンの市場規模は大きすぎるといえるかもしれない。

8.行動経済学的説明。有名なのはDavid Laibsonの双曲割引である。消費者は本当はあまり借りたくないのに、借りることができれば借りずに入られない場合、消費者ローンを貸し出す金融機関は、消費者が本当に借りたい金額より多くの金額を貸し付けることができる。

筆者が述べている通り、これら一つ一つの理論をデータで検証することの難しさもさることながら、これらのチャンネルが同時に起こっている場合、別々のチャンネルのどれが強いかがわからないと、総合的に、消費者ローンの市場規模が大きすぎるか小さすぎるかいえないというのが難しいところである。僕がこれといって役に立つ意見を持っているわけではないが、重要でかつ難しい質問に関する有益なまとめだと思う。

RED on Money, Credit, and Financial Frictions

AEJ Macroの特集号とほぼ時を同じくして、今度はAEJ Macroと競合しているRED(Review of Economic Dynamics)が「通貨、信用、金融摩擦」という特集号を出した。このペーパーはAEJ Macroの特集号に入ってないのかと思っていたペーパーの多くがこっちに入っていたので納得している。個々のペーパーについて深く触れる時間はないので、軽くそれぞれのペーパーの内容をメモしておく。

Household Leveraging and Deleveraging
by Alejandro Justiniano, Giorgio Primiceri & Andrea Tambalotti
2000年から2007年の間に家計の負債は大幅に増加して、2007年以降は大幅に縮小したが、その背後にあるものは何かについてDSGEモデルを使って分析した論文。彼らの分析によると、担保制約条件(Collateral constraint)がゆるくなったりきつくなったりすることで生み出される負債の額の増減は、データの動きを説明するには弱すぎる。モデルによると、負債の額の大幅な増減は、担保制約条件の変動でなく、住宅価格が直接変化することで生み出されたと考えられる。いずれにしても、モデルによると、負債の大幅な変動がマクロ経済に与える影響は小さい。

Repos, Fire Sales, and Bankruptcy Policy
by Gaetano Antinolfi, Francesca Carapella, Charles Kahn, Antoine Martin, David Mills & Ed Nosal
現在のアメリカの破産法においては、レポ取引(Repo)において、借り手が破産した場合、貸し手は担保としてとってた金融差資産(国債など)を売ることができることとなっている。このことによって、たくさんのレポ取引を行っている大きな金融機関が破産した場合、担保に使われていた金融資産がいっせいに投売り(fire sales)されることでその金融資産の価格が暴落し、金融危機を悪化させる効果をもつ。その一方、借り手が破産した場合に担保をすぐに売りに出せない場合、借り手が破産した場合の担保の価値が減少するので、レポ取引が現在ほど活発ではなくなるかもしれない。レポ取引の最適な規制方法を考えるに当たっては、大きな金融機関が破綻した場合の投売りの悪影響と、(平常時の)レポ取引の大きさの間のトレードオフが存在することを示した。
 
Labor Market Upheaval, Default Regulations, and Consumer Debt
by Kartik Athreya, Juan Sanchez, Xuan Tam & Eric Young
2005年の実施された破産法の改正(それによってクレジットカード破産がしづらくなった)とGreat Recessionがクレジットカード負債の動きにどのように影響を与えたかをモデルで分析した論文。 Great Recession、特に失業者が職を見つけられる確率の低下、によって破産件数は上昇したが、2005年の破産法改正は破産件数の増加をペースを押させるのに貢献したことがわかった。

Credit Crunches and Credit Allocation in a Model of Entrepreneurship
by Marco Bassetto, Marco Cagetti & Mariacristina De Nardi
企業家が始めは金融制約の元で融資を受けて小さい企業を起こし、企業が成長してゆくモデルにおいて、Great Recessionのような大きなショックが生産活動に与える影響を分析した論文。企業家の資産が景気後退によって縮小した場合、新たに起業される企業の数は減少し、かつ、企業家が借りられる金額の制約がきつくなるので、それらの企業が成長するのに時間がかかる。よって、このようなモデルにおいては、経済に加わったショックがかなり長い間経済に負の影響を与え続ける。

Aggregate Unemployment and Household Unsecured Debt
by Zachary Bethune, Guillaume Rocheteau & Peter Rupert
 労働市場と金融市場の両方に摩擦(両方ともサーチモデル)を組み込んで、両者がどのように関連しているかを分析した論文。労働市場と金融市場の間には補完性が存在し、モデルでは失業率と借入限度額の間に正の相関が生じることを示した。以下のようなメカニズムによる。借入限度額が小さいと、モノを買おうという消費者の数が減少する。よって、企業の利益が減少し、企業は雇用者数を少なくする。失業率が上がると返済できないリスクが高まるので消費者は借りられる金額が減少する。

Anatomy of a Credit Crunch: From Capital to Labor Markets
by Francisco J. Buera, Roberto Fattal-Jaef & Yongseok Shin
金融危機がいつも失業率の大幅で継続的な上昇をともなうのはなぜかを分析した論文。2007-2008年のような景気後退が担保制約が急にきつくなったことで生み出されたとする(同じ担保で借りられる金額が減少した)とすると、生産性は高いが借り入れ制約に引っかかることで最適な生産サイズに拡大できない企業が多くなるので経済全体の生産量が減少する。結果として失業率が上昇することとなる。マイクロデータによると、クレジットクランチは、小さい、あるいは若い企業の雇用の成長率により大きな負の影響を与えることがわかった。このことはモデルで強調されるメカニズムと整合的である。

Tightening Financial Frictions on Households, Recessions, and Price Reallocations
by Zhen Huo & Jose-Victor Rios-Rull
借り入れ制約が急激にきつくなることで大きな景気後退が生み出されるメカニズムを分析した論文。借り入れ制約がきつくなると借り入れ制約に引っかかっている消費者の消費が減少し、彼らによって消費されなかった財・サービスが残ってしまう(消費者が消費する財・サービスをサーチすると言う仮定が効いている)ことで、消費される生産量が減少する。借り入れ制約にひっかかるのはより資産の少ない家計であり、借り入れ制約がきつくなると消費が資産の少ない家計から資産の多い家計にシフトする。資産の多い家計はサーチをあまり積極的に行わないので、消費されずに残る財・サービスがさらに増加する。これらの効果は価格が伸縮的でない場合により強くなることも示される。

Financial Business Cycles
by Matteo Iacovielo
住宅ローンのデフォルトがGreat RecessionにおけるGDPの減少のどの位を説明できるかをDSGEモデルを推定することで計測した論文。多くの住宅ローンがデフォルトされると、住宅ローンを貸し出していた銀行は資産を失う。もし銀行が最低限守らなければならない自己資本比率ぎりぎりで運用されていた場合、銀行は自己資本比率をキープするために貸し出しを減少させ、クレジットクランチを生み出し、負のスパイラルを生み出してしまう。推定されたDSGEモデルによると、このチャンネルはGreat RecessionにおけるGDPの減少の約2/3を説明できることがわかった。

Financial Health Economics

先進国で高齢化が進展し、医療費がGDPに占めるシェアが上昇していること、そしてアメリカではオバマケア(医療保険制度改革)がホットイシューになっていることから、医療・健康がマクロ経済とどのよう関連しているかという研究がちょっとづつメジャーになっている。医療・保険というと主にmicro、特にempirical microというイメージが強いと思うのだけれども、マクロ系の論文もちょっとづつ増えてきている。多分そのような動きと平行して、マクロと医療・健康に関わる学会もちょっとづつ増えてきている。門外漢ながらそのような学会の一つに顔を出してみた。これから数回にわたってそのうち印象に残ったペーパーについて触れようと思う。

今回は、Koijen, Philipson, UhligによるFinancial Health Economicsという論文についてちょっと触れてみる。タイトルを聞いたときには、これは何なんだという疑問を持ったペーパーだ。

このペーパーは次の3つのfactに触発されて書かれた。
  1. 医療関係のR&Dにかかわる企業の株式のリターンは標準的な資産価格モデルで予測されるリターンより5%程度高い。
  2. 医療関連支出がGDPに占める割合はOECD諸国の平均で1971年の5.6%から2007年には9.5%まで上昇した。アメリカでは1960年には5%程度だったが2009年には18%まで上昇した。この数字はどこまで伸びるのであろうか?
  3. 医療関連のR&D支出がGDPに占める割合は1990年代から2000年代はじめごろまでは0.2%程度で安定していたが2006年には0.4%近くに達した。
細かい点ははしょるが、彼らは、医療関係の株式のリターンが高い理由は、新しい薬の承認等に際して政府の姿勢がランダムに変化することから来るリスクが加味されているからだという。実際、政府が新しいいくするなどを承認するのにかかる時間は大きく変わるし、ある新しい薬が承認されるか否かについては大きな不確実性が存在する。つまり、医療関係のR&Dを行う会社のリターンはこの「政府が生み出すリスク」に対するプレミアムだというわけである。

では、政府がこのようなリスクをなくすことができればどうなるか。著者らはモデルにおいて、政府が生み出すリスクをシャットダウンした際に経済がどのように反応するかを調べた。それによると、アメリカにおいては医療関連支出はGDPの35%程度まで上昇することがわかった。この数字はとても大きいと思うかもしれないが、CBO(Congressional Budget Office, 議会の下にあるシンクタンク)の試算によると、この比率は2082年には49%まで上昇するをされているので、この試算よりは低かった。

 また、モデルによると、政府のリスクがなくなれば、医療関係のR&DがGDPに占める割合は0.4%程度から1.5%まで長期的には上昇することがわかった。

大まかに言えば、新たらしい薬の承認プロセスなどにおいて、政府が大きな不確実性を生み出していおり、その不確実性を取り除くことができれば大きなゲインがあることを示した論文である。

Theory of Default Contagion

Euro Zoneの周辺国(ギリシャ、アイルランド、スペイン、イタリア)の政府がデフォルトする可能性が同時に高まったことは記憶に新しいと思うが、政府がデフォルトするときにはいくつもの政府が同時にデフォルトすることが多いことが知られている。このようなデータの特性はどうやったら説明できるであろうか?すぐに思いつく説明は以下のようなものだろう。
  •  多くの国を襲うショックは何らかの理由で相関している。ある国が不況におちいると他の国も不況に陥ることが多い(correlated shocks)。
  • 上のことと関連しているが、ある国がトラブルに陥ることでその国と近い関係にある他の国の状況について投資家は学ぶことがあるかもしれない(learning)。
  •  ヨーロッパにおいて顕著だが、多くの国は同じ政策を実施していたりする。アジア通貨危機の前も、多くのアジアの国々が短期の外貨建て融資を増やしていた。その共通する政策が危機を引き起こすとすると、同時にいくつかの国が危機に陥ることになる(common policy)。
 Arellano and Baiによるペーパー(Linkage across Sovereign Debt Markets)では、新しい理論を提案する。その理論は以下のようなものである。
  • いくつかの政府が同じ政府(あるいは同じ国の銀行)から借りていて、借り入れ政府が貸し手と同時に交渉する場合、ある借り手がデフォルトした時には他の政府もデフォルトするインセンティブが高まる。その結果、デフォルトが起こる際には多くの政府が同時にデフォルトすることになる。
なぜ上で挙げたようなリンクが起こるのか。ドイツがスペインとギリシャに貸しているとしよう。ギリシャがたくさん借りてしまって、ドイツに対する債務のデフォルトを考えているとしよう。ギリシャがデフォルトすると貸し手であるドイツの消費は落ち込むことになる。返済されると見込んでいたローンが帰ってこない分、消費が少なくなるからである。このような状況下で、スペインにもデフォルトされると、ドイツの消費はさらに落ち込むことになる。よって、ドイツの交渉力が弱まるのである。この状況でスペインとドイツがデフォルト後いくら返済するかという交渉を行うと(交渉の結果はNash bargainingで決まると仮定されている)、ドイツの交渉力が弱い分、デフォルト後に返さなければならない金額は少なくなり、スペインはデフォルトするインセンティブが高まることになる。別の言い方をすると、ギリシャとスペインは同時にデフォルトした方が、デフォルト後に返済しなければならない金額が小さくなるので、デフォルトを同時に行うことが最適となるのである。よって、このようなモデルをシミュレートすると、同時にデフォルトする頻度が高いという結果になる。

ここ10年くらい、政府のデフォルトのモデルは発展してきているが、複数の国がデフォルトするモデルを作ったのは彼らがはじめてである。しかも、strategic complementarityがあるのが面白い。

理論的には面白いが、いろいろ問題がある。
  • スペインやギリシャの政府債務がドイツの人々の消費に影響を与えるか?ギリシャなんてのはドイツから見たらとっても小さい国である。
  • 上の点と関連するが、スペインとギリシャが同時に交渉することで交渉能力を高めているという直接的な証拠はない。
  •  最初にあげたストーリー、特にcorrelated shockで、多くの国が同時にデフォルトするという状況は生み出せるはずだが、彼らのモデルでは、スペインとギリシャのショックは相関していないと仮定されている。
理論としては面白いし、複数の政府のデフォルトのモデルを構築したという意味で貢献はあるのだが、あんまり重要じゃないだろうなぁ、と思われるチャンネルを提案しているペーパーだと思う。このようなペーパーがどこに行くのか、興味津々である。いろいろなところに招待されて発表されているペーパーなので結局いいところにいくのだろう。

(Pleasantly) Lost in Finance Conference, Part II

柄でもなくFinanceの学会に出て聞いたペーパーの続き。既に忘れてしまったので単なるAbstractの日本語訳のようになってしまったがが、まぁ備忘録なので。

The Costs and Benefits of Financial Advice, by Foerster, Linnainmaa, Melzer, and Previteroは、カナダのデータを使って、Financial Advisor(FA)を雇うことにメリットはあるのかという質問に答えた。主要な結果は以下のとおり。
  1. FAに支払う料金を考慮に入れると、FAを雇っている投資家のリターンは、passive benchmark(S&P500に投資したまま放っておくようなものと考えて欲しい)に比べて2.5%低かった。つまり、FAはリターンを高めるという目的には、役に立たない。
  2. FAに払う料金は投資家の投資に関する知識とは相関していない。つまり、金融に関する知識に乏しい投資家が、知識を補完するためにより高い料金を払っているわけではない。
  3. FAを雇っている投資家は、貯蓄、ポートフォリオ、売買の頻度等の面で、FAを雇っていない投資家と異なっていた。このことは、投資家は投資のリターンを高めるという目的以外のためにFAを雇っていることを示唆している。
このペーパーに対してコメンテーターが、「FAが役に立たないってのは皆知ってるよな。俺なんて親戚に投資に関するアドバイスを求められたらまずはFAを首にしてインデックスファンドを買っておけという。」といい、皆が爆笑していた。

What Drives Financial Complexity? A Look into the Retail Market for Structured Products, by Celerier, and Valleeは、最近個人投資家で買う人が増えているStructured Productが何の役に立っているのかを分析した。彼らは、ヨーロッパに流通する55,000のStructured Productsの複雑さ(complexity)を、それらの商品の説明が何単語で行われているか(それに、言葉の難しさでウェイト付けした)によって数値化し、どのような金融機関がどの位複雑なStructured Productsを取り扱っているかを分析した。彼らの主要な結果は以下のとおり。
  1. 流通する商品の複雑さは2002年以降年々上昇している。
  2. 金融知識に乏しい顧客が多い金融機関ほど複雑な商品を取り扱いがち。
  3. Structured productsのマークアップは複雑さが高いほど高い傾向にある。
  4. 金融機関同士の競争が激化すると複雑さは上昇しがちである。
つまり、金融機関は、複雑な金融商品が理解できない顧客に特に役に立たない複雑な金融商品を売って利益を得ているというのがメッセージのようだ。

Household Portfolio Choice and Retirement, by Jawad Addoumは、アメリカの家計が退職に伴い投資のポートフォリオをどのように変えるかを分析した。主要な結果は以下のとおり。
  1. カップルの株式に投資される割合は退職にともなって低下するが、シングルの場合、株式に投資される割合は退職時に変化しない。
  2. 妻のリスク回避度が夫に比べ大きい家計ほど、退職の際に株式への投資割合が低下する幅が大きい。
  3. 夫の退職の際には株式に投資される割合は下がるが、妻の退職の際には株式へ投資される割合は上昇する傾向がある。
  4. これらの結果は、カップルの投資決定は、異なるリスク回避度を持ったパートナーの間で決定され、特にまだ働いているパートナーの選好が大きく反映されるモデルを支持している。

Corporate Scandals and Household Stock Market Participation, by Giannetti, and Wangは、ある企業の不正の発覚が株式市場にどのような影響を与えるかを分析した。彼らの主要な結果は以下のとおり。
  1. 不正が発覚した企業の本社が存在する州では、株式を保有する家計(extensive margin)、株式の保有量(intensive margin)の両方が減少する。
  2. 不正が発覚した州においては、その不正に関連する企業の株を保有していない家計も株式の保有を減少させる。つまり、不正は株式市場への全般的な「不信」を生み出すことになる。
  3. その結果、不正に関わっていなくても、不正が発覚した企業と同じ州に本社がある企業の株価および株式保有者の数は減少してしまう。

どのペーパーも、「Behavioral」な雰囲気が漂っているなぁという印象を受けた。

(Pleasantly) Lost in Finance Conference, Part I

またしてもあけてしまったが、まぁ、気を取り直して。仕事柄たくさんの学会に出るのだけれども、主にマクロかなんでもあり(その場合マクロのセッ ションをうろつくことになる)の学会に出ることが多い。だけれども、最近、ファイナンスの学会に呼ばれて発表してきた。僕のペーパー以外は、いわゆる 「experimental」あるいは「behavioral」な要素が感じられる、いかにも最近のファイナンスという感じで新鮮だったので、ちょっとメ モしておく。今日は最も面白かったペーパーひとつについて書いて、明日、残りのペーパーに言及する予定。

一番面白く て、かつ皆がこのペーパーは影響力の大きいものになるといってたのがUnderstanding Mechanisms Underlying Peer Effects: Evidence from a Field Experiment on Financial Decisions, by Bursztyn, Edeer, Ferman, and Yuchtmanである。このペーパーのmotivationはこのようなものだ。ある人がある金融商品を持っていると、その人の知り合いも同じ金融商品 を持っている可能性が高い。このことはpeer effectと呼ばれる。それはなぜだろう?2つの可能性がある。1つは、人は自分の友人が持っているという事実からなんらかの情報を引き出して、それを 元に自分も購入を決定するというものである(learning)。もう1つの可能性は、友人がある金融商品を持っていると、それと同じものを持つことで、 友人と同じ地位にいると感じられるなどといった幸福を感じるというものである(keeping up with the Jonesesあるいはexternalityと解釈できる)。この二つは識別が難しいけれども、どのように金融商品を売るか、あるいはどのように規制す べきか、という質問の答えは、どちらがpeer effectを生み出しているかによってぜんぜん異なってくるかもしれないので、どちらがpeer effectを生み出しているかを知ることは重要であろう。

この識別問題を解決するために、著者らは、ブラジルの金 融機関と協力して、大規模な実験を行った。このメインの実験は以下のように行われた。まずは、その金融機関の顧客リストの中から、個人的に交友関係がある ペアをたくさん抽出する。そして、ペアのうち一人(Aさんと呼ぶ)に電話して、ある金融商品を紹介し、その商品を買いたいか聞く。その商品は1000ドル 程度の投資を必要とする。但し、Aさんが欲しいといっても、Aさんはある一定の確率でしか買うことはできない。Aさんの答えを受け、実際にAさんがその商 品を買えるか否かが決まったら、ペアのもう片方(Bさん)にすぐ電話する(すぐに電話しないとAさんから話が行ってしまう可能性があるので)。Bさんに対 しては、以下の3つのうちのどれかひとつの対応をする。

(1) Aさんの答えそしてAさんが実際にその商品を購入できたかを知らせず、同じ金融商品の説明をして、Bさんが買いたいかを聞く。
(2) Aさんは購入したかったけれどもくじ引きの結果購入できなかったことを知らせた上で、同じ金融商品に興味があるかをBさんに聞く。
(3) Aさんが購入の意思を示し、実際に購入したことを知らせた上で 、同じ金融商品に興味があるかをBさんに聞く。

 こ の結果、Bさんのうち購入の意思を示した人の割合は、(1)のケースでは42%、(2)のケースでは71%、(3)のケースでは93%だった。(1)と (2)の差は、情報(learning)の効果、(2)と(3)の差は、友人の同じものを持ちたいという要求(keeping up with the Joneses)の結果と解釈できる。つまり、著者らの実験によると、peer effectはlearningとkeeping up with the Jonesesの両方が影響しているということがわかった。

 こんな大規模な実験をできてしまうのはすごい と素直に驚いた。実験というと、せいぜい10ドルくらいのペイオフでボランティアの学生相手とかにやったものをよく聞くが、あんなものからシリアスな状況 における意思決定について学ぶものは少ないといつも思っていた。1000ドルの(これもたいした額ではないけれども)投資とか、実際の金融機関と連携とか 聞くと、真剣に聞く気になってくる。実験もこういうものが増えてきているのであろうか。

Wolf on Two Mistakes

Martin WolfがBen Bernankeは2つのミスを犯したと述べている。一つ目は、Great Moderation(1980年代半ばから2008年の間の、緩やかな景気循環が達成された時期)を賞賛し、よりよい金融政策が経済の安定の達成において重要な貢献をしたかもしれないと述べたことである。二つ目は、サブプライムローン危機が経済に与える影響を過小評価したことである。

二つ目については、多くの経済学者と同じく、たぶんミスと呼んでもいいだろう。このミスの反省の上に、マクロ経済学では金融セクターとマクロ経済の関係がずっとhot issueになり続けている。では、一つ目はどうだろうか?Great Moderationがどのくらいが優れた金融政策のよるもので、どのくらいが幸運によるものかについて皆が合意する結果は出ていないと思うが、2008年以降に何が起ころうと、2008年までの経済の安定を悪く言う理由はない気がする。

もちろん、Taylor Ruleのようなルールに従った金融政策運営が、危機を引き起こすきっかけを作るというのであれば問題があるだろうが、そのような理論は聞いたことがない。2008年以降のサブプライムローンの焦げ付きに始まる金融危機が、いわゆる古典的なBank Run(サブプライムローンを多く保有していた金融機関の信用性の低下に基づく取り付け騒ぎ)だといえるのであれば、経済が再び安定的な状況に戻れば、2008年以前のような世界に戻ることは十分考えられる。今後は、金融機関がバランスシートの外でおかしなことをしていたらすぐに感知できる体制を整え、資産価格(住宅価格も含む)が「上がりすぎている」と皆が合意できるときには、景気が悪影響を受けるとしても、金融を引き締め方向に持っていく、事をするだけである。

金融危機から5年たった今も、金融セクターが経済全体に与える影響を研究することが盛んに行われているが、2008年の5年前に、金融セクターがここまで重要なものとなるとは予想がつかなかったように、次のhot issueはぜんぜん違うものではないかと思う。

Curse of Ghibli

WSJに面白い記事があった。こういう、なんだかなぁというような話はhimaginaryさんにお任せなんだけれども、時にはいいだろう。日本に住んでいる人にとっては目新しい話ではないのかもしれない。

日本テレビがスタジオジブリのアニメーションを数週間に一回、金曜日に放映しているようだ。このときには、マーケットに悪いことが起こるといわれている。しかも、その放映日がアメリカの雇用統計の発表日(毎月の第1金曜日、ワシントンの8:30、夏時間だと東京の21:30)と重なると、特に悪いことが起きるといわれている。

2010年の1月以来、ジブリのアニメーションは24回放映されたが、そのうち75%においてはドルが円に対して下落した。株価(東京と思われる)との関連性は低く、株価が下落したのは半分だけだった。

ジブリのアニメーションが放映された金曜日に雇用統計が発表された過去9回のうち、8回はデータが(おそらくはコンセンサス予測より)悪かった。しかも、そのうち7回はドルが円に対して下落し、日本の株価も下落した。例えば、2011年7月8日に魔女の宅急便が放映されたときには、アメリカの雇用者数は予想より86%低かった。ドルは円に対して1.2%下落し、翌日の東京の株価(日経平均かな)は0.7%下落した。

 この話は、月の周期(特に新月)や太陽の黒点と株式市場に関連があるという、昔から信じられている仮説ととても似ている。日本ではバレンタインデーに株価が上がるといわれているらしい。

 ジブリの呪いの相関を利用して5回取引を行い、そのうち4回利益を上げた日本の主婦の話も引用されている。まら、Castle In the Sky(天空の城ラピュタかな)において、「Balus」というキーワードが出てくるときにマーケットが混乱するのを恐れて、その前に取引を終了することにしているというトレーダーの話も引用されている。

今日の金曜日は数年ぶりにラピュタが雇用統計の発表日と一致したので、多くのマーケットウォッチャーがマーケットの動きに注目している。

という話である。Economistもそうだけど、WSJのような新聞が時々こういう記事をまじめに書いたりすることは面白い。

最後にちょっとコメントを書くと、今度時間があったらデータを見てみようと思うが、そもそもコンセンサス予測は楽観的(つまり、実際の雇用者数より高めに予測していることが多い)だからこのようなことが起こるのではないだろうか。また、この話を読んだ友人の幾人かはマーケットの動きを調べて、この相関で儲けるためのアルゴリズムを考えてみるといっていた。こういうことが起こると、マーケットの動き自体が変わってしまうことは十分予想される。ここが、経済学が、天気予報や地震の予想よりずっと難しい理由だと思う。

More Data to Macroeconomists!

この夏の学会で印象に残った研究について引き続き書いてみる。

個人の意思決定をモデル化し、その総量という形でマクロ経済を分析する という方法がだんだんと盛んになってきている。この背後にあるのは、年齢、年収、教育程度、性別、家族構成、といったさまざまな面で異なる個人の最適化問題を解いてシミュレートできる計算環境が整ってきたことが大きいが、このような発展と平行して、マイクロベースのマクロ経済の分析のために使えるマイクロデータの整備も進んできた。マイクロデータを見ることでどのようにマクロ経済に役立つか?一例を挙げると、所得移転によって総消費を刺激したい場合に、もしあるグループの個人の限界消費性向が高いことがわかれば、そのグループの所得を集中的に増やせばいいのである。このようなことは、マクロのデータだけ見てても(なかなか)わからない。

マイクロデータの整備という面で、この夏も、革新的な研究を目にすることができた。

まずは、"The European Household Finance and Consumption Survey - First Results" (by Michael Ehrmann and Jiri Slacalek)という論文について簡単に書いておく。さまざまな資産がどのような家計にどれくらい保有されているかというのはマクロ経済学のみならずファイナンスにおいても重要な情報であるが、これまでは、アメリカのデータ(Survey of Consumer Finances, SCFと通常呼ばれ、現在はFRBが3年に一回データを公開している)が他のものより優れていたので、アメリカの資産分布の研究の方が進んでいた。このような状況に対して、EU15カ国で、SCFと同じフォーマットで個々の家計が保有する資産を記録しようという試みが開始された。このデータセットはHousehold Finance and Consumption Survey(HFCS)と呼ばれる。このデータセットの第1回のデータが最近公開された。HFCSはEU15カ国の比較が容易のみならず、アメリカとの比較も容易にできるようにデータが整備されていることがすばらしい。いくつかの国においては消費のデータも含んでいたり、パネルデータになっていたりするので、ある面ではSCFより進んでいるともいえる。

EUがアメリカと比較しやすいデータを整備するというトレンドは他のデータセットでも見られる。50歳以上の個人の資産、所得、健康状態などを網羅的にカバーしているデータセットとして、アメリカではHRS(Health and Retirement Study)が非常に役に立つが、EU諸国でもHRSのEU版であるSHARE(Survey of Health, Aging, and Retirement in Europe)というデータセットが近年整備され、高齢化、健康に関する研究の発展に寄与している。

日本でもHRSに相当するデータセットはあるが、個人的な経験では 非常に使いにくい。もしかしたら他のデータにも当てはまるのかもしれないが、もっと使いやすいように整備してほしい。それに、日本もSCFのようなデータセットが、SCF(およびHFCS)と整合的な形で整備され、公開されると、日本でも資産分布に関する研究がいっそう伸びると思う。

もう一つ触れておきたい研究は、"Reality Economics: Using Naturally Occurring Data to Measure Income, Expenditure, and Wealth Accurately in Real Time" (by M. Shapiro, D. Silverman, S. Kariv, and S. Tadelis) である(このペーパーはまだ一般には公開されていないかもしれない)。これは最近流行りつつある、民間のデータを使うというものである。この研究で使われるデータセットは、「CHECK」というソフトウェア(アプ)が収集したものである。このアプは何をするかというと、個人が持っている銀行口座、クレジットカード口座、住宅ローン口座、年金口座、等のあらゆる口座を連結し、個人の総バランスシートを簡単に管理できるようになりますよというものである。著者らはこの会社がユーザーから集めた情報を入手し、例えば、不定期の収入(定期的な収入は銀行口座への定期的な入金の動きから把握できる)が(クレジットカードなどを通じた)消費にどのような影響を及ぼすかといった分析に使っている。もちろん、このようなアプを使う人だけがサンプルに含まれるのでおそらくはとても激しいセレクションバイアスがある等の問題はあるが、個々人がそれこそ秒単位でどのように消費の決定をしているかを正確に見られるという利点は捨てがたいものがある。この「CHECK」に対抗するサービスも存在し(最大のライバルはMint.comのようだ)、そのデータを使った研究も行われているそうだ。

このペーパーで印象的だったもう一つの点は、個人情報の割り出し方である。基本的にはこのアプのユーザーは年齢などの個人情報を入力しないことになっているが、ユーザーのメールアドレスやアプへのアクセスに使ったIPアドレス(それに名前も含まれるかも)を提供してお金を払うと、googleなどのサーチエンジンを使って個人の年齢、住んでいる場所、家族構成、などの情報を割り出してくれるサービスがあり、それを使って個人の属性を割り出したそうである。もちろんメールアドレスをもとにサーチすればかなりのことがわかってしまうのは驚くことではないのかもしれないが、ちょっと恐ろしい。

Heterogeneous Firms and "Economic Miracles"

前回に続けて、BueraがShinと書いた最近のペーパー(”Financial Frictions and the Persitence of History: A Quantitative Exploration,” JPE forthcoming)にも触れてみることにする。モデルは前回のモデルと非常に似ている。生産性の異なる企業家がたくさんいる経済を考えてみよう。借り入れ制約があるせいで最適な生産水準を達成できない企業家がいると考える。今回のペーパーでは、同じようなモデルをつかって、いろいろな企業家がいる経済で金融摩擦(借り入れ制約)が経済成長にどのような影響を与えるかを分析している。

まずは、ペーパーのモチベーションとなる事実から見ていこう。著者らは、いわゆる「成長の奇跡(growth miracles)」と呼ばれるエピソードをいくつも取り出し、それらに共通する特徴を整理した。それらは以下の通りだ(ペーパーからグラフも転載しておく)。

1.大体のケースにおいて、経済成長は、大規模な改革ときっかけとして始まった。 彼らが分析した「成長の奇跡」には日本も含まれるので日本について彼らが書いていることをまとめると、日本では第2次大戦後(著者らは1949年が分岐点だと主張している)、補助金や価格統制を使った統制経済を自由化し、民間企業の効率的な運営に基づく経済に転換した。
2. 「成長の奇跡」とはいいつつも、経済成長は急激なものではなく、先進国にキャッチアップするには数十年の年月を要した。上のグラフでは、横軸は改革が始まった年からの年数(改革が始まった年が0)となっている。著者らのサンプルに含まれる国の平均が黒の太線、日本は赤の線だ。左上の労働者一人当たりのGDP(対US比)をみると、平均的な「奇跡」においては経済成長は少なくとも30年の間継続的に続いたことがわかる。
3.「成長の奇跡」における経済成長は、TFPの上昇で説明できる。左下のグラフがそれぞれの「奇跡」におけるTFPの動き(対US比)である。
4.投資のGDP比率は「成長の奇跡」の期間中、最初は上昇したがその後低下した。 このことは右上のグラフに示されている。と著者らは述べているものの、モデルでは低下するとはいえ、データも「低下した」というのはちょっと無理がある。データは、「安定化した」くらいが妥当であろう。
5.「成長の奇跡」の期間の大部分においては、金融セクターはあまり発展しないままだった。右下のグラフを見ると、「奇跡」の過程で民間の貸し出し額がGDPに占める比率はだんだん上昇していったものの、アメリカの水準(1990-2005年の平均)である1.75(黒の点線で示されている)には及んでいないことがわかる。この点も少し問題があると思う。アメリカにおいても、貸出額はだんだん増えていっているので、アメリカの最近の平均をみて「それより少ない」と述べるのはちょっと強引な気がする。

 国の成長を見るためのレンズとして最も一般的に用いられているのは新古典派成長理論であるが、なぜそれでは満足いかないのであろうか?著者らは、もし上に挙げたようなエピソードを資本蓄積として理解しようとするのは無理があると主張する。理由は次の通りである。その場合は、経済成長(キャッチアップ)はとても急激に起こるはずであり、上の2.と反する。もちろんTFPは一定であり、3.に反する。投資のGDP比率は経済成長とともに低下するはずであり、4。に反する。では、TFPの上昇が「奇跡」を生み出したとしたらどうだろう。その場合、上で挙げた事実と整合的になる。但し、TFPの上昇はなぜ起こったのかは新古典派成長理論では説明することができない。つまり、このペーパーは、TFPの上昇の背後にあるものをモデル化したものだといえる。そしてモデル化の鍵となるのが、上で挙げた1.の事実なのである。

では、モデルを簡単に見ていこう。経済の中にたくさんの人がいる。それぞれの人は企業家としての能力 が異なっている。企業家になって自分のビジネスを立ち上げればとても生産性の高い人もいれば、企業家になっても大して生産性の高くない人もいる。それぞれの人は、各年のはじめに、企業家になるか労働者となって企業家が起こした企業で働くかを選ぶことができる。容易に想像ができるだろうが、企業家としての能力が低い人は労働者に成ることを選び、企業家としての能力の高い人が企業家になることを選ぶ。企業家になった場合、労働と機械(資本)を使って生産をすることになる。機械は、自分で持っている自己資本と金融セクターからの融資を使って毎年調達しなければならない。ここで一つ問題が生じる。機械を調達するために金融セクターから借りられる金額は自分が持っている自己資本の一定割合までという制約がある(借り入れ制約)。前回と同じ記号を用いると、自己資本額をK、借入額をDとすると、DはdKより小さくなければならない(dは定数とする)。前回と同じ例を用いると、ある企業家のKが1億円で、たとえばd=0.35であればこの人は3500万円までしか借りられないのである。何でもっと借りられないか、ということを説明する理論はいろいろあるが、最もわかりやすいものは破産である。破産の恐れがあると、あまり身の丈を超えた金額は貸すことができないというものである。しかし、モデルの中においては、単にdはあらかじめ定められた数となっている。この場合、とても生産性は高いので大きな企業を運営したい人がいたとしても、その人の自己資本がとても少なければ、たくさんの機械を借りることができない。自己資本が極端に少ない人は、生産性が高くても企業家になることすらあきらめて労働者になってしまっているかもしれない。一方、生産性の高い人に貸すことのできなかったお金がどこに行くかというと、企業家としての生産性はあまり高くない(労働者になるほどは低くはない)けれどもたくさん自己資本を持っているのでたくさん借りることのできる企業家に行ってしまうのである。この状態は非効率だ。なぜなら、生産性の高い人にお金を貸すことができれば、経済全体の生産性は高まるからである。そういう意味で、この経済では、金融摩擦(financial friction、ここでは借り入れ制約)が経済全体の生産性、および生産量を下げてしまっている。

著者らは、更に、改革が始まる前の状態(日本では1949年以前)では政府が生産性の低い企業家に補助金を出して彼らの生産量を更に引き上げ、生産性が高い企業家に高い税金を課して生産性の高い企業の成長を阻んでいると仮定する。個人的には、あまりに大雑把過ぎるに思えるが、政府が資源配分をゆがめているときの影響を分析した多くのペーパーで用いられているので、まぁ、いいのであろう。このような状態では、生産性の低い(高い)企業の生産がより大きく(小さく)なってしまっている。

では、この状態から、日本で言えば1949年に、突然大規模な改革が起こり、上で説明したような補助金および税金が撤廃されたとしよう。この経済に何が起こるかを分析したのがこのペーパーの主要な実験である。彼らのモデルにおいては大規模な改革後は次のようなことが起こる。
  • 補助金を受け取っていた生産性の低い企業は補助金の撤廃に伴って、生産を縮小する。
  • 税金が撤廃された企業は生産を拡大する。税金が撤廃されたことで、これまでは企業家になることをあきらめていた労働者も企業家としての生産性が高ければ企業家になる。
  • 但し、生産性の高い企業家による生産の拡大は緩やかなものとなる。なぜなら、借り入れ制約によって、生産をすぐに拡大できないからだ。
  • 生産性が高い企業の生産が増加し、生産性の低い企業の生産が縮小するにつれ、経済全体で見た生産性(TFPとして測ることができる)は上昇してゆく。
  • 生産性の高い起業はより多く借りるために自己資本を増やさなければならない。よって、彼らの貯蓄率は高くなる。一方、生産性の低い企業は緩やかに貯蓄を減らしてゆく(消費の平準化)。よって、経済全体で見れば貯蓄率(閉鎖経済なので投資のGDP比に等しい)は上昇する。生産性の高い企業が十分自己資本を蓄積した後は、経済全体の貯蓄率は低下する。
  • dが動かなければ、貸出額はあまり大幅には増加しない。
これらの事実は最初にモチベーションとしてあげた2-5と整合的である。下のグラフは、モデルが生み出したダイナミクス(黒の太線)とデータ(グレーの太線、上のグラフにおける「奇跡」の平均)を比べたものである。大まかには整合的であることが見て取れるであろう。著者らが強調する面白い点は、借り入れ制約の役割である。この実験においては、借り入れ制約は特に変わらない(経済に加わるショックは補助金と税金の撤廃だけである)が、借り入れ制約の存在によって、生産性の低い企業から高い企業へのリソースの移転のスピードが遅くなるという点である。
 最後に、著者らは、このモデルと整合的な事実として、以下の3つを挙げている。
  1. 中国と台湾においては、改革後、民間セクターが国全体の生産に占める比率が一貫して上昇していった。 民間セクターを「生産性の高い企業家」のようなものとして捕らえればこの事実はモデルと整合的である。
  2. 「奇跡」が起こった多くの国において、改革の直後には、産業間を移動する労働者の数が上昇し、その数字はだんだん低下していった。産業間を移動する労働者の数が、生産性の低い企業から高い企業への資源移転の程度を表していると考えれば、この事実はモデルと整合的である。
  3. 日本、シンガポール、韓国においては、平均的な企業の大きさが上昇した。モデルの中では、補助金や税金の撤廃されると、生産性の高い企業に生産がだんだん集中していくので、この事実もモデルのダイナミクスと整合的である。

モデル自体は、こういうモデルが好きな学校(Rochester、Minnesota、Penn、NYU...)でマクロを勉強している2年生であれば解ける程度の簡単なモデルであるが、こういうモデルがまだ使われていない成長論のような分野でうまく使えばトップジャーナルに行くというお手本のようなペーパーだと思う。

Heterogeneous Firms and Credit Crunch

遅ればせながらFinancial shockがマクロ経済にどのような影響を与えているかについて、ここ数年でたくさん書かれた論文をちょっとづつ読んでいる。そのうちの一つ、Buera and Mollによって書かれた「Aggregate Implications of a Credit Crunch」についてちょっとメモしてみようと思う。Bueraは、生産性等が異なる企業が存在する経済にFinancial shockが起こったときに、それぞれの企業がどのように影響を受けるか、そしてその結果マクロ経済全体でどのような影響が生じるか、というトピックで論文を書きまくっている出世株だ。

まずはちょっとしたバックグラウンドから入ってみる。ちょっと前(と言っていいのかわからないけれども)、Chari、Kehoe、McGrattan(CKM)が提案したBusiness Cycle Accounting(BCA)というのが流行っていた。TFPショックをモデル全体を記述することなく計算できたように、他のタイプのショックをモデルなしで計算しようというアプローチである。TFPはもちろんそのままで使いやすいが、多くの人はTFPショックを額面どおりに信じているわけではなく、どのようなメカニズムがTFPショックのようなものを生み出しているかという研究がずっとなされてきた。

BCAアプローチというのは、TFPと同じように、何かもっとmicro-foundedなメカニズムから生み出される別のタイプの「ショック」を計算し、それはそれでTFPショックのように使うと同時に、その背後にあるメカニズムの研究も進めようと問いうアプローチだと理解している。BCAアプローチでは、TFPショックのようなものをウェッジと呼んでいるが、今回の論文で使われるウェッジは、効率性ウェッジ(TFPのように、生産要素投入量が一定のときに生産量を変化させるウェッジである)、労働ウェッジ(労働生産性と労働の不効用に差を生じさせるもの、労働所得に関する税(あるいは補助金)のように考えればよい)、投資ウェッジ(消費財を投資財に変える効率性を変化させるもの、投資財への税(あるいは補助金)のように考えればよい)である。

では、なぜBCAアプローチの話から始めたか?いくらBCAアプローチがモデルにあまり依存せずにウェッジを計算しているとはいえ、完全にモデルから自由であることはありえない。特に重要な仮定の一つは、代表的個人(つまり消費者は1人)と代表的企業(つまり企業は1つ)を仮定していることである。では、たくさんの異なる企業がいて、それぞれの企業が何かのショックを受けたとする。その結果それぞれの企業が(おそらくは異なる)影響を受け、マクロ経済全体への影響はそれぞれの企業が受けた影響を集計することで計算することができる。では、その代わりに、最初からこのような経済を代表的企業の存在するモデルで把握してみたとする。この場合、個々の企業にショックが与えられた結果生じたマクロ経済への影響を、代表的企業しかないモデルで把握できるだろうか?という疑問が生じる。この論文はそのような問いに対して答えることを目的にしている。

 ではちょっとモデルを説明してみよう。このペーパーで扱うのは前にも扱った「Financial shock」である。ある企業がKだけ資本を持っているとすると、企業が借りられる金額DはdKまでとする制約である。例えば1億円持っている企業はd=0.5であれば5000万円まで借りられるし、d=0.2であれば2000万円までしか借りられない。Financial shockというのはこのdが(明示的にモデル化されない)何らかの理由で動くというものである。この論文におけるCredit Crunchというのはdが急に下がることである。では、生産性(TFP)や資本の異なる企業がいる経済でdが急に下がったとしよう。おそらくは資本が比較的少ない企業はdKめいっぱいまで借りているであろうから、 それらが借りられる金額は下がることになる。では、それらの企業が借りれなくなってしまったお金はどうなるか?彼らのモデルでは、生産性が低いのでdが高かった状態では借りることができなかった企業が借りることになる。つまり、dが下がることによってお金が生産性の高い企業から低い企業に移ってしまうのである。では、このようなミクロレベルで起こっていることを無視して、代表的企業の存在するモデルでこの経済を理解しようとするとどうなるか?リソースが生産性の高い企業から低い企業に移ってしまえば、経済全体で見た(代表的企業の存在するモデルから見た)生産性は低下することになることが容易にわかると思う。つまり、このモデルでは、Financial shockはTFPの低下として理解されるのである。異質性のあるモデルでよく起こるクレンジング効果(不況時には生産性の低い企業が生産を縮小したり、生産性の低い労働者から職を失うことで、平均的な「生産性」は高まる)と逆のことが起こっていることも面白い。

なぜこの結果が面白いか?CKMはBCAを使って、金融セクターがマクロ経済に影響を与える代表的なモデルであるBGG(Bernanke, Gertler and Gilchrist)などのモデルでは金融セクター経由がマクロ経済に影響を与える時には投資ウェッジの上昇として現れる一方、データによると、投資ウェッジはあまり動かないので、BGGのようなモデルをもとに景気変動を考えるのはあまり有効ではないと主張した。それに対して、このペーパーの結果は、もしFinancial shockがBCAのもとではTFPショックのように見えるのであれば、CKMの議論は金融セクターが重要でないという結論には結びつかないことを示しているのである(著者らは、同じような議論は別のモデルでもすでになされていること、および、投資ウェッジがあまり動かないというCKMの証拠も頑健なものではないことが示されていることにも言及している)。

次に、著者らは、最初のモデルと同じく、Financial shockが異なる企業の借り入れ可能額に影響を与える経済を維持しつつ、企業の生産性が異なる代わりに、投資の生産性あるいは雇用を増やす際の生産性が異なるケースも分析した。まずは、企業の投資の生産性が異なるケースでは、Financial shockはBCAフレームワークのもとでは投資ウェッジの動きとして現れることを示した。最後に、企業が雇用を増やす際の生産性が異なるケースでは、Financial shockは労働ウェッジの動きとして把握できることを示した。これらから何が言えるか?Financial shockが景気の変動を生み出しているときでも、モデルのセットアップの仕方によって、BCAのもとでどのウェッジの動きとして理解できるかはぜんぜん変わってくるというものである。言い方を変えれば、BCAアプローチのもとでどのウェッジが重要そうかということがわかったとしても、その背後にあるメカニズムについては結局あまりわからないことを示した、とも言えるであろう。

最後に、2008年からのGreat Recessionにおけるさまざまなデータの動きから、このペーパーで分析された3つのモデルのどれが優れているかを識別することは可能か、という考察を行っているが、1つの金融危機だけしかサンプルがなくて、マクロレベルのデータしかない状況では、モデルの識別は難しいとの印象を受ける。例えば、3つのモデルのすべてにおいて、Financial shockによって総債務残高のGDP比が同じように落ち込むことが示されている。

著者らも書いているが、このペーパーの問題意識はこのポストで扱ったペーパーの問題意識と近い。企業あるいは消費者に異質性のあるモデルで起こっていることを、代表的企業と代表的個人からなる一般的なDSGEモデルでうまく把握できるかというものである。答えは(そのほかのほぼあらゆる経済問題に関する答えと同様に)もちろん「時と場合による」のであるが、これらのペーパーは一般的なDSGEモデルで把握できない、重要なメカニズムを示しているという意味で面白いと思う。

ちょっと書き方が硬すぎたかもしれないがこの辺で。

Financial Crisis of 2007-2009 and Macroeconomy

アメリカが金融危機を契機とする景気後退、いわゆる「Great Recession」に陥って以来、金融部門がどのように「危機」に陥るかを分析するモデル、そして金融部門(の問題)がどのようにマクロ経済に影響を与えるかを分析するモデルが大量に生産されている。もちろんGreat Recessionの重大さを考えると、これらの問題に皆が注力することは当然なんだが、あまりに玉石混合で、最近何がなんだかよくわからなくなってきている。よって、どのようなことが2007-2009年あるいはそれ以前に起こって、(特にマクロ経済学において)どのような課題が僕らに突きつけられているのかを、簡潔に整理したいと思っていた。そういうところに、"Getting up to Speed on the Financial Crisis: A One-Weekend-Reader's Guide," by Gary B. Gordon and Andrew Metrick (2012, NBER Working Paper No. 17778)という論文が目に付いたので頭の整理を助けるために読んでみた。この論文はJEP(Journal of Economic Perspectives)に出版予定だけあって、専門家でなくても読めるようになっている。但し、この論文は頭の整理の助けにはなったが、丸きり参考にしているわけではない。著者らはFinanceとくにBankingの専門家だけあって、金融部門の問題に注力しすぎていると個人的には思うので、この論文よりはマクロ寄りに書いてみる。ただ、僕も頭の整理をしながら書いているので、これはおかしいというところが多々あると思う。気づいたら教えてほしい。

以下、時系列的に、何が起こったか、どのような政策がなされてきたか、そして、今後の問題点は何か(と僕は考えているか)を書いていきたい。

(1) 「住宅ブーム」
1990年代中頃から、アメリカには空前の住宅ブームが訪れた。少なくとも1970年代から1990年代まで持ち家比率(家計の中で家を所有する比率)は64%前後で安定的に推移していたのが、1990年代中頃から持ち家比率は急激に上昇し、2005年には69%まで達した。その有力な理由として考えられているのは、頭金がいらない住宅ローン、利子だけ払えばよい住宅ローン、最初のうちの元利支払いは少なくてよい(但し支払い金額はその後急激に増加する)などの新しいタイプの住宅ローンがあらわれたことである。これらを使って家を買った人はおそらくはちょっとでも経済状況が悪くなれば住宅ローンの返済に困ってしまう人であったので、これらの新しいタイプの住宅ローンは後にはサブプライム(=優良でない)ローンになって保有する金融機関に多大な損失を与えた。それは後でまた書く。

家を買う人の人数が増えるにつれ、住宅価格も急上昇した。1996年から2006年の間に、家関係を除くCPI(消費者物価指数)は27%しか上昇しなかったが、平均住宅価格は2倍になった。言い方を変えると、住宅の(他の一般的な消費財に対する)相対価格は56%上昇した。

この点において重要なのは、住宅ブームがバブルであったか、と言うことであるが、残念ながら僕はバブルか否かを判断するすべを持ち合わせていない。バブルだというモデルは(簡単に)作れるし、(バブルでなく)ファンダメンタルが住宅価格を引き上げたというモデルも作ることができる。この問題とは別に、住宅ブームがバブルであったかファンダメンタルに基づくものであったかにかかわらず、このような住宅価格の大きな振れは抑制すべきものかという問題もまだ答えは出ていない気がする。日本であれアメリカであれ今でこそ皆住宅ブームは悪いものであったような言い方をするが、一時的には好景気を楽しめたのだ(もちろんこういうことはアカデミックには重要な質問だと思うが、一般の人にすれば何言ってるんだといわれる類の質問と思われる)。

(2) ABS (Asset backed Security)特にMBS (Mortgage Backed Security)の出現。
住宅ブームと同時に、細かい住宅ローンをまとめて、それを担保に借金をする(厳密にはちょっと違うがまぁこういうものだと思う)という動きが活発になった。住宅ローン(=モーゲージ)に裏打ちされた債券という意味でMBSと呼ばれる。担保にするものは別に住宅ローンでなくてもよい。クレジットカードローンやオートローンに裏打ちされたものもあり、総称してABSと呼ばれるが、MBSの発行残高が一番大きかったと思う。いわゆる証券化(Securitization)の一環である。更に、銀行などの金融機関の子会社が住宅ローン買いあさり、集めた住宅ローンでMBSを作って借金することが多く行われた。子会社にやらせることで、銀行のバランスシートにある時のようにリスクに見合った資本を積み増したりする規制を逃れることもできた。特に、住宅ローンをまとめて、その中で優良(そうに見える)ものだけ切り売りして優良な担保に裏打ちされた(ように見える)借金をすることで、低い金利で借金をすることもできた。銀行の子会社以外にも比較的ゆるい監督下に置かれていた投資銀行も積極的にこれを行った。いわゆる規制のゆるい「影の銀行セクター」と呼ばれる金融部門がこのようなう動きのけん引役で立った。

金融危機以来、バランスシート外におかれた資産、負債もきちんと報告させるような制度が整備されている。また、投資銀行等の「影の銀行セクター」への監督も厳しくなっている。MBSのような新しい種類の金融商品を規制するか(あるいは課税して弱めるか)については、まだ答えは出ていないと思う。より多くの金融商品が増えることは歓迎すべき(いらなければ使わなければよい)というのが簡単な答えであるが、そうなのか?

(3)「アメリカの貯蓄不足あるいは世界的な貯蓄過剰」
アメリカは政府部門も家計部門も恒常的に支出が収入を上回っている。このことは、経常収支が恒常的に赤字だということと同じである。輸出が輸入を下回ればドルが海外に流れる。ではこのドルがどのように使われたかというと、多くはアメリカの政府証券の購入に使われた。アメリカの政府証券のような安全な資産の需要が多かったことから、同じように「安全」そうに見えるMBSの需要も高まったという仮説がある。

更に、Bernankeが「global saving glut」と呼んだものもある。彼によると、2000年代前半には世界的に貯蓄が過剰になっており、その貯蓄が住宅価格を引き上げたり、アメリカの政府証券に大量に投資されたりした。更に、アメリカの政府証券のような安全な資産の需要が増えたことが、一見「安全」そうにに見えたMBSの需要も引き上げたという仮説にもつながっている。ただ、2000年代前半の状況が本当に世界的に貯蓄超過だったのかのか判断するのは難しいのでは。

(4) 「2007-2008年のサブプライム金融危機」
2007年ごろから住宅ブームに終了の気配が漂いだした。それまでは(今では、特に日本人には、信じられないが)上がるだけと思われてきた住宅価格も下がり始めた。前に書いたように、いわゆる新しいタイプの住宅ローンを借りていた人はちょっとでも景気が悪くなると返済できなくなる人たちだったので、住宅ローン、特にサブプライム住宅ローンのデフォルトが増加した。特にサブプライムの住宅ローンを集めてMBSを作っていた銀行の子会社、投資銀行は多くの損失を計上することとなった。更に、子会社がサブプライムローンで大きな損失を計上した場合、親会社がその子会社の損失をカバーしたりしたので、親会社たる普通の銀行の業績も悪化した。更に、MBSのリスクが思っていたものより高かったことがわかり、保有していた機関が一斉に売りに出し、価格が暴落したことで、MBSを使って借金をしていた金融機関のダメージが更に大きくなった。

こうなると、いわゆる取り付け騒ぎである。サブプライムローンで大きな損失をこうむった金融機関は、そのダメージとともに、ほかの金融機関から短期のお金を借りることさえできなくなり、破産することとなった。リーマンブラザーズなどはその例であろう。投資銀行でない普通の銀行も、子会社の損失を埋め合わせることで損失が拡大していった。更に、比較的ダメージの小さい金融機関の間でも、貸し倒れのリスクへの不安が大きくなり、金融機関がお互いに短期の資金を貸し借りすることができなくなった。いわゆるカウンターパーティリスク(金融取引の相手の貸し倒れリスクを懸念することによって、銀行間の金融取引が円滑に行われなくなること)である。短期のインターバンク金利が急上昇したのはこういうときである。FRBは、銀行が短期の資金繰り困って破産しないように、銀行が短期の資金を借りられるようなさまざまな制度を整備した。

(5) 「金融危機からGreat Recessionへ」
Great Recessionの初期には、金融セクターの問題が発端となってこれだけ深刻な景気後退が引き起こされると考えている経済学者は比較的少なかったように思われる。銀行の短期の資金繰りが問題になったのであれば、銀行に短期の融資を供給すればそれでおしまい。サブプライムローンで損失をこうむった銀行があれば、それらの銀行が破産するなり業務を縮小する間に、ほかの比較的健康な銀行がシェアを拡大すればそれで終わりではないか。実際はそうはならなかった。なぜだろう。今回参考にしたペーパーはこの点には触れていない。説明としていくつかの候補をあげてみる。但し、どれが正しいか、どれも間違っているのか、答えは出ていないと思う。
(a) 金融危機で投資家や消費者が心理的ダメージを負った。例えば、将来の経済成長への見通しが暗くなった。それに伴い投資や消費の需要が大幅に減少した。これは典型的な「ケインジアン」の理論である。
(b) 住宅ローンで損失をこうむった金融機関が、リスクを減らすために貸し出しを引き締め、実体経済に影響を与えた。今回の景気後退の中で金融機関が貸し出しを引き締めた証拠はあるものの、それがマクロ経済にあれだけのダメージを与えることができるのか?
(c) 銀行間の資金取引が円滑に行われなくなったことで、各金融機関が貸し出しを減らすこととなった。(b)と似ている。(b)と同じく、特にFRBが銀行間の資金取引コストを下げるべく介入している中で、このストーリーがそれほど大きな効果を実体経済に持ちうるのか?
(d) 資産価格が下落したことで、企業が保有する資産を担保に借り入れをすることが以前より難しくなり、生産が減速した。Kiyotaki and MooreやFinancial Accelerator(BGG)のモデルである。(b)や(c)と組み合わさる。
(e) 金融危機で、将来の経済状況に関する「不確実性(uncertainty)」が高まり、企業は長期のプロジェクトの実施を控え、消費者は大きな買い物(家など)を控えてしまっている。最近流行のuncertainty shockである。これについては、さまざまな研究が最近なされているので、また紹介する。

もっといろいろなことを網羅的にかつクリアに書こうと思っていたのだが、尻すぼみとなってしまった。残念だけど、現在の僕の理解はこの程度ということなのだろう。

Disaster Risk and Business Cycles

いつか読もうと思ってずっとかばんに入っていつつもなかなか読まなかった論文なのだけど、AERに出ると最近聞いて、読む気になった論文("Disaster Risk and Business Cycles" by Francois Gourio)を軽く紹介してみる。

よく、新聞やテレビなどで、「景気後退期に入る確率が高まっている」とか、「今や景気後退期に入る確率は50%を超えた」とかという表現を聞くが、この確率の意味するところは、天気予報の降水確率と同じで僕にはよくわからない。こういう確率、特に、大幅な景気後退(=Disaster、いい訳が思いつかない・・・)に経済が陥る確率をきちんとモデル化し、RBCモデルに取り込んだのがこのペーパーである。この修正によって、普通のRBCモデル(+DSGEモデル)の特徴(マクロ変数の動きをうまく再現できている)は維持されつつも、これらのモデルではうまく再現できない金融市場の景気循環に伴う動き、特に、株式のとても高いリターン(Equity Premium Puzzleとよく言われる)、および、株への投資による期待収益が景気後退期に高まるという特徴(countercyclical risk premia)を再現できるというのが一番の売りである。

Disasterというと、Barroの一連のペーパーが有名であるが、僕の理解が正しければ、このペーパーのモデルは、Disasterの確率自体が変動するという要素を加え、モデルが生み出す資産価格の動きに注意を向けたもの、と解釈できるような気がする。

モデル自体はとてもシンプルなRBCモデルの拡張である。普通のRBC モデルの技術(TFP)ショックに加えて、経済は、ある確率pでDisasterに陥る可能性があるとする。Barroによると、この確率は年率0.017(つまり60年に1回くらいの頻度で起こる)らしい。Disasterが経済を直撃すると、TFPが43%下がる上に、資本も43%失われると仮定する(この2つの数字が一緒なのは単にモデルをきれいに解くためである)。ここまでは、Barroの一連の著作やTallariniとあまり変わらない。このペーパーのモデルがユニークなのは、この確率p自体も確率変数だということになる。つまりpが高まるというのは、経済にDisaster(大規模な恐慌といってもいい)が起こる確率が高まったということなのだ。

ここまで書くとNews Shockと似てるなぁ思われるかもしれない。僕も同じ印象を持った。違うところといえば、(1) 下方リスクだけを見ていること、(2) その中でも特にDisasterに焦点を当てていること、 (3) 発生する確率が変わるだけで、実際には起こらないかもしれない(そもそもの発生確率が低いのでpが多少上がっても結局Disasterは起こらない可能性が高い)こと、だろうか。

では主要な結果を簡単に整理していく。

  1. モデルが生み出す景気循環の平均的な特徴だけを比べると、Disaster リスクがあるモデルとない普通のRBCモデルとの間にあまり違いはない。Disasterが起こるのは非常にまれなので、普段の景気循環はTFPショックによって引き起こされるからである。特に、Disaster リスクが一定の場合は、Disasterが起こらない限り、Disasterのあるモデルとないモデルが生み出す景気循環は完全に一致するということも示された。
  2. Disasterが起こると、GDP、消費、投資は大きく(43%)下落する一方、労働時間は変わらない。労働時間はともかくとして、それ以外は例えば最近のアメリカの景気後退(Great Recession)のときに見られたマクロ変数の動きと同じである。但し、Disasterが起こると、TFPも資本ストックも43%落ちるので、この結果自体はぜんぜん驚くべきことではない。労働時間が変わらないのは、TFPと資本ストックが同じ割合落ちるという仮定と、utility function(Epstein-Zinを使っているので説明が難しいがlog-utilityのようなものを使ってると思えばよい)に関する仮定から出てきているだけである。
  3. マクロ変数の動きはあまり面白くないが、この論文のセールスポイントは、資産価格に関するモデルの特徴である。まずは、背景を簡単に説明しよう。普通のRBCモデルで、消費者が極端にリスクを回避したいということがなければ、株式に投資したときの期待収益は、リスクがより小さい金融資産、たとえば国債(最近はあまりリスクが小さいわけでもなさそうだが・・・)の期待収益をちょっとだけしか上回らないはず(投資家はリスクをあまり気にしないから)なのだけれども、実際のデータを見ると、株式投資の期待収益は国債に投資したときの期待収益をコンスタントに年率6-7%上回っていることが知られている。いわゆる、Mehra-PrescottのEquity Premium Puzzleと呼ばれるパズル(広く受け入れられているモデルが生み出す特徴とデータの特徴が大きく異なること)と呼ばれるものである。このパズルを解決する簡単な方法としては、消費者がリスクを極端に嫌うと仮定する方法と、株式投資に伴うリスクを極端に大きくする、という方法がある。但し、どちらも、特に後者は、データによって、どのくらい「極端」な数字が許されるかが制限されるので、理論的にはこれで解決できても、説得力のある解決策ではない。Disasterの便利なところは、うがった言い方をすれば、Disasterの導入によって、最悪のケースを本当に悪くできることと、そもそもあまり例がないので、どのくらい極端な仮定が許されるかというところについて比較的自由度がある、ところである。実際、TFPと資本が1年で43%下落するというのは、「現実的」だろうか、と考えてみても、なかなか「No」という説得力のある議論は難しい。Disasterが発生すれば、株式投資からの収益は極端にマイナスになるので、そういう状況を避けたい投資家は、国債に比べて株式にかなり高いリターンを要求することとなる。その結果、Equity Premium Puzzleが解決される。
  4. では、pが上がった(経済がDisasterに襲われる確率が高まった)としよう。Disasterになると資本の収益率が大きく下がるので、pが上がっただけでも、投資は減少する。GDPが大きく動かなければ投資の減少は消費の上昇を意味する。では、労働時間はどうか?将来の期待所得が減少するので、所得効果は労働時間の増大(余暇の時間の減少)を意味する。一方、代替効果は、将来の資本の収益率が落ちると貯蓄のインセンティブを下げるので、時間の使い方も労働から余暇にシフトする(たくさん働いて貯蓄してもしょうがない)。つまり、労働時間は減少することになる。News Shockのときと同じく、代替効果が強ければ、労働時間が落ちて、GDPも落ちるという、もっともらしい結果が得られるのである。実際、モデルがうまく機能する(データと整合的になる)ためには、労働の代替性をコントロールするパラメーターの値が例えば2でなければならない。この値は実証研究による推定値、およびマクロ経済学で通常仮定される値よりかなり高い。しかし、そもそもモデルが違うので、違う文脈でのパラメーターの値を比較してもしょうがない(パラメーターの命はそれそれのモデルの中にのみ存在する)ということが議論されている。
  5. 労働の代替効果が強いと仮定すると、pが上がると、GDPは低下することになる。その一方、pが上昇するということは、株式投資のリスクが高まることを意味するので、投資家に買ってもらうために、株式のリターンは上昇しなければならない。データでも見られる、GDPと株式の期待収益の負の相関が、再現できると言うわけである。
  6. また、著者は、ある一定の仮定の下では、pのショックは、いわゆる、discount factorへの選好ショックと同じであることも示している。選好ショックを使えば、RBCモデルは同じような景気循環の特徴を生み出すことは知られていたのだが、このペーパーは、選好ショックのmicrofoundationとも呼べるかもしれない。Cash-in-advance制約(ものを買うためにはキャッシュが必要という仮定)と、Money-in-the-utility(キャッシュが手元にあれば使わなくてもそれだけで幸福度がアップするという仮定)との関係に似ている。
  7. さらに、このペーパーに関連するものとして、株式の収益の触れ幅自体にショックがある(Stochastic volatility)という仮定を導入したモデルも開発されている。著者は、彼のモデルがStochastic volatilityがあるモデルを同じような振る舞いをすることも示した。

アイデア自体はどこかで見たようなものがいろいろ関連しているのだけれども、うまくいろいろな問題と結びつけたというのが評価されている理由だろう。金融セクターをうまくとりこんだマクロモデルを発展させていかなければならないという流れにも合致しているといえる。

Public Sector Pension Plans and Behavioral Economics

またしても、行動経済学系のペーパーなのだが、LaibsonがBeshears, Choi, Madrianと書いたNBERワーキングペーパー("Behavioral Economics Perspectives on Public Sector Pension Plans," NBER WP 16728)について軽く触れる。別にBehavioralな部分に惹かれたわけではなくて、今まできちんと把握していなかったアメリカの公的部門の年金制度についてうまくまとまった情報が得られるから眺めてみたのである。

前回扱ったペーパーと似たような構成だが、アメリカの公的部門(州や市の政府)がどのような退職貯蓄制度を採用しているのかを整理した後、行動経済学的にどのような問題点等があるかについて簡単に(というか適当に)コメントするという構成をとっている。

では、ちょっとしたバックグラウンドからはじめると、アメリカの民間企業では、確定給付型(Defined Benefit, DB)の退職貯蓄制度から確定拠出型(Defined Contribution, DC)の退職貯蓄制度への移行が進んできた。著者らによると、1975年にはDB加入者とDC加入者の比率は2.4対1であった。しかし、2007年にはその比率が逆転し1対3.4となっている。その原因としてよく言われているのは、制度改革によってDB型の退職基金を運営するコストが上昇したこと、1978年に創設された401(k)をはじめとする魅力的なDC型プランが創設されたこと、労働者の転職が活発になってportable(転職しても(あまり)失わない)DC型プランの魅力が増したことがしばしば挙げられている。もし、DCとかDBについてよくわからない人が多いのであれば、これらの制度についてどのような経済学的議論がなされてきているかについてそのうち整理してみる。

では、公的部門(州や市政府で働く公務員のことである)ではそのような移行が進んでいるのであろうか?著者らが集めて分析した公的部門における退職貯蓄制度のデータによると、公的部門の退職貯蓄制度には以下の特徴が見られた。

1. 公的部門ではいまだにDB型の退職貯蓄制度が中心である。あるデータによると、フルタイムで働く公務員のうち91%がDB型の退職貯蓄制度に加入している。つまり、民間部門で見られるDB型からDC型への移行は公的部門においてはあまり進んでいない。

2. 彼らの調査した州および市政府では、すべてにおいて、追加的な任意加入のDCプランが提供されている。

3. 公的部門の退職貯蓄はどのくらいのレベルか?(日本でもそうだが)公務員の退職貯蓄は手厚いと思われている。それは本当だろうか?一般的に年金のレベルを表す際には、RR (Replacement Rate)という指標が使われる。単純に言って、RRとは、退職後最初にもらう年金の金額を退職前の最後の年収で割ったものである。彼らの計算によると、DB型の年金制度において、最終年収が5万ドル(今の為替レートで言えば410万円くらい)の公務員のRRは70-75%を超えていた。これは十分と考えられるレベルである。比較のために民間部門の例を挙げると、1999から2003年の民間部門退職者のRRの中央値(median)は56%だったという計算結果がある。この数字だけを見れば、DB型の年金を採用する公的部門においては平均的な民間企業より年金は手厚いといえる。

4. とはいえ、RRもそれぞれの公務員の状況によって大きく異なる。
(1) 公的年金制度(Social Security)は累進性がある(年収の低い人ほどRRが高まる)ので、年収が高ければ高いほどRRは低くなる。例えば、最終年収10万ドル(820万円)の公務員のRRは5万ドルの公務員のRRより10%ほど低い。
(2) 公的機関で働いた年数が長いほどRRも高くなる。公的機関で働いた年数が40年から、35年、30年、20年に減少すると、RRも8%、16%、35%さがってしまう。
(3) 年金の支給額は最終の年収に依存するので、例えば、キャリアの最初の5年だけ民間部門で働いた人と、キャリアの最後の5年だけ民間部門で働いた人では、後者のほうが年金支給額が低めになりがちである。
(4) RRは州によって大きく異なる。例えば、35年働いて最終年収5万ドルで退職した公務員のRRは、ペンシルバニア州では150%(最終年収より50%も多い!)であるが、メイン州では79%である。

5. DC型の退職貯蓄制度をメインにしている(少数の)公的部門においては、民間部門と異なり、制度への貢献(貯蓄)が必須になっている。

6. 民間企業によくあるタイプのDCプランは、ある一定限度までは、従業員がDCに貯蓄した金額と同じ金額だけ雇用者も貢献する(employer matchと言われる)ものだが、公的部門では、従業員の貢献度合いにかかわらず雇用者が貢献する形式もよくみられる。

7. DC型退職貯蓄制度においては、投資先を自分で決められると言うのが重要な特徴であるが、投資方法のオプションは民間部門も公的部門も似ている。大部分の公的部門においては選択できる投資オプションの数は10-20である。

8. 公的部門のDC型退職貯蓄制度においては、従業員の貯蓄が強制的になされているところが大多数なので、DC型年金を採用する民間企業(ほとんどは強制的な貯蓄は存在しない)に比べて、退職後に貯蓄がない状況に陥る可能性が低い。

次に、彼らは、行動経済学が年金、あるいは一般的に退職後のための貯蓄行動に関して、どのような発見をしてきたかを整理している。以下では彼らの議論を簡単に箇条書きにする。
1. よく知られている事実は、多くの人が、退職貯蓄制度制度についてまるでわかっていないことである。そもそも金融について知識が乏しいことに加え、退職に向けての貯蓄と言うような長期的で複雑な決定に関しては、お手上げといった人が多い。
2. 人は、困難な選択を迫られた際には、ぐずぐず決定を引き延ばす(procrastination)ことが知られている。極端な例では、引き伸ばしによって、退職後のための貯蓄をぜんぜんしないという結果も起こりうる。著者らの別の研究によると、年金加入プロセスを簡素化することによって加入率の上昇がみられた。選択肢がわかりやすければ人はぐずぐず決定を引き延ばさないことが多いのである。
3. 貯蓄や投資に関する行動においては、単純な経済理論(行動経済学的要素を考慮しない理論)では影響するわけがない要素が影響をあたることが知られている。最もよく知られた例は、デフォルト(何も行動を起こさなかった場合に自動的に選択される選択肢)の与える影響である。例えば、デフォルトをDBからDCに切り替えると、DC加入者が増える。
4. 人は、貯蓄や投資に関する行動において、本来考慮しなくてよい情報(過去のリターンなど)に注意を払う一方、本来重要な情報(Mutual Fundにかかるさまざまなコストなど)に注意を払わないことも知られている。
5. 人は、意思決定の際に、単純なルール(rules of thumb)に基づいて決定をしがちである。
6. 人は、経済に関する複雑な意思決定をする際に、全体から切り離されたそれぞれの一部分において最適と思われるけれども、全体としては最適でない意思決定をしがちである。いくつかの異なる年金を運用する際に、別の年金ではどのような運用をしているかを無視してそれぞれの年金におけるポートフォリオを決めたりするのがその例である。

最後に、著者らは、これらの行動経済学的な発見が、公的部門の年金制度についてどのようなことを示唆しているだろうかという質問に簡単に答えている。
1. 大部分の州、市政府が採用するDBプランは、ルールが単純で、従業員が特に決めることはなく、強制的に貯蓄させるので、行動経済学的には優れた面が多い。但し、問題点も多い。まず、DB型年金は年金受給額が何年勤めたかに大きく依存するので、労働者の転職を妨げる。また、逆に、多く転職する労働者は結局あまり年金をもらえない状況に陥りうる。メイン州が実施した調査によると、州の公務員のうち半分以上が、年金を受け取るための最低限の労働年数(5年)を待たずに退職している。
2. いくつかの公的部門では退職貯蓄の形式について従業員自身が選択できるようになっている。この場合、従業員が選択の自由度に圧倒されて不利な選択(例えば何にも加入しないなど)をしないように、選択の方法およびデフォルトを慎重に決める必要がある。一方、選択ができるというのは、従業員に有利な面も多い。どのような退職貯蓄制度が適しているかはそれぞれの個人が直面する状況によって異なるからである。
3. DC型の退職貯蓄制度においては、DB型の退職貯蓄制度に比べて加入者が決めなければならないことが多すぎることが潜在的な問題点であるが、加入を強制にし、最低限の貢献額を設定し、可もなく不可もない平均的な投資ポートフォリオをデフォルトにすることによって、この問題を緩和することができる。
4. 追加的な任意加入のDCプランについては、そもそも任意の制度なので、デフォルトを設定すること自体が難しい。
5. 最後に、退職貯蓄をどのように受け取るかという問題がある。DC型では、年金(生きている限り一定の金額を毎年受け取る)の形が、民間でも公的部門でも一般的である。但し、民間では、全額を一括で受け取る(lump-sum payout)オプションを与える年金基金が増えてきており、それを使う人の数も増加しつつある。その一方、公的部門では一括受け取りのオプションは部分的にしか認められていない。たとえば、最初の数年分だけ一括で受け取れるというような形で実施していることが多い。DB型退職貯蓄制度では、年金の形で受け取るには何らかのアクションを起こさなければならない。デフォルトは、一括受け取りであることが多い。民間部門では、年金の形で受け取る選択肢があることが普通であるが、それを選ぶ人は多くない(このことは、経済学界では"annuity puzzle"と呼ばれている)。公的部門では、年金の形で受け取ることがオプションとして存在していないことが一般的なので、年金の形で受け取るためには、一括で受け取った後に、別のところで年金化しなければならない。

まとまりがないサマリーだが、そもそも元のペーパーもまとまりがないので、こんなものだろう。