僕は、各国の保育所(Day Careの訳語として使う)の状況がどのように異なるか知らないのだけれども、彼らのペーパーによると、ドイツは、少なくとも2000年代の初めにおいては、保育所の整備という面では他のEU諸国に遅れをとっていたらしい。2006年ごろのOECDのレポートによると、OECD平均では23%の0-3歳児が保育所に入っていたが、ドイツではその数字は9%だった。4-6歳児においては、ドイツの数字は他のEU諸国に大きく劣っていたわけではなかったものの、ドイツの保育所はお昼ご飯なしの半日のものが大半だったらしい。彼らのペーパーによると、16%の子供にしか、全日の保育所の枠がなかったらしい。このような状況下、ドイツでは、保育所の整備が行われてきているようだ。このペーパーが書かれて以来どのように実施されているのかを調べる時間はなかったが、2008年には、全ての1歳以上の子供に保育所の枠があるようにしなければならないという法律が制定されたようだ。それに、今回のペーパーにかかわってくるが、保育所の費用の税控除という政策も議論されている。
なぜ、保育所にかかる費用を国が補助しなければならないか?いろいろな考え方があると思うが、とりあえず、すぐに思いつくのは以下のようなものである。
- 保育所に子供を入れる費用、あるいは子供の世話を見るために労働時間を減らさなければならないことは、子供ののいる家庭に対する追加的な税金のようなものであり、特に独身の母親の労働供給を妨げる要因となっている。
- 子供が増えることで、人口構成をバランスのとれたものにすることができ、年金や公的健康保険の運用をしやすくする。
- 子供が増え、国のサイズを維持することで、大きな経済規模を維持することができ、かつ一般的に国力も維持できる。
モデルの概要は次のようなものである。経済には、カップルと、独身の男性、独身の女性の家計が存在する。このタイプは生まれたときに決まり一生変わらない。カップルと独身の女性は、小さい子供を0-3人持っている。このタイプも外生的に与えられている。つまり、カップルとなるか、子供を持つか否か、あるいは何人持つかといった決定はモデルの外にあり、モデルの中の家計には外生的に与えられる。言い換えると、このモデルではカップルの割合や人口について議論することはできない。それぞれのタイプの家計の割合はドイツのデータと整合的に決定されている。それぞれの家計は、65歳まで生きる(退職後はモデルの外である)。各期各期、それぞれの家計は、いくら消費して、何時間働くかを決める。借り入れ制約は存在しない。それぞれの家計は1時間働いたときの賃金がデータと整合的なレベルで外生的に与えられている。
(子供のいない)独身の家計(男性の独身の家計は子供はいない)の問題はとても単純な、労働供給が内生化された(しかも、退職後のことを考えなくてよい)ライフサイクルモデルである。子供がいる独身の女性の問題は少し複雑である。小さい子供がいる場合、働いている各時間あたり、保育所に支払いをしなければならない。保育所の金額は、一定(=d)である。子供が複数いる場合には、各子供あたりdを支払うことになる。働いていない場合には、自分で小さい子供の面倒を見るので保育所のコストを支払う必要はない。
子供のいるカップルの家計の問題も似たようなものである。独身の家計との違いは、カップルのうち一人が家に残って子供の世話をすれば、保育所にお金を払う必要がないという点である。二人とも働いている時間は、各子供について、1時間当たりdを支払わなければならない(午前中は、片方が働いて、午後はもう一方が働くというようなことはできないことになっている)。
わかりやすく言うと、このモデルでは、小さな子供の存在というのは、労働時間に対する課税のようなものである。子供がいるメリットはモデル化されていなくて、ある家計は子供がいるのは前提とされている。子供がいると、面倒を見るために労働供給をあきらめるか、労働するため保育所のコストを払わなければならない。このようなモデルの中で、最適な政策を考えてみようというのがこのペーパーのやっていることである。
ちなみに、ちょっとデータを見ておくと、以下のグラフは、各年齢で、子供がいるかいないかで年間の労働時間がどのように異なるかを示している。週休2日で一日8時間働くと2000時間(30代以降のカップルの男性(右上のグラフ)が働いている時間に相当する)
カップルの女性(左上)も独身の女性(左下)も、小さい子供がいる場合(点線)は小さい子供がいない場合(実線)に比べて、労働時間が半分くらいである。独身の男性(右下)で子供がいるケースはとても少ないので無視されている。カップルの男性(右上)は、子供がいてもいなくても労働時間にあまり違いはない。なんとなくドイツというと、そうではないのではないかという印象があったが、日本のような感じだ。
では、モデルに戻る。政府は3つの政策を変更することができる。
- 保育所の費用のうち税控除できる割合。
- 保育所のコストに対する補助金。
- 資本所得に対する税率。
こういう話は、ぜんぜん面白くないので、もっと現実的なセットアップで最適な政策を論じているのがこのペーパーの売りのところである。まずは、所得に対する税金は、現在のドイツ経済のものを取り込み、変えられないとする。残りの政策は、保育所の費用の税控除、あるいは、保育所のコストに対する補助金である。政府はどちらか片方のみを実施するとする。税控除の場合は、全額控除とし、追加的な財政支出は、全家計の労働所得への定率課税でまかなうものとする。保育所のコストに対する補助金は、0-100%のどの水準も選べるが、全ての(小さい子供のいる)家計において同じ水準が適用されるものとする。前の例と同じように、追加的な財政支出は、全家計の労働所得への定率課税でまかなわれるものとする。
以下のグラフが保育所に関するそれぞれの政策の幸福度(welfare)への効果を示している。実線は、各家計の幸福度に均等ウェイトをつけて足し合わせた社会全体の幸福度(Utilitarian social welfare)である。点線のほうは、消費(幸福度)が低い家計に大きなウェイトを与えて計算した(具体的にはmarginal utility)社会全体の幸福度を示している。以下では実線の方を見ていく。
まず、左上のグラフは、保育所のコストのどのくらいの割合に補助金を与えるかによって、社会全体の幸福がどのように変化するかを表している。社会全体の幸福度は保育所のコストの50%を補填したときに最大化されることとなっている。50%までは幸福度は安定的に上昇するものの、50%を超えると社会全体の幸福度は減少していく。右上のグラフは、カップルの幸福度の変化である。左下のグラフは独身女性の幸福どの変化である。どちらも、保育所のコストの50%補助までは安定的に幸福度が上昇している。右下は、独身男性の幸福度の変化である。他の例と違って、彼らの幸福度は補助金の割合が上昇しても上昇しない。なぜなら、彼らは子供はいないので、保育所コストへの補助金の増額によってまったく恩恵をこうむらないからである。彼らは、保育所のコストの補填のために必要な労働収入への課税の増額によって、損をすることになる。でも、彼らの損は、保育所のコストの補填が50%を上回るまではぜんぜん大きくない。なぜなら、それまでは、保育所のコストの補助によって、女性の労働供給が上昇(し、課税ベースが拡大)するので、税率を引き上げる必要がないからである。保育所のコストの補助率が50%を超えると、労働供給増加の効果が小さくなるので、追加的な財政支出のコストを補填するために税率を大きく引き上げる必要性が生じ、全てのタイプの家計の幸福度は減少してしまう。つまり、保育所のコストへの補助金はある程度(50%)までは、小さい子供がいる家計の労働供給を引き上げることで社会全体の幸福度を引き上げる効果があるが、ある一定レベルを超えるとその効果は失われてしまう。もちろん、この結果は、(特に子供のいる家計の)労働供給の弾力性に大きく依存するので、たとえば日本にそのまま当てはめることはできない。
次に、保育所のコストを税控除できるようにした場合の幸福度への影響を考えてみよう。その効果は、上のグラフの、Y軸上のダイアモンド型の点で示されている。保育所のコストの税控除は、保育所のコストへの補助金の効果と同じく、子供のいない独身男性家計を除く家計の幸福度を高める効果があるが、その効果は保育所のコストの50%を補助した場合より小さいことがわかる。
日本の労働供給の弾力性や、家計の異質性(学歴の異なる家計)、日本の労働市場の特殊性(フルタイムとパートタイムの違い)、すでに退職した世代(彼らは独身男性家計と同じく、恩恵はこうむらないが、追加的な税制負担を労働収入への課税にすれば負の影響も少なくできる一方、所得全体に課税したり消費税を用いたりすると、彼らの負担も大きくなる)への影響、などを組み込めば(簡単だけれども)面白い分析になると思う。
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