Inventory Cycle and Business Cycle

いつも同じ調子で始まるのだけれどなかなか書く時間が取れない。ブログを始めるときに書いたとおり、こういうのはとにかくペースを守って続けるのが大事なので、次回からは簡単かつ短めのものでも書こうかと思う。

景気変動(中期的なGDPの上下)には在庫投資の動きが大きく関わっている。例えば、現時点ではアメリカの2009年第4四半期の実質GDPは5.7%増えたことになっているが、支出面から見ると、在庫の変動(在庫投資)によって生み出されている部分が非常に大きい。2010年第1四半期は、在庫調整による上乗せ分が小さくなるので、他の支出部門の成長が活発にならない限り、GDPの成長率は鈍るのではないかということが、しばしばいわれている。一般的に、経済が不況に突入するときは在庫調整によってGDPの落ち込みがさらに拡大され、経済が不況から脱出するときには在庫調整によって逆にGDPの回復がさらに拡大されるといわれている。

数字を挙げると、St Louis FedのPigerが2005年に行った計算では、戦後1950年代から1980年代に至る景気循環の平均を取ると、不況(recession)のときのGDPの落ち込み具合の平均は2%、そのうち在庫調整によるものが1.4%、残りの項目の落ち込みによる部分が0.6%とのことである。Blinderは、「景気循環の大部分は在庫循環だ」といった。

但し、支出項目の変化からGDPの変化を捉えるのは、予測や現状の把握の役には立つが、スタンダードなマクロ経済学のアプローチではない。マクロ経済学にとって重要な問いは、(1)在庫調整の動きをうまく再現できるようにスタンダードなRBCを拡張できるか、というのがまず一つである。

さらに、The Great Moderationの時期には、次の2つの質問が注目を浴びていた。
(2)在庫調整のサイクルの振れ幅を小さくすることで、景気循環自体の振れ幅を小さくできるか?
(3)The Great Moderationの背後にあるのは、在庫管理がより効率的になって、在庫調整のサイクルが小さくなったからではないか?

実際、Pigerの計算によると、1991年と2001年の不況の際には、以前の不況時と違い、在庫調整はGDPの落ち込みを和らげる役割を果たしたように見えるのである。

今回カバーするKhan and Thomas (AER2007)は、RBCモデルを拡張して在庫調整のサイクルを再現することに成功したのがその主要な貢献である。つまり彼らは上の質問(1)に対して、「yes」と回答を出した。その上で、彼らは(2)と(3)にも回答を出した。

まずは、RBCの流儀にならって、在庫調整に関するStylized factsを彼らのペーパーから取り出して列記してみよう。
(a)在庫のうち2/3は中間財の在庫である。残りの1/3が最終財の在庫である。
(b)在庫投資の変動幅はとても大きい。在庫投資はマイナスの値をとりうるので簡単にlogをとって単位をなくすことができないが、coefficient of variationで考えると、GDPの変動幅の60倍である。
(c)HPフィルターを掛けた四半期のデータで見ると、GDPとの相関は正で0.67ととても高い。
(d)売り上げ(=GDP-在庫投資)との相関も正で高い(0.41)。

これらを生み出すのがそんなに簡単でないことを示すために、彼らのモデルとは違う、在庫投資に関するモデルを簡単に見てみよう。生産の調整にコストがかかるので生産量は大きく変えたくないとする。一方、最終財の需要(売り上げ)は景気とともに変動することとする。この場合、売り上げの変動幅は生産の変動幅より大きくなり、在庫は売り上げと生産の間を生めるために存在することとなる。但し、この場合、景気がよくなって、売り上げが増えると、生産は増えていかないので、在庫は減少していくこととなる。つまり、在庫は売り上げと負の相関を持ってしまう((d)と反する)のである。

ではモデルを簡単に見てみよう。彼らのモデルは次の3つの主体から構成される。
(i)消費者:最終財を消費あるいは貯蓄し、労働を供給する。
(ii)中間財企業:労働と資本を使って中間財を生産する。TFPショック(このモデルの景気循環を生み出す唯一のショック)は中間財の生産性に影響を与える。
(iii)最終財企業:労働と中間財を使って最終財を生産する。
このモデルのキーとなる仮定は、最終財企業は中間財の在庫を増やすときに、ある固定コストがかかるというものである。もし固定コストがかからなければ、最終財企業は毎期毎期、使うだけの中間財を購入して、生産すればよい。つまり、在庫は常にゼロになる。一方、在庫調整に固定コストがかかるとすると、最終財企業は在庫を増やす回数を減らす(ことによって固定コストを払う回数を減らす)のが最適な行動パターンとなる。特に、このモデルにおいては、在庫がある一定レベルsを下回ると在庫を積み増すという最適行動パターンが導き出される。一般的に、ある変数xがある下限値sと上限値Sの間に収まっているときは何もアクションをとらずに、その変数xがsを下回るかSを上回った時に何かアクションがとられる行動パターンを(S,s) policyと呼ぶ。この行動パターンはあるアクションをとる際に固定コストがかかる際にしばしば見られる。他の例としては、人を雇う時に固定コストがかかる時の企業の従業員数調整が上げられる。業績がある一定の範囲内に収まっているときには従業員数は調整されないが、業績(見通し)が大幅に改善あるいは悪化したときに初めて従業員数が調整されるという例である。

では、景気の改善(正のTFPショック)が起こったとしよう。モデルの中で何が起こるだろう?景気の改善を反映して消費者は消費を増やす。かつ消費が増えるということは最終財の売れ行きが上がるということなので、最終財の生産も増加する。中間財企業の生産性があがったことで中間財が安くなったことも最終財生産増加を後押しする。最終財の生産が増えると、中間財もより多く使われることとなるので、何もしなければ中間財在庫がどんどん減少してしまうので在庫を積み増す頻度が上がる。その上、TFPショックが長く続くとすると、将来にわたって好景気が続くことを見越して、最終財企業は在庫を積み増すときにその積み増し幅を大きくする。中間財が安いことも在庫の大幅な積み増しを促進する。そうすることによって将来すぐに在庫を積み増す際にかかるコストを削減できるからである。つまり、景気が改善すると(正のTFPショックが起こると)、在庫は大幅に増加し、最終財セールスも増加する、というわけである。

彼らはカリブレートしたモデルをシミュレートすることで、彼らのモデルが上で上げたstylized facts(a)-(d)をうまく再現できることを示した。特に、彼らのモデルは実際に観察される在庫投資の変動幅の2/3を再現できることを示した(なぜいつも2/3なんだろう)。

次に彼らは最初にあげた質問の(2)と(3)に答えを出した。まずは(2)である。彼らは、在庫積み増しの固定費用がゼロのモデル(在庫投資のないモデル)と在庫投資のあるモデルを比較して、GDPの変動幅がほとんど同じであることを示した。この結果は直感に反する。馬鹿らしい例ではあるが、部分均衡的なモデルで考えると、在庫部門の変動がなくなり、最終セールスの変動が影響を受けなければ、在庫部門の変動幅の分だけGDPの変動幅も小さくなるはずである。なぜこのことが起こらないか?在庫の変動がなくなれば、在庫を積み増したり減らしたりするときに一緒に大きく増減していた最終財部門の生産要素が今度は中間財の生産に使われることとなるので、その分中間財生産の変動幅が大きくなるからである。言い換えると、生産に使われる要素(労働、資本)の総量は変わらないので、最終財生産の変動が小さくなれば、その分中間財生産の変動が大きくなるだけなのである。一般均衡モデルを考えることが重要な質問に対する答えに重要な影響を与える好例である。

(3)に対する答えは、(2)に対する答えが出た時点で出たも同然なのであるが、彼らのモデルによると、在庫を微調整する技術が発達して(あるいは、コストが下がって)、在庫の変動幅が小さくなったところで、GDPの変動幅は変わらない。つまり、在庫管理技術の発達はThe Great Moderationの要因とはなりえない、のである。

今ひとつ直感的でない説明になってしまってちょっとな情けない。本当は在庫投資理論に関する一般論から入りたかったのだけれども、さらに長くなって、うまくまとめる自信がないので、別のエントリとして近いうちに書くことにしよう。

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