Optimal Height Taxation

またしてもMankiwだけれども、AEAの新しいジャーナルの一つ、AEJ Economic Policyに載っていた、Mankiw and Weinzierl (2010)を基に書く。

マクロ経済学や公共経済学では、嗜好(preference)や状況の異なるさまざまな人がいる中で、どのような政策を選ぶべきかという問題と対面しなければならないことが多い。すべての人がより幸福になれる政策の場合は比較的話は楽なんだけれども、そういうケースは実際あまりなくて、そうでない場合、つまり、ある政策を実施することによって特をする人と損をする人がいる場合を考えなければならないことが現実では多い。その場合、異なる人たちの損得をどのように比較したらいいのかについて、何らかの仮定をおいて話を進めなければならない。一つのよく使われる方法は、各人の効用(utility、幸福度と読み替えてもよいと思う)を同じウェイトで足し合わせてそれを社会全体の効用とすることである。何で足し合わせるのかとか、何でBill GatesとSnookiに同じウェイトをつけるのかという疑問はあるかも知れないが、そのような話には立ち入らない。

では、1期間のモデルを考えてみよう。同じ消費をすれば同じ効用を得るけれども、収入は大きく異なっているさまざまな人がいるとする。この場合、経済学でよく使われる仮定の元では、収入の大小にかかわらず全員の消費を同じにすることが「社会的に最適」(全員の効用の和を最大にする)ことがわかる。一方、アメリカ(でも日本でもよい)の税制も含んだ広義の所得再配分政策は、所得が多い人から所得が少ない人に所得を移転する役割はあるものの、今挙げたモデルで「社会的に最適」とされるような状態には程遠い。どう少なく見積もってもBill Gatesの消費量は僕より多いはずである。もちろん今挙げたモデルは簡単すぎるくらい簡単なのだけれども、もう少し複雑なモデルでも同じような問題があるのである。

では、なぜ、実際の経済ではモデルの中で「社会的に最適」とされるほどの所得再配分が起こらないのか。Mirrleesは、この問題に対する一つの回答を与えた。彼のノーベル賞の受賞理由の一つは、現在もさまざまに拡張・応用されて使われている最適租税理論の構築である。彼のモデルのポイントは、収入は生産性と労働時間の両方に基づくことと、政府が課税をするときに観察できるのは生産性ではなくて収入だということである。収入でなくて生産性が異なるモデルでは、政府は生産性の高い人にたくさん働いてもらって、たくさん税金を納めてもらいたいのだけれども、生産性自体は観察できないので政府は生産性の高い人を狙い撃ちできないである。その結果何が起こるかというと、公平(所得再配分政策による)と効率(生産性の高い人にたくさん働いてもらう)の間にトレードオフが起こるのである。ある程度の効率を達成するためには所得再配分を制限しなければならないのである。

Mankiwたちの論文はここから始まる。もし、生産性自体を観察できないことが問題なのだとしたら、税率を決めるときに生産性と相関のある要素をなるべく考慮すればいいことになる。生産性を推定できればよいのだから、生産性を推定するのに役立つものは何でも取り入れればよいという考え方である。この考え方はtag(タグ)といわれている。Mankiwたちが注目しているのはその中でも「背の高さ」である。信じられないかもしれないが、Persico, Postlewaite, Silverman(2004)やCase and Paxon(2008)によると、(他の要素をコントロールした上で)身長が1インチ(2.5cm)高い白人男性は収入が2%高いのである(なぜHeight Premiumが生じるかについてはさまざまな議論があるがここでは省略する)。

Mankiwたちは、賃金、労働時間、収入、背の高さ、に関するアメリカのデータ(National Longitudinal Survey of Youth, NLSY)を元に、背の高さを考慮した場合と考慮しなかった場合でどの程度税制が異なり、どの程度の社会全体の効用が異なるかを計算した。彼らの結果を要約すると以下のとおりである。

  • 身長を考慮した場合、平均税率は、身長が高いほど高い。自然な結果である。
  • 平均税率に差はあるものの、収入とともに税率がどのようにあがっていくかについてはどの身長でも変わらない。身長を考慮しない税制における税率の変化の仕 方も大体同じである。
  • 具体的には、年収100K(大体1千万円)くらいまでは限界税率はほぼフラットで(背の高い人は45%程度、背の低い人は40%程度)、それ以降、限界税 率は急激にゼロまで落ちる。平均税率は年収100kまで急激に上がり、それ以降はフラットである。
  • 例えば、年収が50K(大体500万円)だとすると、身長が178cm以下の人の税金は1400ドル(14万円)、身長178-183cmの人の税金は5400ドル(54万円)、身長183cm以上の人は6000ドル(60万円)である(アメリカの白人男性なので平均身長180cmである)。ものすごい税額の差である。
  • 税率を決める際に身長を考慮することによって得られる社会全体の効用の増加分は年間240億ドル(2.4兆円)である。これもものすごく大きい。

最後に、Mankiw達は、このペーパーの結論は2通りの解釈が可能だと述べている。1つ目の解釈は、Mirrleesのモデルに基づくと、身長を考慮した税制を実施することで大きな社会効用の増加が期待できるというものである。これが素直な解釈であろう。2つ目の解釈は、もしこの結論が何か変だと感じるのであれば、社会効用の概念が僕らが自然だと感じるものと何か違うからだというものである。つまり、このペーパーのメッセージは、「身長を考慮した税制を実施しろ」というものではなくて、「多くの経済学者が普段つかっている社会効用は何か変なのではないか、抜本的な見直しが必要なのではないか」というものである。おこがましいが、僕はもう一つの解釈を加えておきたい。Mirrleesのモデルは課税理論において広く使われているけれども、最適課税理論を考える上で重要なのは情報の非対称性の問題ではないのではないか、ということである。では何ができるんだといわれると困るのだけれども、このような問題意識を僕は持っている。

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