Financial Shocks

またしてもものすごい間隔があいてしまった。短い文章を書くこともできないくらい忙しいことは決してないのだけれども、今回扱う論文(Jermann and Quadrini (WP2009)、タイトルはMacroeconomic Effects of Financial Shocks)についていろいろ考えているうちに時間がたってしまった。本来は、結果をreplicateするなどして腑に落ちないところを確認したいのだけれどもそんな時間はないので、ちょっと消化不良のまま書くことにする。

RBCをはじめとするすべての現代のマクロモデルは、次の2つの要素に分解可能である。
  • ショック(Shock)。景気変動を引き起こすきっかけである。もっとも頻繁に使われるのはTFP(全要素生産性)へのショックである。
  • Propagation(波及)あるいはAmplification(増幅)メカニズム。経済に与えられたショックがどのようにマクロ変数に波及していくか、あるいは最初のショックがどのように増幅されていくかを決めるモデルの構造である。

多くのマクロの論文は、上の2つのどちらかにおいて、新しい要素を導入し、これまで存在したモデルと、景気変動におけるマクロ変数の動きがどのように異なるかを調べる、という方法をとることが多い。新しいショックを導入するならば、新しいショックが、これまで使われていたショックとどのように異なるマクロ変数の動きを生み出すかが重要である。新しくかつもっともらしい(というのはあいまいな言葉だが)ショックを使ってこれまで使われていたショックでは再現できなかったマクロ変数の動きが生み出すことができればそれはいい論文となりうる。新しい波及チャンネルあるいは増幅チャンネルを提案するのであれば、そのチャンネルがもっともらしくて(ミクロ的な裏づけがあったりするとよい)今までと同じようなショックをモデルに与えた時に、これまでのモデルでは再現できなかったマクロ変数の動きを再現できれば、それはおそらく価値のあるチャンネルを提案しているということになる。

では少し話を進めよう。現在アメリカ等で起こっている(おそらくは2009年の中ごろに終わったことになるだろうが)景気後退の原因はなんだろうか。「金融危機」という言葉がよく使われていることから想像できるように、多くの人は金融セクターに「何か」が起こって、それが経済全体に波及したと考えている人が多いのではないだろうか。但し、この考えをさらに推し進めるのは簡単ではない。多くのマクロのモデルでは、金融セクターの役割は何もないことが多いので、金融セクターに「何か」を起こすのは簡単ではないのである。その上、「何か」とは何かということも考えなければならない。

もちろん、これまでも金融セクターに何らかの役割があるモデルは作られてきた。Kiyotaki and Mooreのcredit cycleやBGG (Bernanke, Gertler and Gilchrist)のfinancial accelrator理論などがその有名な例である。但し、これらのモデルはPropagation & Amplificationに注目してきた。主にショック自体は金融セクターの外にあるのだけれども、金融セクターがどのように働いているかによってショックがマクロ変数にどのように影響を与えるか変わってくるのである。

今回のペーパーは金融セクター発のショックと、波及・増幅メカニズムの両方を提案したという点で既存の研究から一歩先を進んでいる(もちろん、最近は他にも同じような狙いの論文が多く書かれている)。モデルの構造はシンプルなRBCモデルに1つ新しい要素を加えただけである。その要素を以下で説明してみる。

彼らのモデルの新しい要素はEnforcement Constraint(EC)と呼ばれるものである。ECがどのように生み出されるかを説明してみよう。キーとなる仮定は2つある。1つ目は、企業がデフォルトできるという仮定である。2つ目は、企業は運転資金を毎期毎期借りなければならないという仮定である。運転資金は毎期毎期の生産量Yと同じであるとする。まずは、デフォルトしなければ企業の価値はVであるとする。デフォルトするとどうなるか。企業は生産量Yに相当する運転資金を借りたローンを返さなくてよいのでその分得をする。その上、債権者がdV(dはもちろん0から1の間)だけ回収できるとする(彼らの仮定は、bargainingなどが入っていてもっと複雑であるが、こちらの方が説明しやすいので変えてみた)。この場合、デフォルトした企業の手元に残るお金はY+(1-d)Vである。では、どういった条件の下で企業はデフォルトをしないのか。デフォルトをしたときに手元に残るお金が企業価値を下回るとき、つまりV>=Y+(1-d)Vのいるときである。この関係を簡単にすると、dV>=Yが導き出される。この、企業がデフォルトを選ばないための条件こそ彼らがEnforcement Constraintと呼ぶものである。この条件が満たされないときは企業がデフォルトしてしまうので、金融機関も融資をしない。つまり、融資を受け続けるためには企業は自主的にECを守らなければならないのである。均衡でデフォルトが起こらない(均衡上では企業はデフォルトが起こらないように行動するので)のは面白くないのだけれども、借り入れ制約がデフォルトと結びつくことによって、借り入れ制約が内生的に決まるという面白い構造になっている。

彼らは、さらに、dの変動をFinancial Shockと定義した。モデルにとっては外生的な何らかの理由でdは変動するのである。彼らの論文の面白いところは、dが変動したときに、マクロ変数がどのように変動するかのシミュレーションである。

彼らのモデルでは現在の景気後退はdへの負のショックの結果として捉えられる。dに負のショックが加わると何が起こるか。ECの左辺(dV)が小さくなるので、他の変数が変わらなければ企業がデフォルトしてしまう。それを避けるために、何ができるか。1つは、今期の配当を減らして企業価値Vを大きくすることである。もう一つは労働投入量(L)を減らしてGDP(Y)を減らすことである。資本(K)を減らすことでも生産量を下げることはできるけれども、資本は、普通のモデルと同じく前期に決定されていると仮定されている。資本が変わらなくて、TFPにショックもなくて、労働投入量が減れば、GDPは減少する。つまり、dへの負のショックは、労働投入量の減少、GDPの減少、を生み出すのである。TFPが変わらないにも関わらず労働投入量やGDPが減少するのがこのモデルの面白いところである。最近のアメリカにおいては、TFPの動きとGDPや労働投入量の動きの相関が落ちているという研究がある(と聞いたが誰の研究か忘れてしまった)が、このモデルはTFPの動きなしでGDPの変動が生み出されているという意味で最近のアメリカの景気変動をうまく説明するモデルになりうる可能性を秘めているといえよう。

最後になってしまうが、彼らのセールスポイントの一つは、実は、企業の資金調達パターンをうまく再現できているところにある。彼らが示したアメリカのデータによると、企業は好況時には債務を増やすと同時に配当も増やし、不況時には債務を減らすと同時に配当も減らすという資金調達パターンを示している(1984年以降のアメリカのデータによると、トレンドを除去した四半期データにおけるGDPと配当の相関係数は0.41、GDPと債務の増加量の相関係数は0.61である。さらに、このような景気循環に伴うパターンと、配当、債務の増加量のvolatilityは1984年以降、いわゆるGreat Moderationの時期にかなり強まった)。今示したモデルでは、このパターンもうまく再現されているのである。なぜか。彼らのモデルにおいて企業が不況時に配当を減らすのは、先ほど示した。ではなぜ不況時に債務が減るのか。彼らは、債務による借り入れの方が借り入れコストが低いと仮定した。この仮定によると、企業はできるだけ多く債務での資金調達を行う。但し、債務による借り入れはECで制限されている。この場合、dが減少するとECがタイトになるので、債務の量は減少せざるをえない。このときはGDPも減少するので、このモデルにおいてはGDPと債務の増加量の相関が生み出されるのである。

dへのショックが何を意味しているかわからないのが腑に落ちないのだが、TFPも同じようなもんだ、そのうち慣れる、というようなことを友人は言っていた。そうなのかもしれない。その一方、この先、dのようなFinancial Shockをより精緻化したモデルが出てきてもおかしくないと思う。

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