Are You Really Sure about the Gaps?

最近Real Time Dataという考え方の重要性がひっそりと認識されているようだ。最近のAER P&PでもReal Time Dataと少し関連する論文が掲載されていた。Real Time Dataとは何かというと、昔の政府なり民間主体の選択がとった行動をモデル化する際には、そのときに政府なり民間主体が持っていた情報をモデル内の各主体に与えてやらなければならないという考え方である。例えばGDPを例にとると、最初に発表されるGDPの速報値は最終的な推定値と大きく異なることがよくある(特に不況の入り口と出口でははなはだしい)。例えば、2007年の第1四半期に政府なり民間主体が選んだ行動をモデル化する際には、今後付で知ったGDPの数字モデルに組み込むのは間違いで、2007年の第1四半期に各主体が持っていた情報をモデル内の各主体に与えてやらないとフェアではないという考え方である。

今回簡単に紹介する論文("Monetary Policy Mistakes and the Evolution of Inflation Expectations" by Orphanides and Williams (WP2010))は自然失業率(GDPギャップと考えてもよい)に関する情報が金融政策決定時に間違っている場合に、金融政策がどのように後から見ておかしなことになるかを分析した論文である。

この論文のエッセンスは以下のグラフで要約される。

赤い点線は「現時点での」自然失業率の推定値、青い実線は「Real Timeの」自然失業率の推定値、黒の実線は実際の失業率である。Real Timeの完全失業率の推定値というのは、例えば1970年で考えると、1970年時点で考えられてた自然失業率である。一見してわかることは、1960年から1980年にかけて自然失業率の推定値は大間違いだった(これも今の時点での話しなのでまた将来には改定されるかもしれない。歴史は常に変数なのである。)ということである。GDPギャップで考えると、1960年から1980年にかけてのGDPギャップは大きく過大評価されていたといえる。

今回軽く紹介する(ぜんぜん専門分野外なので細かいところには立ち入ら(れ)ない)ペーパーは金融政策を決定する際に、自然失業率の推定値としてReal Time Dataを使うとどのようなことが起こりうるかについて分析している。上のグラフを見れば大体何が起こるか想像がつくかもしれないが、主要な結論は以下の3つである。

(1)自然失業率の推定値が大きく過小評価されていた(GDPギャップが過大評価されていた)ことが、及びその推定値を元に緩和的な金融政策を採ってしまったことが1970年代のThe Great Inflationの原因である。

(2)自然失業率(あるいはGDPギャップ)に基づいて、実体経済の安定と価格の安定の両方をバランスよく追求する金融政策を実施している場合、金融政策が「最適」(このフレームワークの中で)であったとしても、自然失業率(あるいはGDPギャップ)の推定値が間違っていれば1970年代のような間違いは防ぎきれない。1970年のような間違いを防げるとしたら、実体経済の安定に与えるウェイトが非常に小さい時(実体経済の変動を抑えるという目的の重要性が相対的に低い時)だけである。

(3)自然失業率(あるいはGDPギャップ)のようなものを考慮しない「頑健な(robust)」金融政策を実施すれば、1970年代のような間違いは起こらなかった。彼らは、自然失業率と現在の失業率の差(GDPギャップと考えてもよい)の代わりに、前四半期からの失業率の変化を入れた金融政策ルールが、自然失業率(あるいはGDPギャップ)の推定値の間違いに対して頑健であることを示している。

金融政策がGDPギャップの推定値に大きく依存して、かつ、その推定値が大きく間違っていれば、金融政策は後付けで見て間違っていた可能性が高いのは当然といえば当然である。それに、自然失業率(あるいはGDPギャップ)のようなものを考慮しない金融政策ルールに基づいて金融政策が実施されていれば、完全失業率(あるいはGDPギャップ)の推定値の(後から見た)間違いに対して頑健であることも当然である。僕の感想としては、この論文で面白いのは、自然失業率(あるいはGDPギャップ)の推定値が大きく間違っていたことを見せてくれたことだった(金融政策や自然失業率についてよく知っている人であればいまさらという感じかもしれない)。

現在の日本に当てはめてみると、日本の政府(日銀も含む)が発表している統計、あるいは自然失業率(あるいはGDPギャップ)の推定値にどの程度信頼が置けるのだろうか?日本の政府(日銀も含む)の政策決定者の無能さを非難するのであれば、彼らの作る統計や推定値にも同じような態度で臨む必要があるのではないだろうか。

7/1:「自然」失業率に修正。

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