思ったとおり、ちょっと書く間隔があいたらすっかり書けなくなった。続けることが大事だから…なんて最初には書いていたのに…初心に帰って、詰めが甘いかもなぁということでもとりあえず書いてみることにしよう。
ミネアポリス連銀の総裁のKocherlakotaがDSGE(Dynamic Stochastic General Equilibrium)Modelに対して同情的なエッセーを書いて以来、左右両方から攻撃を受けているようである。右といえば、Wash UのWilliamsonが、何の役に立たないDSGEモデルに同情的なんてなにいきなり言ってるんだ、というような(正確な訳はhimaginaryさんとかが提供しているのではないかと推測する)ことを言っている。Kocherlakotaといえば、fresh water中のfresh waterで、ケインジアン的な考え方に傾きがちなフォース(FOMC)のバランスを回復するchosen oneとしての役目を期待されていたのに、いきなりケインジアン的なモデルに同情的な発言をするとは何事かという考え方である。
左といえば、例えば、最近、Macroeconomic Advisers(MA)のTime Series EconometricianであるJames Morleyが逆の観点からKocherlakotaを攻撃するエッセーを書いている(ここからダウンロード可能。「The Emperor Has No Clothes」というエッセーである)。MAとはなにかというと、彼らのHPによると、アメリカの景気動向や予測などを行う民間のシンクタンクである。元FedのEconomistによって設立され、多分たくさんのPh.D.を抱えているんだと思う。日本で言えば、日銀や経企庁(って今は何だろう)でPh.Dを持っているエコノミストがシンクタンクを作って景気動向や予測を行ってお金を稼いでいるようなものである。
Morleyは、KocherlakotaはDSGE以外のモデルは未来がないような書き方をしているが、昔ながらのLarge Scale Macroeconometric Model(以下LSMEと略す)だって捨てたもんじゃない、DSGEに比べて優れたところもたくさんある、と言っている。Morleyは、LSMEがDSGEに比べて優れている点として以下の3点を挙げている。
(1)より多くの変数を取り扱える。
(2)Steady stateの周りのdeviationではなくてレベルを取り扱うので、予測に使いやすい。
(3)理論に基づいてモデルは作られているが、理論から生じる制約をそのままモデルに入れてはいないので、柔軟である。
これらの議論を見ていて、面白く感じたのはDSGEモデルの微妙なポジショニングである。現在マクロをやっているものであれば(Morleyは好まないかもしれないが)、皆、広義でのDynamic (Stochastic) General Equilibriumを取り扱っている。但し、DSGEという言葉にはそれ以上の意味が付されていると思う。例えば、fresh waterの人たちは、DSGEと呼ばれるのはまっぴらだと言うと思う。fresh waterからみると、DSGEというのは、Growth modelおよびRBCからスタートしつつも、現実と妥協するためにわけのわからない仮定(Sticky price, Sticky information, Adjustment cost, Non-Ricardian consumerなど)およびわけのわからないショックを次々と導入し、そのモデルをestimateすることで、帳尻を合わせている、昔ながらのLSMEと同じ妥協主義者(しかもLucas critiqueに応えられない)という風に捕らえられている。
その一方、昔ながらの大規模モデルを使っている人や、IS-LMの世界にとどまっている人(マクロ経済の専門家でもないのに最近のマクロ経済学の方向性を批判する人はここに含まれる)、VAR等を使って分析をしている人達からすると、DSGEとfresh waterグループの間に違いはない。どちらも現実を直視しない象牙の塔の経済学者の産物のように捕らえられている。
つまり、ある意味かわいそうなことに、妥協点を見出そうとするあまり、DSGEの人たちは両側から敵視されてしまっているのが現在の状況のような気がする。
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