SED 2019: Day-Ahead Conference

(特にミネソタ系)マクロで最もレベルの高い学会の一つである、SED (Society of Economic Dynamics)の年次総会が、今年はセントルイスのワシントン大学のキャンパスで行われた。最近は、大きな学会があると、その前日にその町にあるFRBなどがDay-Aheadカンファレンスという学会を開催するのが流行りになっている。今回もやはり、SEDの年次総会の共同スポンサーでもあるセントルイス連銀が、SED開催の前日にDay-Ahead カンファレンスを実施したので、そこで発表されたペーパーについて簡単にメモしておく。

Michele Tertiltの"Regulation of Consumer Credit with Over-Optimistic Borrowers"(Florian Exler, Igor Livshits, James MacGeeとの共著)は、「行動経済学的な」仮定を入れた、ヘテロマクロモデルを使った分析である。消費者には所得が高い確率が高いタイプ(良いタイプ)と低いタイプ(悪いタイプ)の2つのタイプがいるが、どちらのタイプも自分が所得が高いタイプだと思って行動する。もちろん、長期間にわたって所得が低ければ、自分は所得が高い確率の低い(悪い)タイプだと学ぶのが普通であるが、消費者は皆「楽観的」(自分は「良いタイプ」だと考えて行動する)だというのがこのモデルの肝である。この仮定により、悪いタイプが、よいタイプに成りすますことのコストを考えて行動したり、これらの消費者にお金を貸す貸し手がどうやったら良いタイプにだけお金を貸すことができるかと考えるような、難しい問題を解く必要がなくなるからだ。これらの消費者は消費をスムーズにするためにクレジットカード会社からお金を借り、時によっては破産を選択する。クレジットカード会社の方は、お金を貸したときに、どの割合が良いタイプかを知っているが、良いタイプと悪いタイプは全く同じ行動パターンをとるので、2タイプを見分けることはできない。つまり、均衡では両タイプが同じ金利で借りることになる。このようなモデルの均衡では、自分の所得能力について楽観的な(悪い)タイプは、(自分のリスクにも相当した高い金利より)低い金利(低いリスクプレミアム)で借りることができる一方、良いタイプは悪いタイプと混ざっているので、高めの金利でしかお金を借りることができない。このような均衡では、政府が政策によって破産のコストを低くすることができると、実際に破産しがちな悪いタイプは得をするのだけれども、破産をあまりしない良いタイプは、破産が増えることによるリスクプレミアムの上昇で、損をしてしまう。

Maaten Meeuwisが発表した"Belief Disagreement and Portfolio Choice"(Jonathan Parker, Antoinette Schoar, Duncan Simesterとの共著)は、今流行りの、普通には手に入らないデータセットを使った分析である。詳細には立ち入ら(れ)ないが、彼らは、アメリカの数百万人がどのようにポートフォリオを組んでいるかというデータを入手し、彼らのポートフォリオが、2016年11月の大統領選(トランプが僅差でクリントンに勝った)の結果によってどのように変化したかを分析した。彼らのデータではそれぞれの投資家がどちらの政党を支持しているかはわからないが、どこに住んでいるかはわかるので、共和党支持者の多いエリアに住む人と、民主党支持者が多く住んでいるエリアに住んでいる人で、2016年11月の選挙の結果を受けたポートフォリオ組み替え方がどのように違っていたかを見ることができる。彼らのメインの結果は、大統領選での共和党の勝利の後で、共和党支持者の多いエリアに住む人は、民主党支持者が多いエリアに住む人に比べて、より株式への投資割合を増やしたというものである。著者らの解釈は、よく仮定される、全投資家が同じ(合理的)期待を持つという仮定よりも、皆が異なるモデル(に基づいて将来の資産のリターンを計算している)を持つという仮定が支持された、というものである。

S. Boragan Aruobaの"Pure Wealth Effect or Credit Constraints? Decomposing the Response of Consumption to House Prices"(Ronel Elul, Sebnem Kalemil-Ozcanとの共著)は、アメリカでGreat Recessionの時に住宅価格が下がったことで、消費が落ち込んだというMian-Sufiの有名な結果を、さらにいいデータを使ってより詳細に見てみたペーパーである。住宅価格が下がると消費が落ち込むというのは、理論的には十分あり得ることだが、その主なチャンネルは2つある。1つは「資産効果チャンネル」である。自分がもっている資産の価値が下がったことで、将来それを取り崩して実行できる消費額が下がるので、それに合わせて現在の消費を減らすというものである。もう1つは、「借入制約チャンネル」である。住宅価格が下がるとその価値を担保に借りれる金額が低くなるので、お金を借りて消費に回していた家計は消費を切り詰めざるを得なくなる。このペーパーでは、Great Recessionにおいてこの2つのチャンネルがそれぞれどのくらい強かったかを調べてみた。基本的なアイデアは、クレジットスコアの低い(高い)家計の住宅価格の下落に対する消費の反応は、借入制約チャンネル(資産効果チャンネル)によるものだろうと仮定することである。彼らの分析の結果は、Great Recession時における消費の下落のうち、資産効果によるものはほぼゼロ、借入制約チャンネルによるものが70%ほど、金融機関のバランスシートが痛んだことで貸し出しが制限された効果は20%ほど、残りの10%程度は一般均衡効果(消費の低迷に合わせて雇用が減少して所得がさらに減少することによる消費の減少)というもの。

Tim Landvoigtの"Financial Fragility with SAM?"(Daniel Greenwald, Stjin Van Nieuwerburghとの共著)では、SAM(Shared Application Mortgage)という新しいタイプのモーゲージ(住宅ローン)をマクロモデルの中で分析している。SAMというのは、住宅価格が下がった(上がった)ときには、モーゲージの支払額も下げる(上げる)という形態のモーゲージで、住宅価格が下落したときには自動的に支払額を引き下げることによって、(不況で失業するなどして所得が下がってモーゲージの支払いが困難になって)デフォルトに陥る人の数を減らそうというアイデアである。僕は全然知らなかったが、こういうモーゲージを提供しているフィンテック会社がすでにあるらしい。彼らのモデルはとても複雑なので、詳細には全然立ち入ら(れ)ないが、彼らは、モーゲージの支払額を国全体の住宅価格の動きに合わせて調整するSAMと、モーゲージを借りている人が住む地域の住宅価格に合わせてモーゲージの支払額を調整するタイプのSAMの効果を分析した。彼らのシミュレーションによると、経済全体に前者が導入された場合、基本的には景気変動のリスクをより金融機関に負担させることになるので、金融機関のバランスシートが景気の動きに対して敏感になりすぎてしまい、金融セクターの危機の頻度が増えてしまう。その一方、後者の場合、金融機関が各地域の住宅価格変動のリスクをシェアすることができていれば、住宅価格変動のリスクを別の地域に住んでモーゲージを持っている人々の間でシェアすることになるので、好ましいという結果になった。

Fabrizio Perriの"Unequal Growth"(Francesco Lippiとの共著)は、アメリカでは過去40年程度の間に、個々人の所得の不平等度が上昇し、同時に、経済全体の成長率が低下してきたが、これらの間の関係を、PSID(1967年から個々の家計の所得が見られるデータ)を使ってちょっと深く見てみたという論文。具体的には、次の関係に注目した:

  • ⓪経済全体の成長率=①個々の家計の所得の成長率の平均(個々の家計の所得のレベルでウェイト付けされていないもの)+②個々の家計の所得のレベルと所得の成長率の相関(×それぞれのばらつき具合)。

直感的に説明すると、個々の家計の所得の増加率が同じであれば、経済全体の成長率は①と等しくなる(②はゼロになる)。個々の家計の所得の成長率が異なる場合、もし、所得が高い家計の方が所得の伸びば大きければ、経済全体の成長率は①より大きくなる。経済全体の成長率を計算するにあたっては所得のレベルでウェイト付けするので、所得が高い家計の所得成長率が高ければ、経済全体の成長率は高くなるからだ。このような分解の方法はOI(Olley and Pakesなど)で頻繁に使われているらしい。彼らの分析によると、過去40年で、①は特に1990年以降上昇傾向にある。しかし、②は常にマイナス(所得のレベルが高い人の所得成長率は比較的低い)だが、そのマイナス度合いが特に1990年以降高まった。1990年以降②の低下のスピードが①の上昇のスピードを上回っていたことで、経済全体の成長率が低下したというのが彼らの発見である。②のマイナス具合がさらに低下したというのは、所得が高い人の所得成長率がさらに低下したことと、所得が低い人の所得成長率がさらに高まった、ことの両方によるもののようだ。彼らのペーパーでは、この後、モデルを使った分析もなされているが、メカニカルな分析で、では、なぜこのような変化が起きているのかはわからない。とはいえ、こういう分解による分析もできるんだなぁという感じ。

最後に、Mariacristina De Nardiの"The Lost Ones: The Opportunities and Outcomes of Non-College Educated Americans Born in the 1960s"(Margherita BorellaとFang Yangとの共著)では1960年代に生まれた、大学に行っていない白人のアメリカ人は、1940年代に生まれた人たちに比べて、①平均寿命が短く、②医療費が高く、③(教育の度合いをコントロールした後の)平均的に賃金が低い(特に男性)。これらの要因によって、1960年代に生まれた白人アメリカ人は、1940年代に生まれた人たちに比べて、どのくらい「幸福度」が下がっているかを、上の①~③を外生的な変化とするライフサイクルモデルを用いて計算した。彼らのモデルによると、1960年代生まれで、大学に行っていない、白人のシングルの男性は1940年代に生まれた場合に比べて、生涯賃金の12.5%損をしていることがわかった。1960年代生まれのシングルの女性の場合はこの割合は7.2%、カップルの場合は8%だった。

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