今回はDe Nardi, French, Jones のペーパー("Why Do the Elderly Save? The Role of Medical Expenses" WP2009)に関するメモ。Frenchはデータにストーリーを語らせるのがうまい。
なぜ人々は貯蓄するのか、というのは、重要な問題である。もちろん、結論はおそらくさまざまな理由のコンビネーションなのだろうが、その比率がどの程度かを知るのは、マクロ経済学におけるさまざまな重要な問題への答えに対して大きな影響を与える。例えば、人が貯蓄をするのは主に退職後の生活の足しにするためであるとすれば、金利が振れたり、金利にかかる税金が多少変わったところで、総貯蓄にはあまり影響を与えないかもしれない。もし総貯蓄があまり変わらないのであれば、産出量に与える影響も限定的となる。
普段貯蓄しないとからかわれているアメリカ人ではあるが、データを見ると、退職者の資産は非常に大きい。そして、資産の大きさは、年をとるにつれて死ぬ確率が高まっていったとしても、あまり落ちないことが知られている。もし、100歳の誕生日に死ぬことがわかっているシンプルなライフサイクルモデルを考えると、100歳の誕生日の瞬間には資産をゼロにしたいはずであるが、多くの人は死ぬときにいくらかの資産を残している。このことはRetirement Saving Puzzleと呼ばれている。
前回書いたように、Retirement Saving Puzzleへの回答の候補と普通考えられているのは、(1)人は遺産を残すことで何かしら得をする(自分が単純に喜びを得るのかもしれないし、遺産を残す(ように信じさせる)ことで子供に世話をしてもらうのが目的かもしれない)、(2)死ぬタイミングは普通よくわからない(のに加えて、死ぬタイミングに関するリスクに対する保険市場が何かしらの理由で機能していない)ので、平均的には人は資産を使い切れずに死ぬことになる、の2つである。
彼らのペーパーは、Health and Retirement Study(HRS)という50歳以上の家計のlongitudinal data(って日本語でなんと言うのだろう)を使って、退職者のさまざまな貯蓄動機の相対的な重要性を計算した。彼らの主要な結論は、上で挙げた2つの理由よりも、高齢になるにつれて増加する医療支出への備えが、退職者の資産が多い主要な理由だというものである。
どうやってこの結論にたどり着いたか。彼らは、毎期毎期、健康状態や医療支出が変化し、死ぬ確率もある環境のもとで、収入や退職時の資産が異なる退職者が毎期毎期いくらくらい消費していくらくらい貯蓄するか決定するモデルを解き、そのモデルをHRSを使って推定した。これはstructuralなモデルなので、いったん推定してしまえば、いろいろなcounterfactual(現実と異なる環境のもとで退職者の行動がどう変化するかを見る実験)を楽しむことができる。彼らは推定したモデルを使って以下の4つのcounterfactualを実施した。
1.遺産によって便益を得ないケース
何らかの便益のために遺産を残すという要素をなくしたモデルを走らせた場合、モデルがはじき出す退職者の貯蓄パターンはあまり変化しなかった。つまり、推定されたモデルによると、遺産に関する便益に基づく貯蓄は非常に小さいのである。
2.医療支出に関するリスクがないケース
医療支出は毎期毎期大きく変化する。健康だった人が突然糖尿病になれば、医療費は大幅に増加するかもしれない。彼らのモデルはそういうリスクも推定しているが、そういうリスクがない、つまり、退職者が全員平均的な医療費を支払うモデルに変えたらどうなるか。モデルがはじき出す退職者の貯蓄パターンは、あまり変化しない結果となった。彼らは、この背景として、巨額の医療支出のリスクはMedicaidなどによってカバーされているからであろうと述べている。医療支出に関するリスクが大きい場合、一番避けたい状況は、とても大きな医療費を払うことになって、その後の生活を大幅に切り詰めなければならないというものである。もしこのような状況が起こりうるのであれば、退職者の貯蓄のある部分はこのような状況に陥ることを避けるためかもしれない。そうであれば、全員が平均的な医療費を払う経済になれば、どうしても避けたい状況に陥るリスクは消え去るので、貯蓄が減少するはずである。しかし、counterfactualによると、そうではないようだ。つまり、現在のアメリカ(推定されたモデル)では、多くの人に対してそういう状況にならないセーフティネットが張られているのである。
3.保険のカバレッジが低いケース
彼らが推定したモデルでは、医療費を払った上である一定以上の消費水準(最低消費水準)が維持出来ない家庭には、政府が補助金を与えることとなっている。Medicaidやその他のセーフティネットを大雑把取り入れるための仮定である。この最低消費水準が下がったらどうなるか。このcounterfactualのもとでは、貯蓄が幾分増加することがわかった。つまり、どの程度までリスクがカバーされているかは、貯蓄行動に影響を与えるのである。
4.医療支出がないケース
さらに、医療支出がまったくないcounterfactualを実施してみたらどうなるか。この仮定のもとでは、モデルがはじき出す貯蓄パターンは推定されたパターンに比べて大幅に減少した。つまり、医療支出がなければ皆今に比べて少ししか貯蓄しないのである。
Structuralなモデルを使ってcounterfactualを実施するお手本のようなペーパーである。
追記:日本を含まないさまざまな国のcross-sectional dataを比較したREDの特集について前に書いたが、日本のデータで同じことができるか(できるならどのデータセットを見たらいいか)知っている人がいたら教えてほしい。何人読んでる人がいるのか知らないけれども、とりあえず書いておく。
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